ACT73・友が願ったもの
「・・・なんで、彼がここにいるの?」
あからさまな不快な表情を見せるのは夜宵だ。
蛇ノ目の研究所。一階の茶の間。
光太朗や百合花。一織に夜宵。
蛇ノ目とアフロディーテがその場に居合わせている。
その中に置いて、明らかに似つかわしくない、異質な存在がいた。
夜宵はその厳しい目を、『それ』から光太朗へと視線を滑らせる。
「私たちが、『彼』に何をされたか、知らないわけじゃないでしょう?」
いつものメンツの中に佇む新しい顔は、居心地悪そうに肩を竦めた。
「・・・手厳しいね」
歓迎されていない、忌むべき客としての肩身の狭さを感じているだろう。
影山月斗。
蛇ノ目の研究所に行きたいと言ったのも、彼だ。
月斗がブラックパイソンであることが打ち明けられ。そして、その仲間であるブルーサーペントに一織と夜宵、百合花が退けられ。大怪我を負って。
その原因である組織の人間がこの場にいるのを納得するはずもないだろう。
「ウロボロスを抜けた、とか言っているけど、疑わしいものだわ」
月斗はその言葉の通りウロボロスを去り、その力、持つ知識などを提供することを条件に、この場にいることを許された。
そんなことを引き換えにしても、夜宵は許せるはずもないし、納得もできないだろう。自分と友人を痛めつけた相手を、大人しく受け入れることなど出来はしない。
その中に置いて冷静なのは蛇ノ目だ。かつての友のそばにいた人間の接触は、この上ない情報源だからだ。
「・・・君は、知っているのだな?鷹村のやろうとしていることを」
蛇ノ目が、月斗を見る。
「貴方こそ知っているのではないのですか?かつての友人のしようとしていることを」
その言葉に、蛇ノ目は苦い顔。それは、鷹村の心が壊れた日と何ら変わっていないことを暗に示していただろうからだ。
「・・・信じたく、無かったのかも知れないな」
今でも蛇ノ目の中での鷹村は、精悍な顔つきの若者であり、賢く、人に慕われる友人で。
大切な者を失って、心が砕けて。
その友人が世界に絶望し、世界を滅ぼす算段をつけているなどと、思いたくもない。
自分の情熱を傾けていたものを、世界への刃にしていることも。
「・・・鷹村がかつて研究していた分野は、ナノマシン技術だ」
「・・・ナノマシン?」
一織が聞き馴染みのない単語に、疑問の声と共に蛇ノ目へと首を傾げる。
「簡単に言えば、目に見えないほどのサイズの微細な機械の粒子じゃ」
それの研究に若き日の鷹村は傾倒し、いずれ医療の分野に応用したいと熱を語っていたのが昨日のことのように思い出させる。
病に苦しむ人達を救いたい、と。あの日の希望に満ちた目の輝きは忘れることはないだろう。
皮肉にも、それが人を活かすことはなく、むしろ世界の支配することに用いられるとは、当時の自分は想像できただろうか。
「鷹村博士はそれを利用し、世界を統制する計画を描いている」
「・・・どういうこと?」
夜宵はその意味を問う。蛇ノ目は、未だ信じたくないのか、目を手で覆った。
「特殊なプログラムを搭載したナノマシンを世界中に散布し、人類の意識を統制する計画だ」
月斗から継げられたウロボロスの目的。鷹村の描いた計画に、その場にいた全員が言葉を失った。
「・・・人類の意識の統制って、そんなのできるわけ無いじゃない」
口を開いたのは夜宵だ。
世界にはどれだけの人間がいて、日本だけでも、その更に小さいこの街でもどれ程の人間がいるのか。科学者ならば数えられない頭ではないだろう。
「鷹村なら、それが可能だ」
夜宵の猜疑敵な笑みとは反対に、力なく、蛇ノ目が呟いた。
「・・・奴は、ワシの研究と合同で計画を打診してきた」
スケイルアーマーと、鷹村の研究があれば、世界を変えられる、と。その時鷹村が語ったのは、今しがた月斗が打ち明けたことと寸分違わぬ計画だった。
だが、いい返事を蛇ノ目が発さないと悟った鷹村は、スケイルアーマーのデータを奪った。
「奴の思想は究極で、だが、極端じゃ」
それは、人間を人間たらしめない。人間の形を象ってありながら、人間らしい生き方を否定する。
「・・・鷹村博士のナノマシンが撒かれたら、何が起きるの?」
一織の問いに、蛇ノ目はもたげた首を立ち直らせる。
「鷹村のナノマシンは、人体に吸入されると身体の中の鉄分と反応し、体内から硬質化する」
さらに特殊な麻酔も施し、体内だけでなく皮膚が硬質化することに驚きも恐怖も感じる間もなく、肉の身体は機械の身体とすげ替えられるだろう。
そのナノマシンは人間を機械化だけでなく、心を閉ざすための枷となる。人間を争いから開放し、外部からの干渉も受けない、究極の自衛手段として世界を覆う。
それが鷹村の最大の目的。
「・・・鷹村博士は、『地球機界化計画』と言っていた」
荒唐無稽な、夢想にも似た大風呂敷だ。世界から諍いを根こそぎから無くす、理想と紙一重の馬鹿らしい考えだ。
「機械化した身体は、世界の統制者となった僕たち、すなわちウロボロスの手によって管理される」
機械化した身体は自分の意思だけでなく、ひとつの意思の元へと還元される。ひとつの意思の元、恒久の平和を享受するため、楔を打ち込まれた肉体で平和となった永久の時間を進む。
「そんなの、許されるわけない」
それはもはや、ウロボロスの奴隷だ。
「だが、機械となった身体は恒久の命を手に入れる。そこには老い、死による人々の別れがなくなる」
そう、月斗は続け。
「そして、争いや不慮の事故による、無益な死を無くせる」
侵食したナノマシンは、人々の戦闘意欲も刈り取り、荒ぶる闘争の感情までもを奪う。
「鷹村博士は、それは人間以外の存在による干渉をも防ぐ手段だと言っていた」
「・・・まさか」
夜宵の言葉に、月斗は小さく頷く。
「鷹村博士は、アンチホープやダスターなどの人ならざる脅威も予見していた。人類の機械化はそれらの脅威から身を守ることでもある」
「心を閉ざせば、奪われる心の力も存在しない、っていうこと?」
恐らく、と月斗。
予知能力、などという馬鹿げた力は信じていなかったが、近年起きていた男女年齢問わない人間が意識を失う原因も理由も、鷹村は言い当てていた。そして、それを防ぐ手段も。
地球に溢れる人間が心の光を発さなくなれば、それを狙う異界の存在はそもそもの興味を失うだろう、とも。
自分たちの欲求を満たすことのない存在に、異なる存在は近づくことはしないだろう。
この地球は人間のもので、美しい蒼き星を侵す者は何人たりとも許さない。そう、鷹村は憤っていた。
もし、鷹村の計画が現実に行使されていれば、アンチホープもダスターも地球に姿を表すことも無かったかも知れない。
「だからといって、そんな計画、許せるかよ」
人の意思を奪い、道化という名の人形へと人間を作り変え。偽りの平和を生み出さんとする。
「・・・鷹村博士の願いが現実になれば、少なくとも無益な死がこの地球上からなくなることは本当だろう。それでも君は、鷹村博士を阻止するのかい?」
正直。
月斗はまだ鷹村の計画に未練がある。
愛する者が失われた世界に、もはや生きる意味を見出してはいない。
同じ思いをしている存在を救いたいという高尚な思いもない。
ただ、そんな馬鹿らしいことで命を落とす愚かしい出来事がいて欲しくないだけだった。
それでも学ばぬ人類に、神が見放さない理由がわからない。
自分の心を押さえつけるのも、限界だからだ。だから、月斗は鷹村の計画に乗った。
「俺は」
光太朗はそう、短く言葉を切り、何かを噛みしめるように無言。
そして。
「俺は、お前ら程この世界に絶望してはいない」
光太朗は、月斗を見つめるも、その目はそこ以外。背中に背負う仲間を見ている。
「困っている奴がいたら、手を差し伸べる。何か事件があれば、俺が行ってやる」
個人の力などたかが知れている。救えるものにも限度があるだろう。少なくとも、自分の目で見えているものだけは守りたいのだ。
それが、例えエゴだったとしても。
その言葉と態度を、月斗は飲み込んだ。
同じ境遇のこの少年は、統制という平和を否定した。自分は、それを改めて思い知った。この少年の、心の強さを。
ウロボロスを去り。この少年の決意がそれに値するものなのかを確認したかったのかも知れない。だからこそ、知りうる全ての情報を明け渡した。
「・・・鷹村博士の計画は、今年の年末。クリスマスに行使される手筈だ」
その言葉に、蛇ノ目の目がピクリと動いた。
「その日を境に、世界は生まれ変わる、と彼は夢見がちな少年のように笑っていたよ」
スケイルアーマーは、ナノマシンの影響を受けない防護服の役割でもあり、改変後の世界の先でも動くことの可能な唯一の存在となる。
世界の監視する者として。
「鷹村博士は恐らく、冬の前までにはスケイルアーマーへのプロテクトを完全に除去し、作戦の日までに備えるでしょう」
鷹村の悲願を叶えるには、スケイルアーマーの存在が必須。先も光太朗と月斗の手でブルーサーペントが大破した。プロテクトに加え、修復にも時間がかかるだろう。
逆に言えば、冬頃にはブルーサーペントを始め、残るスケイルアーマーは完全な姿で自分たちの前に現れるだろう。
その時、彼らが選択するのは、ヴァイオレットバイパーの奪取か。
それが叶わない時の代替手段を持って現れるか。
どちらにせよその時は確実に近づいている。
再び、蛇ノ目は目頭を手で覆う。
「・・・馬鹿者め、鷹村」
そう、小さく漏らす言葉は、空虚に消えた。
「・・・君は、我々に手を貸す、ということでいいのだな?」
月斗を除く、子供たちが帰ったあと。ひとり残った月斗に確認するように、蛇ノ目が言う。
「ええ。それが僕の償いです。彼女の死を、利用しようとした。恥ずべき行為です」
蛇ノ目は、月斗の思いも鷹村の思いも馬鹿にはできない。去っていった大切な者の重力に惹かれて自我を崩した哀れな存在だと笑うことができない。
所詮、自分も似たようなものだからだ。
傍らに見えるアフロディーテを見て、ふと、そんなことを思う。
「・・・ひとつ、聞いていいですか」
月斗の言葉に、蛇ノ目は物思いにふける思考を寸断する。
「彼の身体を完全に改造しなかったことに、何か意図はあったのですか?」
スケイルアーマーを託すのならば、全身を改造するのが最低条件だ。でなければ、膨大な力の奔流に生身の肉体は耐えられないから。オーバーワークでしかスケイルアーマーの本領の片足でしか突っ込むことしかできないリミッターを課すハメになるからだ。事実、現段階のヴァイオレットバイパーでは他の5体のスケイルアーマに対抗することはできないだろう。
蛇ノ目が光太朗と出会ったのは偶然で。
鷹村にスケイルアーマーが奪われた中、最後に残ったひとつのヴェノムスケイルの隠し場所としか考えていなかった。生きるために必要最低限の改造のみを施して。
ヴェノムクラスタを身体の中に潜ませていれば、少なくとも鷹村の計画は頓挫とまではいかないまでも、難航するだろう。
だが。
光太朗の背景を知り。
生きることに絶望している少年のことを叱咤した。
生きることを舐めるな、と。
生きたくても生きることのできない人間がいることを知っている蛇ノ目は、声を荒げて諭した。
瀕死の少年よりも先に行きている者として。
救いたくなった。
それが、光太朗の運命を捻じ曲げることに気づいていながら。
事実、光太朗はそれ以来数々の闘いに巻き込まれ。
ヴァイオレットバイパーに変身機能を教えたのは、普通に生きていれば、蛇ノ目が光太朗よりも先に死ぬことは明らかで。自分の身体に施された機能を、自分の身体の変化をいずれ知るだろう。残酷な真実を知らしめるためだった。
自分は今でも間違っていたのか。そんな気持ちに苛まれることもあった。
若い命を利用し。隠れ蓑にし。
だが、蛇ノ目の知る限り、光太朗から自分を責める言葉を今までに聞いたことはなく。
「家族、だからだよ」
都合のいい解釈をすれば、少なくとも、蛇ノ目はそう、思っている。
だからそう、告げた。
勿論、蛇ノ目と光太朗の間に血縁はなく。
蛇ノ目は彼の境遇を利用した、いびつな関係に過ぎない。
綺麗事として許されるのなら。
子供もそのまた先の孫もいない蛇ノ目にとって。
光太朗は自分の元に現れた息子なのではないのか。
血の繋がりが無くとも、それと同等の関係になれることを、光太朗は身を持って証明した。
無論、蛇ノ目はそんなことは小っ恥ずかしくて言えないし、都合のいい耳障りのいい答えでしかない。
だから、裏方として。
光太朗の助けになる。
今はそれだけでいい。




