ACT72・絡まり合う毒蛇
共存するはずもない水と共に、赤い火花が散る。
高速で回転する青色の回転鋸を、黒い鎧で受け止める。弾いた水流が周囲に撒き散らされ、青い残滓が触れただけでも、木々の枝分かれが簡単に切り落とされる程だ。
ブルーサーペントが、ブラックパイソンに肉薄する。
唸る音を掻き鳴らしながら流動する丸鋸。
ブラックパイソンはそれを受け止め、反撃。
凄まじい轟音が反発しあい、烈風のような衝撃波を生む。
・・・全く何も手が出ない。
攻防が凄まじく、ブラックパイソンとブルーサーペントの闘いの間に割り込めない。
ブラックパイソンの掻き消えるように動く速度にもブルーサーペントは反応し。全てを切り裂く水のつむじ風に、近寄ることが出来ない。
「手が出ねえのならそこで大人しくしてな!コイツを始末した後、テメエの相手をしてやる!」
ブルーサーペントにとって、光太朗は取るに足らない相手なのか。ブラックパイソンの助けにもなれない。
ブルーサーペントが光太朗へ視線を向けた一瞬。
その隙を縫い、目にも止まらぬ速度をたたえた拳が飛ぶ。
だが。
ドシャアっ!
水面に石の塊を投げ込んだように。
鏡面のような水面に波紋が生まれる。
丸鋸は水を収縮させた板状へと変化し、盾のような形状に変化させると簡単にブラックパイソンのパンチを受け止める。
ブルーサーペントの操る水は、攻防一体の特殊能力。
どんな威力で、速度を込めた攻撃も、蠢く流動体で威力を殺されてしまう。
「・・・厄介だね」
水による完全防御。柔らかい波の流動は、転じて全ての衝撃を受け流す堅固な防御力を生む。
柳に風。
それはある種もっともしなやかで、強固な装甲だ。
「撃ってみろよ。パイソンドライブ」
挑発するように、ブルーサーペントは揃えた指先で招いて見せる。
一瞬の静寂。
動いたのはブラックパイソンだ。
ゆらり、と片足を上げるモーション。
「お望みとあれば」
月斗の振り上げた足に、力が渦巻く。
『パイソンドライブ』
電子音声がその名を呼ぶや否や。
背景すら削り落としそうな速度で黒い残像が震え。
ヴァイオレットバイパーのセンサーですら捉えきれないほどの神速が空を突き。
瞬きをも超える速度で弾き出された圧力は、水の盾を捕らえる。
だが。
ブラックパイソンの全てを噛み砕く獣の牙のような膝の一撃は、指をすり抜ける柔らかさであるはずの水の盾に阻まれ。
「・・・くっ!」
弾ける水の中。初めて、月斗の困惑の言葉が聞き漏れた。
バイソンドライブを持ってしても、水のシールドを打ち破ることは敵わず、月斗は思わず跳躍して間合いを離す。
「・・・じゃあ、今度はオレから行かせてもらうぜ」
ニヤリ、とメットの上からでも不敵な笑みが見えるようだ。
ブルーサーペントは両手のひらを合わせ。
『サーペントブラスト』
渦巻く水流が収縮し、一本の剣を形作る。勢いよく放たれる青い光線は、全てを寸断する破剣となる。
樹木ならば、文字通り根こそぎ吹き飛ばせるほどの切断力。本領ではないにもかかわらず、柔らかい新芽など風圧で簡単に削ぎ落とされる。
収束する水流が、放たれる。
勢いよく弾けたそれが、黒い鎧に迫り。
高音の電動器具の駆動音のように水剣が直撃する。
「ぐ!うううっ!」
ブラックパイソンの身体が浮き。防御する腕の動きでなんとか軌道を逸らし。
両腕が寸断される最悪の事態を回避。
その代わり、逸れた水閃が上空へと進む軌道へと変更された。それがもたらしたものは、背後の建造物への危険だ。
だが、高速で飛びこむ水流を追いかけることは敵わない。
破壊の線となったサーペントブラストが『月光』へと押し迫る。
数々の希望と思い出の詰まった、店が。
どんな轟音を立てて瓦解するか。絶望しか見えない未来を描いた。
月斗の身体は、最大可動のパイソンドライブに加え、最大出力のサーペントブラストの防御のダメージが尾を引く。
身体が動かない。黙って店が破壊されるのを眺めているのか。
だが。
無慈悲な閃光は、新たな障害物の出現で、その進撃が阻まれる。
「ぐううっ・・・!」
赤く、熱された鎧で、一筋の針となった水流を受け止められる。足がもぎ取れそうな感覚。
押し負ける威力に逆らうように、光太朗は右足に受ける衝撃に苦悶の声を放つ。
「あああっ!」
バイパーストライクの要領で右足を振り抜き。
眼前に、青い閃光が弾ける。
周囲にバケツをひっくり返したように、冷たい霧が撒き散らされる。
その思いもしない行動に、月斗は肩で息をしながら、呆然とするしか無かった。
「・・・守ったのか。僕の、思い出を」
さあっ、と。
通り雨のように地面を水で濡らし。アスファルトが色を変える。
「・・・勘違いするなよ。俺が守ったのはアンタの店じゃない。誰かの大切なものだ」
あの店は、月斗が誰かから受け継いだ店だ。それを護ることは、光太朗はのスケイルアーマーの力を受け取った意義。決して、何かが破壊されることを見過ごすことじゃない。
「・・・へへ。堕ちたな、ブラックパイソン。『生焼け』に助けられているようじゃあなあ。守るモンがあるのは大変だな」
人ごとのように、ブルーサーペントは歪んだ言葉と共に首を傾ける。
「守りたい程大切なものを手にしたことのない者にはわからないよ」
「・・・一度は世界を陥れようと画策していた奴が何を言いやがる」
話は平行線とばかりに、ブルーサーペントは吐き捨てる。
月斗と光太朗のひとまずの認識は、同じ相手に向かっている。
だが、ブラックパイソン、ヴァイオレットバイパーの攻撃は、強力な水流の壁に阻まれ届かないのは、先と光太朗の体験したことから分かっている。
鉄をも砕くモーションパターンですら防ぐ、しなやかで強靭な水の膜は柔なる壁だ。その壁が高速回転し、樹木をも切断する刃にもなり。
まさに攻防一体の必殺技。
その堅牢さを自負しているからなのか。ふたりのスケイルアーマーと対峙しておきながら、焦りを見せていない理由だろう。
ドッ!
巨大な丸鋸が地面に突き立つ。
砕けたアスファルトを撒き散らしながら、道を破砕する。その場にいた光太朗と月斗は跳躍して回避。
地面ですらいとも容易く粉々にする。これが地面でなく店ならば、その光景は想像するまでもないだろう。
「・・・厄介だね」
本来、スケイルアーマーは対立する存在ではないから、柔軟な水膜は月斗をも困惑させるものらしい。
「俺に考えがある。手を貸せ」
光太朗は、月斗に視線を向けずに言う。
「僕がフロント。君がその隙を突いて背後からでも急襲するつもりかい?」
堅牢な防御を崩す安易な手段だ。オーバーワークのスピード、ブラックパイソンの速度、どちらでもできる技だろう。
「忘れていないかい?相手は全方位を網羅するセンサーを有している。そんな姑息な攻め手など、簡単に防ぐだろう」
周囲の水分を利用したセンサー。水分子への振動を感知し、相手の動きを読み取る。全方位がその有効範囲。
いや。そんな攻撃、簡単に防がれることは百も承知。
狙うのは、最もシンプルで。こちらの動きが感知されていても関係のない手段。
要するに。
力押しだ。
『パイソンドライブ』
高速で稲光を弾く残光が迸り。
黒い瞬雷が閃く。
波打つ鏡面が激しく揺れる。
黒い稲妻と成ったブラックパイソンの牙が水面に食らいつく。
あらゆるモノを貫く膝蹴りでもってしても、完全に柔らかい水の盾を撃ち破るには至らず。
弾かれた衝撃で月斗は宙で反転。着地するやいなや、再度左足を掲げ、構える。
渦巻く電光の奔流が、新たな破壊の光を生む。
ドシャアっ!
「何度やっても同じだ」
ブルーサーペントは不敵に笑う。
それと同時に警戒もしている。
大方『黒』に前方を任せ、『紫』が死角からの不意打ちを狙っているのだろう。
張り巡らされた視線のセンサーは鋭敏で絶対だ。
どんな速度で、どんなに視界外からの攻撃だろうと反応できる。生み出す水の盾は、全ての攻撃を防ぐことができる。
さあ。来やがれ。
全てを阻み、砕いてやる。
この世界を導く覚悟の無いやつは、ここでリタイアだ。
「いくぞぉっ!」
ブラックパイソンのものでは無い声が聞こえた。
背後ではなく、前方から。
黒い残像を残すブラックパイソン。
そして、赤熱した装甲のヴァイオレットバイパーが並走。
『バイパーストライク』
蒼い燐光を纏った光太朗の右足が輝き。
『パイソンドライブ』
黒い迅雷を伴い。
二対の暴風となった一撃が。
混ざり合い、斑に成った煌々が。
一陣の風となりて。
ドゴオォンっ!
重なった光太朗の右足と、月斗の左膝が。
闇夜を照らす爆光を生み出し。
その瞬間、ブルーサーペントは思わず四肢に力を込め。
水の盾をさらなる堅固なものへするべく力を注ぐ。
なぜなら。前方の水の膜が。
明らかな砕ける音を滲ませたからだ。
地に突き立てる足が、震え。
盾を掲げる腕が軋み。
(・・・馬鹿なっ!?)
ふたりの攻撃を合わせただけだ。
1+1は2でしかない。どれだけ足そうと、それ以上の力を発揮することはない。そして、この水の盾は、それをも防ぐ防御力を有している。
破られる理由はない。
溢れる光が紺碧の壁を掻き分け。
(有り得ねえっ!ブラックパイソンだけならまだしも、出来損ないが加わっただけでっ!?)
ブルーサーペントの両腕が生み出す盾が、維持できなくなり。
刹那。
爆光と共に光太朗の右足先と、ブラックパイソンの左膝が捉えたのは。
ズザアアアッ!
ブルーサーペントを突き抜け、貫き。
光太朗は足を地面にこすりつけるように。
月斗は華麗な動きで着陸。
水ではない、何かに触れた感触が確かにあった。
光太朗は息をしながら振り向くと。
そこには所々アーマーを破損させたブルーサーペントがそこにいた。
青い鎧の下に、剥き出しの機械を露出させながら。
メットも破損しているが、その中の表情を読み取ることはできない。明らかに怒りの表情を浮かべている。
「くそぉっ!クソっ!畜生っ!」
慟哭の声が木霊する。怒りの感情を取り繕うこと無く、自分の身に起きたことを許せず、ドス黒い言葉をただ、吐き出しぶちまける。
「俺が完全体で!完璧ならば遅れを取るこたぁなかった!」
恨み。憎しみにも似た目を、月斗に叩きつける。
スケイルアーマーの適応者は、機械の身体で無ければならない。それを体現するように、ブルーサーペントの露出した部分から見える鈍色からは、火花が散り。
「仕留めるぞ」
月斗は再度足を掲げ、光を集める。
ここでブルーサーペントを叩くつもりか。スケイルアーマーを一体でも潰せば、ウロボロスの計画は遅れを取る。
「・・・今は引いてやるよ。コレは功を焦った俺の落ち度だと認めてやるよ・・・!」
血の滲むほどに口惜しい表情で、ブルーサーペントは身体を震わせる。
「こっちの準備が整ったとき、お前らは自分たちの行動を後悔する」
光太朗は、周囲の変化に気が付き、視界を巡らせる。
景色が深く、濃度の高い何かで満たされる。
ブルーサーペントの身体から、濃密な霧が吐き出される。
大きな霧に視界が覆われ。
メットの中のセンサーがジャミングで遮断されたように乱れ。
数秒か数分か。
禍々しい霧が晴れたそこには、ブルーサーペントの姿は無かった。




