ACT70・変わり始める世界
「なあ、おい!『ブラックパイソン』!」
ブルーサーペントが、一撃を受けたことに対し怒りを溢れさせ、現れた黒い鎧に猛る熱をぶつける。
『ブラックパイソン』・・・!
その姿は紛れもなく、光太朗と対峙した黒い鎧。廃墟の中、輝く黒曜。
「君は争いごとになると頭に血が上る性格みたいだからね。手荒な手段を取らせてもらった」
「・・・なぜ口を挟んだかの理由を聞いちゃいねえぞ」
苛立ちを収めること無く、ブルーサーペントは言う。
「・・・ここでドンパチしている間に警察が動いている。ここに現れるのも時間の問題だ」
それを聞き、青い鎧は小さく舌打ちをした。
「だったら、早いとこヴァイオレットバイパーを本体ごと連れて帰るぞ」
ブルーサーペントの腕が、地面で力なく倒れる光太朗に伸びかけ。
それを制したのは、ブラックパイソンその人だった。
「・・・何のマネだ?」
その行動ですら、怒りに火を注ぐ行動だ。
「後は僕に任せてくれないか」
身体ごと阻まれ、青い腕が僅かな逡巡の後、引っ込められる。
「・・・テメエが責任を持ってケツを拭けよ」
言いながら、ブルーサーペントは背を向ける。
「・・・『完全体』だからって、調子に乗るなよ」
そう、吐き捨て。青い影は廃墟の中を悠々と歩き。割れた窓から外へと飛び出していった。そして、オレンジの鎧がそれに続く。
青とオレンジがこの場を去ったからと言って、事態が好転したわけじゃない。
荒々しくも、全てを引き裂く強さを持つブルーサーペント。
直接対峙していないが、オレンジアダーも、同じ位の強さを持っているのだろう。
何より。
ブラックパイソンは、自分の攻撃が通じない絶望感を初めて感じた相手。
光太朗は軋む足に力を込め、なんとか立ち上がろうとする。
腕を動かす度、激痛が走る。
首を動かす度、火花が散る。
だけど、この場で動けるのは自分だけだ。だが、変身に至らない。
身体が言うことを聞かない。
途切れそうな意識をなんとか繋ぎ止め。
腕のリングを腹部に通し。
紫色の輝きを顕現させる。
「・・・それだけ動ければ十分だ。とりあえず、負傷者を運ぼう」
そう提案したのは、ブラックパイソンだった。
「男の方と、君の友人は僕が請け負おう。小学生の女の子くらいだったら今の君でも運べるだろう」
ブラックパイソンの黒腕が百合花に伸びるその瞬間。
「触れるないでもらえるか」
懐かしい声が響く。暗がりから姿を現したのは、半黒半白の猫だった。
その懐かしい顔を見た瞬間、光太朗の身体を包む緊張に糸は切れ、地面に力なく膝を突く。
「・・・ニア」
ニアはブラックパイソンと百合花の前に割り込むように足を進ませ、
「百合花、一織、夜宵はグランティールにて治療しよう」
意識無く、苦悶の表情で目を伏せる百合花の額を、ニアが小さく舌で撫でた。
友人に見せる穏やかなものとは違い、ブラックパイソンに見せる表情は、敵意に満ちたものだった。
「・・・敵だった相手が後に味方になる。ありがちなシチュエーションだが、我の頭はそれほどめでたくはない」
怒気が含まれていそうな息が、小さな口から漏れ出る。
「こんな状況でなければ、再会を喜んでいたのだがな」
ちらり、と猫の目が光太朗を見やる。
「一刻も早く3人を運んでやりたい。我に任せてくれないか」
ニアが床に横たわる3人に言葉を掛ける。淡い輝きが柔らかく包まれる。
また、後ほど会おう。
そう言い残した瞬間、廃墟の中を一陣の風が吹く。煽られた、湿った風が光太朗の顔に吹き付けられ、それを腕で庇う。視線を再び外に向けた時。
その風が去った時。ニアだけでなく、百合花と一織、夜宵の姿はそこにはなかった。
その不思議な光景にも、ブラックパイソンは驚くこともなく。
「・・・なるほど。あれが異なる世界の異邦人、といったところか」
言葉を喋る猫に対しても冷静だ。
「・・・のんびりしている暇なんてあるのかよ」
この場所に警察が近づいてきていると言ったのは黒い鎧自身だ。
「まだ時間がかかるだろうね。そのあたりの路地に、妨害工作を仕掛けてきた」
妨害と言っても、うず高く積まれた資材や何やらをバラマキ、侵入しにくいようにしてきただけだ。
「・・・何が目的だ?」
あのまま押し込まれれば、光太朗は自分の負けを悟っていた。悔しいが、それくらい、強い。
ブラックパイソンの行為が、仮に光太朗を救ったものならば、何が狙いだ?
「・・・君は、僕の誘いを断り、戦うことを選んだ。僕らの能力は、世界を変えられる能力だ」
ブルーサーペントも同じようなことを言っていた。そのために動いていることも。
「君は敢えて、この歪んだ、人に優しくない世界を護るというのか?」
鷹村の野望が、どれほどの世界の変革をもたらすのかはわからない。ただ、今のままの世界ではなくなる気がする。そうでなければ、こんな鎧に身を纏ってまですることとは思えないからだ。いや、逆にスケイルアーマーの適応者でなければ出来ないことなのだろう。
「他人の幸せを容易に奪う。それがまかり通る世界を野放しにしてもいいと思うのかい?」
彼らがその力を用い、目指す世界を目指すなら。光太朗を力で無理やり従えて叶えればいい。
「僕らが叶えようとしている世界は、全人類の悲しみがこれ以上溢れることのない、優しい世界だ」
ブラックパイソンの問いの意味とは。
もし。
今生きている世界が、両親を失う前の世界だったら。彼らの成すことは、それをも覆す奇跡の世界を創ることなのか。
だが、そんな『もしも』は存在しない。
時は非情で冷徹だ。失った者は二度と返ってこないし、その悲しみはどんな喜びでも覆りはしないだろう。
でも。
蛇ノ目と出会ってから。
今まで。
『普通』ではない生活に耐えられたのは、自分を支える『家族』の存在があって。
『友人』の助けがあって。
だから。
「俺は、お前ら程、この世界に絶望してはいない」
その、力強い意思を聞き。ブラックパイソンは肩を竦めた。
廃墟の中を流動する薄暗い空気の形が見えるほどの重い時間が流れた。
ブラックパイソンが、腕を動かす。
全身を構成する、黒い輝きが亀裂を伴い、結晶となって瓦解してゆく。
黒い破片は、地面に溢れる頃には細かい粒子となって、解ける。
その姿に、光太朗は目を疑った。
ブラックパイソンの鎧が解けたその先。
姿を見せたのは、あの喫茶店で見た店員だったからだ。
廃墟を後にした光太朗は、力なく家路へ就く。
何かが起こりすぎて、脳の処理能力を余裕でオーバーしている。
ブラックパイソンの正体は、夏の前に振られた雨を凌ぐために軒先を借りた喫茶店の店員で。
「〜〜〜っ!」
光太朗は、思わず髪を掻き乱す。
正体を明かしたブラックパイソンは、再びアーマーを身に纏うと、
「ふたりでゆっくり話がしたい」
いつでもいい。店に来て欲しい、と告げて、黒い鎧は廃墟を立ち去った。
光太朗の正体を知っていたのはいつからだ?初めて出会ったあの時にはすでに知っていたのか?
ならば、今まで接触してこなかったのは何故だ?
色々な考えが複雑に絡み合い、その結び目が全く解けない。そのことに苛立ち、更に光太朗の心を冷静でいられなくする。
家も近くなった。
その証拠に、いつもの公園が見え始めた。
「光太朗」
声に呼ばれ、周囲を伺うと、ニアが姿を見せた。
「3人は命に別状はない」
その報を聞き、光太朗はホッとひとまずの胸を撫で下ろした。
「日が暮れるまでには目を覚ますだろう。一織と夜宵は、こんな状況で我が国に招かなければならないことを無念に思うよ」
そう言って、ニアは尻尾を揺らした。
「・・・同じような姿をした鎧がいたことに我は驚いたぞ」
言いながら、ニアがゆっくりと近づいてきた。
「・・・ありがとう。助かった」
言いながら、半黒半白の毛を撫でる。ニアはくすぐったそうに目を細める。そこまでして、光太朗はハッとなった、いつもの癖で触ってしまったが、ニアは人の姿にも変身できるのを思い出した。それは、無遠慮にも女の子の身体に触れることを意味する。
その戸惑いが手から伝わったか、ニアは。
「構わん。もっと愛でろ」
と、身体に触れることを許した。
「・・・それにしても、本当にいいタイミングだった」
「別件で来たのだがな。・・・君に会いに来た」
「・・・俺に?」
マギアス絡みで光太朗に要件とは、また『向こう』でトラブルだろうか?
ニアは、意を決したように目を鋭くさせ、
「君に耳に入れておいて欲しい話がある」
いつになく冷静な態度に、光太朗の意識が引き締まる。
「・・・百合花のことだ。百合花だけでなく、鋳薔薇、雛にも関する事柄だ」
百合花の親友である、鋳薔薇、雛。その3人に共通することは、同じ花の騎士としての使命を持つ。
珍重を称える光太朗に向かって、ニアは小さな口を開いた。
「百合花たちはいずれ、花の騎士としての能力を失うだろう」
ニアから聞かされた話が、まだ頭の中を反響している。
花の騎士の能力が失われる。
それは明日にでもか、1年後か。
その覚悟は、アンチホープの脅威を退けたあの日から定められた運命なのだと言う。
元々、花の騎士であることを証明する存在である花香剣は、マギアスを脅かす存在を感知して、目覚める。そして、闇を払う花の騎士の適応者を求める。
マギアスへの脅威が去った今、花の騎士が存在する理由はない。
使命を終えた花香剣は、再び世界が脅威の種が芽になるその時まで、眠りにつくのだという。
そして、再び花香剣が目を覚ますのは、100年かそれ以上。いや、目覚めないのが一番いいのだ。
少なくとも、百合花たちが生きている間は再び手に取る人間が現れないことを望むと、ニアは言う。
アイリスという例外も含めて、いずれ花香剣は眠りの時を迎える。その時、百合花たちは真の意味で普通の女の子に戻る。
ニアは、むしろそれを祝福してあげたい。今まで闘い、傷ついてなお、前を向こうとした彼女たちを。
「その際、三人を招いて、パーティーでも催そう。勿論、君にも列席してもらうよ」
そう言って、ニアは薄く微笑んだ。
「・・・百合花には、その日まで口止めされていたのだがな。君にも知る権利があると思い、馳せ参じた」
光太朗は、ニアの顔を優しく撫で、
「・・・そうか。心に留めておくよ」
光太朗よりも前に戦う能力を有し、その力を失うことがどんな気持ちをもたらすのか。光太朗にはまだ推し量ることが出来ない。
戦う力を失う。
それは、友人を危険に晒すことがなくなる、まさに、今日起きたことが起きなくなるかも知れない。
だが。
そんな気持ちとは反対の、寂しい気持ちを覚えたのは、光太朗の気のせいなのかも知れない。
「だから言ったろ。コイツは裏切るつもりだ」
帰ってきたブラックパイソンの傍らに、ヴァイオレットバイパーはいなかった。自分に任せろと言っておきながら、連れて来ることをしなかった。
「・・・行くぞ。あのガキを捕らえる。手負いの今なら簡単だろう」
ブルーサーペントの水流により、その身体はダメージを負っているはずだ。
「・・・なぜ止める?」
その部屋を出ようとする男を、別の青年が制する。
「テメエの不手際だぞ・・・!」
ヴァイオレットバイパーを捕らえる役目を譲っただけでも業腹なのに、その任務を遂行せず戻ってきたことが気に入らない。
「僕に任せてくれないか」
「・・・何回その言葉を間に受ければいい?」
もはや、それは信頼に値しない言葉だ。
怒りが熱に変わったかのように、男は猛る気持ちが押さえられない。冷静でいる男の顔を今から殴り倒したい気分だ。
だが、生身に置いても改造度合いは影響を受ける。『完全体』であるその男に、腕力で叶う道理はないだろう。
「・・・次はねえぞ」
掴まれた腕を、男は振り払う。
「言っただろ?この街に住んでいるのは揺るがない事実なんだ。望む望まないにかかわらず、計画は進むよ」
その言葉を語る姿に向かって、男は厳しい目を投げ続けていた。




