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ACT69・荒ぶる水竜

 その『異常』はすぐに分かった。

 ある建物から、雨が振っていたり水道管が破裂していなければ有り得ない程の量の水が周囲を満たしていたからだ。

 そのビルは、黄色い進入禁止のフェンスで囲われていた。

 昇る階段すら僅かに水の流れが残り。それが上の階層から起きていることがわかる。

「神野君」

フェンスに手を掛け、中に入ろうとしたその時。

 百合花が光太朗と合流。

 光太朗が念の為百合花に電話を入れたのだ。それが、百合花にとっては嬉しく思えた。

「・・・それにしても、なんでこんな水浸しなんだろう?」

 屋上の貯水タンクでも壊れたのだろうか。でも、見るからにここは人気のない廃ビル。水の流れが生きているとは思えない。人が隠れるにはうってつけなのだが。

「俺は上を見てくる」

「じゃあ、私は一階から調べてみる」

 一階のフロアに足を踏み入れ、 そう言葉を交わした瞬間。

 どごぉんっ!

 頭上。

 遠くから鳴り響く音。その衝撃で、天井から砂埃が舞い落ちる。

 光太朗と百合花は顔を見合わせ、上の階へ向かって駆け出した。


 その階に辿り着いた時、光太朗の目に飛び込んで来たのは信じられない光景だった。

 恐らく、バッグを奪った犯人であろう黒尽くめが壁に意識無く持たれかかっていて。

 その向こう側。

 青とオレンジ色の鎧を纏った人影が、ふたりの少女を組み伏せていた。

 青い鎧が、その足で夜宵の身体を踏みつけ。

 オレンジの鎧が、一織の小さな身体を片腕を掴み持ち上げ。

 四肢を力なく吊るしている。

「こちらの攻撃を相性が悪いのなら、入れ替えりゃいい」

 青い鎧が言う。

 水を得意とするブルーサーペントとドルフィンセイザー、毒を生むオレンジアダーと、抗体接種済みのバニーセイザーは相性が悪い。ならば、お互い相手取る相手を変えればいい。

 後は楽なものだった。

 うさぎ耳の方は、パンチの威力こそ凄まじいものの、直線的で躱すのはわけはない。

 イルカの尻尾の方は、水の濁流を生む前に麻痺毒で一発だ。どうやら抗体はウサギ耳の方にしか施せないらしい。

 ものの数秒で制圧。

 変身は溶け、こうして無様に滴る床に身体を押さえつけられ、中に吊るされている。

「驚いたな。ほんとにガキじゃねえか」

 意識を失い、目を伏せる一織を眺め、青い鎧は呆れたように言葉を吐く。

「こんな奴にヤラれたら、ウロボロスの名折れだ」

 光太朗の胸に渦巻く、猛る衝動。

 怒りが地面を伝わり、湿った床が蒸発するようだ。

 気配と、足を一歩推し進めたことによる足音で、青い鎧が侵入者に気づいた。

「おー!ほんとに釣れたぜ」

 光太朗の姿を認めたブルーサーペントは、歓喜に肩を震わせる。

「良く来たな同士よ!」

 光太朗を迎え入れるように手を広げるが、その手の中にある一織の姿を思い出し、

「ああ。もうコイツらはもういらねえな」

 言いながら、青い鎧は掴み上げた右掌を、開く。

 重力に従い、下に無慈悲に落下する。小さい身体だろうと、その法則は変わらない。

 どちゃっ。

 冷たく固い床に、幼い身体を容赦なく打ち捨てる。

 その瞬間。

 光太朗の中で何かが弾けた。

 ゆっくりと、足の向く先を青い鎧へと。

「おう!俺達と共に世界を変えようぜ!」

 高らかに叫ぶ盲言も耳に届かず。

 青い鎧が言い終わるかが早いか。

「ぐっ!?」

 青い鎧の首が、90度程、曲がる。

 光太朗が、右腕でパンチをブルーサーペントの顔面を殴りつけたのだ。

「・・・っ!馬鹿かテメエ!」

 生身でスケイルアーマーに殴りつけるなんて、無意味に等しい愚かな行為だ。

 だが、光太朗の怒りは収まらない。

 ブルーサーペントととしては、素手でいくら殴りかかられようが、痛くも痒くもない。

「おいおい!仲間になる前に潰れられたら困るぜ!」

 ブルーサーペントが、光太朗の左腕を掴み上げる。

 皮膚は裂け、血が滲む様が光太朗の怒りを現している。だが、ブルーサーペントとしては、光太朗の気持ちはどうでもいい。必要なのは、ヴァイオレットバイパーを有するその身体が健康体であるかどうかだ。

 光太朗は残った右手で腰部に手を通過させ。

 瞬く間に、光太朗の身体に紫色の鎧が纏ってゆく。

 振りほどいた左手と共に、攻撃を続ける。

「おいおい!何キレてんだ!」

 ブルーサーペントが、光太朗の連撃を捌きながら、目の前の男の豹変ぶり驚いている。

「お前!あの娘たちに何をした!」

 地面に力なく身体を投げ出す一織と夜宵。

 ブルーサーペントは少し考えながら、合点が言ったように頷く。

「ああ。人様から金を奪う不届き者を『お仕置き』しているところ、それすらを咎めようとしたんだ。俺等何も悪いことしてねえよなあ!」

 同意を求めるように、少し離れた場所でその様子を伺っているオレンジ色の鎧に向かって言葉を投げかけた。

「そんな時、お嬢ちゃんが割り込んできたんだ。俺等のしていることが許せないんだと」

 悪は、正義を持って正さなければならない。ブルーサーペントととしては、褒められこそスレ、咎められる理由がわからない。

 人様に迷惑を掛ける存在は、この世に居なければ居ないほうがいいからだ。

「んで、お嬢ちゃんたち、お前と知り合いらしいじゃねえか。ちょうどいい。お前さんを誘うエサになってもらおうと。ま、その前に来ちまったけどな」

 なぜ、この局面でそんな言葉が吐ける?悪びれること無く言葉を吐ける?

 光太朗には理解が出来ない。

「お兄ちゃんお兄ちゃんってずっと言ってたぜ。よっぽど頼りになる兄貴分なんだろうよ」

 カラカラと、嘲るように言う。ますます、振りかざす拳に力が籠もる。

「・・・流石に鬱陶しいな。いい加減力の差を理解しろよ」

 同じスケイルアーマー同士。だが、現段階では、その力の差は明らかにある。

 だから、いくら打たれようとも、ブルーサーペントにはダメージはほぼない。

 一方。

 光太朗は、右足に力を込める。渦巻く力が奔流となり。ひとつの力の塊を形作る。

『バイパーストライク』

 やがて、全てを打ち砕く力を顕現させる。

 そして、それを眼前の的に向かって解き放つ。

 空気が振動するほどの衝撃波が伝播する。全ての空気が押し流され。人の気配が無く、堆積していた淀んだ空気が全て新しいもので入れ替わったかのようだ。

 光太朗は、メットの中で驚愕する。

 ブルーサーペントは、光太朗の右足の一撃を受け止めていた。

 黒い鎧に続いて。

 青い鎧もまた、光太朗の必殺の一撃に耐えるどころか、受け止め。

「・・・うああああああっ!」

 足を引っ込めた光太朗は、再びパンチでの攻撃に切り替え。

「・・・最近のガキはどうもこうして聞き分けがねえんだ。おい!取り押さえるのを手伝え!」

 背後のオレンジの鎧に声をかけたことで、その挙動が動く。

 光太朗の攻撃を受け止める青い鎧に加勢しようと、その身体を動かした時。

 光の残像がオレンジ色を貫く。

 花香剣(フレイバー)が生む光の刃が、オレンジ色の身体を撃ち貫く。

 ホワイトリリィの姿に変身した百合花が、表情も険しくオレンジの鎧に刃を突き立てる。

 だが。

「・・・なんで?」

 百合花が驚愕に言葉を零した。

 透過した刃を、オレンジ色が手で払い。貫かれたことに意を介していない。

 花の騎士(プリマエクス)は、生命の光に干渉する能力を有する。そして、花香剣(フレイバー)は、闇を払う聖剣だ。

 人が人である限り、その身体には水晶花(フロスタル)を宿し。

 花香剣(フレイバー)はその輝きにに触れられる。

 人の精神を直接操作できるその力は、危険だ。だからこそ、花の騎士(プリマエクス)の適応者には責任が伴う。

 みだりに他人の水晶花(フロスタル)に干渉してはならない。

 だが、今は。

 光太朗に降りかかる危険を取り払うため。オレンジ色の鎧の戦闘意識を奪うため。

 通常は、魔を断罪する聖なる刃。聖晶神剣(ラディウス)花香剣(フレイバー)の剣の輝きは人の心に作用し、その刃を人間に突きたてられれば、少なくとも意識を伴って立って居られないはずだ。

 だが、オレンジアダーはその足を少しも折ることはなく。

 風圧が生まれる気配を感じ、百合花は跳躍して間合いを離す。今しがた百合花が居た場所を、オレンジ色の剛腕が唸り。

 その少し前では、光太朗の乱撃を青い鎧は難なく捌いている。

「・・・無駄なあがきなのによ」

 心底呆れたように、青い鎧は肩を竦める。目の前の紫の鎧が、赤く発光した熱を称えたからだ。

 だが、オーバーワークの速度を持ってしても光太朗の攻撃は青い鎧に届くことはない。

「いい加減分かれよ。お前の攻撃は俺には通用しねえ。・・・この先のステージまで登り冷たかったら俺達と来い。すぐさまそのアーマーの真の力を引き出してやれるぜ」

 青い鎧の言葉も聞こえていないのか。

 パンチ。キック。乱れ撃つ連撃を冷めた目で捌き続ける。

「・・・だめだこりゃ」

 そう、短く言った後、

「ちょっとおとなしくさせるぜ。簡単に死ぬんじゃねえぞ」

 光太朗の渾身の突きを難なく躱し、すれ違いざまに赤黒いボディに所定を放つ。

 瞬間。

 衝撃を身体中を貫き。大きく光太朗の身体がよろめき。

 揺らぐ視界で、皮肉にも光太朗は自分が冷静でないことを知る。

 弾ける視界を正そうとする光太朗の頭が、まさに正面に向き直った時。

 青い鎧が両手のひらを合わせ、構えていた。

『サーペントブラスト』

 手のひらから、滴る雫が沸騰するかのように荒ぶり。収束された水流の動きはまさに竜か。

 意思を宿した動きでうねり。

 うめき声を上げる間もなく。

 青い水流は柔らかくありながら、全てを薙ぎ倒す硬弾となりて光太朗の身体を襲い。

 瞬きの間に、光太朗の身体を奥の壁まで弾き押した。

 最奥の壁すら突き破りそうな勢いで、光太朗の身体がだらしなく折れる。

 水が弾け、落下する滝が乱舞した瀑布のように。周囲には白霧が漂い。

「もうちょい出力を上げりゃ、壁も素のスケイルアーマーもへし砕けたところだがな」

 その光景に、百合花は戦慄した。

 一織と夜宵の攻撃も、自分の攻撃さえも通用せず。

 同じスケイルアーマーでもこれだけの力の差があり。

 新たに地面が流れる水で濡れる範囲が広がって行く中。

 ブルーサーペントがゆっくりと吹き飛んだ光太朗の元へと歩みを始め。

「こっちは終わったぞ。連れて帰る準備をしろ」

 百合花と対峙するオレンジ色の鎧に声を飛ばす。

「・・・何の真似だ?自分たちと俺達の力の差は思い知ったろ?」

 その不可解な行動に、青い鎧は苛立ちを隠そうともしなかった。

 崩れ落ちる光太朗の前に、百合花が立ちはだかったからだ。

「お前さんの妙な武器は、俺達には通用しない」

 オレンジ色に通用しなかった花香剣(フレイバー)の刃が、青い鎧に通用するとは思えない。そして、それに気づいていないわけでもあるまい。

「口にするのも憚られるがな・・・。心に作用する、干渉する攻撃は、全て鷹村の組み込んだ装置によって無効化される。人間以外の、異界からの侵略者に対抗できる手段だそうだ」

 そう言葉にしながら、ブルーサーペントはゆっくりと間合いを詰める。

「だからそこをどきな」

 百合花は花香剣(フレイバー)を構えたまま、光太朗を護るように間で遮る。

「どいつもこいつも、聞き分けのねえ奴ばかりだ・・・!」

 苛立ちを募らせたブルーサーペントは地を駆け。

 瞬く間に間合いを詰め、その手の中に花香剣(フレイバー)を収める。刃のない剣は人の肌を裂くことはない。だが、光に反する闇の波動は、その剣に触れた途端、霧散する。

 そうでなくとも、人であれば触れた時間に比例して、意識を削られるはず。

「そこまでして、この男が大事か。あのガキもそうだ」

 眼前まで押し迫る青い鎧。この距離まで近づいても、その面の先の表情は見えない。

 凄まじい力。

 両手で花香剣(フレイバー)を握る百合花より、片手で刃を握り込むブルーサーペントを動かせない。

「貴方たちの目的が何であれ、彼はあなた達に屈しないわ」

「・・・そいつの意思は関係ねえ。あるのはスケイルアーマーが、この世界を未来へと導く鍵だって事実だけだ」

 出会ってから今まで。

 光太朗は傷つきながらも誰かのために戦ってきた。

 そばで見てきた自分だからこそ分かる。

 光太朗は、そんな事実にはなびかないし。立ち向かうだろう。

 今度は、自分が護る番だ。


「おい。起きろ」

 強い言葉で目が覚めた。何かが自分の身体を持ち上げる。

 変身は解けていたようで。身体に伝わる冷たい感触が、意識を失う寸前、押し迫る青い塊のせいだと思い出された。

 未だ歪む視界の中、視線を彷徨わせる。

 自分を釣り上げていたのは青い鎧、ブルーサーペントだった。

 冷たい身体が、再度沸騰する感覚。

 その直ぐ側に、見知った顔が倒れ伏せていたからだ。

「どいつもこいつも。お前さんを護るため、か。美しい友情だねえ。いや、このお嬢ちゃんに限って言えば、愛かな。・・・妬けるねえ」

 息はあるようだ。うつ伏せの背中に、上下する動きが見える。

「全く。ヘドが出る」

「あう・・・っ」

 光太朗の眼の前で、青い鎧の靴底が百合花を足蹴にしたからだ。

「落ち着けよ」

 光太朗が釣り上げられながら、青い鎧に向かって拳を突き下ろす。

 変身の解けた素手での攻撃は、さらなる鈍痛を腕にもたらす。

「お前が俺達につけば、こんな虚しい争いはなくなるんだぜ」

 全く痛くないパンチの雨を受けながら、淡々とブルーサーペントは語る。

「誰かが誰かを傷つける。それがなくなる世界だ」

「お前が!みんなを傷つけて!何を言うっ!」

 一織も、夜宵も。百合花も。

 みんなコイツらが。

「・・・俺等の意に従わねえ異分子は排除する。いわば躾さ。聞き分けのねえガキを大人しくさせるための教育さ」

 光太朗の神経を逆なでする、不快な言葉。

 そんなことはもう、どうでもいい。これ以上、自分の前で誰かが傷つく。

 そんなことに、もう絶えられない。

 光太朗は一心不乱にパンチを叩き込む。

 光太朗の視界が反転する。

 軽い動きで振り上げられた光太朗の身体が、地面に叩きつけられた。

 天に吐き出される、肺の中の息。

視界が揺れ、苦しさを全身にもたらす。

「認めろ。今のお前じゃ俺達に勝てない。お前が頷けば、この世は争いの無い世界になる」

 光太朗は、自分の無力さを嘆いた。そのために、誰かが、知った顔がなぜ傷つけられなければならない?

「・・・また暴れられると厄介だな。脚や腕の一本二本もいでいくか。どうせ必要なのはヴェノムクラスタだけだ」

 ブルーサーペントは、青い水流を渦巻かせる。

「なあに、傷口も、痛みもなく綺麗さっぱり切断できるさ」

 放つ水流は、ダイヤモンドですら切り刻める。

「念のため麻酔でも懸けてやれ。泣きわめかれると厄介だ」

 ブルーサーペントが、背後のオレンジの鎧に声をかけようと首だけを振り向かせた瞬間。

 せっかく6体目が手に入るその瞬間を喜ぶ様子が見えない。

 その理由はすぐに分かった。自分の身体に叩きつけられる衝撃で。

「ぐっ!?」

 意識が揺らぐほどの衝撃で、ブルーサーペントの身体は大きく吹き飛ばされ。

「・・・おいおい。何してくれてんだ」

 ギロリ、と。睨むような目の動きで、青い鎧が首を傾ける。

「そりゃ、裏切りと取っていいか?なあ」

 衝撃で巻き上げられた水が、物理法則に則って落下。烟る朝のような白霧がかき乱される。

 光太朗は霞む視界の中、自分の目を疑った。

 姿を現したのは。

 黒い鎧だったからだ。

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