ACT68・スケイルナンバーズ
廃墟となったビルに、息を荒げた黒尽くめが戦利品に舌鼓を打っていた。
読み通り、バックの中の財布には、一発で懐が温まる量の金が入っていた。
全く、チョロい小遣い稼ぎだ。めくる札束の枚数を数えながら、噛み殺す笑い声が周囲に反響するのを堪えるので精一杯だった。
こんなうらびれた廃墟にまともな思考の人間ならば近づかない。おあつらえ向きの身の隠し場所だ。
その時。
こつん。
乾いたコンクリートの床に反響する音。
黒尽くめは思わず振り返った。
追ってか。
正義感に駆られた馬鹿か。まさかあの老婆が追いかけてきたわけではあるまい。
さほど警戒心はない。ここには停止した工事の後なのか、堆積した砂の中に、寂れた資材が積まれている。誰かが追って雇用と、身を隠しながら一階まで逃げおおせる。
念のため、物陰に隠れながら侵入者の姿を伺う。
その目に映ったのは。
「あの廃ビルみたいね」
夜宵が、寂れた三階建てに目を飛ばしながら言う。
場所柄、人通りもあまりない。隠れるのはうってつけだろう。
一織と夜宵は三階の窓から周囲を伺いながら内部に足を落とす。窓ガラスは割られていたり、そもそもないので侵入は容易だ。
長い間打ち捨てられていたのか、床には埃が堆積し、そこが人の出入りが暫く無かったことを示している。
「・・・いないね」
一織が小声で言う。埃っぽい、湿った空気が冷えたものを肌にもたらした。
夜宵の声が返ってこないのを不審に思い、一織は振り向く。
夜宵は、一織とは反対方向。その一点を見つめている。
「・・・夜宵ちゃん?」
一織も、その視線の後を追う。
すると。
そこに、いた。
黒尽くめの姿が。
ただし、その四肢は床から離れ、苦悶にもがき、足をばたつかせている。
青色の光沢を放つ輝き。
その右腕が、黒尽くめの首元を掴み上げている。
首元に食い込む硬質の指先は、容赦なく黒尽くめの気道を圧迫する。
顔をどす黒く染め、本来空気が出入りする口からは、かろうじて泡だけが吐き出されている。
「何をやっているの!」
叫んだのは夜宵だ。
ぐりん、と青い鎧が首だけで声の方へと傾ける。
ヴァイオレットバイパーのような全身鎧。
綺麗な蝶の羽根のような鮮やかな青い色。
「・・・何、って。この世に必要のない害虫を駆除してんだ」
悪びれることもなく、その青い鎧は首を締める動きを解こうとしない。
ばたつかせている足の動きが鈍くなる。
「・・・あらら。もうすぐ御臨終だぁ。No.6をおびき寄せるつもりだったが、珍しいお客さんが釣れたな」
何が面白いのか、青い鎧は乾いた笑いを漏らす。
「・・・知ってるぜ。人間を奇妙な力で昏睡に陥れたバケモンを退治したとかいう嬢ちゃんたちだろ?」
まるで右腕の中で起きていることを気にすることもなく。興味津々に一織たちに見えない目を向けている。
「いやあ。アレは厄介だったぜ。こちらの攻撃が効かないときたもんだ。科学の叡智が型無しだ」
何ら面白くもない。男の首を捻りながらする話ではない。
夜宵は一瞬で怒りが沸点に達し。
足で地を蹴る。
瞬く間に青い鎧との距離を詰め。
奇しくも同じ青い輝きを宿した蹴りを放ち。
「おっとぉ」
それを躱す動きで、捻り締めた手から男の体が溢れ落ち。土煙とともに、黒尽くめが地面に身体を投げ出す。
「・・・大丈夫。気を失っているだけ」
崩れ落ちた男の身体を抱えつつ、一織が言う。首元に確かに残る、指の跡。
スターリザレクションの光で包み、男の意識を再生へと導く。
「あらら。息を吹き返しちまった」
心底残念そうに青い鎧は言葉を零す。
「何が楽しいのっ!」
怒りと共に、夜宵は足を振り上げ。
「・・・足癖の悪ぃお嬢ちゃんだな」
乱れ撃つ蹴りの連撃を、青い鎧は軽い身のこなしで交わし続ける。
「決まってるだろ。あんなゴミクズ、この地上にゃ不要だろうよ。人様に迷惑をかけて、のさばる害虫を駆除したところで、誰が困る?」
さも当然と言わんばかりに青い鎧は吐き捨てる。
その言葉に、一織の胸が得体の知れない熱で煮えたぎるのを感じる。
それは、正義感ではない。不要なものを簡単に切り捨てられる非情な心。
「くっ!」
だが、そんな怒りとは反対に、放つ蹴りが一向に当たらない。まるで、夜宵の攻撃が先読みをされているかのように。
「ほれほれ。子供は元気なのが一番だ」
からかうように、嘲るように。当ててみろと言わんばかりに青い鎧は夜宵を挑発。
下からすくい上げるような軌跡を軽やかなステップで青い残像を残し、回避。
大きく身体を浮き上がらせ、その硬質の足先が地面に突く瞬間。
青い鎧のメットの中で、反応が走る。
凄まじい衝撃が、横から押し迫り。
風圧で吹き上げられた砂埃が廃居の中に撒き散らされる。
「・・・こっちは手癖か」
一織が渾身の力を凝縮させたバニーパンチを炸裂させる。
その拳は青い鎧に触れている。
だが、対象の青い鎧はその身体を吹き飛ばすことはなく。
死角からの一撃にも関わらず。
野球の背面キャッチのように、背後に回した手のひらで一織のパンチを受け止めていた。
気体のダスターすら吹き飛ばす、バニーセイザーの怪力でも、青い鎧にダメージを与えることは敵わない。
一織は小さく表情を歪めながら、青い鎧と距離を取る。
「あらら。嫌われたもんだぜ」
残念そうに、青い鎧は方を竦める。
だが、こっちはふたり。相手はひとり。連携で追い詰めれば。
「・・・ひとつ聞くわ。貴方は『ウロボロス』なのよね」
夜宵の問いかけに、ふたりに挟まれた青い鎧はもう一度方を竦めることで肯定。
「俺達の目的は、世界の救済。この先の素晴らしい世界を築くのが目的。これは本来の目的じゃねえが、そのためにいらねぇ人間を排除するのは何ら間違ってねえだろ」
素晴らしい世界?
そのために人間の命を奪うこと。
それを素晴らしい世界のためになると本気で言っているのか?
「・・・これが、鷹村博士の意思なの?」
「・・・あのじいさんの目的は、世界の統制さ。優秀な人間だけが未来への世界へ足を踏み入れる権利がある。いらねえ者は排除する。ま、これは俺の判断だがな」
胸の中が苦く、不快なもので満ちていく。指先が怒りを伝達し、握りしめたそれが、固く結ばれる。
「何を怒ってんだ。これが俺達ウロボロス、そしてスケイルアーマーに選ばれた適応者の使命さ」
新たな世界への選別者になったつもりか?髪を気取っているつもりか?
そんな権利、誰にもない。
「そして、それは紫仮面とて例外じゃねえ」
ふたりに挟まれているのも厭わずに、青い鎧は語る。
「その力を使い、世の中の悪を取り締まっているようだが、それと何が違う?違わねえさ」
スケイルアーマーに課せられた使命。
それを光太朗は悪を振り払うのに使っている。人を市に追いやるものとは反対の、正しい行為のはずだ。
「違うっ!」
廃墟の中に反響する一織の声。
「お兄ちゃんは、そんな人じゃない!」
「・・・幻想を抱くのは結構だが、事実だ」
青い鎧の言葉を掻き消すように、一織はもう一度吠え、
「お兄ちゃんは、辛い気持ちを持っているのに!優しくて!」
自分にのしかかる運命にも負けず。
何度でも立ち上がって。
自分だけでなく夜宵も、百合花も守ろうとして。
強い心の持ち主で。
そして。
一織の憧れで。
「だから、一緒にしないで」
鋭く、釣り上げられた眉根が、今までにない力を宿していて。
青い鎧の目の前から、一織の姿が掻き消え。
「・・・ぐっ!?」
今度は、青い鎧の声が漏れた。
凄まじい力で引き絞られたパンチが唸りを上げ。交差させた腕のガードの上からでも響く衝撃。
「・・・おいおい!まだ調整がうまくいってねえのか!?」
それは本人にとっても想定外のことだったのだろう。本来なら、外部からのダメージがスケイルアーマーを透過することはありえない。
流石に二撃目は躱し、その隙を逃すまいと反対方向から飛びかかるもうひとりを寸前で捌き。
だが、子供ふたりの連携はまるでひとりの攻撃かのように穴がない、密度の高さが伺えて。
「・・・ち。鬱陶しいな」
冷静になれば、ふたりがかりだろう負ける言われなはい。だが、目の前の少女は普通の人間の攻撃ではない。
こんなところで本気を出す気は無かったが、仕方がない。
青い鎧の内部で、口元を歪める。
青く輝く手のひらに、薄く、冷たい粒子が収束する。
乾いた廃墟の中に、冷たさが生まれる。
手のひらを中心に、それは渦巻き。
それが、青い鎧が生んだ水流だと気づいた時には。
「きゃあっ!」
「う、あああっ!」
手のひらから放出された水の流れの塊が、一織と夜宵の身体を大きく引き剥がし、小さな身体はいとも簡単に吹き飛ばされた。
青い源流が、床の砂埃をも洗い流す。
大きく身体を床に討ち、擦り付けられた感触から目覚め、視線を向ける。
床を伝う水は、少女たちにまさしく冷たい感触を残す。
「俺のスケイルアーマー、『ブルーサーペント』の能力だ」
水で滴る床の上を、『ブルーサーペント』は足を進ませながら、語る。
「大気中の水分を吸収、収束させ、水を操る。俺はそれを自在に圧縮、攻撃に転じることができる。元は水難救助や、水のトラブルと向き合うために作られたものらしいけどな」
火災現場にも向き会えるコンセプトを有している。
「・・・んん?片っぽが居ねえな。外まで流されちまったか?」
一織以外の姿が見えないのを不審に思う。まさに今の濁流で吹き飛ばしていても不思議ではない。
違う。
ブルーサーペントは、そばまで迫る気配に反応し、腕のみを上げて、その襲来を防ぐ。
「奇遇ね。あたしも『水』の中に置いてはスペシャリストのつもりなの」
あの濁流の中。
押し出される圧力に逆らうように、夜宵の身体は迫る水圧を遡上する。
生身じゃカナヅチだけど、ドルフィンセイザーである以上、『水』の領域で遅れは取らない。
水の攻撃は、全て自分が防ぐ。
体制を立て直して、改めて攻撃に転じる。
夜宵は少しだけ視線を動かして、一織の姿を追う。
だが、その目に入ってきたのは、驚くべき姿だった。
「・・・あ、くっ?」
一織が胸を手で抑え、苦悶の表情を浮かべている。
水の攻撃で打ちどころを誤ったのか。いや、あの程度の攻撃、規模はともかく、致命傷にはなり得なかったはずだ。
「・・・遅えぞ」
ブルーサーペントが、小さく呟いた。遅刻した友人を咎めるような。
廃墟の物陰から、別の影が姿を現す。
全身が橙色。オレンジ色の輝きを備えた全身鎧。色こそ違えど、その纏う雰囲気はブルーサーペントと同質のものだろう。
「『オレンジアダー』。化学兵器鎮圧用の機体らしいぜ。スケイルアーマーは基本気密性に優れ、毒ガスや細菌兵器も物ともしねえが『奴』は浴びた毒素を解析して、復元できる能力も持つ」
オレンジ色の装甲が、怪しく輝く。
「・・・そして、自ら毒も精製することもできる」
夜宵の顔が青ざめる。
「一織ちゃん!」
夜宵は膝を地面に着ける友人の元へ駆け出そうとするも、
「おっと!俺との決着がついてないぜ!」
その進路を、ブルーサーペントに阻まれる。
「心配すんな。命までは取りぁしねえだろうぜ。紫仮面を呼び寄せるエサになってもらうだけだ」
そんなことはどうでもいい。
苦悶の表情を浮かべる一織。一刻も早くその場所まで行かなければ。
だが、それは渦巻く水流の乱舞に阻まれ、敵わない。
オレンジアダーが一織の元まで近づいていくのを視界の橋に捉える。
逃げて!一織ちゃん!
「・・・暫く身体の自由は効かないだろうが安心しろ。軽度の麻痺毒だ」
言いながら、オレンジ色の腕が一織に伸びる寸前。
『それを聞いて安心した』
女の子の声ではないものが聞こえ、一織はうずくまった状態のまま、背後へと飛ぶ。先程まで苦しんでいたのがウソのように。
『一織の身体の中に巡る毒素は私が解析、中和した。その際に抗体も打っておいた。毒は効かないと思っていただこう』
宙にゆらめく球体を見て、ブルーサーペントの動きが止まる。
「・・・噂の異星からの侵略者サマ、か。厄介だな」
同じく、オレンジアダーも、自らの毒で封じたはずの少女の動きが元に戻っているのを見て、その見えない目を前方に向けている。
「てめえのお株が奪われたな」
からかうようにブルーサーペントが言う。その言葉に、橙色の具足がゆっくりと前方に動きを勧め。
「基本戦闘能力に問題はない」
やがて加速した足の行方を少女の方へ傾け、湿った空気を引き裂き、オレンジ色の残像を残した。
その騒ぎを耳にしたのは、路上で警察にカバンを奪われた旨を、老婆が説明している光景に出くわした時だ。
カバンを奪っていった黒尽くめが去った方角であろう方向を、指先で説明している。
光太朗は、そちらの方角へゆっくりと向かうのであった。




