ACT67・生と死の輪廻を破壊する者
百合花と一織、夜宵たちは蛇ノ目宅から帰宅。残っているのは光太朗のみ。
示し合わせたように残ったのは、鷹村なる男が世界への恨みを募らせ、ある計画を実行させようとしていることを伝えるためだ。
鷹村の目的はスケイルアーマーを6体揃える、すなわちヴァイオレットバイパーを狙っているということ。
5体のスケイルアーマーは鷹村の手に落ちており、その一体、ブラックパイソンが『ウロボロス』という名を告げた。
鷹村はその『ウロボロス』に所属していて、スケイルアーマーの適応者を従えているのだろう。
「・・・わしが鷹村と同じ研究をしていた時には、そんな名前は聞いたことがなかったから、わしと袂を分かった後に立ち上げた組織だろう」
ブラックパイソンは、地球の救世主とうそぶいていた。鷹村の目的とも合致している。
すっかり冷めた緑茶を光太朗は一口。
「・・・実は、お前にもお嬢ちゃんたちにも言っていないことがある」
蛇ノ目の言葉に、思わず湯呑みを傾ける手が止まる。この上、一体何があるって言うんだ。
「鷹村には、奇妙な力があった」
昔を懐かしむように、蛇ノ目h雨を細める。
「・・・奇妙な力?」
酒の席で、鷹村がぽろりとそんなことを聞いた記憶がある。
「それを、奴は『予知能力』と言っておった」
昔の光太朗なら、そんな者は非現実的で、取り合うこともなく老人の盲言と切り捨てていただろう。
だが、百合花や一織を端とする、不可思議な現象をこれまでいくつも見てきたのも事実だ。終いには動く星型や、言語を話す球体も目にしている。あながち妄言、虚言と言い切れないことも今なら分かる。
だが、その時ひとつの疑問が生じる。
「そんな能力があるのなら・・・」
そこまで言って、光太朗の言いたいことを理解した蛇ノ目は手で制した。
「そう。予知能力があるのなら、葵の死予知できたはず。そう言いたいのだろう」
それならば、悲しみに暮れることもなかった。心を砕くこともなかった。愛しい人がいないこの先の世界に絶望することもなかった。
「奴の予知能力は確実なものらしい。だが、その予測範囲は『いつ』『どこで』『誰が』を知れるわけではなく、『いつか』『どこかで』『何かが起きる』というレベルの曖昧なものらしい」
それはひどく不安定なもののように思える。それを果たして予知と言っていいのか。
「わしも、それだけは奴の気のせい。勘違いとして否定していた。科学に身を置くものとして、そういう力を信じるわけにはいかなかったからだ」
・・・だが、その言い方は。
信じているからこそ出た言葉に思えた。でなければ、光太朗に予知能力のことを告げるはずがないし、歯牙にもかけないはずだから。
「奴は、その能力で世界の未来を見たのかも知れない」
とは言え。
鷹村という、蛇ノ目のかつての同期が地球の救世主を嘯く。
今は相手の出方を伺うしか方法がない。ウロボロスなる組織がどれほどの者で、どこを拠点にしているのか。
それが、光太朗を新たな脅威を背負わせてしまったこと。
かつて心を砕いた親友をあの時に止めていれば、悪しき思いに身に狩られることもさせなかっただろう。
だが。
都合のいい解釈をすれば、今光太朗と出会えていなかったかも知れない、と。罪を正当化するような自分に嫌気がする。光太朗は、それすらをも赦そうとするだろうが。
奇しくも、光太朗の両親に起きたことと、鮎川葵の生涯が重なったからなのか。今はそれを蛇ノ目に確かめる術はない。
どちらにせよ、鷹村の暴挙は止めなければならない。そのために、自分ができることをする。光太朗にだけ負荷を駆けさせることはしないつもりだ。
それこそ、命を懸けて。
「・・・ヴァイオレットバイパーの適合者と出会ったようだな」
老いてなお精悍なその顔は、とても老い永らえただけの表情が生むものではない言葉を吐く。
通る、力強い声は、何者を従えそうなほどの堅固さを伺えて。
『ウロボロス』の創始者。
かつては科学の研究に身を置き、その技術を人の世界の生活がより良くなるように尽力していた過去を持つ。
今はその世界にすら絶望し、ただ、胸の中に燻る復讐の行き先を模索する日々を続けている。
『彼』と鷹村は、陥った境遇がにているところから惹かれ合うように出会い、意思を聞いてもらった、
『彼』もこの世界に希望を奪われ、ただ死を待つだけの存在だった。
黒い鎧を授けられ、地球を救世する。ただそのためだけの目的のため、己の身体を差し出した。例え、この先に人間らしい生活が出来なくとも。
「・・・ええ。貴方の同期が見初めた少年は、意思こそあれど、その身体に覚悟を宿してはいなかった」
その身体は、重量だけでない重さを絶えきるようには鍛え上げられていなかった。
「・・・奴らしいな」
老人のその声は、どこか喜びを含んでいるように思えた。
「だが、奴がその考えを改めないのなら、その少年がスケイルアーマーを纏う資格はないだろう。およそこの先の世界に対応出来ない」
スケイルアーマーは、人を救う救世主に留まらない。世界そのものを守護し、救う。それには条件がある。
こちらの手元にいる5体のスケイルアーマーを纏う適応者は、その条件を満たしている。
スケイルアーマー同士は、それぞれが同等の力を持っている。その均衡は対等でなければならない。
ただ、今のヴァイオレットバイパーは、他のスケイルアーマーを遥かに下回る。真の力どころか、最低限の能力すら発揮できないだろう。
事故や事件を制圧するだけならまだしも、世界という先を視野を入れた場合、遥かに力が足りない。
それともうひとつ。
「このメイドロボは?」
ブラックパイソンの見ている映像は、丸々録画され、保存されている。
画面に映し出されているのは、ライフルを構える派手な髪の色だ。
「戦闘用ロボットの域を出ない、家庭用だろう」
体験した性能は、そんなものだ。今の時代、性能の言いガードロボットだろうと、スケイルアーマーの足元にも及ばない。だが、狙撃の腕も正確無比。調整したオーナーの技術力の高さを覗える。
「・・・そうか」
ブラックパイソンの言葉も、鷹村には画面上から容易に察せることだった。
何より。
その姿だ。
形こそ違えど、その面影は明らかに『彼女』を模していた。
(・・・所詮、貴様も彼女の呪縛からは逃れられていないのだ)
ライフルを構えるメイドロボの静止画を見て、鷹村は小さく息を吐いた。
ウロボロスという名は、生と死の輪廻を現す。地上が、あらゆるしがらみから囚われた『それ』から開放し、永劫の平和な未来を地球にもたらすことを目的に名付けた。
今の地上は、混沌に溢れている。
人が人を傷つけ、罵り。
嘲り、騙し。
見るに絶えない。
そして。
自分に宿る能力が、地球に危機を知らせる。
頭の中に渦巻く倦怠感に、時折悩まされる。そこかしこで起こる事件を『予知』し、常に頭に靄がかかった状態。再起それが頻発する。
自分がその力を理解し、困っている人、危険にさらされている人を救えるのならば会えて受け入れよう。
だがそれは、あまりにも多すぎる。世界が混沌としている証拠だ。
それに、ぼんやりと遠くを見渡すまでもいかない、曖昧な能力では、曖昧な予知は確信めいたものにはならないから。
いつどこで誰がどんな状況に陥るかをはっきりと捉えることができない。
だが、頭に薄く輪郭がぼやける光景は、後日どこかで誰かの身に起きる。
かつての友にもそれは否定された。
まさか、自分の大切な人間が命を落とすとは、誰が思うだろうか。
自分の能力が、凄まじく無意味で、役に立たない能力に思える。人ひとり救えないで、何が予知能力だ。
だが、自分に眠る不可思議な力は、別のものを読み取った。
地球を蝕むのは、何も人間同士の軋轢だけではない。
鷹村が察知したのは、人間の心の隙間に滑り込む、異界からの侵略者の影だった。
時期を少し程遡ると、その頃からその減少は顕著に現れる。
人間が突如意識を失う事件だ。どんな科学者にも医者にも、その原因が掴めなかった。それの要因を鷹村は予知していた。
だが、悔しいかな、どれだけの知識があろうとも、鷹村にそれを防ぐ手立てを手に入れることは出来なかった。
そんな折り、人間の意識が失われる現象が突如止む。それが、誰かが止めたこともわかっている。
そのこと自体はさして問題ではない。どこかで誰かの意識が無くなろうと、それは鷹村の知ったことではないからだ。
問題なのは。
人間に精神がいとも容易く操られ、封じられ、鎮めさせられることだ。
その異世界の侵略者共の目的は、人間の中に宿るエネルギーらしかった。
鷹村の世界を救う作戦が成就すれば、人間の争いも地上から無くなり、異世界からの侵略者をも防げる。
ひいては地球の恒久の平和が訪れる。
地球は、何者の介入が起こらない、平和な星となる。そこに住まう者は、永遠の安らぎを手にできる。
それはまさに理想郷。
死と生の輪廻から外れた、永遠の輪の中で、地球は宇宙の中で恒久の輝きを放つのだ。
それが叶うのは、もうすぐだ。
駅前の繁華街。
美味しそうな甘い匂いの漂う店舗が立ち並ぶ中、一織と夜宵はベンチに座り、隣り合ってクレープを食べていた。
「おいし~い!」
口の中に広がる甘みに、一織は顔をほころばせた。
「ほら、口にクリームがついているわ」
夜宵は手にした物を小動物のように頬張る姿に軽い呆れと共に愛おしさを覚え、指先で口の中に入りそこねたクロームを掬ってやる。
それに対し、一織はくすぐったそうに目を細め、有事の行動にありがとうと口にした。
「それにしても夜宵ちゃん、よくこんなお店知ってたね」
そのクレープ屋は、若者に人気の甘い食べ物の店が立ち並ぶ一画の店だ。
夜宵は内心どきりとする。ここは光太朗に以前奢って貰った店だ。あの時は自分に降り掛かっていた悩みもあって、僅かに気を許してしまった。あの時のことは一時の気の迷いだ。だが、クレープには罪はない。
日曜日、一織と夜宵は連れ立ってクレープを食べに来たのだ。
「・・・それにしても、蛇ノ目のおじいちゃんにあんな過去があったなんてね」
思い出すように、一織は切ない表情。
「マッドサイエンティストと思っていたけど、その友達もマッドサイエンティスト、か」
狂ったように実験に没頭するのもマッドなら、世界を支配しようとするのもまた狂った行動だ。
「・・・夜宵ちゃん」
一織は蛇ノ目のことが心配であるのと同時に、ひとつの思いも宿す。
「わたしたち、ずっとお友達でいられるかな」
何かの掛け違いで、繋がっていた友情が崩れることもある。今、こうして隣り合っている親友は、いつか自分の元から離れ、仲違いしてしまうかも知れない。そんな未来がないとも言えない。
そんな不安を吐露する一織に向かって、夜宵は薄く微笑んだ。
「むぐ」
そんな心配の表情が、夜宵の指の一突きで砕ける。
「一織ちゃんは、私の親友よ」
同じ学校の、同じクラスの人間だけだった関係。それが同じ使命を持った、同じ運命を有する繋がりを持った。
それがこれからどんな関係を築いていくのか。
だが少なくとも、夜宵は一織のことが大好きで。それはこれからも変わらないだろう。
「えへへ」
その言葉に、一織は満面の笑みで返すのだった。
「きゃあああっ!ひったくりよ!」
そんな声が平和な街の空気を引き裂いたのはすぐ後のことだ。
その叫びが示すことが本当なら、この白昼堂々、人が往来する中でその愚行は行われた。
一織と夜宵は無言で頷き、その場を飛び出した。
ハンドバッグを抱えたフルフェイスが、人混みの中を疾走する。
あからさまに年老いた老婆から、手にしたバックを奪い取り、一目散に駆け出す。
当然のことだからなのか、周囲は驚くばかりで誰も追いかけようとしない。
羽振りの良さそうな老婆だった。奪ったバッグの中身を夢想して、男は口元を醜悪に歪めた。
物陰に隠れ、一織と夜宵はスターセイザーに変身してから事件のあった場所に向かう。眼下には人の流れが。ひとりのくずおれた女性を中心に人が集まり、その先の流れを指さしている。
「あっちに行ったようね」
その夜宵の指先に向かって、ふたりは空中で脚に力を込め、飛ぶのであった。




