ACT66・蛇ノ目、青い春の日
その日の放課後。
蛇ノ目の研究所。
一階の茶の間には、家主である蛇ノ目。アフロディーテ。
そして光太朗。
百合花。一織、夜宵。それぞれがウサポとイカロスを抱えている。そして、一織の腕から分離した球体も物珍しそうに部屋を見回している。
「随分とこの家も賑やかになったものじゃ」
こたつテーブルに並ぶ男女だけでなく、星型と真球を見て思わず蛇ノ目の顔が綻ぶ。
「緊急事態だから、って連絡を貰った時は何事かと思ったけど。わたしたちも暇じゃないのよ。のんびりお茶をしている身分じゃないの」
目の前に人数分の湯呑みが、同じ数の香り高い湯気を立ち上らせている。
とはいいつつ、夜宵は丁寧に湯呑みに手を添え、優雅な仕草でそれをすする。
「呑気にお茶に誘ったわけでもないぞ」
蛇ノ目が苦笑し、言う。そして、「アフロディーテ」と背後で直立不動のメイドロボに促す。
それに頷き、茶の間のテレビが点灯する。
「・・・先程、ヴァイパーのメットから、そしてアフロディーテのアイカメラから撮った映像じゃ」
そのTVモニターに映し出された映像を見て、光太朗以外の声が重なった。特に、百合花は驚きを隠せないでいる。
「シャドウバイパー?」
百合花も光太朗と同じ感想を抱いたようだ。そして、その黒い鎧がシャドウバイパーと姿が異なることにもすぐに気づいた。
「もしかして」
百合花の抱いた疑問に、蛇ノ目が無言で頷く。
「『ブラックパイソン』。スケイルアーマーの一体じゃ」
・・・やっぱり。あの黒い鎧はヴァイオレットバイパーと同じ、スケイルアーマーだったか。
「・・・君たちをここへ呼んだのは、この世界に新たな脅威が現れようとしていることを伝えるためじゃ」
その言葉に、全員の表情が固まる。
「ブラックパイソンの出現が何よりの証拠。『奴』は、眠らせていた計画を発動させようとしている」
『『奴』?『計画』?・・・その脅威を引き起こすのが、誰だか知っている口ぶりだな』
人が囲むテーブルの上に佇む真球が、疑問を投げかける。カオススターの言葉に、蛇ノ目は無念そうに顔をしかめた。
「・・・全てを話すのには、わしと『奴』の過去を語らねばならない」
それを遮るように、光太朗が身を乗り出し、蛇ノ目に問い詰める。
「・・・俺が博士と出会い、ヴァイオレットバイパーとして戦うようになったのも、偶然なのか?俺もそれに関係がしていることなのか?」
光太朗はたまに思うことがある。
事故によって大怪我したことも、博士により命を救われたことも。
「・・・最初は偶然じゃった。前にも言ったが、わしは光太朗のことも、スケイルアーマーのためのいい被験体が見つかった、程度のことにしか思っていなかった」
だから、蛇ノ目が光太朗が出会ったのは、ある意味偶然。だが、必然でもあった。
「スケイルアーマーの構想、設計はわしの手によるものだ。・・・その数、6体」
その言葉に、光太朗だけでなく、他のメンツも驚く。
「6体・・・!?あんなのがまだ4体も」
「わしが考えたスケイルアーマーの意味とは、世界に頻発する事件や事故への抑止。まさに光太朗に架した物と同様じゃ」
あの日、蛇ノ目に告げられた言葉と同じ、街にのさばる悪を裁く。ときには未然にそれを防ぐ。人に害成す要素を、この世から取り払う。まさに正義のヒーローの如く。
「6体いるのは、用途、状況に合わせた活動を可能にするためじゃ」
それぞれのスケイルアーマーにコンセプトを有する、状況に適した柔軟性を持っている、と蛇ノ目。
「・・・ただ、スケイルアーマーの開発の裏には、手を貸してくれた人物がいる。そいつは、スケイルアーマーを別の目的に使用しようとしていた」
口惜しそうに、蛇ノ目の表情が翳る。
「奴の名は『鷹村』。わしの同期にして、わしをも超える頭脳を持つ、天才じゃ」
四半世紀以上前。
とある研究所に所属していた蛇ノ目は、日々研究を続けていた。
そこは人の生活をより良くする危惧、道具、システムなどを開発する企業の研究施設だった。
時代が遡っても、変わらない物がある。
それは、事故や事件。人の手により、力のないものが虐げられる。それにより人が傷つけられ、時には命までもが奪われる。
それは時に無力感に苛まれ。救える命が指先から溢れ落ちる感覚は、何事にも耐え難い絶望感をもたらす。
時代が進もうとも、変わらないことでもあった。
蛇ノ目の研究は、いかに愚かしい人間の行動を抑制できるか。
数少ない刹那的な欲求を得るため人を襲い、物を奪う。金品を奪う。
それは恒久的な自己の幸せには繋がらないだろう。逃げおおせても、きっとそれは人の心に後ろ暗さ、十字架を刻む。
それをひとりでも止めたい。抑止したい。
スケイルアーマーの構想とは。
いかなる状況下でも暴力、攻撃に屈することがない。陳腐な言葉で変えさせてもらえば、人の希望。平和の象徴。まさに正義のヒーローなのだ。
だが、そんな考えは他の研究者の一笑に付される。
無理だ。馬鹿な考えだ。金と時間の無駄だ、と。
今でこそ、その考えはガードロボットと言う結果で現れているが、細かく俊敏な動きはまだ程遠い。ガードロボットの現状は、スケイルアーマーの構想には遥か遠い。
スケイルアーマーは、速度、耐久性においてそれらを超える存在として考えていた。
だが、所詮机上の空論。
時間も金もアイデアも膨大に足りない。自分が生きている間に実現できるか。そんなレベルでもあった。
蛇ノ目の研究が暗礁に乗り上げた頃、一筋の光が差す。
蛇ノ目の研究に興味を示したひとりの男がいた。
名を鷹村と言った。
研究に没頭するあまり、常時ボサボサ頭でみっともなさを恥じる気持ちをどこかに置いてきたような蛇ノ目とは異なり。
顔は精悍で、身なりもきっちりしている。見た目およそ研究者には見えない。自分のような日陰者とは異なる、爽やかな男であったと若き日の自分はは記憶している。
鷹村は、夢物語と一蹴されていた研究に興味を示したのだ。そして、その研究に一枚噛ませてくれ、と名乗り出てくれたのだ。
事実。鷹村の頭脳、考え方は、凝り固まった蛇ノ目の停滞していた研究をさらにその先に進ませてくれた、
見た目も性格も異なる蛇ノ目と鷹村は、不思議と意気投合し、親しくなるのと比例するように研究は順調に進んでいった。
思えば食事の好みも、好きな音楽。何から何まで異なっていた。
そんな正反対のふたりでも、研究とは別に、同時に同じものに傾倒することになる。
同期にあるひとりの女性がいた。
鮎川葵という女性だった。
聞けば、鷹村とは幼馴染みであるらしく、その姿は鷹村を介して度々目にしていた。必然的に、蛇ノ目は彼女とも顔見知りになる。
さっぱりとした、明るい性格の彼女は、ひいては陰湿に見える蛇ノ目にも別け隔てなく。
蛇ノ目の天を逆さまに突く髪の毛にすら、彼女はだらしないなぁ、と笑いながらその毛先を笑顔で突くような。
その振りまく明るさは、光源以外のもので蛇ノ目の胸の中を照らした。
蛇ノ目が彼女に好意を抱くのに、そう時間はかからなかった。
屈託なくほころばす笑顔は、機械と油の匂いの研究室の中に、一筋の清涼な風のようにも思えた。
彼女の一挙手一投足。
全てが愛おしく。
研究の手を止め、葵に目を奪われていることを鷹村にからかわれ。
だが、蛇ノ目も知っていた。それを直接耳に聞いたことはなかったが、鷹村も葵を好きだと言うことを。そして、その心が蛇ノ目よりも深い距離にあることを。
自分の想いは、そのふたりの距離に割り込む猶予もないくらいに密接しているのも。
それでも、そんな毎日が楽しくて仕方がなかったのだ。
そんなある日。
幸せは突然瓦解した。
鮎川葵が命を落とした報を聞いたのは、暫く立ってからのことだ。
その知らせを聞いた時、蛇ノ目はすぐに信じることが出来なかった。
だが、目をつぶったまま霊安室で眠ったように横たわる彼女の姿を見た時、これは現実なんだ、と非情な事実を突きつけられた。
葵の身体は、部分的に欠損していた。車の事故に巻き込まれて、身体を傷つけられただけでなく、命までもを落とした。
鷹村は、精神が砕けるのではないのかと言うほどに発狂し、行き場のない怒りを蛇ノ目にぶつけ。言われのない汚い言葉を吐き出され。蛇ノ目の肩に食い込む指の力を、永劫忘れることはないだろう。
そして、鷹村が研究室に顔を見せることはなくなった。
暫くして見せた鷹村の姿は、かつての精悍さの欠片もなく。
顔は痩せこけ、目の下には絵に描いたようなくまを宿し。
それが悔い、悩み、心を砕いた成れの果てだとすぐに察した。
鷹村は蛇ノ目に言う。
研究を続けよう、と。
一日でも早く、蛇ノ目の構想を現実にできるように。
だが、その目的はかつての鷹村が望んだものではなかった。
スケイルアーマーを用い、全ての悪を叩き潰す。悪には例外なく捌きを下す。
力のなき者の命を無下に散らすことを許さない、と。
その本質。
力なき者の力になるようにスケイルアーマーを考えたのは確かだ。だが、それで奪う命があってはならない。
問答の末、鷹村は蛇ノ目の元を去った。
鷹村は、自分の手段で世界を変えると。
その日、蛇ノ目と鷹村は袂を分かった。
それから四半世紀。
光太朗と出会う数ヶ月前。
音信不通だった鷹村から連絡が入った。
俺は俺の手段で世界を変える方法が見つかった、と。
そのためには、お前の力が必要だと。
蛇ノ目は突っぱねた。必要なのはスケイルアーマーなのだろう、と。
その計画の一端を聞いた時、蛇ノ目は怖気がした。
これが、かつての鷹村なのか、と。
蛇ノ目はその計画に加担することを拒否した。思えばこの時、真の別れが確定したのかも知れない。
スケイルアーマーを破壊のために使ってはならない。蛇ノ目の研究は、あくまで平和利用のための技術なのだから。
だが、この時蛇ノ目は失念していた。
鷹村が、蛇ノ目の知りうる限りの天才だということを。
蛇ノ目の研究室の鳴り響くアラート。
外部からのハッキングにより、スケイルアーマーのNo.1から順に、データが吸い上げられていった。
ヴェノムクラスタの精製方法。スケイルアーマーの超重量に耐えうる超筋繊維等の製造方法まで。
蛇ノ目は慌ててキーボードを乱舞させる。
結局、止められたのはちょっと後で。
手元に残ったのはNo.6。ヴァイオレットバイパーに関するデータのみ。
だが、蛇ノ目も最後の科学者の端くれとして報いたつもりだ。
流れ出すデータに乗せて、蛇ノ目は即席のブロックプログラムを同時に流したのだ。データを手に入れても、解除に時間がかかるだろう。ひいてはスケイルアーマーの製造に時間がかかる。
今回の件でデータでスケイルアーマーの情報を残して置くのは危険だと判断した蛇ノ目は、すぐさま残されたヴァイオレットバイパーの分のヴェノムクラスタを精製。
幸運はすぐさま転がってきた。
ある少年が、事故により瀕死の重体を引き起こした。
この時、蛇ノ目に悪魔の囁きが頭を掠める。
ヴェノムクラスタを、人体の中に埋め込み、隠す方法を思いついたのだ。
さらなる幸いにも、その少年には親がなく。
その少年が病院に担ぎ込まれるよりも早く少年を回収できたのは、幸運が続いているとしか思えなかった。
蛇ノ目の構想では、スケイルアーマーは6体存在しなければ最大の力を発揮しない。6体のデータを常にリンクさせ、常時情報を更新させるからだ。
鷹村の考えが本気ならば、いや。
奴はその渦巻く世界への恨みを確実に形にするだろう。
蛇ノ目がヴァイオレットバイパーの存在を隠し続ければ、少なくともスケイルアーマーが6体揃うことは無くなる。ひいてはそれは、鷹村の計画の頓挫を意味する。
だから敢えて。
蛇ノ目は光太朗を利用し、悪にでもなろう。
蛇ノ目が、光太朗に向かって頭を垂れている。
光太朗に、過酷な運命を背負わせたこと。
鷹村と戦おうともせず、ヴァイオレットバイパーのヴェノムクラスタを少年の体内に埋め込むことで、終わらせようとした。時が過ぎ去るのを待った。
親友の過ちをないものとしようとした。
残りの余生を死に向かうだけの時間とし、そのまま命の期限が過ぎれば。
ヴァイオレットバイパーのヴェノムクラスタを見つけることはできなくなる。鷹村と言えど、道行く人全ての腹を裂いて身体の中身を確認するわけにもいかないだろう。
人間の身体の中は、ある意味安全な隠し場所なのだ。
光太朗に世話を焼いたのは、その負い目があったかなのかも知れない。
どれだけ頭を下げても償い切れない。
「顔を上げてくれ、博士」
重い空気の中、光太朗の声だけが茶の間に響く。
上げた先にある表情は、どんな顔をしているだろうか。自分の身体をいじくり回されたことに、侮蔑に怒りを滲ませているだろうか。
蛇ノ目と光太朗には、何の血縁関係もない。赤の他人。数ある人間のうちのふたり。だからこそ、人間としての呵責に苛まれること無く、非道の行為が行えた。許しを乞おうなんて思わない。
少年の未来と引き換えに、世界の平和を望んだ、科学者の戯言だ。
「俺は、博士に会えて良かった」
蛇ノ目の鼻の奥を貫く、堪えきれない感覚。
「博士のお陰で、生きていられた」
目の奥が、一瞬で沸騰したようで。
蛇ノ目は思わずしわがれた手で目を抑える。
光太朗は自分の置かれた境遇を嘆き。
生きることを軽視し。
刹那的な思いを抱いていた。
生きることを舐めるなよ、と叱咤されたあの日。
蛇ノ目が光太朗を生きながらえさせた。例えそれがヴェノムクラスタを隠すためとは言え、感謝こそすれ、恨む理由がない。
生きていられた。
だから、こんな自分を取り巻く仲間に出会えた。それも、生きていられたからこそ手に入ったものだ。
だから、光太朗は蛇ノ目に感謝しているのだ。
「・・・すまん。ありがとう」
暫く、部屋の中では蛇ノ目のすすり泣く音のみが響き渡った。




