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ACT64・蛇の口は尾を食み輪を創る

 学校生活が夏で浮かれた気持ちの最後尾が遠くに見え始めた頃。いつも通りの日常が軌道に乗り始めていた。

 その『普通』が、とても大切なものにすら思える。この普通の日常を送れる当たり前が幸せであることも。

 屋上で昼食を摂ることも、ささやかながら腹だけでなく、心も満たす。

 夏の暑さが落ち着いた今、百合花も伴って食べる昼食も久しい。同じ考えを持つ他の生徒も、まだ肌蒸す、それを攫うような微風が心地良さを求めている。

 もはや、光太朗と百合花が伴って屋上で食事をしていることも、小清水を始め、他のクラスメイトも突っ込まなくなっている。

 と、一足早く買い込んだパンを食べ終えた光太朗の右腕が、軽く振動を受け取る。その反応は、蛇ノ目からの秘匿通信の合図だ。

 光太朗は右の指をこめかみあたりに添える。右手に着けられた腕輪は、声が周囲に漏れることのない骨伝導での通信を可能とする。

「・・・どうした?」

『お嬢ちゃんとの昼食デートのところ、済まないの』

 言われ、思わず光太朗は視線を百合花へと滑らせてしまう。

「・・・それで、何の用だ?仕事か?」

 百合花への視線の動きを誤魔化すように、光太朗は冷静に言葉を続ける。

 光太朗の言葉に、蛇ノ目は察しがいいとばかりに声を昂らせる。

 蛇ノ目にとって、街中で起こる事件はヴァイオレットバイパーの性能を試せる機会なのだろう。無論、そこにはヴァイオレットバイパーの性能によりその事件を鎮める能力に自身があってこそ、だ。

『街の外れに廃工場がある。そこに穏やかじゃない連中が良からぬことを企んでいる』

 街中に点在する監視カメラやセキュリティに冠するものは、全て蛇ノ目の技術の元我が物とできる。無論それを蛇ノ目自身が悪用することはない。

 以前も七色タワーの監視カメラをハッキングして、眼下の街の映像を研究室で見たことがある。

 蛇ノ目の報告によると、『七色の景観を護る会』と総して集められた一団は、七色タワーの破壊を目論んでいると言う。

 常軌を逸脱した集団というものは、いつの世も周りの迷惑を帰り見ずに、己が欲望のみで先走る。例えそれが自分の信念に基づいた主張だとしても。

 文字通り、七色タワーの存在そのものがこの街の景観を損ねているのだと、その集団は主張しているらしい。

 七色タワーは、この街のシンボル。

 その塔の展望台から望む街は、この街に住む人たちが改めて七色の素晴らしさを改める場所だ。

 それを景観を損ねるという理由は、到底理解しかねるものであり、阻止しなければならない。

 七色タワーには、いい思い出も良くない思い出もある。だが、確実にこの街から消し去っていい存在ではない。

「神野くん?」

 光太朗の険しい表情と、聞こえてはいないが、蛇ノ目の言葉と関係しているのを察したようだ。

「行ってくる。授業に間に合わなかったら適当にごまかしておいてくれ」

「・・・私も手を貸そうか?」

 百合花の手を借りれば、早々に片付けられそうな案件ではある。

「・・・いや。俺が行く」

 それは、出会ったばかりの他人を拒絶する感じでもなくて。

「・・・わかった。後は任せて。何かあったら連絡して」

 百合花の見送りを背にして、光太朗は屋上から飛び出したのだった。


 問題の廃工場へは、変身して飛んでいけば、ものの数分の場所にあった。

 人の気配のないそこはなるほど、潜伏するのにうってつけで、さしずめ悪の組織のアジトといったところか。

 人の目の届きにくい、建物の上部。二階相当ほどの高さにまである屋根裏からは、眼下の様子がよく見える。

 老若男。

 様々な容姿年齢の男が、これから起こすであろう不埒な会話を繰り広げている。

 メットの側面をなぞり、集音モードに。

『計画は手筈通りに』

『俺達の七色を取り戻そう!』

『あの塔は、さしずめこの街を支配するバベルの塔だ』

『この爆弾で、反り立つ悪塔を全て打ち砕く』

・・・口々に勝手な言葉を並べている。

どんな大義名分があろうと、そんなことは許されない。あの七色タワーは、この街に住む人間それぞれの思い出があるに違いない。

 集まっている人間のそこかしこに、木箱やコンテナが並べられておる。

『恐らくあれが爆発物だろう』

「・・・そうだな」

 蛇ノ目の言葉に、光太朗は小声で答える。

「さっそく、鎮圧する」

 それに蛇ノ目は無言で工程。軽く両手で数えられる程の人間がいるが、見たところ素人そのものだ。制圧するのにものの数分もかからないだろう。大した武装も見えない。あくまでも目的はタワーの破壊なのだろう。

 光太朗は意を決し、天井から飛び降りる。

 突如現れた影に、光太朗以外の全員の視線がそこに集まる。

 砂埃が僅かに舞い、そこが人の手が入っていない場所であることを示す。

 大した武装をしていないとは言っても、ここは廃工場。地面と同じく砂埃の被った、残された資材が散らばっている。

 瞬時に敵だと認識した何人かが、木の端材や鉄パイプを手に持ち、武装。

「こ、こいつ、紫仮面!」

 街の事故や事件に首を突っ込み、風のように去っていく。

 住民にとっては歓迎されるべき英雄で、自分たちのような存在には、忌まわしき正義のヒーローなのだ。

「・・・どこで嗅ぎつけたのか知らねえが、俺等の計画は止められねえ!」

 ひとりがそう高らかに叫ぶ。この場にいる人間は例外なく同じ志を持っているようで、握り込んだパイプや掲げた木片にその意思が見える。

 光太朗の後頭部に、僅かな衝撃が走る。逸ったひとりが、鉄パイプで光太朗の頭を殴りつけたのだ。

 僅かな揺れが感じた以外は何も痛みもない。中身の光太朗には何のダメージももたらさない。むしろ、鉄パイプを振るった男の方が、手に痺れと言うダメージで帰ってきたようで。

 眼前に迫る木目すらはっきりと読み取れる。避けるまでもない。

 メットに激突した木片は、更にその全長を半分に割り、その片割れが宙を舞った。

 木片を振りかざした男の視界が45度、反転する。

 光太朗が男の頭部に手のひらを押し付け、そのまま地面へと押し倒したのだ。

 小さな呻き声を上げ、男は沈黙。

 それを見た集団は、見事に二分に別れる。

 仲間を倒された憤りで襲いかかってくる者。恐らく大した大義もなく参加していたであろう半端者は、武器を早々に手放し、逃走に入る。

 光太朗はそちらには目もくれず、襲いかかる悪漢を捌きにかかる。

 そのどれもが素人そのもので、そもそも木や鉄パイプの攻撃など、効くはずもないので、ある意味今までの任務で一番容易ではあった。

 振るった全ての棒状の武器は、直線を保つこと無く、折れ、砕ける。

 光太朗からしてみれば、近づくために動く必要はなく、襲いかかってくる者を捌けばいいだけだった。

 最後のひとりの持つ鉄パイプを素手でへし曲げ。

 絶望の表情の男を組み伏せる。

 押し付けられた頬に砂埃を纏わせつつ、男は視線だけで光太朗を睨みつける。

「・・・七色タワーはこの街のシンボルなどではない!この街そのものこそが象徴なのだ!景観を乱す塔は、この街には必要ない!」

 捨て台詞のように主張する男。

 タワーはを爆破すれば、その瓦礫は当然周囲に及ぶ。その後のことを何も考えていない、愚かでしかない行為だ。

 組み伏せた男を始め、その他の伸びている仲間をその辺に転がっていたロープで次々に縛り上げる。

 計画の頓挫を防ごうと光太朗に襲いかかった血気盛んな男たちとは異なり、逃げ出した連中。流石にそこまではひとりではフォローできない。その残党がまた、同じ行動を起こすかも知れない。

 だが、それは杞憂だったようだ。廃工場後から出て間もなく、無数の倒れ伏せた影が見える。

 別の気配が光太朗の背後に現れる。アフロディーテだ。

「逃げ出した人間は、私が制圧しました。・・・出過ぎた真似でしたか」

 アフロディーテは、両手にライフルを持っている。まさか殺したわけでもあるまい。だったらここは無数の死体で埋め尽くす、凄惨な血の海だろう。

 血の海の代わりに、そこかしこに黒い球体が転がっている。強力なゴム弾だ。アフロディーテが放つ、文字通り機会のような正確無比な射撃。それにより昏倒させたのだ。

 アフロディーテが討ち取った残党を含め、良からぬ考えを抱いた悪漢は沈黙した。

 気絶している男たちは、アフロディーテが全て叱るべき場所へと運んだ。アフロディーテの怪力があれば、両手両脇だけで、2往復する程度で掃討出来た。

 光太朗は廃工場跡に残って調査。隠れたいた人間もいないようだ。

 目的のための道具、爆薬は遠隔で見た蛇ノ目の鑑定では本物とのこと。本気で七色タワーを消すという明確な意思を感じた。

 これも証拠物として押収されるだろう。

『ご苦労、光太朗』

 なにはともあれ、これで今回の任務は終了。今から学校に戻れば、僅かな遅刻で済みそうだ。

 光太朗が工場を出ようとした時。

 メットの中に反応が起きた。

 それは主に危険を示すもの。蛇ノ目の通信が入る時。その種類は状況により様々だ。

 だが、それは今まで光太朗が見た反応のどれでもなくて。

 光太朗は思わず周囲を見回す。先程の集団の、まさに残党の見落としか。いや、この工場の敷地内はくまなく調査したはずだ。

 今ここに光太朗以外の人間は居ないはずだ。

「・・・何だ?故障か?」

 それはあまり考えられない。

 反応が消える気配がない。赤く、明滅する視界。危険を知らせるものとも違う、今までに無い反応。

「博士、これ、どうやったら止まるんだ?」

 メットの向こう側に聞くも、蛇ノ目の反応は返ってこない。その反応の無さに光太朗が困惑していると。

『・・・光太朗。すまん』

 それは果たして何に対しての謝罪か。

『今すぐにそこから退避・・・。いや、間に合わん・・・!』

 蛇ノ目は一体何を言っているのか。

 その言葉は、今までの蛇ノ目からは考えられないほどに狼狽し、焦りの色が見える。冷静な蛇ノ目にしては、見られない態度で、光太朗も困惑する。

 メットの反応は、やがて一定の波を維持する。それが返って不気味で。

 何かに気が付き、光太朗は振り返る。

 光太朗はメットの中で目を剥いた。

 誰かがいる。

 誰か、と称したのはその表情が見えなかったからだ。

 最初、光太朗の頭の中にシャドウバイパーという単語が浮かび上がる。

 なぜなら、『それ』は今の光太朗と同じような姿をしていたからだ。

 だが、少なくともアンチホープ息のかかった敵という訳では無いようだ。

 シャドウバイパーは文字通り、影のような儚さがあった。

 だが目の前の影は、光沢を放つ鎧の輝きを宿している。まさしくヴァイオレットバイパーの写し鏡のような。造詣こそ違えど、それはスケイルアーマーと同等の力強さを感じる。

 黒い鎧は、ゆっくりと、こちらに近づいてくる。目の部分に当たるバイザーの向こう側の表情は伺えない。

 やがて対峙する黒と紫。

 目の前の相手が誰で、何者なのか。その疑問のみが光太朗の頭を締めていた。

 だが。

 刹那の閃光が走り、その思考が寸断された。

 光太朗は、それに反応するので精一杯だった。

 黒い鎧が光太朗に向かって、腕を振りかぶり殴りつけてきたからだ。

 黒腕がもたらすパワーは、光太朗の両腕でのガードを容易に突き破る。

 当然、光太朗には攻撃を受ける言われはない。

 当然のことに、戸惑いが更に大きくなる。

「・・・いきなり殴り掛かって来るなんて、穏やかじゃないな」

 信じられないことに、スケイルアーマーの上から防いだはずの腕が、僅かに痺れている。鉄パイプの攻撃を受けても微動だにしなかったのに。

「ようやく会えたな」

 光太朗同様、メットの機能なのだろう。黒い鎧の声は加工されている。

「・・・ようやく?会えた?」

 当然、光太朗には全身黒の鎧の知り合いは居ない。会えたなと言われても、何の感情もない。ただ、戸惑うだけだ。

「僕たちの下へ来い。その『力』はそのためにある」

「・・・力?・・・スケイルアーマーのことか?」

 黒の鎧の無言が、『そう』であると示していた。

 黒の鎧。

 もしかして、身に纏うそれもスケイルアーマーなのか?

 腕のガードすら吹き飛ばす攻撃は、光太朗の知りうる限り、同種のものでしか考えられない。

「何のつもりか知らないが、喧嘩をふっかけられて、黙っているつもりは無いぞ」

 いきなり襲いかかられて、いい気分の人間などいない。

 光太朗が構える。

『やめろ!光太朗!ここは一旦退くんじゃ!退路はアフロディーテにサポートさせて確保する!』

・・・この蛇ノ目の焦りようはなんだ?

 蛇ノ目は目の前の黒い鎧のことを知っているのか?

 どちらにせよ、黙って殴られたままで気持ちが済むはずもない。

 全身に力を込める。

 身体を支える筋肉が収縮し、両手足を連動させる。

 飛び込むように掛け、さっきのお返しとばかりにパンチを繰り出す。

 黒い鎧はそれを片手で払い、軽くいなす。

 光太朗は息を突く暇もないほどの連撃を放つ。

 だが、そのどれもが黒い鎧に直撃することはない。

 こちらも相当早い速度でパンチを繰り出しているはずだ。超筋繊維で強化された補助が生み出す力は、常人のそれを悠に超える。だが、黒い鎧はそれをものともしない。拳速は、一突きで岩も砕く威力を誇る。

「ぐっ!?」

 瞬間的な衝撃が、光太朗の顎を捉える。

 光太朗のパンチの戻りを狙った正確かつ的確な一撃が光太朗を捉えた。

 眼前で何かが渦巻く音がした。まるで突風のような二撃目が、今度は光太朗のボディを捉えた。

 スケイルアーマーを纏っているのにもかかわらず、思わず後方へ数歩、たたらを踏む。

(押された・・・!?)

 黒い鎧は、光太朗のように気張って攻撃を放った訳では無い。あくまでも冷静に。目の前の枯れ葉を払うように。

(だったら・・・!)

 光太朗は右足を後ろに引き、しっかりと踏みしめた大地に伝わるが如く、力を込める。

『バイパーストライク』

 ヴァイオレットバイパーの必殺ブローだ。

 渦巻く気流が右足を伝い、凄まじい破壊力を伴い、形作る。

『やめるんじゃ!光太朗!今のお前では奴に勝てん!』

 光太朗はその言葉に耳を疑った。

 蛇ノ目は、蛇ノ目の造ったスケイルアーマーの強さを信じていたのではないのか。

 この黒い鎧が何者だろうと、それすらをも打ち砕く強さをスケイルアーマーに平和を護る願いと共に備えたのではないのか。

 だが、そんな怒りにも似た感情は、別の感情で塗り潰される。

 黒い鎧が構えを変えたからだ。

 右足を軸にして、左足を掲げる。それは、どこかバイパーストライクにも似たモーションで。

 それも同様に。

 右足を軸に、猛るオーラのようなものが渦巻いていくのが見える。

・・・まさか!?

 同じ必殺技なのか!?

 くっ!

 光太朗は内心歯噛みしながらも、力の収束を終える。鉄の塊すら粉砕する、漲る光を称えた右足。

 黒い鎧の右足にも、夜に吹雪く風のように。纏う渦が、どこか冷たくも身を裂くような輝きを称える。

『バイパーストライク』

 光太朗は電子音声と共に駆け。

『パイソンドライブ』

 黒い鎧からも、同等の音が流れ。

 地を穿ち、黒い鎧が飛ぶ。

 光太朗が振り上げた足。

 蒼い軌道を、神速の如く。

 対する黒い鎧。

 膝蹴りのようなモーションで宙を飛ぶ。

 そして。

 光太朗の右足と、黒い鎧の膝が交錯した。

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