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ACT63・戻る日常

 夏休みも終わり、クラスの人間はそれぞれ、久々の再会に顔を合わせるなり喜びをそこかしこで見せていた。

 光太朗はいまだかつてこれほどまでに充実した夏休みを過ごしたことはなかった。

 マギアスという異世界に始まり、帰ってきたそうそう危機にも会い。なんとかそれを退け。

 プールにも行った。夏の終わりには、花火にも行った。

 七色タワーから望む眺望は、この時期ならではの名物となっている。

 だが、そのどれも自分ひとりでは堪能しようとも思わなかった事柄だ。だからこそ、毎年夏の終わりを惜しむことなどなかった。

 それは、いつもと変わらない夏のはずだった。

「おう、神野。ひさしぶりだな!」

 二学期が始まり、クラスメイトにそうやって肩を叩かれた時、今まで感じたことのない気持ちに苛まれたのは確かだ。

 それは、季節を移り変わる節目に気分を改める決意をもたらす。

 事実上アンチホープとダスターの脅威が地上から消え、自分の未来にのみ力を傾けることができるからだ。

 未だに技術の恩恵の間違った使い道が後を立たない。

 起こる事故は絶えず。そして、その間違った道を正すためにスクランブルが続く。

 得体の知れない化け物相手で無ければ、スケイルアーマーが本来の性能が殺される言われはない。

 何しろ弾丸の軌道すら見切れる光太朗に、ただの機械相手に敗北の2文字はないわけで。

 百合花や一織の手助けも必要とせず戦えているのは久々だ。ただし、自分の全能感に溺れないよう、己を律する心持ちを消すことはなく。

 どれだけ卑劣で身勝手な理由で暴走下としても、あくまで自分ですることはその状況を収めることだ。機械を使った馬鹿騒動をただ鎮圧する。そこに自分の感情を膨れ上がらせてはならない。

 それがやがて黒い感情に塗り潰されれば、もしかしたら自分がその立場に変わってしまう可能性もある。

 人の命を奪ってしまう可能性のある講堂を見て、心が煮えたぎらないはずがないからだ。

 そんな気持ちと共に、光太朗は学生とヒーローという、二足の草鞋を再開させていた。

 隣の席の百合花も、顔を合わせたのは久しぶりでもないのだが、制服姿はお互い一月以上ぶりだ。

「・・・なんだか、変な気分だね」

 百合花は、少し気恥ずかしそうに首を傾ける。

 夏休みの間に起きた出来事は、全て夢の中のようなことに思えて。

 大変なこともあったが、こうしてまた、学校で肩を隣り合わせるのは確かに変な気分と言えなくもない。

 もしかすれば、百合花は赤の他人のひとりで、何事もなく人生の中で過ぎ去っていた人間なのかも知れない。

 それが、何の因果か偶然の出会いを経て、今に至っている。それが枝分かれするように、いろいろな人の出会いに繋がっている。

 そう思うと、孤独であったのは、その幻想から引き上げてくれたのは、人と人との繋がりだとつくづく思った。当たり前のように享受している生活も、誰かの力添えがあってこそだ。

「なになに?登校初日に見つめ合っちゃって!」

 小清水の耳やかましい声も、もはや懐かしい。

 学校という日常に足を踏み入れたことに、光太朗は心のどこかで安堵のようなもので満たされるのであった。


 夏の足音が過ぎようとしている中、かろうじて残る蝉の音がその残滓を引き止めている。

 光太朗は目を伏せ、墓前に手を合わせている。

 光太朗が目を閉じる向こう側に、親を含めた先達が眠っている。今の時期、光太朗と同じ考えの影がぽつ、ぽつと覗える。今日は天気もいいのでそんな考えの人間も多いのだろう。ちなみに涼香は仕事が忙しく、墓参りは後日するそうだ。

 花が添えられ、線香の煙が視界を僅かに燻らせる中、光太朗は墓前を立つ。

 水の入った桶を片付け、帰宅の路へ。

 墓参りに訪れた理由は、勿論墓前に手を合わせに来たことに加え、もうひとつ理由があった。

 光太朗はその扉のドアを開く。

 軽やかな鈴の音と共にガラス戸が動き。

 店の奥、カウンターの向こうにいる影がこちらを向いた。

 エプロンを身に纏った、爽やかな雰囲気を纏わせる男性。その目が光太朗を捉えた。

「いらっしゃい」

 その声と共に、顔がほころぶのが見える。

 店内を軽く見渡しても、客の姿は見えない。前回もそうだが、自分だけが足を踏み入れられる幻の店なのではないかと錯覚する。

「覚え間違いじゃなければ、前も来てくれたよね」

 店員の男性は、光太朗の姿に見覚えがあるようだった。

 前回の墓参りの際、雨に振られ軒先を一時の避難場所にしていたのを見かねて、店内に招き入れただけでなく、コーヒーをごちそうになったのだ。

「は、はい」

 今日ここを訪れた理由は、前回のお礼も含めて、ちゃんとある。

 光太朗は店内の一席に促され、

「前、雨宿りも含めてコーヒーもごちそうになったので・・・」

 それのお返しという訳では無いが、ちゃんとお金を払ってコーヒーを飲みに来た、という目的があった。

 その言葉に、店員は一瞬ぽかんとしていたが、やがてその顔を破顔させ、笑いを噛み殺す。

「生真面目だね。でも、ありがとう。ご覧の通り閑古鳥だから、ゆっくりしてって」

 店員はメニューを置いて、カウンターの向こうへ戻っていった。


 暫くの後に光太朗のテーブルの上に乗せられたのは、いい香りが鼻をくすぐる漂わせるコーヒーカップだ。

 光太朗はブラックでコーヒーを飲むことができない。

 甘めに味付けしたのもかかわらず、しっかりと豆の香りと味が口の中にいい足跡を残して。

 カウンターでコーヒー豆を挽く断続的な音も、いいBGM代わりというのか。この空間は非日常で身体を落ち着けるにはいい場所に思える。

 何気なく目を落としたメニュー。

 ここに来て改めて思ったのが、テーブルに残るメニュー表に感じる違和感だ。

 様々な文字が連なる紙面の中、コーヒーメニューのみがそのままで、食事、軽食系。例えばケーキやらの部分に黒い縦線で消されていることが不思議に思った。

 本来ならば提供していない、と解釈できる。逆に言えば、コーヒー以外のものを注文出来ないようになっているのだ。

 気付いた?と言わんばかりに、店員の目が光太朗の方へ向けられた。

「僕が習ったのがコーヒーしかなくてね。こうなりゃ、それのみを売りにするストロングスタイルを貫こうとしたんだけど」

 ご覧の通りと言わんばかりに、店内の様子を自嘲気味に嗤う。立地柄というのもあるだろうけど、と続ける。

 墓地に来るまでの道すがらにこの店はあった。言い方は悪いが、わざわざここにまで来てコーヒーを楽しもうと思う人間はあまりいないだろう。

「・・・ここは、元々僕の店じゃないんだ」

 突如、店員はそんなことを口にした。そう言葉を続ける彼の顔は、悲しさを含んでいたように見えた。

「でも、『彼女』の生きてきた灯を消したく無いって思いでね。僕が未練がましくこの店を継いでいるんだ」

 その目の先は、見えない『誰か』の姿を宙に描いているように思えた。


 コーヒーカップの中身が空になった頃。

 光太朗はお金を払い、店を後にしようとした。

「次に来る時は、来年のお墓参りかな」

 と、店員が行った。

「土地柄というのもあるけど、今はまさにそんな時期でしょ?」

「ええ。今日も墓参りの帰りで」

 光太朗がそう言うと、店員は顔に笑みを浮かべた。

「イマドキの若い子にしちゃ感心だ。そういう心をずっと持っていて欲しいな」

 光太朗は、お釣りの小銭を財布の中に放り込む。

 外へと続く扉に手を掛け、押し出した瞬間。

「・・・君は、この世界が恒久な平和であることを望むかい?」

 最初、何を言われているか分からず、光太朗は思わず後ろを振りかえる。

「争いも諍いもなく、無下に奪われる命もなく」

 その目は光太朗の方を向いているのにもかかわらず、その目はその奥に向けられていた気がした。

「・・・ごめん。突然こんなことを言われても困るよね」

 店員は悲しみを称えた表情から、いつもの爽やかな表情へと形を変えた。

 軽やかな鈴の音に押し出されて出た外は気温と共に、店の中とは次元を阻んでいたように空気の色が違って見えた。


「じゃあ、いつものように冷蔵庫に入れておいたから」

 光太朗に続いて日を遅れること数日、墓参りを終えた涼香は光太朗のための食料を神野家に収めていたところだった。

 母親代わりに定期的に行われる定例行事。それは光太朗の生命線である。

「涼香さん」

 冷蔵庫のドアをバタンと閉める背中へと光太朗は叔母へと声を掛ける。振り返る涼香の姿を見て、光太朗は結んだ決意が解けようと口ごもる。

 本当は、以前から思っていたことだ。

その様子を見て、涼香は訝しげな表情を見せる。

「・・・いつも、ありがとう」

 涼香が事故に遭った時、確信した。

 彼女が居なくなったら、いよいよ自分の精神は砕けて無くなってしまうのではないのか?それならば、お礼のひとつやふたつ、安いものだ。・・・これは、最大の照れ隠しでもあるのだが。そう思わなければ、こんな言葉が口の中に生まれるはずがない。

 涼香は最初、何を言われているかわからない表情を浮かべ。

 やがて、恍惚に頬を染めた。

「なに?なに?どうしたのコウちゃん!」

 今まで、光太朗からそのような感謝の言葉を受けたことがない。

 無論、欲したこともない。

 光太朗が陥った状況と心の傷を考えれば、今でも塞ぎ込んで感情を凍てつかせいてもおかしくはないのだ。

 幼い頃、という括りで言えば、ほぼ同時期に両親を失い、本来享受するべきの親の温もりを失い。

 自分が微力ながらその代わりを引き受けてきた。

 幼い彼の心では、かろうじて足で立ち、言葉を交わし。人の姿を保っていられることが奇跡なのではないかと感じていた。

 それが今や、嬉しい言葉をくれたのだ。

 涼香は思わず甥の身体を引き寄せ、手のひらで頭頂部を撫で回す。

 さすがにそれは想定外だ。

 光太朗はうっとおしそうに叔母の捕縛から逃れようとするも、ガッチリ抱きつかれたホールドは、以外にも強固なものだった。

 指先で光太朗の頬をつつきつつ、

「これも百合花ちゃんのおかげかしらね」

 と、からかうように口元にこを描く。

それは無きにしもあらず、だ。

 百合花だけでなく、人との繋がりが光太朗の心根を変えた。そう思っている。

 以前から、直接の血縁ではない自分を気にかけてくれる涼香のことをありがたいと思わなかったわけではない。

 気恥ずかしさ。素直に口に出せないもどかしさ。

 それが今になって薄れたような気がした。むしろ、言えて良かった、と。

「お姉ちゃん!コウちゃんがあたしのこと、大好きだって!」

 涼香は今しがた耳にしたことなのに、瞬時に記憶を改竄して神野家の仏壇に向かって目を潤ませながら手を合わせていた。

 仕事のため、家に戻る。家を出るその瞬間の涼香の顔は、この上なく晴れやかに見えた。

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