ACT61・去る混沌。来る希望。
一織の心に溶け合った時、カオススターは悟った。
スターセイザーとしてダスターと戦いう運命を背負った少女。
自分に取ってみれば、僅か数十年の短い時間。
その時間の中で生きた少女の人生を見た。
生まれ。
育ち。
出会い。
戦い。
そして現在。
一織は優しい女の子だ。
争うことを良しとせず。
なんと、異形であるダスターにですら本来手を挙げることすら躊躇う性格であったという。
だが、星戦士としての使命を帯び、自分が戦わないことが世界を危機に落とし込んでしまう。彼女が戦っていたのは我々などではなく、使命感なのかもしれない。
だからこそ、一織は私と戦うことではなく、対話という手段を選んだ。
彼女の話す言葉の意味が理解できず、私は精神に異常を来し、自我を崩壊させた。
だが、その身体は完全に滅びることはなく。
目を覚ました時に自分の中にあったのは、少女の姿だ。
気がつけば、彼女のことを考えていた。
彼女のことを知りたいを思った。今までだったら、有り得ない感覚だ。
スタープリズムを得る以外で、下等な生命体と接触する必要などなかった。
それを、覆された。
これを私は人間の感情で言う『好き』に例えた。
単一で完結している生命体であるはずの私が、他人。とりわけ自分たちよりも劣る人間に興味を示す。
これが彼女の言っていた、誰もひとりでは生きていくことは出来ない、という言葉の意味なのかも知れない。
人はなぜ群れるのか。
私はその理由が知りたい。
完全であることを求めない。人間の存在理由を。
アビススターはそれを拒絶した。完璧を求めた。
だから、人間の放つ光に敗けたのだ。
アビススターの外装殻は砕け。
アビススター自身が七色の空を覆った結界を砕き、スタープロテクションの保護すら突き破り、クレーター状に陥没する中心に、それは居た。
丸く、亀裂の入ったコア。
気体のダスターは、その核を外部からの攻撃から回避するため、体内で高速で動く。
コンパケートタイプはそれを行わない。何しろ、強靭な硬度を誇る外装核で守られているからだ。
だが、今。
その守りも砕け、哀れにも核が無様にその姿を晒す。その身体に衝撃により亀裂を走らせ。
一織の渾身の一撃は、アビススターの外装核を砕き、コアにまで衝撃をもたらした。
致命傷だ。
外装殻を再生する力すら奪い取られ。
神々しく光を放つウサギ座の少女の姿を掠れる意識の中、見上げる。
人とダスターの融合体。
それこそが人知を超える力を生む要因なのかも知れない。それこそが『完璧』なのかも知れない。
一織がアビススターの元へ屈む。
その両手が、亀裂で満たす核に触れる。
アビススターは覚悟した。
このまま握り砕かれれば、自分の命は終わる。抵抗もできない。砕かれずとも、滅びは時間の問題だろう。
最後の時まで、弄ぶつもりか。
「・・・ごめんね?」
聞こえてきたのは、それも理解の範疇を超えた言葉だった。
何について謝る?ここまで来ると、人間と言う存在が恐ろしくなる。
自分たちは、力を絞り上げるためだけに地上を支配しようとした存在だ。
『これが人間だ。一織という少女だ』
カオススターの意識が語りかける。
『完全な存在など、つまらんよ。あえて言うのなら、未熟だからこそ人は繋がりを求め、他人を理解しようとする』
だが、アビススターの考えは、違う。
「・・・それが、堕ちるということだ。自分たちを、低俗な存在だと認めることになる」
高潔で、誇り高い存在である我々が、そんな脆弱なレベルにまで下がっていいわけがない。
『それが驕りだ。最初から、完全な生命なんて、いなかったのさ』
アビススターは、言葉を失う。
『スタープリズムは美味かっただろう?人間の作り出す、絆の力だ』
・・・知らない。その甘露の出どころ。なぜその味を生むのかなど、考えることなど、時間の無駄だ。
ただ、自身を高揚させる味。それこそがスタープリズムを奪う理由だ。
『私は、人間が目を覚ましたままそれに触れられる。人間と、一織と交わす言葉がこんなに心地良ものだと今になって気付いた』
こんな簡単な方法だったのだ。
意識を奪い、更に人間の奥底からそれを搾り取る。そんなややこしい手段を取らなくても良かったのだ。
「・・・もう、今更遅い」
ばき。
と、何かが砕ける音がして。
真球が亀裂に沿って剥がれ落ちる。
一織の優しい手のひらに、破片が転がる。
「・・・次に生まれ変わるなら、それを心に留めて置こう」
自嘲気味に、アビススターは嗤う。
もう、『次』を考えている。
途方もない時間を生きる中で、その身体に仮に滅びが訪れるのなら、更に長い時間を経て、再生の旅に出る。
新たな命を得る頃には、目の前の少女はこの宇宙に生きてはいるまい。
その時に、同じ考えを宿す存在に出会えるだろうか。
突如、空から振ってくる、熱い雫。
一織の目から溢れる雫が、崩壊の一途を辿るアビススターの体表に触れる。
亀裂を伝い、それは染み入る。温かくも、冷たい。
その行為の意味を、アビススターは知らない。
泣く、という行動の意味も、その流れる水の意味も、自分には預かりしたないことだからだ。
だが。
それはとても温かかった。
今になってそれが、別れを惜しむ意味だと悟った瞬間。
アビススターの意識は砕け。
真っ白な奈落へ落ちていった。
ダスターとの戦いは終わった。
アビススターの率いていた軍勢は、元々はカオススターの支配下だった。
「だが、今の私にそれをまとめ上げる力があるとは思えん」
一織から剥がれた粒子が、再び真球を形作る。
「星神の結界の再構築までまだ時間がかかるだろう。アビススターと同じような考えを抱く存在が居ないとも限らん」
今までは、それをまとめていたのがカオススター、アビススターと言うだけだ。スタープリズムに旨味を感じているダスターは山ほどいる。そして、それを味あわせてしまったのは自分だ。
「だから、暫く私はこちらで抑制の意味も込めて残るつもりだ」
残るダスターを説得して、地球か手を引かせる。
その言葉に満面の笑みを浮かべたのは一織だ。
「じゃあ、まだ一緒に居られるんだね!」
「・・・そういうことになる」
だがイカロスの表情は優れない。
「約束、忘れてないだろうな」
アビススターと言う脅威が去ったとはいえ、約束が反故になったわけではない。
イカロスたちは、カオススターを監視しなければならない。
一織の身体を、何かがぎゅっと引き寄せられ、その顔を温かいもので満たす。
夜宵が一織の身体を抱きしめたのだ。
「一織ちゃん、カオススターに何かヘンなこと、されなかった?」
今まで敵として対峙していた存在が、親友と一体化する。心配しないはずがない。
顔の血色を確かめるように、夜宵は穴が空くのではないかと言うくらい、一織の両頬に手を添え友人の無事を確かめる。
「う、うん。大丈夫だよ」
「いやらしいことはされなかった?不快に思っていたらすぐに言うのよ」
一織は夜宵の言葉に、「い、いやらしい」と困ったように顔を染める。
「だって、一織ちゃんの中に混ざり合うように入り込むんでしょ?・・・いやらしい以外の何者でもないわ」
言いながら、夜宵は半眼で真球を睨みつける。
「・・・いやらしい、とはどのような感情だ?」
その言葉が理解できないカオススターは、その意味を夜宵に問う。
「しらじらしい!一織ちゃんにベタベタくっついておいて!」
何に怒っているのか、夜宵は釣り上げた柳眉を真球体に叩きつける。
カオススターは、本当に意味がわかっていないようで、見ない表情を明らかに困惑に固めていた。
「・・・大丈夫ですの?」
その様子を腰を地面に着けつつ、光太朗は遠巻きにその光景を眺めている。
右足をスタープロテクションによる保護で守り、痛みはそれほどない。
心配そうに顔をのぞかせるウサポに、光太朗は乾いた笑顔で返すしか出来ない。
「凄いな。一織ちゃん」
「・・・こんな日が来るとは、夢にも思わなかったですわ」
一年前、カオススターを下した日から。その残党も含めて、一織という少女は全て退け。
その小さな身体に詰まった強さを見た。これで、当面宇宙の均衡は守られるだろう。
当然、一織は年下だ。
どこかで光太朗は、一織をか弱く、守らなければならない対照として見ていた。
一歩間違えばそれは、カオススターを始めとするダスターが地球人に抱いていた感情と同じになっていただろう。
何より対話が可能なカオススターとアビススターを両者とも退け。あまつさえ、その片方は一織に力を貸すまでになった。これは長い宇宙の歴史の中でも初めてである。
「それに引き換え、俺は」
勇み足でアビススターに飛びかかった挙げ句、足をへし折られ、加勢することすらできなくなった。
「でも」
落胆する光太朗にウサポはゆっくりと寄り添い。
「一織ちゃんの力強さを後押ししたのは、貴方ですわよ」
・・・それは完全に気休めだろうが。
「貴方の勇敢な心が、一織ちゃんと夜宵ちゃんにも影響を与えたのですわ」
そっと。
星型の身体が優しく光太朗の身体へと触れ。
「だから、卑下することはありませんわ」
今は、その言葉で救われた気がした。
七色町全体に張り巡らせたスタープロテクションを解除し、街は元の息吹を取り戻した。
ある時間がすっぽりと抜け落ちたように、目を覚ました住人は一様に困惑の表情を浮かべていた。
街を取り巻く環境は何ひとつ変わらず。いつもの日常が戻り始めていた。
「私たちが居ない間に、そんなことがあったんだ」
百合花が申し訳無さそうに、言う。
蛇ノ目の研究所。
蛇ノ目も昏睡状態から目覚め、その時のこともアフロディーテから聞いて、自分に起きた事態を知ったようだ。
目覚めた時、むしろ身体の節々の痛みが取れた、と本人は言う。
目が冴えたようにキーボードを連射する様を見ると、あながちウソというわけでも無いようで、目を覚ました蛇ノ目と対峙した時、光太朗は胸を撫で下ろした。
「ごめんね。同時に帰ってれば、私も力になれたのに」
「居たところでどうだっただろうな。俺も役にたったとは言い難い」
足を折られて、一織の戦いを眺めていただけだった。ウサポは必死のフォローをしてくれてはいたが。
ちなみに今は再手術を受け、右足は元通り。痛みも特にない。
マギアスで体験した出来事と、まさに先の事件のデータを、蛇ノ目は地下研究所でパソコンに向かって精査しているところだ。
「今度は博士も一織ちゃんたちも連れてマギアスに行きたいな。アイリスにも合わせたいし」
もちろんアフロディーテも、と百合花は付け加えて。
「潮風に対応できる装備を博士に陳情しましょう」
そんなことを言うアフロディーテは少し嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。
仮にみんなが集合する時は、早くて冬休みかなあ、と外が汗を生む日差しの中、百合花は嬉しそうにそんな言葉を紡ぐのであった。




