ACT60・溶け合う星の意思
「ええっ!本当!?嬉しいっ!」
顔に大輪の花を咲かせ、一織は指を組む。
一織は思わず真球に触れ、胸に引き寄せる。
温かな温もりが真球を満たすが、カオススターはそれどころではなかった。
「・・・離してくれ。アビススターの攻撃が眼前に迫っている」
滅びに導く光は臨界点を超え、それが間もなく吐き出される。
カオススターは半ば強引に一織の戒めを振りほどき。
炸裂する視界。
先程と同じように、貫く直線状。弾ける爆光。
カオススターが阻む。
霧散する黒光が弾ける。
明滅する閃光が一織の網膜に反転。それから庇うようにカオススターが立ち塞がった。
晴れる白煙。一織は勿論、カオススターも無事だ。
これで確定した。カオススターは明確な意思を持って人間の少女を守った。
人間に寄せる好意。それは星の末路である星の屑にも劣る些末な感情だ。
無意味なものに傾倒し、今までの功績を無下にする。かつての王の乱痴気に、失望すら覚える。
そんな気持ちもここまでだ。
カオススターは、次の時代には生きていけない。その存在を残してはいけない。自分が支配する世界には必要ない。
ここでスターセイザーと共に消し飛ばし、太古から続く運命を終わらせる。
簡単な話だ。
防ぐことの叶わない質量の光線を浴びせ、この場にいる人間を全て消去する。なにせ、あちらの攻撃は通じないのだから。
カオススターが破れてから今まで、スターセイザーへの対処を一番に考えた。
カオススターの敗北の原因は、人間に対する甘さ。自分にはない生態を探ろうとする足並みの遅さ。
探る必要は無い。人間はいつだって、搾取されるだけの存在だ。
非情になればいい。
推し量ることなどする必要はない。
だから、人間を消し飛ばすのに何の呵責も抱かない。そうすれば、心を乱すことなど無い。
収縮する光。
その間も、抵抗しようとイルカ座の少女が攻撃を放つも、極限まで高めた外装殻がダメージを通すことはない。ある意味、完全な生命へと至った。カオススターがあれほど渇望した領域へと、私が至ったのだ。
「この状況を打破する方法がある」
そんなことを言ったのは、カオススターだ。
その方法は、夜宵の怒りを誘うのには十分で。
「そんなこと!許される分けないでしょ!」
「言っておくが、オレたちはお前を信用しているわけじゃねえ」
なし崩し的に一織を中心とした輪に見を置いているカオススターだが、イカロスはその姿を目の中に収めるだけで業腹なのだ。
宇宙の均衡を崩す集団の長だった奴を招き入れることなど、到底承服できない。アビススターと共にこの宇宙から追い払わなければならない。
「今はそんなことを言っている場合じゃないよ!」
カオススターと対立する派の間に割り込み、一織が叫ぶ。
「・・・君は、お人好し過ぎる!」
一織の言葉と態度を、イカロスは叱責。
そんな一織の性格は、誇るべきで尊重しなければならない部分だ。
だが、相手はダスターの軍勢のトップにいた存在。姿こそかつての誇った威光と共に見る影もないが、事実アビススターの攻撃を弾くほどの能力を残している。
人間に気持ちが傾いたのも、何か策があってのことかもしれない。一織の存在を利用するためかもしれない。
簡単に信じるには頷けかねる。
だが。
「私は、カオススターを信じたい」
あの最終決戦の際、カオススターと対峙したのは一織だ。
どこまでも真っ直ぐな一織の瞳。
なぜ、この少女は疑うこと無くかつて敵対した相手を信じられるのだろうか。
純粋で、無垢。それこそが一織という少女を体現することばなのだろう。
対してイカロスは、内心怒りにも似た感情で震わせている。
かつての敵に手を借りなければ打開出来ない状況。星の巫女としての能力を逸脱したアビススターの力は、もはや自分たちにはどうにもならない領域にまで育ってしまった。
カオススターの言う通り、彼の力を得なければ、このまま地球は搾取されるだけの大地に作り変えられてしまうだろう。
「・・・一織の心を裏切るようなことがあれば、オレはあらゆる手段を用いて貴様を殺す」
自分の主、夜宵の親友。その一織を欠くことは、夜宵を深い悲しみに陥らせる。
「心得た」
カオススターは、素直にその言葉に同意。イカロスには、カオススターを殺す術はないだろう。放ったのは覚悟だ。どんな事があっても、仲間を悲しませることを許さない決意だ。その時は、どんなことがあろうとも一織たちを辱めた報いは受けさせる。
「ウサギ座の少女よ、こちらを向け」
カオススターが一織に向き合う。
飛び交う光線の中。
夜宵とウサポが決死の力を持ってそれを弾く。ふたりの協力を持ってしても、スタープロテクションで施したシールドがいともたやすく焼け、砕ける。その度に新しいシールドを張り、防ぐ。だが、それも時間の問題。こちらが先に枯渇する。
「アビススターの領域にまで辿り着くには、私と君が力を合わせる必要がある。私は君に委ね、君も私に心を許す。溶け合い、混ざり合い、それは新たな星の力を生む」
この土壇場でも、一織とカオススターの協力に懐疑的だ。
一織は目の前で浮遊する球体を、降りしきるひとひらの雪の結晶を受け止めるように両手のひらで迎え。
「怖くないか。疑うことはないか」
どんな人間でも、混じり気なしの純真な者などいない。
その問いに、一織は首を横に振る。
「ううん。ドキドキしてる」
その顔を、希望に染めた笑顔。その胸にあるのは、感じたことのない胸の高鳴りだ。
これは、賭けでもある。
ああは言ったが、カオススターの案が成功したところで、星戦士が新たな力を得る保証はない。徒労に終わる可能性がある。むしろ、自分の身体が瓦解して、塵となって消える可能性がある。
今度こそ、意識の残らないほどのバラバラに。
だが、カオススターは今までにない高揚感に包まれている。
選択したことのない未来が得られるかも知れない。
全能の頭では想像も出来ない、それこそ全能をも超える、未来。
カオススターの意識が薄れる。
真球である自身の身体が綻びを見せ。
無数の粒子状へと姿を変え。
一織の周囲を眩い光が包み。
引き寄せられるようにそれをも超える輝く少女へと魅かれ。
触れる。
溶け合う。
混ざり合う。
その瞬間、カオススターの意識が途切れる。
このことにより、数えるのも馬鹿らしくなるくらいの時をふいにしたとしても悔いはない。
何より、新しい景色が見られると、この瞬間確信したからだ。
なるほど。
だからこの少女は強いのだ。
カオススターの意識は失わなかった。
むしろ鮮烈な衝撃とともに、新たな世界で目を覚ます。
少女の意識に触れたカオススターは、その強さの一端を知った。
疑うことのない純真な心。揺れることのない信念。
脆弱?
その強い芯があったからこそ、完全という存在に怯え怯むこと無く。
完璧という存在に対抗できる要因であることに気付けなかったのだ。年端もいかない少女だと、嘲ったことを恥ずべきだ。
感じたことのない高揚感に包まれ、カオススターは目を覚ました。
「・・・何だ、それは」
最初に聞いたのは、呆けたようなアビススターの声だった。
雨のように放つ破壊の閃光が止み。
空を覆う結界に穿つ穴が、今しがたまで攻撃が続いていた証。
その姿に、夜宵のみならず、ウサポ、イカロスも共学に目を見開いていた。
スターセイザーの姿は、星神から与えられた力を超越することはない。
星戦士の力は、星を動かす力。
万が一にでも、一ミリでも所有者に悪しき邪が芽生えたのなら、たちまちそれは反転し、黒い心に染まるだろう。
無論、ウサポもイカロスも、一織と夜宵を信じている。だが、人間の心は強く、脆い。何かのきっかけで反対の属性に雪崩込む可能異性がある。
だから、与えられた力を超える輝きを放つことに、驚きを隠せないのだ。
波打つ髪が、星の如く瞬く粒子が弾け。
バニーセイザーの象徴であるウサ耳はより力強く。
スカートの尻部分に張り付く丸い尻尾も顕在。
目にも鮮やかなのは、スカートから常に下に向かって流れる星屑の裾。まるで、一織自身が銀河の中心部のような神々しさを称える。
その中の凛々しい一織の目は、アビススターへと。
「・・・カオススターが手を貸したからか?」
心の同様を現すように、立体は常に違う形に変形し、一定の形を維持しない。
やがて落ち着きを取り戻したように立体の菱形へと鏡面を称え、すぐに光を収縮させた。
どんな力を得ようと、消し飛ばせば済むことだ。
イルカ座の星戦士も、星の巫女も疲弊し、次の攻撃を受けきれないだろう。
瞬きの間に集めた黒い光を、アビススターは万感の思いで。
解き放つ。
だが。
その光が自分の元を離れることはなかった。
それどころか。
「・・・っっっ!?」
全身を衝撃が走り、みるみるうちに地面が遠ざかる。
一体何が起きたのか。
見間違いでなければ、あの人間の少女が自分を殴りつけた気がしたのだが。
あまつさえ、それにより吹き飛ばされ。
流れる景色の中、一織の姿を捉えようと、気配を探る。
だが、それを捉える前に脳天を衝撃が貫き。
上に吹き飛ばされた身体が、地面へとんぼ返りする。
煙を吹き出させながら、菱形の立体が無様に地面に埋まる。
そんな自分を嘲笑うように、新たな光を放つウサギ座の少女がふわりと地面に降り立った。
「カオススターの、力か」
そうでなければ、スターセイザーの力では傷一つ付けることの叶わないこの身体を動かすことなど出来ない。
『・・・完全、完璧と言う慢心を抱いたままでは、きっと見えなかった領域だ』
カオススターを示していた真球の姿はどこにもない。その姿は光輝く粒子となって一織と溶け合い、新たな力を生み出した。
『言うなれば、バニーセイザー・カオススタイル。いや、カオスセイザーと言っても差し支えないかも知れぬな』
「えーっ!?せっかくこんなキラキラな格好なのに、それは可愛くないよ」
カオススターの姿の見えない中で、一見一織の独り言のように思える。だが、確実にカオススターの声は空気を伝播し、夜宵たちにも聞こえている。
「バニーセイザー・スターダストメルトスタイルって、どうかな」
嬉しそうに中空に向かって話す一織の姿に、本人以外はぽかんとするのみ。
その中に置いて、菱形の立体のみが怒りに打ち震えるように、埋もれた地面から姿を浮かす。
「・・・お前の名前が何だろうと関係ない。完璧な私がこうして無様に地面に擦りつけられたということこそが問題なんだ」
ドルフィンセイザー、光太朗の攻撃も意に介しなかったアビススターが一転。
反対にアビススターが反応できないスピードで組み伏せられ。それがアビススターには考えもしない事態で。
ゴミのような人間の、広大な宇宙から見れば瞬きにも満たない時間しか生きていない。
そんな少女に。
コケにされ。
「舐めるなよ・・・っ。ゴミカスが・・・!」
『外装殻が剥がれ落ちているぞ、言葉のな』
憐れむようなカオススターの言葉に、アビススターの体表が逆鱗に触れたように光る。
本気を出せば、力を収縮させるまでもない。
それこそ瞬きの間に膨れ上げた、呼吸のような吐息。それで十分だ。
スターセイザーの防御ごと焼き払い。
だが。
放った光は黒焦げの炭化した死体を生むことはなく。
その全てを見えない何かが弾き、防いだ。
有り得ない。
渾身の力を持ってしても、恒久的に防ぐことは叶わず。だからこそイルカ座のスターセイザー簡単に吹き飛ばされ。
カオススターと溶け合ったバニーセイザーは、滅びの光を拒絶し、こちらの知覚出来ないほどの速度で瞬く間に間合いを詰め寄り。
固い、何かを貫く衝撃がアビススターを襲った。
信じがたい。認め難い。
完全な生命である、この私が・・・!
一織がアビススターに拳を突き立てたまま、その身体を大きく運び。
地面に地を割る衝撃が走る。
アビススターが七色タワー最上段から張り巡らせた結界が砕け、その勢いのまま、再度衝撃が貫く。
遥か天空から、アビススターの身体を伴ったまま、更にその下。
本来の地面へと粒子纏うパンチと共に、勢いが殺されること無く打ち付けられた。
外装殻を伝い、コアにまで響く、パンチの衝撃。
こんな、小さな身体の少女に。
「バニーパンチ!ライスケーキ!バンドおっ!」
理解しがたい言葉と共に少女は叫び、迸る粒子が意思を持ったようにうねり。
それを。
思い切り。
下へと向かって。
叩きつけた。




