ACT59・その混沌、彼方より
「う、うあああああっ!」
光太朗の絶叫が響き渡る。
せめて足止めだなんて。思い上がりもいいところだ。
アビススターの、残酷なまでに強大な力をまざまざと見せつけられた。
一織と夜宵の影に隠れ、隙を突いた。
ふたりのため、盾になる。
そう思ってはいたが、自分の一撃で勝負を決すればそれに越したことはない。それこそが功を焦っていた、イカロスに言わせれば焦っていた証拠なのかも知れない。
だが、あの鏡面帯を目の前にしたら、荒ぶる気持ちが抑えられなかった。
今まで以上。右足が吹き飛んでも構わない。渾身のエネルギーの高まりを宿し。掛け値なしの力を蓄え。
神速の一撃を見舞った。つもりだった。
硬質の感触に触れたつもりだった。それを撃ち抜く気持ちに陰りはない。何より蛇ノ目のちからを信じた。
死角を突くこともためらわない。それが卑怯なこととも思わない。
もっとも、目がどこにあるかわからない体型の立体は、光太朗の攻撃を躱すことはなかった。
いや、それは躱す必要などなかったのだ。
それは気体のダスターにキックを沈めと時の感覚と似ていて。それが流動する身体の中に足を飲み込まれたのだと気づいたのはすぐのことだ。
だが、右足は気体のときとは異なり、すぐに通り抜けることはなく。粘質の沼に足を取られたように。
まさに、光太朗の右足は蜘蛛の糸に絡め取られたか如く。コンクリートを粉々にするパワーを生み出す足が、ピクリとも動かず。
ぎゅっ、と嫌な音がして、絞り上げられる感覚。
そして、間もなく。
刹那の激痛が光太朗の右足に走り。
先の絶叫に繋がる。
締め上げられた右足を、アビススターは流動体で圧縮し、容赦なくへし折ったのだ。
自分の脚は普通の骨ではなく、強化超骨という物質であるはずだ。その硬度の是非は知る由もないが、少なくともヴァイオレットバイパーの生み出すパワーに耐えられるものであるはずだ。
それを難なく。何の躊躇いもなく。
流動体の中から吐き出された脚は見慣れたものでこそあるが、見えない内部が普通の形を成していないのをはっきりと感じる。
打ち付ける背中。とっさに立てないことこそが、その証明。視線の先の目線が一向に交わらない。脚に力が入らない。
「ふむ。たいして力を込めたつもりはないのだがな。人間のおもちゃはこんなものか」
・・・蛇ノ目の科学の結晶が玩具扱い。
「お兄ちゃんっ!」
一織は飛びつくように光太朗の元へ駆け寄り、その身体を抱き起こす。
先走り、ただ何も出来ず。
バカか、俺は・・・!
脚の痛みより、心が砕けた気がした。
速度を上げた夜宵の連撃を、アビススターは意に介せず躱し。弾ける波動を纏った、濁流のような蹴りさえも。
針の穴を通すような繊細な動きで躱し。当たることはない。
「・・・やりすぎだ!お前!」
怒りの形相に染めた夜宵が、荒ぶる感情を剥き出しにして吠える。だが、そんな気持ちと裏腹に、攻撃は一切当たらない。
それどころか。
アビススターの放つ閃光は夜宵を捉え、大きくその身体を吹き飛ばし、返り討ちにする。
「夜宵ちゃん!」
小さな体の吹き飛ぶ先を、一織は目で追う。すぐさま前方に向き直り一織も飛ぶも、放つ攻撃は宙を滑るように泳ぐアビススターには当たらない。
「この力の差が理解できない頭ではないだろう?僅か数年しか生きて無くとも、私と君たちの間に流れる圧倒的な乖離を」
憐れむように、諭すように。アビススターはこちらからの攻撃は一切受けること無く。放つ閃光が夜宵を捌き。
光太朗は言うまでもなく。
「このまま眠る人間の命の火が消える前に、手を引け。永遠の安寧に身を委ねれば、こんなにつらい思いをしなくて済む」
それは、アビススターによる降伏勧告。
「だ、誰がそんな言葉に従うものですか!」
ウサポがアビススターに抵抗するように声を上げ。
「・・・哀れなものだな。自分の力の無さを棚に上げ、年端もいかない少女に業を背負わせ。星神の器も知れるものよ」
「な、何ですってっ!?」
アビススターの言葉に、ウサポは激昂する。
「そうだろう?宇宙創生の神だか知らぬが、それ以降は宇宙の災いに対する対処は星神が見初めたスターセイザーにやらせている」
「それは!宇宙を覆い尽くすほどの結界に尽力しているからで!」
「そもそもてめえみたいな存在がいなければ、星神様も心を腐心することは無えんだ!」
それにイカロスも続くが、アビススターは意に介さない。
「・・・我々も、この宇宙に息づく生命だ。排除しようとしたのはそちらだ」
「お前らが見境もなく他の生命を襲い、宇宙の均衡を破るからだろ!」
だからこそ、星神は宇宙に巨大な結界を張り、太古の昔からダスターの活動を抑制してきた。
滅びを撒く星と呼ばれてきたダスターが通る知的生命体が宿る星は、その名の通り活力を吸いつくされ、死の星になる。それは、機械のように正確に配置された星の配置にズレを生み、宇宙のバランスを傾ける。
「星神は、この宇宙に不必要な存在を排除しようとしている。まさしく神の采配のように。これからは私が星神に代わり、この宇宙を統べるよ。次の結界の再構築を前に私がこの宇宙の王になる」
普通の人間が口走れば、それは果てない夢想だと一蹴されるだろう。だが、今のアビススターから滾る力はそれを夢物語ではない、現実になりうる可能性を示唆している。
「君たちにはここでご退場していただこう。恨むなら、君たちに運命を架した星神、そして星の巫女を恨むがいい」
アビススターの鏡面が、燃えるように熱く輝く。
「一織ちゃん!逃げて!」
ウサポが叫び、イカロスが飛ぶ。この事態が自分たちの失態で、覆ることのない事実だろうと、小さな命は守らなければならない。
「・・・い、一織、ちゃん」
地面に背中を預けながら夜宵も立ち上がろうとするも、全身を抑え付けるようなダメージに、それは叶わない。光太朗も足を大怪我を置い、助けに回れないだろう。何のために力を取り戻したのだ。
アビススターの身体から、眩い滅びの光が収縮し。
閃光が弾け。
無慈悲にも、その破壊の光が少女に向かって解き放たれた。
人間の小さな身体など、容易に原子分解へと導く。例えスターセイザーの力で保護されているとしても、だ。
その滅びの結末からは逃れられない。
そのはずだ。
無数の破壊光を収束させた一閃は、その姿をこの地上から蒸発させたはずだ。
だが、それが起きていないことにアビススターは眉をひそめた。閃光が撃ち貫く向こう側は景色の良い光景のはずだからだ。
だが、その理由はすぐに分かった。
自分が放った光線の射線上に、何かが居たのだ。スターセイザーの少女と自分を結ぶ間に、得体のしれない物体が。
いや。その放つ異形は、アビススターの知っている存在だった。
「・・・ずいぶんを見窄らしくなったな。今更出てきて何の用だ?援軍のつもりか」
容赦なく照射された光線がもたらした、大量の白煙。それが烟る中に向かってアビススターが言葉を飛ばす。
やがて煙が晴れ、一織を庇うように塞がっていた物体が姿を現す。
それは、ソフトボール大の球体。
アビススターを始めとするダスターと同様、磨き上げられたような鉄球のような光を弾く表面。それが、アビススターと同質のものだと示している。
「今の貴方の動きは、その少女を守ったように見える」
アビススターの言う通り、球体の出現が無ければ、閃光に焼かれ、一織は文字通りこの場から存在を消されていたかも知れない。
問題なのは。
例えそれがこの球体の出現が原因だろうと、あらゆる生命を消し飛ばす閃光の防御の理由がわからない。
それが故意だろうが偶然だろうが。
「端的に問おう。何をしに来た?カオススター」
「なっ!?」
驚きを隠せないイカロス。
「カオススターって・・・。でも、奴は」
思いも寄らない事態に、夜宵も頭を回す。それに、聞いていた姿とも違う。
カオススターと対峙する前に一時戦線を離脱した夜宵とイカロスは、その姿を見ていなかったから。
地面に足を崩す一織の目線に漂う真球。それは不思議と、かつて感じた威圧感は無く。むしろ穏やかで、頼もしさすらある。それは、あの時の姿とはまるで違うものだからなのかも知れない。
全てを拒絶するような、鋭利な部分が目立つ水晶の原石のような姿が、今は見る影もない。
「コアも剥き出しで、無様な姿だ。何をしに来た。新たなる世界秩序の仲間に入れて欲しいのかな」
アビススターも、かつてはカオススターの元にいた、いわば部下だ。
「・・・敢えて言うのなら、君の過ちを正しに来た」
その言葉に、アビススターは、小さく息を吐く。何っを言うっているのか、そんな態度だ。それに構わず、カオススターと呼ばれた球体は続ける。
「人間を軽視し、自らの手で操ろうとする。見るに絶えない愚行だよ」
くふふ、と笑いを噛み殺すようにアビススターは真球の戯言を嗤う。
「人間という矮小な存在に敗れ去っただけでも聞くに絶えない愚かしい末路を辿った存在に言われたくはない。そのまま粉々になっていたほうがまだ勇敢だろう。そんな姿になってまで生きながらえる。そちらのほうが私は絶えられないがね」
外装殻を捨て、コアの姿のままでのさばるのは恥だ。
「ウサギ座の少女よ」
自分に話しかけられていると気づかず、一織は思わず身体を竦ませる。立体の他のダスターならいざ知らず、球体は動いたことがわからない。
「かつては君と対峙した間柄だ。私はあの時君の言葉を受け、『完璧』に疑問を抱いた」
単一で完全な生命体と嘯くダスター。
生殖を必要とせず、老いも起こらない。個体は少なければ少ないほどよく、優秀な個体であればなおさらだ。人間は、それとは正反対の存在だ。カオススターはそれを完璧と謳った。
人間は、群れることを必要とし、世代を重ねることでしか命を繋ぐことが出来ない。
脆弱で、危うい。
それはアビススターだけでなく、全てのダスターの総意だろう。
だが、一織は。
スタープリズムを欲し、人間と接触をするダスターの存在を、完璧を謳う性質とは矛盾する行為だと指摘した。
僅か数十年しか生きていない人間の少女の言葉は、苦し紛れの言葉、戯言に過ぎないのかも知れない。
だがそれは、確実にカオススターの身体を染み入り、蝕んだ。考えを切り刻まれた。
疑問が生まれた。
長い時を生きる中で見つけたスタープリズムと言う、甘露を齧る行為そのものこそが、誰かに依存した行為だと。
人間という存在が居なければ、その甘味を得ることはできない。
それこそが、ダスターも人間と手を取り合える証明になると。
交錯する葛藤。矛盾。
混じり合う思考が脳を割り、カオススターは精神を瓦解させ、自壊した。
その時を持って、ダスターの一団の活動は終わるを告げた。
「それに気づかせてくれたのは君だ」
あの瞬間から、カオススターの意識は深い闇の中に堕ち、永遠の始まらない輪廻の輪の中に身を落とし。全ての星の命が終わるその時まで眠りについているはずだった。
だが。
その深い闇の中で、微かに感じる生命の光。自分の全能が奇しくも、営みを続ける人間の波動を受け取り。
機械的にそのデータを読み上げる中、何かが変わる感覚がした。
その中にあったのは、ひとりの少女の顔だ。
「端的に言おう。私は、君のことが好きになった」
その言葉に、周囲は一瞬の静寂が支配し。
一織は思わず頬を紅潮させ、夜宵は驚きに目を剥き。
「えええっ!?」
ウサポは驚きに身を飛び上がらせ、イカロスですらぽかんと口を開けたまま身体を硬直させている。
「・・・言うことに欠いて、何を口走る」
呆れたようにアビススターは笑いを漏らす。
周囲の反応が穏やかなものではないのに気づき、カオススターは眉をひそめる。
「・・・はて。好き、いわば好意は人間の間に流れるひとつの感情だと学んだが」
一織は熱に浮かされるように、両手を頬に添えている。
「ちょっと!アンタ何ドサクサに紛れて一織ちゃんにコクってんのよ!」
怒りの形相を顔に貼り付けた夜宵が身体を負傷しているのにもかかわらず、凄まじいスピードで真球に詰め寄る。
「はて。コクる。それはどんな時に用いる言葉なのか」
しらじらしい、と言わんばかりに、夜宵が球体におでこを押し付けんばかりに詰め寄る。
「イルカ座の君も、星の神子のふたりも、ウサギ座の少女への好意を有していると思われる。それをどこが非難される必要がある?」
アビススターにとって、様々な色に分岐する『好意』は、全てひとつの『好き』なのだ。
「ウサギ座の少女が、あの男に抱く気持ちも、好き、なのだろう?」
一織は顔を沸騰させたように染め上げ、真球を両手で挟み込む。
「・・・なぜ止める。気持ちの、心の表現が豊かなことこそが人間の心の素晴らしい部分ではないのか」
なぜ糾弾されているのが理解できず、カオススターは目の前で困惑しつつ顔を緋色に染める少女を奇妙な目で見る。
感情。
それは自分たち無機質な存在には有り得ない、時や状況で柔軟に形を変える。それに触れたカオススターは、スタープリズムを初めて味わった時に通じる、得も言われぬ感覚に陥った。
どうやら、同じ『好き』でも、いくつも枝分かれした意味があるのだと時に悟る。まことに、人の心をは奥深く、興味が突きない。
「・・・遊びは終わったか」
アビススターは、余裕の表情を持って一連の動きを見守っていた。
カオススターは何を血迷ったか、人間の少女へと傾倒を見せている。それが例えば自分たちへの反乱だとしても、さしたる問題ではない。
なぜなら、カオススターが人間に寝返ったとしても、その威光を誇ったのはかつての話だ。それも、一年ほど前。
「・・・私は、この素晴らしい人間が放つ光で溢れる美しい星を失ってはならないと考える。私のしてきたことが許されるわけではないだろう。・・・君に力を貸したい」
その言葉に夜宵も、ウサポもイカロスも。戸惑いを隠せていない。
人と人が繋がることは容易ではない。その溝を深めたのはカオススターだ。
無理だ。
人間とダスターが手を取り合うことはない。
このままだ。
人間と自分の意思に反する考えを持つカオススターの名残を消して、終わりだ。
それは、無意味な提案だ。
アビススターの体表が、激しく発光する。
再度紡がれる、滅びの光。この光が炸裂した時が、星神の時代が終わる時。
そして。私がこの宇宙を統べる時だ。




