ACT58・混沌から深淵へ
暗く、ぬかるみのような闇。
ここに堕ちてから、どれくらいの時が経っただろうか。
周囲は明けない夜のように光を遮り、重く、不快な重力すらもたらす。
皮肉にも無限にも等しい命を有していたことが、自身の時間の感覚を容赦なく狂わせているのが解る。
その中に置いて、奥。深く遠い、遥かな谷のような奥底。小さく、弱々しい輝きが見える。
吹けば消える燭台の火のように。頼りなく、薄い。だが不思議と、それは生命の輝きのように力強く、感じた物と相反する、矛盾した煌めきを放っていた。
それはどこかで触れたことがある光だった。
そうだ。
ある星が放つ、生命の塊。
自分たちにはない、熱く、燃え盛る命の猛り。
それは欲しようとするも、手に入れることの叶わなかった、至宝の輝き。
もう一度。
その光に触れたくて。
私は手を伸ばした。
光太朗は、鎧から煙を吹き出させながら、拳を振り上げる。
打ち付ける先は、硬質の金属音を弾きながら、細かく揺れる。
とっくにオーバーワークを自身に施し、渾身のバイパーストライクを叩き込んだ。速度をました無数の拳撃を浴びせた。
だが鏡面の体躯は、反対に光太朗の右足を、両拳を弾き砕きそうな程に固く。
「おい!やばいんじゃないのか!」
イカロスが叫ぶ。
トップギアで攻撃を続ける光太朗。だが、その攻撃はダスターにダメージどころか傷ひとつ付ける様子を見せない。
制限時間はとっくに超えている。オーバーワークは身体能力が向上するのみで、攻撃力そのものは高まらない。
沸騰しそうな熱で、冷静な判断も鈍らせる。
早く、目の前の立体を倒さなければ。
そんな思いが、光太朗を逸らせる。
「いい加減にしねえかっ!」
イカロスが、飛び出そうとする光太朗の眼前に立ち塞がり、その身体を受け止める。
「うぎぎ・・・っ!」
柔らかく、阻む壁に光太朗の動きが止まる。オーバーワークによりもたらした熱が、イカロスの身体を焼く。
それを察知し、光太朗は慌ててイカロスの身体を引き離す。
「冷静になれっ。ここまでの道は作ったんだ!後は一織と夜宵に任せろ!」
・・・まただ。
アンチホープとの戦いでも、何の役にも立たなかった。
ここは地上だ。スケイルアーマーの存在意義が試される事件だ。
人を救えないで、何がヒーローだ。
今にも誰かの命が溢れ落ちるかも知れないのに。
「・・・ふむ。感情に任せて荒ぶる行動など、もっとも御しやすいと思っていたが」
何十発も鋼鉄の連撃を叩き込まれたのにもかかわらず、その姿を一ミリも変形させていない立体が、緩やかに動く。
「星の巫女はやはり厄介だ」
動きを止めている光太朗に攻撃すること無く、立体はその様子を不気味に眺めている。
「・・・すまん。イカロス」
その黄色い肌に、熱く、変色する部分。身を呈して光太朗の動きを止めた弊害が見える。
「・・・気にするな。冷静に戻ってなによりだ」
だが、冷静になろうと、熱くなろうと、こちらの攻撃は一切通用しない。バイオレットバイパーのパワーを持ってしても、ダスターには無力。気体だろうが、固形だろうが、攻撃は一切通らない現実。
「・・・人間の少年」
前方のダスターが、その面に目があるわけでもないのに、光太朗は自身の身体を視線で絡め取られた気分になる。
「君はなぜ我々に抵抗する?」
こいつは、何を言っている?
人間からスタープリズムを奪い、弱らせ。それは人の命に関わることだ。それを防ぐことが理由に決まっている。
「問おう。それは君たち人間が生きることと何が違う?」
言っている意味が分からず、光太朗はメットの中で眉を潜める。
「生きるために自分以外の生命を殺し、食い、命を繋ぐ。私たちがしていることと何が違う?私達がしていることは、もはや本能だ。甘美な味を求め、それは我々の力の源になる」
「おい!聞くな光太朗!」
イカロスが吠える。
「明確な回答を求める」
ダスターがスタープリズムを求めるのは、永遠の時の中で見出した甘美な時間。それはやがて、奴らの生きる意味になったとでも言うのか。
「地球をスタープリズムの採掘場にすることとは。人間が生きるために食肉を
育てることと何ら変わりがないこと」
「勝手なことを言わないでくださいまし!」
ウサポも力の限り叫び、否定。光太朗への雑音を遮ろうとする。この美しい地球が、そんな悲しい場所になってはならない。
「君たちのしていることは、我々の生を阻む行為だ。それを阻止する権利が、あるのかね」
光太朗の全身を、言い表せない倦怠感が襲い。
腕から、足から、外装が剥がれ落ちていく。
溶ける変身の中、イカロスが光太朗の胸ぐらを掴み上げる。
「おい!蛇ノ目の爺さんにされた仕打ちを忘れたわけじゃねえだろうな!」
忘れていない。蛇ノ目だけじゃない。
その他にも、倒れ伏せる人間は山程いる。
だが、不思議と心を蝕む、戦う意欲を奪われる感覚。
「・・・!おい!しっかりしろ!」
掴み上げる手をイカロスが絞り上げる。
頭の上にウサポが覆いかぶさり、
「・・・!スタープリズムが流出しかけてますわ!」
「ちっ!」
忌々しそうにイカロスが立体に鋭い視線を飛ばす。
「あの少女がカオススターにしたことを真似たつもりだ。脆弱な人間の心はこうも柔い。未だにカオススターが敗北したことが信じられない」
鏡面が歓喜に震えるように瞬く。
「悲しむ必要はない。これが自然の摂理なのだ。生命の頂点に、脆弱な存在は搾取される。いわば、私は食物連鎖の頂点だ」
光太朗の全身を襲う、嬲る波動。水晶花の時のように心の奥底が犯される感覚ではなく、全身が引っ張り上げられ、それと共に精気が搾り取られるような。身体を撫でる何かが通り抜ける度、手足が弛緩していく。
立っていること自体が馬鹿らしくなるような。生きていることに意味を見出すことが出来ない。
「そうだ。大人しく自分の身体に起きる変化に身を委ねろ。そうすれば、安らかな眠りを享受できる」
その言葉が、悠久の世界へいざなうような優しい調べで。光太朗の意識が遠い場所から手招きされる誘いに釣られる。
膝を折る光太朗の身体は、この上なく、重い。
「しっかりするですわ!」
それを支えようと、ウサポが引き上げようとするも、重力に逆らうこと自体が不自然な、高揚感がそれすらをも振り払って。
光太朗の身体が、地面になだれ込み。
コンパケートタイプの鏡面が瞬く。何か、エネルギーの流動が波打ち。
その瞬間。
危機を察したコンパケートタイプがスルリ、と空を泳ぐように動き。
その地点を何かが着弾。大きな煙とともに、その姿が明らかになる。
空から飛び出した一織が、地面に拳を突き立てている。
「・・・来たか」
懐かしむように、鏡面体が鈍い輝きを称える。
ぐい、と光太朗の身体が引き上げられ顔をかろうじて差し向けると、そこには劉備を釣り上げた夜宵が片腕で光太朗を立ち上がらせていた。
不思議と、みるみるうちに身体が活力を取り戻し。
「しっかりなさい!」
静かに、それでいて力ある言葉で光太朗を叱咤した。
「私達も、かつてはカオススターに指摘されたことよ。スタープリズムを奪うことの是非を問われたわ」
強く、石の籠もった目が光太朗を貫く。
「でも、私達はもうそんなことを乗り越え、戦うことを選んだ。黙って滅ぼされるわけにはいかないもの」
自分よりも遥かに幼い彼女たちは、自分たちで答えを見つけ、立ち向かっている。
「まだ付き合いは短いけど、私達とあいつの主張。どっちを信じるの?」
一織は跳躍し、光を纏った拳をコンパケートタイプへと放ち、大きく吹き飛ばされた個体が減速しつつ、その身体を宙に留める。
「いつだって、一織ちゃんは自分を信じている。それを形作ったのは・・・」
それは、どこか悔しそうな。夜宵の目が光太朗のその奥。何かを見つめているように思えた。
ぐにっ。
光太朗の口元が、歪む。夜宵が手で光太朗の顎を掴み、絞り上げる。
「しっかりしなさい」
もう一度先と同じ言葉を口にする。でも、前とは違う優しさを含んでいて。
光太朗の身体が熱く膨らんでいく感覚。活力を取り戻した身体が、自分の物のように力を取り戻し。
「・・・ありがとう、夜宵ちゃん」
「勘違いしないで。心配していたのは私ではなく、一織ちゃんだから」
夜宵の視線はすでに、前方を見据えている。
「ふむ。うまくはいかないものだ」
一織の攻撃を受けてなお、コンパケートタイプは冷静さを欠いていない。
スターセイザーが揃っても、自分たちの力に揺らぎはない。そういいたげだ。
「ならば、力付くで退ける以外手はない」
ゆらり、とコンパケートタイプの身体が揺れる。
「宇宙を司ってきた星神の時代は終わる」
それに呼応するように、周囲に無数に点在する他のダスターの動きも反応を見せ。
「地球牧場化計画を経て、この世の全てを深淵の果てへ。星神の力の及ばぬ世界へ」
熱に浮かされたように、コンパケートタイプは語る。
「名乗っていなかったかな。私はアビススター。混沌を超え、深淵に導く使者」
淀んだ空気が振動する。
アビススターと名乗った個体のその宣言をきっかけに、無数のダスターが反応を示す。
「宵闇の眷属は、私達にいい置き土産を残してくれたよ。単一こそが完全な存在だと信じて疑わない私達には思いもよらない考えだ」
周囲のアビススター以外のダスターが溶け、砕け。
粒子となった、虫の群れにも似た霧に変化した塊が蠢き、収束。
「ある種人間にも通じる思考が無ければ、辿りつかない領域だ」
蠢く影が、アビススターへと。主を求めるように。それを中心として、渦を巻く。
「力の譲渡。他の存在を糧にして力を高めるなど、考えも及ばなかった」
アビススターの体表が禍々しくも歪む。
砂塵のように震える波がアビススターへと収縮し。
どくん。
大きな鼓動が、この距離からでも耳に届く。
明らかな変化をもたらす。蠢く波動が大気を嬲り、淀んだ雲を払い飛ばす。
光太朗がその一瞬に気を取られ、空から前方へと視線を戻し。
「っ!前っ!」
誰かの叫びが光太朗を促し。それに気付いた時には、禍々しい光を放つ鏡面体が眼前にいた。
触れれば吸い込めれそうは水面のような。
曇り、醜悪でありながら、引き寄せられそうな魅力を放っている。
それが一瞬瞬き。
本能に従って、変身モーションを急ぐ。
それすらを追い越して、光太朗の全身を貫く衝撃。
脳が撹拌され、視界が天地上下に乱れる。白と黒に明滅する視界が高速で流れ、背中に流れる痛みで自分は吹き飛ばされたのだと悟る。
強い摩擦熱が、背中を伝う。変身が間に合わなかった背中を容赦なく貫き。ようやく景色が止まる頃には、凄まじい激痛が全身を伝う。
「大丈夫いですのっ!」
何が起きたのか分からず、光太朗は無様に空を見上げることしか出来ない。
文字通り飛んでくるウサポとイカロスの手を借りながら、痛みの支配する身体をなんとか身を起こす。
目で追えなかった。生身とはいえ。
「おい!やめろ!死ぬ気か!」
荒い息を押して、変身モーションを取ろうとする光太朗の腕を押さえつけ、イカロスが静止する。全身を強く打ち付け、服は無事な部分のほうが少ない。その服の下は、それ以上のダメージを負っている。
「これ以上あの加速続けたら・・・!」
オーバーワークがもたらすメリットとリクスをイカロスも伝え聞いている。改造されているとはいえ、それには限界があるはずだ。耐えきれない力に、身体がバラバラにならない保証はない。
「一織と夜宵に任せろ!」
それは、鎧を纏い、正義のヒーローとして戦ってきた光太朗にとって、屈辱的な選択なのかも知れない。それに、ただでさえアビススターは今までにない力を宿した。
戦いを繰り広げている一織、夜宵。そしてアビススター。バニーパンチも、ドルフィンインパクトも、その息も詰まるエネルギーを収縮させた体表を吹き飛ばすことすら出来ない。
凄まじい速度でその攻撃を嘲笑うかのように躱し、迸る光線を射出。
その大質量のレーザービームを、二人がかりの防御でようやく弾き返すのがやっとだ。
「スピードだけは出る。盾になることくらいはできる」
恐らく、自分の攻撃が通用しないのは分かっている。
だったら、自分がやるべきこと。
自分の身体を呈して、ふたりに攻撃を作るチャンスを作る。ダスターに対抗できるのはスターセイザーしかいない。それを信じるしか無い。
「ヤケになるなよ!」
その提案すら、イカロスは良策とは思わない。焦りは冷静な心を欠く。功を焦り、目的のために自分のことを考えられなくなっている。仮にそれでこの場を脱しても、光太朗が潰れたら本末転倒じゃないのか。何より、一織と、夜宵が悲しむ。
イカロスの静止を振り切り、震える足で立ち上がりつつ、光太朗はその身に紫の鎧を纏う。
だが、その姿にかつての頼もしさはない。鎧の上からでも解る肩で大きく息をする動きが見えるからだ。
『オーバーワーク』
赤く、熱を帯びる鎧。
(・・・・・・)
光太朗の身体に重く、熱い塊がのしかかっているようだ。
骨が軋む音すら聞こえる。
涙目のウサポが、メットの前で立ちふさがっている。戦地に赴く光太朗を静止しようと押し留めている。
光太朗は、ゆっくりとウサポの身体を押しのける。
こうしている間の時間ですら、惜しい。
飛びかける意識の中、光太朗は両足を地に押し付けた。




