ACT55・例えばこんな休日を
マギアスを再びに闇に陥れようとする者との戦いから3日ほどが経った。
その間、光太朗は泥のように眠っていた。当然、その間に起きた出来事を耳にすることはなかった。
アイリスは、デュミルアスのシェイドにより破壊された黒の花園の復興。特に居城は損傷が激しく。残存しているアンチホープを総動員して再建に当たっている。
今回の件を端に、グランティールとアンチホープはお互いの存在を見つめ直すきっかけとなり。
それぞれの世界を尊重した世界の作り方を模索する約束を取り付けた。
そのため。
アイリスが暫定的ではなく、名実ともに黒の花園の王へと収まり。
黒衣を伴いグランティールに現れた時には、衛兵の緊張感は今までの歴史にないくらいに高まり。
だが、そこに諍いが生まれることはなく。
互い互いを尊重し。どちらの世界にも光が等しく享受できる世界を目指すと誓った。
具体的には。
黒の花園はグランティールと友好を結び、攻撃的な干渉を行うことを停止。
グランティールは光の元を歩けない闇の住人のために、光術の技術を用いて、陽の光を軽減する装備品の構築を約束。
これが、本当にお互いが平等に光を享受できる希望に成ることを信じて。
「・・・私はまだ、ここに残る」
そう、アイリスは決意を口にした。
外の世界に連れ出し、憧れた外の世界を見たいと渇望した。それは、半壊した城の再建設もそうだが、住む居住以外に生きる住人もいる。その全てにグランティールと結んだ、希望の話を伝えなければいならないのだ。
その中には、まだ闇に固執し、光を忌み嫌う存在がいるだろう。それまでは、まだ外に悠々と出るわけにもいかないとアイリスは思う。
「そっか」
だから、光太朗はそれを尊重した。
アイリスが光太朗の世界の陽の光をその目にする。それはそう遠くない日の出来事に思った。
「・・・これは、由々しき事態ではないのですか?」
大臣が、険しいものをその顔に刻んで進言する。
それを、エリフォリアは玉座に腰を沈めながら聞く。
「我が国の宝剣が一本、宵闇の眷属の手に渡ってしまいました」
「それは、我らの手の内を敵国に手渡すのと同義」
そんなことは、長いグランティールの歴史の中で例になかったこと。
「私は、そうは思いません」
周囲の焦燥とは逆に、エリフォリアは努めて冷静に言葉を紡ぐ。
「むしろ、これが花香剣の示した未来なのかも知れません」
かつてのマギアスの始祖。その時代に生きる人間が、どんな思いを込めて花香剣、そして、花の騎士という存在を生んだのか。12本の刀身のみが伝わる今では、その思いは知ることは出来ない。
ただ。
闇を力づくでねじ伏せ、払うだけではない。
花の騎士の努めとは。
光を別け隔てなく与えること。
光と闇が溶け合ったアイリスという存在が生まれた事自体。
それが、花香剣が望んだ使命なのかも知れない。
百合花、鋳薔薇、雛。そして光太朗という少年。その全員がアイリスを導き。
この黒の花園が渇望した未来を見せてくれた。そう思えてならない。
「だから、きっと」
大丈夫です。
その笑顔も、不安に暮れる周囲を溶かしほぐす、希望に見えた。
「・・・何故こんなことになった?」
光太朗の疑問は、潮風に流れて消えた。
目の前には、目にも鮮やかに波打つ青が見える。
オーバーワークで酷使した疲労もようやく身体から抜けてきたとある日。
底抜けに明るい表情で光太朗の部屋に現れた雛が、光太朗の快気を見計らったように外へ出ることを促す。
場所は、城下町よりも離れた海岸。そこは人っ子一人いない、遥か遠くまで望める砂地が続く。
断続的な波の流れが砂を覆っては、攫う。その音が心地良い。
この規模の砂浜で、存在する人間が自分たちだけなのは、この上ない贅沢なことのように思える。
砂浜にレジャーシートを引き、眩しい日差しを避けるパラソルの影を砂に落としている。
光太朗は荷物番よろしく、ぽつんとパラソルの中に入り、ぼーっと視線の先を揺れる波に収めている。
その足元。
光太朗の座した足の中に、身体を丸めたニアが不快そうに尻尾を揺らしている。それはパラソルが遮る日差しに対してなのか。
「・・・我は人間のことを理解し、仲良くなったと自負しているがな」
胡乱げに、ニアは波の向こうに視線を投げかける。
「こんなところにまで水浴びに来る感情を理解できない」
雛の提案で、みんなでこの海辺へ遊びに来たのだ。女子は今、絶賛着替え中とのこと。
そもそも、百合花たちが夏休みの間に示し合わせたのはこのためだとも言える。こんな人気のないところで泳ぐなど、なるほど現実世界では不可能なことだろう。
だったら光太朗はいかなくてもいいと断ったのだが、荷物番が必要だとのたまう。・・・こんな無人の場所ならば、置き引きは果たして起きるのかと疑わしいが。
「こんな潮風の吹く中半裸になり、あまつさえ塩っ辛い水の中に身体を沈めて楽しむ。・・・我には理解の出来ない考えだ」
ニアはそもそも海水浴に懐疑的であるらしく、光太朗の足元で海水浴に対する疑問をただつらつらと上げている。それがすでに猫っぽいとは言わないでおく。
暫く波の音とニアの文句を耳から受け流しながら潮風に当てられていると、砂を噛む音と共に人の気配を感じた。
「おまたせぇ〜」
そんな声と共に現れたのは、見慣れない姿だった。
衣服の面積よりも肌色のほうが多い集団が、青で広がる水平線を望んでいる。
現れた一団は、それぞれが色とりどりの水着で武装し、ここに来た意味として示している。
筆頭は、太陽のような黄色の水着で陽気に笑みを浮かべる雛。それに続くのは情熱的な炎をイメージさせる赤を纏った鋳薔薇で。
そのふたりは、へそまで見える大胆な水着だ。この人のいない海辺だからこそ成せるものなのだろうが。
百合花はというと。
雛と鋳薔薇程大胆ではない。白を貴重とした水着。わずかに恥ずかしそうに染めた頬は、決して日差しのせいではないだろう。
なんとなく、光太朗はは視線をずらしてしまう。
が、その先に見慣れない姿を見た。
アイリスだ。
「光太朗くんの快気祝いと、これからグランティールと黒の花園をつなぐアイリスと親交を深めるのも悪くないって、連れてきた」
アイリスも当然水着姿だが、何故か身に纏っているのはスクール水着であった。
「私の見立て通り、似合う似合う。どう?」
と、雛は光太朗に同意を求めてくるが、良くわからない。
アイリスは何故自分がこんな姿になっているのか理解できず、所在なさ気に自分の姿を眺め回している。
「って、あれ?光太朗くん着替えてないの?」
普段着のままの姿に、雛は眉をひそめる。そんなつもりで来ていないから水着など用意している訳が無い。
地上とは違う風景だけで、光太朗は十分心が安らぐ。もっとも、その前にアンチホープとの戦いに巻き込まれるとは思ってもいなかったが。
「あとでニアにでも用意してもらいなよ。こんないい天気、もったいないよっ!」
言うが早いか、雛は膨らませたビーチボールを手に砂に数の足跡を刻みながら駆け出していった。その様子に辟易しながらも、鋳薔薇もそれに続き。
壮大に広がる光景に足を止めているアイリスの手を引きながら、百合花は波打ち際に向かってゆく。
晴天と海という、黒の花園には無縁と思われる光景に、アイリスは戸惑っていることだろう。事実、寄せては返す白波に恐る恐る足先を触れるその姿は、初めて海を見る人間のそれだ。
「・・・まったく、若い乙女が嘆かわしい。あんな人目も憚られる格好で遊ぶなど」
ニアはどこか冷めた目を砂浜で放物線を描くビーチボールの行方を捕えながら、未だにブツクサと文句を垂れている。
だが、光太朗は見逃さなかった。白と黒に分かれている尻尾が、丸で弾むボールに合わせるように揺れていることを。
それは、猫としての本能なのか。本当に軽蔑するべきことなのか。敢えては聞くまい。
「・・・気になるんなら、行ってきたらどうだ?」
どうせ、荷物番はひとりだろうとその手に余る。
だが、ニアは何故か顔を真っ赤にし、全身の毛を逆立てる。
「ば、バカを抜かせ!我が気になっているだと!?」
毛と共に逆だった尻尾にそれを見出すのは、何ら不自然ではないだろう。
ニアの気持ちは頑ならしく、半ばムキになったかのように光太朗の足元で逆に身を丸ませることとなる。
ニアは元猫だと言っていたのだから、少なくとも水が苦手な部分あるのだろう。猫にはそんなイメージがある。
それでも、遠くで遊んでいる女子組を羨むオーラが垣間見えるのも事実だ。
「・・・ここでじっとしているのも飽きたな。・・・一緒に行くか?」
頑なな部分を解きほぐすには、多少強引なほうがいい。これで乗ってこないのならそれまでだが。
光太朗としてもこのまま足元に毛の塊をおいたままにするつもりはない。
光太朗が少し腰を浮かしかけると、ニアは丸めた身体の中、片目だけを開ける。
「・・・お前がそこまで言うのなら、遊んでやらないこともなくはない」
・・・その自己弁護のような回りくどい言葉に、光太朗は苦笑。それに敢えて突っ込むこともせず、光太朗は半黒半白の猫を抱えながら立ち上がったのだった。
ニアの光術を用いれば、水着を含む衣服など、簡単に生成できるとのことだった。
かつて百合花の花の聖飾の丈が合わなかった時も、ニアの力により事無きを得た。
普通の短パンタイプの水着を用立ててもらい、ニアも人型の身体に水着を纏って砂浜に舞い戻ってきた。
よくよく考えたら、海に入るのなんて初めてかも知れない。水に触れることなんて、それこそ学校の水泳の授業でしかないわけで。
正直、少し楽しみな部分ではある。
しかし。
光太朗の腕に絡みつく生々しい感覚。
ニアが顔面蒼白になりながらも光太朗の腕にしがみつき、揺れる波の動きを目で追っている。
当然、ニアも水着姿であることを忘れてはならない。ご丁寧にも、水着も白と黒で分けられたデザインで包まれた身体が容赦なく押し付けられていることに、ニアは気付いていないのか。
「・・・そんなに怖いんなら戻ってろよ」
光太朗としては、早いところ腕に伝わる感覚を取り払いたい。そのために変身してもいいくらいだ。
「誰が怖いだと!我は誇り高き神官ぞ!」
その言葉の意味は分からなかったが、何故か逆鱗に触れたようだ。
だが事実、押し寄せる波に恐る恐る足先で追いつつ引っ込める姿を見るとそう思うのは自然だろう。
体感数時間の格闘の末、ニアは波にさらわれる感覚に目を細めながらも、なんとか水に身体を漬けることは克服したようだ。
それだけでなく。
海面を悠々と泳ぐ身体能力抜群の雛への対抗心か。
「・・・手を、絶対に、離すなよ!」
何故か光太朗は、ニアの両手を握り、彼女の泳ぎを監督するハメになる。光太朗自身も特に泳ぎに明るいわけではない。
水面が爆発したのではないのかというくらいに飛沫の柱を伴い、全然進まないニアの手を引く。
「・・・っどぅばぁっ!」
堪えきれず、ニアはその身体を飛び出させ、光太朗に飛びつく。
「だめだぁっ!」
涙目によるものか、潮水なのか判別出来ないもので顔面を濡らしたニアに押し倒され、光太朗の身体ごと水面に沈む。
やがて、目を回したニアをシートの上に寝かせ、光太朗もパラソルの下へ腰を落ち着けることとなる。
そんなことも横目に、百合花、鋳薔薇、雛はまだまだ元気に遊んでいる。
鋳薔薇の視界を布で塞ぎ、木の棒で持って大きな果実を割る遊びに講じている。
そして。
アイリスも疲れたのか、光太朗と並んでその光景を眺めている。
あの3人娘の遊びに巻き込まれていたからなのか、流石に疲労の色も見える。
ただ、膝を抱えて遠くを見つめるその横顔は、黒の花園で見たときよりも生き生きと思えるのは光太朗の勝手な感覚だろうか。
「・・・楽しい」
その光太朗の視線に気がついたのか、アイリスは表情を少し柔和に傾け、微笑みかけた。
これがアイリスの求めた光の世界なのかは、光太朗に知る術はない。
「・・・それにしても驚いたな。アイリスが花の騎士に変身できただなんて」
百合花たちの助力もそうだが、何よりそのお陰であの窮地を脱したのは確かだ。
ただ、それは母親の姿を模した相手に刃を向けなければならない心苦しさを覚えて。
「大丈夫。おれは、お母さんじゃないから」
そもそも、アイリスが生を受けたときにはすでに、デュミルアスと対面することはなかっただろう。
「・・・花の騎士はマギアスに光をもたらす希望」
背中をシートに預けて、冷静さを取り戻したのか、ニアが落ち着き払った口調で言う。
「だが、今のグランティールにはアイリスの存在に懐疑的な神官もいる」
水晶花を宿しているとはいえ、アイリスの存在は単純に受け入れがたいものなのだろう。なにせ、すぐ間際まで争っていたて敵対勢力の中にいた存在だからだ。
「だが、我は思う。アイリスの存在が、マギアスとアンチホープを繋げる接点に成るだろうと」
グランティールの人間がアンチホープの存在を良く思っていないのと同様、宵闇の眷属の中にも暫定的とは言えアイリスが自分たちの長に成ることを素直に喜べない者がいることも確かだ。
「今後、我らがするべきことは争うことではなく、対話でお互いを繋げることだ」
むくり、と起き上がったニアの目は、法衣の纏っている時と何ら変わらないもので。そして、その目の先が見ているものは、アイリスとのもっと奥。
それは、恒久の平和なのかも知れない。
「君が手に入れた力は、その証かも知れないな」
薄紫色の、新たに芽吹いたその力。その絢爛さは、百合花たちにも匹敵する輝きを放っていた。
「そういや、変身した時の名前ってあるのか」
例えば百合花だったらホワイトリリィとか名乗っているけど。
「花の騎士の名は、花香剣が適応者だと認めた意思が名を授けると聞く」
変身する呪文も含めて、所有者の頭の中に聞こえる声が、それを導くと言う。
「・・・わからない」
アイリスはそれだけを短く言う。
「頭の中に聞こえた声も、戸惑っているようだった」
水晶花を宿しながら、その身体に闇をも備える特異な体質。それは、見えない意思ですら困惑する事態であるようで。
「・・・アイリスの名はおいおい考えておけばよいだろう。花の騎士になれたことこそがきっと意味のあることなのだから」
一瞬、静寂があたりを支配し、波に乗る音。
「あー。遊んだ遊んだ」
そんな空気を引き裂いたのは、雛の呑気な声だ。
「そろそろ昼食にしよ」
百合花を筆頭とした女子チームが、弁当を作ってきたらしい。バスケットに入った包を取り出しつつ、
「材料はこっちの世界のものだから、前に作ったものとは違うかもだけど・・・」
と、百合花は少し恥ずかしそううに言う。
「・・・あー」
一時期、百合花に怠惰な食生活を正すべく、施しを受けていた時期があったっけ。
それに目ざとく反応したのは雛だ。
「え?もしかして、百合花っちの手料理食べたことある?」
「まあ」
光太朗がそう短く応えると、にまあ、と口元に笑みを浮かべた雛が、面白いものを見るような目で百合花に向き直る。
「ほ、ほら!たくさん作ったから!みんなんどんどん食べて!」
百合花は顔を真っ赤にしながら、みんなに料理を進める。そんな動揺をわかりやすい程形にした百合花を生暖かい目で見ながらも、追求することはしなかった。
青い空。
香る潮風。
少し前の自分なら、こんなところで誰かと一緒に遊びに講じるなど思いもしなかったことだろう。それに、ここがましてや異世界で、その世界を揺るがす戦いに身を投じていたなんて。
思いがけないことが立て続けに起きている。
でも、こうして戦いが終わり、他愛もない会話を耳にしながらする食事と言うものは、耐え難い喜びがある。
そう考えると、アイリスはまさにこの世界に咲いた、人と人を繋ぐ、輝く花なのかも知れない。




