ACT54・芽吹く
名前は、親が子供に送る祈りであり、願い。あるいは呪い。そしてエゴである。
光太朗は、自分の名前に『光』が入っていることが、普通の少年とは違う生き方をしてきた中で、かろじうじて前を向くことができる、せめてもの希望だった。その由来を両親から聞くことはなかったが、きっと意味がある。
それは、アイリスも同じだと思う。
勝手な想像に過ぎない。黒衣の言う通り、人間の尺度に押し固めた身勝手な理論だ。もしかしたら、意味などないのかも知れない。
だが、そう思いたくなるのだ。
外を、光を求めて外に出ようとしたアイリスが、普通のアンチホープとは違うことが、それを示しているような気がして。
揺れる視界の中、光太朗の身体を衝撃が襲い。その意識は刹那のうちに途切れたのであった。
グランティール城。
王の間。
エリフォリアの元へ、衛兵が血相を変えた表情で駆け出し、息を整えるのもそこそこに、傅いた。
「姫、緊急事態です!」
その言葉が、エリフォリアだけでなく周囲の衛兵にも伝播し、緊張を高める。
百合花や光太朗に関する嫌な知らせかと誰もが思った。
だが、その口から発せられた言葉は、全く想像の斜めを行くもので。
「今しがた、宝物殿にて花香剣の一本が激しく反応し、その姿を消失させました!」
グランティールに12本奉納されている宝剣花香剣。その3本は、今それぞれの騎士の手元にある。すなわち、現在宝物殿に残っているのは残り9本。
花香剣は、使いたいからといっておいそれと手にできる物ではない。世界を覆う危機と、花香剣そのものが自身の主を定めるのだ。
エリフォリアは衛兵の報告に驚かなかった。また、花香剣が誰かを主と認めようとしているのだろう。
自分たちの使命は、来る時までグランティールに伝わる宝を守ること。それだけだ。
あまりにも眩い光に、鋳薔薇は痛む身体の中、まぶたを開く。
信じられない光景に、鋳薔薇は目を剥き、それは雛も同様のようで。
「・・・ばかな。そんなはずは」
乾いた言葉で、ニアが言う。目を覚ました者は、一様にその光景を受け入れられないでいる。
いや、最初は自分もそうであったはずだ。適応者の百合花と初めて出会った時。花香剣の示した適応者を信じられない気持ち。今でこそ百合花たちは適応者にふさわしく、それに恥じない心根を持ち、頼りになる仲間として成長した。
だが、これは。
アイリスの目の前に、眩く輝く球体に包まれた『それ』が、ゆらゆらと佇んでいる。まるで『それ』が主を見定めたかのように。
焦りの色を含んだのは黒衣で。
「触れてはなりません!姫!」
それは光の象徴。闇を断罪する刃を生む剣。自らの種族と対局に位置する物質。言い換えれば、光そのものだ。
その『花香剣』に闇の者が触れれば。身体は弾け、存在に影響する。それはきっと、アイリスも同様のはずだ。
煌めく光に導かれるように、アイリスは半ば無意識に手を伸ばす。
だが、これは好奇かも知れない。
黒衣はアイリスの体質を思い出した。
光を宿す水晶花を持つことが、これを良い方に転がすかも知れない。
もし、花香剣に触れることが叶うのなら、グランティールの宝剣を奪うことになる。それは、後顧の憂いを断つことにも繋がるかも知れない。
もしここで。
アイリスが消滅するようなことがあっても。
花の騎士は瓦解しかけ、紫鉄の戦士は虫の息だ。
デュミルアスはまだ健在。花香剣が白の花の騎士と紫鉄の戦士の戒めを切断したが、それは大したことではないだろう。
どんな結果に転ぼうとも、宵闇の眷属の勝利は揺るぎない。
アイリスは、花香剣の柄へと手を触れる。
この瞬間、花香剣がアイリスを所有者と認めたことになる。
花香剣を生み出した人間の考えなど理解ができるはずもないが、これは好奇である。光をもたらす武器が、こちらの手に渡ったことを意味するからだ。
戦う力の残っていない人間を全て闇に沈め、手にした光すら黒に染め。この黒の花園からやがて外へと。闇の勢力を広げる。
自分は何も力のなかった存在だ。
アイリス。
そしてデュミルアスの傀儡。全てを使ってでも、自身の根源的の目的のため、あらゆるものを利用してでも成し遂げる。
その意志に呼応したように、デュミルアスが動く。
あの、全てを無に帰す黒閃の起動を開始する。標的はまず、花の騎士だ。
全ての花の騎士を倒し、紫鉄の戦士の心も折る。半無尽蔵の水晶花は惜しいが、決して固執してはならない。
これからくる闇の世界のため、邪魔者は全て排除する。些末な犠牲だ。
指定した人間だけを生き残らせ、そこから黒晶核を抽出していけばいい。何も大きなリスクを残すことはない。
巨大な影が揺れる。
エネルギーを最大限に収縮させた闇の光の解放は近い。
永遠の世界へ。
引き金を引くのは自分だ。
「・・・もう、やめにしましょう」
その言葉を、黒衣は信じられなかった。この黒の花園に住む者であれば口にすることはない。
「・・・血迷いましたか?これは我々の未来を決める聖戦であります」
止める意味がわからない。
「私は光太朗の言う通り、これからも外の世界へ見識を広めたい」
どれだけの光で溢れているのかを。
どれだけの人が光を心に宿しているのかを。
「・・・これからいくらでも見られますよ。世界を闇に閉ざした後でね」
「そこに、光はありますか?」
・・・これが、宵闇の眷属でありながら吐ける言葉だろうか。
光を忌み嫌い、拒絶しなければならない。そうでなければ、自分たちは生きてはいけない。光に肌を焼かれ、外套で遮らなければならない。光は、闇を焼く炎だからだ。
「・・・デュミルアスは、貴女を産み落とした理由は、光への憎悪をより高めさせるため」
でなければ、光を宿して生まれる訳が無い。
・・・そうだろうか。
光太朗は、ふたりの会話を何処か遠くに聞きながら。
確信はない。
だけど、きっと。デュミルアスはアイリスに希望を託したのだと思う。
でなければ。
光を見たいと思わないだろうし。
花香剣が主と認める訳が無い。
「・・・そこをおどき下さい。闇の波動を浴びせて、終わりです」
倒れ伏せる人間とデュミルアスの間に挟まれるように、アイリスはその身を立たせ。
アイリスの意思は固い。
「・・・ならば、貴方はもう不要だ!私が貴方に変わって宵闇の眷属の王になる!」
強大な力を得て、野望が生まれた。
当然の権利だ。
それを操れる、自分が宵闇の眷属を率いる新たな王へと成る。
「・・・お母さんは、きっとそんなことは望んでなかった」
「・・・もはや、かつての王はここにはいない。意思のない抜け殻だけが世界を滅ぼす!」
王の忘れ形見だろうと、もはや関係ない。この肥大化した力を試したくて仕方がない。光を塗りつぶす、絶対的な力を。
アイリスは、花香剣を大切な物のように抱き、目を伏せる。まるで、何かに祈るように。
膨れ上がる黒い波動が。前方のアイリスへと向かって。
大気の共振を引き起こしながら嬲る熱が周囲を侵しながら、黒が吐き出された。
アイリスが花香剣を振る。
圧倒的質量を誇る黒の波動は、何かに遮断されるように霧散し、拡散し。
全てを飲み込むはずだった黒の咆哮は、空に溶け、消えた。
「何をしているっ!?これは我々の千載一遇の好機!」
人間どもを庇い、闇の波動を振り払う。それは、宵闇の眷属の理念に反する背信。
アイリスの罪も含め、自分が全てを断罪する。
もはや、凝り歪んだ思考が彼を支配していた。再度、デュミルアスは黒閃を発動。収縮する光。
全てを討ち滅ぼす黒の浄光。
それを、決意を固めたアイリスの瞳が迎え。
手にした花香剣を振りかざす。その軌跡は何も切断することはない。
代わりに、アイリスは力強く、その言葉を紡いだ。
「カラフル・コネクト・ルミナース・・・!」
自分の頭の中に反響するその言葉を。
瞬く輝きがアイリスの身体を包み。
頭髪が意思を持ったようにうねり。毛先まで、別の色で塗り替えられ。淡い紫の輝きを宿す。
花香剣から円状の塊が吐き出され、それがアイリスの頭上で回転。
アイリスは天に両腕を掲げ、その円に全身をくぐらせ。腰元で止まった円が大きく広がり、スカートを形作る。
光太朗は、朦朧とした意識の中で見るその姿は、どこか既視感のあるもので。だが、その姿へと変えられる者は、自分同様ダウンしているはずで。
怒り、畏怖。あらゆる感情が混乱を引き起こす。黒衣は、目の前の光景が信じられないでいる。
「ありえない」
それはニアにも同様らしく。
清廉な風が、吹く。
神々しい輝きは、光太朗が初めてホワイトリリィの姿を見た時に感じた気持ちと似ていて。
「・・・どうやら闇に生きる我らの誇りを、それこそ光の彼方に置いてきてしまったようだ」
黒衣が忌々しそうに、姿を変えたアイリスに視線を向ける。
「その姿を速やかに解除し、私のもとに来なさい。躾が必要だ!」
花の聖飾を纏ったかつての主の娘を、闇の力を持って断罪しなければならない。
それに、忘れているのか?
デュミルアスの黒閃は充填済みだ。射程距離内。今度は防ぐことは叶わない。先以上に濃縮させた、滅びの破光。
アイリスは足元に力を込め。
背中、腰辺りに柔らかな帯が生える。
『花弁の翼』すら自在に操り、アイリスの足が地から離れる。水の中を突き進むように、空へと上昇。それに伴い、デュミルアスの頭部がそれを追いかけ。
アイリスは、光太朗たちに被害が及ばないよう、その斜線をずらしたのか。だが、はち切れんばかりに溢れる黒き輝きの収縮の先が、アイリスから外れることはない。
もはや、正気ではない黒衣の慟哭が吠え。それをきっかけとして、空に向かって黒い閃光が吐き出された。
鼓膜を突き破る轟音が天を焼く。
アイリスの眼前を黒い塊が覆い尽くし、その大量の黒の波動が口腔のように飲み込む瞬間。
アイリスが花香剣を振りかざす。
光太朗、百合花、鋳薔薇、雛、ニア。
全員の目が信じられないものを目にしたように見開き。
迫りくる黒の奔流を、アイリスはたった一振りで振り払い。
その驚愕が道化師にも伝播し。
次いで、アイリスは何を思ったか、花香剣を更に遥か上空へと放り投げ。
「巨神・花香剣」
言葉を紡いだ瞬間。
何かの幻か。そう思った。
宙に放たれた花香剣が、突如その姿を変え。
デュミルアスを覆うほどの大きさへと変化させ。
その切先が、再度黒い渦を充填仕掛けている頭部へと。
ガキンっ!
嫌な、硬質の耳障りな音を立て、
巨大な刃がデュミルアスの頭頂部から地面まで。
貫いた。
耳を咲くような不快な呪言がデュミルアスから吐き出され、その巨体が維持できなくなり、全身に亀裂が走らせ。
「・・・さようなら、お母さん」
そう、アイリスが小さく呟き。
巨大な建造物を爆破処理するような。そんな光景を思い浮かべる。
「ウソでしょ!?一撃で」
震える雛の声。3人係でもびくともしなかったデュミルアスのシェイドを、アイリスはたったの一振りで屠った。
アイリスは、崩れ行く母を模した欠片の行方を目で追いながら、暫く空を瓦礫が砕ける音が支配する。
やがて。
闇に染まる地面も、何事もなかったように溶け、消え。
アイリスはその根源である黒衣の元へと、上空から着地。
「・・・なぜですか」
深い絶望を称えた声が、恨みがましい言葉が口から吐き出される。
「なぜ。我らは闇に生きる種族。その指針を貴方は自ら破壊した」
それは、これからの宵闇の眷属の未来を放棄することと同義だ。
「私達は、光を否定しすぎたのかも知れません」
眩く、それは希望でありながら、時に視界を曇らせる。
「闇と光は表裏一体。お母さんは、それを伝えたかったのかもしれません」
「だが、同居はできない」
黒衣はそれを許すことが出来ない。光を忌み嫌う理由は、陽の光を大手を振って歩けない、自分たちの性質にある。
そのしがらみを、アイリスだけが超え、羨やましいと思わない訳がない。
・・・羨ましい?
そうか。
黒衣は気付いた。
羨ましかったのか。
黒衣は、己のしてきたことを顧み、地面に両手を付け身体を沈めた。
こんな、簡単なことに気付いてなかった。光を希望とし、人は闇をおそれ。闇を絶望とする。その絶望を、自分たちに押し付けられていた気持ちになっていたのだ。
アイリスの花の聖飾が風に解け、地面にうずくまる黒衣へと手を寄せ。
「貴方のしたことは、決して許されるものではないでしょう。でも、これから見つけて行けばいい」
だって、闇に満ちたこの世界にも、光は平等に降り注いでいるのだから。




