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ACT53・デュミルアスの残響

 闇の力を持って、闇を生み出す。

 図らずも、それは彼らの願いを叶えた。

 どんな祈りも願いでも、失った命は覆らない。

 全能にも等しい力を得ても、それは叶わぬ夢であることを突きつけられた。 だが、この土壇場で抵抗を続ける中。その可能性を見出した。

 黒晶核から生み出したシェイドは、奪った本人の深層心理に起因する。

 攫った人間の男からは、その身に纏う紫鉄の鎧を模した姿となって顕現した。

 ならば。

 我らが長の忘れ形見である、その娘の水晶花(フロスタル)を利用したのなら・・・?

 こんな簡単なことを、何故思いつかなかったのだ?

 宵闇の眷属でありながら、忌まわしき水晶花(フロスタル)を宿す。

 それが本当に水晶花(フロスタル)なのか。調べるために実験的に抽出した黒晶核。

 それは奇しくも、かつての主と同じ姿で、あの全てを導く姿で御来光なされた。


 雛の頬を伝う。全身を絞り尽くされるような威圧感。

 手にした花香剣(フレイバー)を持つ指が震えている。

 この感覚は、実際に対峙した人間でなければ感じることはないだろう。身体の中から掻き混ぜられるような、不快な感情。ただひたすらに不愉快な、内臓が逆流する感覚。

 それは、初めてデュミルアスを目の前にした時の、絶望と形容するしか無いあの頃。

 幾多の戦いを経て、強気なった百合花は、そこでようやくまともに向き合えた気がした。

 それが今。

 むせ返る瘴気を伴う姿で。あの頃のプレッシャーを伴う魔女が。

 顕現した。


 その炎は、心に秘める勇気の象徴で。

「何を恐れていることがある」

 率先して前に出たのは鋳薔薇だ。

「私達は一度奴に勝っている。それに、あれは奴の姿を模した仮初の姿にすぎない」

 その風貌に気圧されるが、鋳薔薇の言う通りデュミルアスの脅威を退けたことには変わりはない。

「お、おっけー」

 雛も、声を震わせながら花香剣(フレイバー)を何とか構え直すことで勇気を示す。

 大量の瘴気に当てられ、ニアは気を失い。花の聖飾(アルマドレス)真花(フロレース)が叶わない。それでもなお、鋳薔薇は戦闘意欲を失ってない。

 花弁の翼(プルーマ)起動させ、百合花、鋳薔薇、雛の3名は、強い意思を震わせ、空へと飛んでいった。


 自分の見ている物が幻でないのならば、その姿は遥か上に顔を動かさなければならない程、姿を収められないほどに大きく。

 シャドウバイパーが少し大きくなった、とかのレベルではない。

 黒い、墨を水面に落としたようなドレスの姿を模し。丸で御伽話に出てくる悪い魔女のようなその風貌。その表情も黒で塗り固めており、まるで影の化身か。

 初めて見る光太朗でさえ、不気味に思う。

 刹那。

 黒い閃光を放つデュミルアスのシェイド。

 それを花香剣(フレイバー)で切り払い。それぞれの攻撃が闇の女王へと叩き込まれている。

 あのシェイドは、デュミルアスの姿をトレースしたニセモノであり、百合花たちもそれゆえ心を奮い立たせ、立ち向かったのだろう。

 だが、光太朗の胸に去来するのは、言い表せない不安だった。


 まるで呪詛のような咆哮が耳を不快に震わせる。

 デュミルアスの振りかざす黒の裾が、空気を清廉なものから漆黒の風を生む。

 それは神経を根源から塗りつぶす、闇の波動。花の聖飾(アルマドレス)の保護がなければ、全身を黒の炎で焼き蒸されるだろう。

 攻撃の合間を縫い、鋭い煉獄を伴う刃で斬りつける。黒の蒸気を傷口から引き出させ、デュミルアスは何かを訴えるように、苦悶の表情を能面に浮かべる。

 真花(フロレース)の能力を除けば、その全ての攻撃がブラックホールに飲み込まれるように勢いを殺す闇そのものの性質が今はない。所詮、黒晶核で生み出されたコピーに過ぎない。

 だが、それ以外。

 身を削り取られるような黒の波動の威力はいかんともしがたい。これで気を失わないのが自分でも不思議なくらいだ。

 百合花、鋳薔薇による光と炎の波状攻撃がデュミルアスの巨体を飲み込む。

 受けた痛みを弾き返すように、不快な金切り声を天へと響かせる。それですら、神経を焼き切らせる不快な音を奏でていて。

「・・・くそっ。ぜんっぜん倒れない!」

「これだけの大きさを再現したんだ。タフさも本人譲りと言ったところか」

 それは全く歓迎しない、厄介な性質で。

「・・・!あれ!」

 百合花が何かに気づき、視線で差す。

デュミルアスの下半身。スカートを模した、もはやこの大きさからしてみれば、山の裾野のような。

 それが蠢き、揺れ。溶ける。

 意思を持ったように波打ち、布のような質感から流動体に変化し、地面を黒で侵食してゆく。零した墨が、紙を汚すように。

「まずいっ!」

 それに気付いて滑空したのは3人だ。

ニアは猫の姿で気を失っている。それを鋳薔薇が回収し、再び空へ。

 雛は花香剣(フレイバー)から伸ばした光の鎖で光太朗の身体を絡め取ると、地面より位置の高い岩場に降ろした。

 百合花は。

 抱えた身体は、恐ろしく軽い。

 アイリスは、何が起きているのかわからない表情で、事の成り行きを見ている。いや、分かっているのかも知れない。その目は、デュミルアスの奥の何かを見ているような気がしたから。

 デュミルアスを召喚した黒衣は。楽しそうに口元を歪めながら、中空から、侵食する波を行く末を見守っている。蠢く黒の波がもたらすものが何かを知っているのか。

「飲み込め!全てを闇で染め上げろ!」

 それは徹底して、自らが住みよい世界を作り上げる手段で。

 地面はさながら、黒の海。その黒の侵食がそのまま続けば。黒の花園(ヘルバイラル)は文字通りの黒の世界へと変貌するだろう。

 問題は。

 デュミルアスがこの世界を黒で染めることだけで満足するかどうか、だ。

触れるもの全てを闇に落とす能力は、この世界だけに留まらないはずだ。

 荒ぶる波が黒衣を飲み込んだ。

 ぐる。

 誰かが、唸り声を上げた気がした。

 デュミルアスの頭部が、変形する。  

 口を開ける。喉の置くまですら漆黒の口腔が、黒い閃光が収縮し。

 それが、押し出されるように吐き出された。

 圧縮された一筋の黒閃が大気を貫き。

 後方の山岳地帯に突き立ち。爆発をを伴い、岩山が瓦解した。

「・・・ウソだろ」

 光太朗は、ただただ、その破壊力のもたらすものを見つめていた。

 破壊と閉塞をもたらす黒い女神。

 それこそがデュミルアスだった。


 花の騎士(プリマエクス)は、世界に危機が迫った時に目覚める、闇を払う光の使者。

 果たしてその希望が潰えた時、世界は闇で包まれるのか。

「はあ、はあっ」

 息が荒い。

 光太朗の視界が、現実を直視したくないと意識を切りかける。

 鋳薔薇は岩肌に大きく吹き飛ばされ。

 雛も、うず高く積まれた瓦礫の上で意識を失い。

 そして百合花は。

 デュミルアスの放った触手により、腕を絡め取られ、空中に釣り上げられていいる。

 皆、その身体を傷付けて。

 圧倒的な強さ。

 本当に、彼女たちは一度この化け物に勝てたのか。そんな思いすら感じる。

 光太朗は、釣り上げられた百合花を救おうと思うも、本人は遥か上空。跳躍して触手を切断。だが、下はすでに黒の海だ。

 そこに身体が触れることの意味を、光太朗はまだ知らない。

 百合花たちがそこに足を付けなかったということは、それなりの危険度があるということだ。

 だから、こうして手をこまねいているしかない。

 蛇ノ目の言う、正義のヒーローの手に余る出来事だ。所詮、自分は矮小な人間で。仲間を助けられない。

 風を斬る音が聞こえ。

 瞬く間に忍び寄るそれに気づく間もなく。光太朗の視界が反転し、地面から身体が離れる浮遊感が全身を包む。 

 光太朗の右足を触手が捕え、視界が上下逆さまになる。

 触手に吊り下げられ、身動きが取れずに無様に逆さまにさらされる。触手から伝わる振動。ゆらり、と電車の中で急ブレーキを掛けられたかのように視界が揺れ。

 一瞬視界が正常になったのは自分がデュミルアスより高い位置にいたことによるもので。

 刹那。

 勢いよく身体が引っ張られる感覚。

 地面の黒が視界に迫る。

 液状の、ゆらめく波の絨毯であるはずなのに。身体に伝わる衝撃は、硬質のもので。

 どういう原理か。デュミルアスは流動する黒の海を硬質化させ、触手を振り上げ、光太朗を振り回し。

 硬質化した黒に叩きつけたのだ。身体に伝わる衝撃も、シャドウバイパーに殴られる物と変わらない、強く強烈な衝撃。

 飛びかけた意識を、メットの中の警告音が意識を鎮めることを許さない。

「・・・神野、君」

 それを、百合花が力もなく悲痛な叫びで見守ることが出来なかった。

 あの時とは比べるものでもない強さ。今までの人生は、その時に見ていた夢なのではないか。

「そうだ!全てを破壊し、世界を闇に閉ざせ!」

 黒衣が、デュミルアスの一挙手一投足に歓喜し、吠える。それはその黒衣が願った、望んだ物なのだろうか。

 他人の念により生まれた傀儡であるはずなのに。そのシェイドはデュミルアスの強さを再現していて。それに加え、何か別にの力が乗っている気がして。

 それは、もしかしたら。

 心の光を闇の力に転化した黒晶核。

 それがアイリスの水晶花(フロスタル)から生まれたものならば。

 アイリスには、デュミルアスへの想いがあったのでは。

 デュミルアスを最終的に下したのは百合花だ。

 デュミルアス率いるアンチホープがグランティールを襲い、世界を闇に包む暗躍をしていたとしても。

 デュミルアスが最終決戦の間際に娘を産み落としていたと言う事実が、百合花には衝撃的で。

 これが、アイリスの母への想いなら。自分たちのしてきたことは、娘から母を奪ったことに他ならなくて。

「デュミルアスの悲願を!貴女が引き継ぐのだ!世界を闇に落とし、!我らのための世界を!」

 それを止める権利が、自分にはあるのだろうか。

 自分の水晶花(フロスタル)の輝きが色を失って行くのを感じる。深い絶望が、心を砕く。

 自身の心を侵食し、重く、干からびる感覚。

 肉親を失う者の気持ち、痛いくらいの分かっていたはずなのに。だからこそ、容赦なく百合花の心は反応して。

 花の聖飾(アルマドレス)が解けていく。無意識に、心は闇に屈服仕掛けて。

 握った花香剣(フレイバー)が光を失い。

 何か諦めに似た感情が百合花の心を支配しかけていた。


「・・・こんなものが」


 それは小さく、矮小で。

 百合花のおぼつかない目が、その声を追う。

 宙吊りにされた光太朗が、力なく何かを口にした。

 光太朗も百合花同様、纏った鎧が瓦解しかけている。ポロポロと絵の具が剥げていくように、スケイルアーマーが本来の姿を維持できていない。頭部を覆うメットは完全に割れ、僅かな紫がその身に張り付くのみ。

「母親が、子供にそんなことを望むかよ」

 息も絶え絶え。それでもなお、強い意思を称えた目が、黒衣を睨みつける。

「・・・貴様ら人間の尺度で推し量ってほしくはないな。これは全ての闇に生まれた者の使命」

 それが、光を否定し、闇を求める者の本能で。

「だったら!」

 光太朗の叫びが闇の世界に木霊し。

「デュミルアスは娘に花の名前を名付けた!」

 花は、光に向かって成長する、太陽の子。

 闇を統べるデュミルアスがその名を付ける道理がない。百合花の言う通り、戦いの最中、何らかの心変わりをし、娘に希望を託した。

 光太朗にはそう思えてならないのだ。

 外の世界を見てみたいというアイリス。それは、光を求める花と同じのようで。

「・・・ご病気なのだよ。闇に生きてなお、光を求める。あまつさえその心に水晶花(フロスタル)を宿す」

 元々水晶花(フロスタル)を捨て、闇生きた祖がルーツの種族。だから、アイリスの存在はそれ自体が異質なのだ。そして、それは許される物ではない。

「アイリスっっ!」

 光太朗は、ひとり佇むアイリスに声を飛ばす。

「外の世界はどうだっ!?広いだろうっ!」

 黒衣は突如叫ぶ光太朗に不可解な表情を飛ばす。

「これより先はもっと凄いぞ!」

 グランティール、そして、自分たちの人間界。そこはどんな人間にも等しく光と闇を与えてくれる。

「いつか、外の世界を見ようっ!」

 それを、黒衣は憐れむような目。

「聞くに絶えない命乞いだな。そんな口車に姫が動くとでも?」

 助かりたい一心で、軽い言葉を吐く人間の男を哀れに思う。鎧を向けば、こんなものだ。強さを剥がした人間はこれほどまでに、脆い。

 花の騎士(プリマエクス)を闇に沈め、紫鉄の戦士を砕き。神官をも黙らせ。

 光を徹底的に排除し、世界を闇に染める。そうすれば、アイリスも光に希望を見出さなくなるはず。

 黒衣の念がデュミルアスに伝わり。

 デュミルアスが触手を振り上げ。それにつられ、光太朗は再び上空へと持ち上げられ。

 黒の海が蠢く。

 絞り上げるように黒の波が隆起し、それは一筋の尖角を象る。

 最悪の事態を想定して、百合花は顔面を蒼白にさせた。その鋭い角は悪魔の爪か。光太朗がその尖角に叩きつけられれば、例えスケイルアーマーを纏っていようとも、その身体は貫かれるだろう。ましてや、今はもう生身に近い。

「やめてぇっ!」

 百合花の悲痛な叫びが木霊する。

「考えろ!デュミルアスが君に名付けた名前の意味を!」

 そんな戯言を掻き消すように、デュミルアスが触手を大きく振りかざす。緩やかに、激しい軌道を描きながら光太朗の身体が天に向かって縛り上げられた。

 深い絶望と、至上の歓喜が、空中で交錯した。

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