ACT52・花の聖飾・真花(アルマドレス・フロレース)
渾身の聖晶神花・花香剣の一撃により、シャドウバイパーは黒い亀裂を伴い、その身体を維持できず風化。残るは百合花たちの荒い息。
対するは。
強大な力を注ぎ込んだシャドウバイパーを砕かれてなお、余裕の表情を崩さないのは道化師で。
黒晶核によって生み出されたシェイドが砕けた時、それに伴い触媒にされた黒晶核は消滅する。
「・・・貴様から奪った黒晶核。まるで無尽蔵のエネルギータンク。この時のために存在するかのようだ」
ローブで隠れた口元が、笑いに変わる。
そして。
滴り堕ちた雫が黒晶核から地面に垂れ。
それがもっとも起きう欲しくない現実を生む。
先ほど砕いた物と、寸分違わぬ姿を模した鎧が生み出される。
「・・・ウソでしょ?」
戦慄に顔を引きつらせたのは雛だ。
発するオーラも、体格も、目の前で砕かれた鎧と変わりない。
同等の戦闘能力を有しているのなら、骨が折れる相手なのは揺るぎないだろう。
そんな雛とは対象的に、冷静な表情を崩さぬまま、鋳薔薇は花香剣を構える。
「・・・また現れたのなら、再度叩き潰すまでだ」
燃える剣をかざして、闘志もそのままに怯む様子も無い。
と、言葉では強がっているが、内心では歯噛みしている。全てを問答無用で闇に染める能力を持つデュミルアスとはまた違う強さを持つ。ヴァイオレットバイパーを源泉としたその強さは、鋳薔薇が今まで向き合ってこなかった、物理的な強さを誇っていて。
黒衣は、手にした鈍く輝く黒晶核に全能感を抱き。かねてからの悲願であった邪魔者がいない世界。その先にある、闇で覆う世界を目指して。
ふと。
気配を感じ、黒衣はその場から飛ぶ。
光を称えた閃光が今しがたまで居た場所を掠め、口惜しそうなニアが目で黒衣を追いかけた。
「くく。狙いは黒晶核か」
シェイドを生む源を止めることは、この窮地を覆す数少ない手段。
「姿を見せぬと思っていたが、姑息な奇襲よ」
黒衣の足元は、地面から浮遊し嘲るようにニアの姿を眼下に収める。そして、別の異変に気がつく。
四肢を捕縛して側に置いておいたはずのアイリスの姿がない。
遠間から光の尻尾が踊るのを黒衣が確認。小さく舌打ちを放つ。
「・・・手癖の悪い猫だ」
雛が花香剣から黄鎖を伸ばしてアイリスを回収したのだ。
「・・・同じことだ。ここで貴様らを下せばいい」
その後にアイリスを再び奪取すればいい。
「黒晶核のエネルギーも有限だ。だが貴様らを疲弊させるだけの貯蔵量はある」
どんな黒晶核でも限界はある。だが、あのクラスのシェイドを何度も召喚されたらたまらない。
「このまま受け続けてもジリ貧だ」
光太朗の側に現れたニアが、前方への警戒を怠ることなく言う。
「この状況を打破する一手がある。多くは語らん。お前の力が必要だ」
花の騎士3人揃ってやっと下したシャドウバイパーを、全く歯が立たない自分でどうにかなると思っているのか。
「・・・こんなことに巻き込んだことを悔いていた」
恐らく、それはニアのものではない言葉。
「本当は、マギアスの美しい自然や街並みを堪能して欲しい、一時の休息を味わって欲しかった、とも百合花は言っていた。それは我も同意だ。我としても、こんな辛気臭い世界がマギアスだとは口が避けても言えないからな」
未だ、疲労の残る身体。それは決してオーバーワークを立て続けに行使したからだけではないだろう。
「10秒だ。時間を稼いでくれ」
それは、奇しくもオーバーワークの起動限界時間と重なる。
「ただし、オーバーワークは使うな。あくまでお前自身の力で応対しろ。信じろ、博士の作った鎧の力を」
不可思議な力を行使する猫に、科学を信じろと言われた。それが少しおかしくて、身体を包んでいた劣等感ごと何処かへ吹き飛んでいた。
「いいか。あくまで時間を稼ぐことに専念しろ」
もう、身体は限界だ。だが、3人が頑張っているのに、ここでダウンしていられるかよ。
わずかに残る体力を絞り出し、光太朗は立ち上がる。そして、腕のリングを起動させながら、光太朗は黒い輝きを放つ鎧に向かって駆け出した。
改めて対峙するシャドウバイパー。
階級の違うボクサーを目の前にしたような威圧感は変わらず。
オーバーワークは、相手の同機能を引き出してしまう。ここはニアの言った通り、防戦で立ち向かう。
講じた策が何かは知らないが、ここはニアを信じて吹き荒れるプレッシャーの中に立ち向かう。
相手の動きを良く見る。
大気を引き砕くほどの拳圧も、自身の目とメットの中に流れる反応を冷静に辿れば、反応出来ないわけではない。
その大きさ、速度に気圧されるだけで、当たりさえしなければ見切れないはずがないのだ。それは逆に、一度でも受ければスケイルアーマーであろうとその堅牢さが危ういことの証明でもある。
力不足を感じながら、刹那の中、光太朗はニアのことを信じてシャドウバイパーの猛攻を捌き続けるのであった。
「ちょ、光太朗くんひとりで大丈夫なの!?」
「ニアから聞いたらしいな。百合花も信じているらしい。心配する素振りすら見せない」
鋳薔薇と雛は、ニアが今から行うことを知っている。
この状況を打破する奥の手。逆に言えば、これを逃したら後はない。一撃でシャドウバイパーを下し、それを生む黒衣をも斬り伏せる必殺の一撃に賭ける。
「やるぞ、3人とも!小僧も長くは持たない!一瞬でケリを付けるぞ!」
ニアが吠え、広げた手を手印のように動かし、口から力ある言葉を吐き出す。
その言葉を受け。
百合花の花の聖飾が反応を起こし。何処からか吹いた風がスカートの裾を翻させ。
光の粒子が、彩るように百合花の身体を包み。
幾重にも重なる光の表層が、花の聖飾を進化させる。
花香剣の持つ光の力は、代々受け継がれてきた力。
それは、都合のいい奇跡の力ではない。闇を払えど、その力には限界がある。
デュミルアスは、光の力を認めながらも、脈々と長い時間を変えて、闇の力を蓄えていった。
3人の力を重ねど、光と炎と雷はデュミルアスを貫くことはなかった。
この時、光は闇に敗北したかに思えた。
ニアが放った僅かな光術の晶光が、百合花たちの鼓動を取り戻し、花香剣に消えることのない灯火が輝き、花の聖飾に新たなステージを与えた。
腰の花弁の翼が大きく変化し、さながら天使の羽根のように。
輝きを纏う髪の毛は、闇を照らす天の川のように優しく波打ち。
光の女神。そんな形容が相応しい。
ホワイトリリィ・パーペチュアルフォーム。
それが、闇を払う新たな力の名だ。
その神々しい威光を目の当たりにし、アイリスは自分の記憶の扉が開いた。
宵闇の眷属は、死の間際に自分の経験した知識、体験を他の者に譲渡できる。
宵闇の眷属は、それ以外で自分が強くなることはない。
そして、よほどのことがない限り、己の力を譲渡することはない。それは、己の誇りを捨てることと同義だからだ。
仲間に消滅の最中に送ったひとりの眷属が『それ』を行ったのは、真に黒の花園の未来を案じていたからだ。
デュミルアスも、消滅の寸前。
アイリスに自身の記憶を分け与えた。
母を打ち貫いた光の軌跡の振りかざすその主は。
目の前の神々しい姿と重なった。
それは過去の遺産である花の騎士と、心を通わせた神官だからこそ出来た、伝説のその先。
異なる世界の者が手を結び、新たな力を発現させたことこそが、デュミルアスのもっとも恐れていたこと。そして、それこそが心を揺さぶられた光景だ。
自分にもそんな相手が居れば。違う運命があったかも知れない。
そんな無念がアイリスの胸に、自分の記憶のように思い出された。
ドッ!
まさに光の速さの一撃が、シャドウバイパーの頭部を撃ち貫き。
光太朗と入れ替わるように対峙した百合花が、花香剣そのものが光を引き絞った剣へと姿を変え。
まるで目の前にした相手が紙の如く。
黒色の身体が瞬く間に、いともたやすく光と共に霧散し。
その状況に置いてなお、黒衣が焦りの表情を見せないのは。
すぐさまに刻晶核を起動させ、新たなシャドウバイパーを生み出したからだ。
デュミルアスを屠った、闇を浄化する光の剣。それはかつての王の野望と迷いごと寸断し。
だが、一撃で倒せる力は、今に置いて意味をなさない。
こちらの刻晶核が枯渇するか、相手が力尽きるか。
だが、新たに生み出したシャドウバイパーも、刹那も煉獄に包まれ。
鋳薔薇の纏った炎の迸りを象徴したような、変化した花の聖飾が閃く。
スカーレットローズ・エターナルフォーム。その雄々しさは、炎そのものに見えて。
手にした花香剣が、うねる炎の意思の如く。出現したシャドウバイパーに触れた瞬間、鎧の色ではない深い黒へと変色し、全身に亀裂を伴い、砕け散る。
黒衣の表情が、そこで初めて歪む。
手にした刻晶核が、鋳薔薇の手繰る熱炎に見とれた一瞬の内。
手のひらにあったはずのいびつな球体は跡形もなく砕け、黒の雨が周囲に撒き散り、僅かな欠片が手のひらに残るのみ。
何者をも侵食出来ない、弾ける雷光を纏い腕を大きく前方に掲げ、鋭い視線を雛が黒衣へと送っている。
背中には、変化した花弁の翼が、巨大な輪を連ねている。
イエローポピー・インフィニティフォーム。
放った一筋の雷槍が、ピンポイントで刻晶核を打ち貫いたのだ。
百合花、鋳薔薇、雛の3人全てが闇を払う、真の意味での騎士に成熟し。それは決して悪意の帳の侵食を許さない。
「・・・もう、終わりだ」
ニアが、憐れむように黒衣へと言葉を掛け。
手にした黒晶核を砕いた今。シャドウバイパーはもう、生み出せない。
黒衣は、空から力なく下って行き、やがて力なく地面に膝を付け、うなだれるように頭を下げた。
闇の残滓がまだ、身体に纏わりついているようだ。
長い戦いが終わろうとしている。
ニアは、警戒を途切れさせず、うなだれる黒衣に近づき。
黒衣の身体を拘束しようとした瞬間。ニアの視界に、黒衣の奇妙な動きを見た。
その手の中には禍々しい輝きを残す黒晶核が残っていたからだ。
「・・・これで最後だ。我らの恨みを凝り固めた、我らの意思そのもの」
だが、再度シャドウバイパーを生み出そうとしても、全ての闇を払う能力を持つ百合花たちには意味を成さない行為で。
「・・・黒晶核の出所は、何もその人間の男だけではない」
黒晶核の源、すなわち水晶花はあらゆる生命が所持する心の幹。
光太朗を除く百合花たちは、水晶花の輝きを奪われておらず。
「・・・まさか!」
ニアの目が、後方に飛ぶ。
アイリス。
宵闇の眷属でありながら、水晶花を宿す稀有な存在。
「今の戦いで散った同胞が、私に力をくれたよ!最後のひとりになろうとも、光を根絶やせと!」
なんという執念。ここまで憎めるものなのか。
今度は、初めてニアに畏怖の年が生まれた。
眼下で闇が膨れ上がる。
それが、アイリスから抽出した黒晶核なのだとしたら。
「まずいぞ!離れろ!」
ニアの叫びの刹那。
大きく膨れ上がる闇の波動。全身の産毛を刈り取る、冷たくも焼けるような負の根源。これを、ニアは感じたことがある。ニアだけでなく、百合花たちも。
周囲の光景が、瞬く間に色を落とし。
闇の帳が、侵食するように光を奪い。
「ぐうっ!?」
大きく吹き荒れる黒の嵐に、ニアの身体は大きく膨らみ。叩きつけられた身体は、目の前の悪夢を見届けることなく意識が途切れる。
ニアの能力により進化した花の聖飾は本来の姿へと戻り。
「・・・きゃあっ!」
3人の悲鳴が重なる。
百合花、鋳薔薇、雛も大きくその身体を吹き飛ばされ。
皮肉にも、彼らが望んだ存在が闇の力を経て目の前に出現した。
すなわち、デュミルアスの復活だ。




