ACT51・花の騎士、絢爛
一筋の光が地面に突き立ち、白が弾ける。
無数に枝分かれした閃光がシャドウバイパーを貫き、爆散させていく。
うねる赤風が渦を巻き。
シャドウバイパーの装甲を容赦なくひしゃげ、砕く。
高温の渦に巻き込まれた黒鎧が、紙のように吹き飛ばされていく。
ふたつの影が天から飛び出したかと思うと、巻き起こった閃光と暴風によりシャドウバイパーは瞬く間にその数を減らし。
アンチホープは驚愕に目を見開いただろう。
「・・・おっそいよぉ」
地面でうつ伏せになりながら、雛は恨みがましい声を上げる。
「悪いな。グランティールに危害が及ばないことが確約される必要があったからな」
光太朗の救出作戦。
雛とニアのみを先行させたのは、グランティールの防御を固めるためもそうだが、現在のアンチホープの戦力を確認するためでもあった。
グランティールを開けても良いと判断したニアの要請で、百合花と鋳薔薇を黒の花園へと呼び寄せた。
そして。
「・・・大丈夫?神野君」
懐かしい声がした。
身体を押さえつけられる戒めは、いつの間にか消えている。その代わり、自分の身体を覆うスケイルアーマーは消失していた。
「ごめんね。来るのが遅れた」
その声は、光太朗の心に悔しさをもたらし。握り込んだ拳が、その心情を現していて。
自分ひとりで戦っているつもりはないけれど。大人しく助けられないでいる自分に、腹がたった。
「後は任せて」
ホワイトリリィは、そんな卑しい心すら解きほぐす笑みを浮かべながら、地を蹴って跳躍。光太朗の前から姿を消したのだった。
「ほら。立て」
「・・・満身創痍の仲間を労る気持ちがないのかね、キミは」
容赦なく雛を立ち上がらせようと急かす鋳薔薇に、雛は目を細めて迎える。
「雛!捕まって」
鋳薔薇と雛の側に降り立った百合花が手を差し出し、それを支えに立ち上がる。半眼を鋳薔薇に向けつつ、
「花の騎士の良心はゆりかっちだけだよ」
膝の土埃を手で払いながら、誰かさんへの恨み節を呟きつつ、雛は立ち上がる。そして、決意も新たに雛は花香剣を構えたのだった。
その光景を見て、戦慄しているのはアンチホープの軍勢だ。
「・・・数十体のシェイドが」
「あの紫鉄の戦士のコピーだぞ!」
「花の騎士が揃ってしまった」
花の騎士の放った光と炎が、ほぼ全ての黒晶核から生まれた傀儡を破壊した。
それは、かつてデュミルアスの前に立ちはだかった時のような脅威で。
だが、これで引き下がるわけにはいかない。
デュミルアスを欠いてなお、我々には成さねばならないことがある。例え、それが勝手だと罵られても。それが、闇に生きる者の定めだ。
「カラフル・コネクト・ルミナース!」
花香剣を構え、雛は変身の呪文を叫ぶ。
黄金色の弾ける光を放ち、それが雛の全身を包む。
身に纏った衣服が別の物で塗り替えられ、足先から頭まで元の姿とは全く異なる姿に変化する。
太陽のような明るい黄金色に色を変えた頭髪が、柔らかくも優しく揺れる。
「純粋なる花の騎士!イエローポピー!」
花香剣をかざしつつ、凛々しくも雄々しく構える。
白、赤、そして黄の光を放つ3人の花の騎士が揃った。
その背中を、光太朗は地面にうずくまりながら、どこか遠い世界のことのように眺めていた。
百合花の花香剣と、道化師の生む闇の刃が交錯する。
その火花の色は、白と黒に分かれ、空を染めた。
荒ぶる炎の鼓動に、外套は思わず顔を覆う。だが、その熱と威圧感は容赦なく必殺の攻撃力を放っていて。
神速の雷は、目で捉えられないほどの速度を誇り。貫く電衝が次々とローブの弛緩を誘い、地面に倒れ伏せさせる。
「くっ!?」
その圧倒的な光景に、残った外套は頬に汗が伝うのを感じる。当然、計画外の、焦りの汗だ。
その外套は、アイリスの自由を奪い、捕えている。背後にアイリスを庇いながら、三方向から押し迫る天敵に口元だけで苦悶の表情を浮かべている。
「我はその娘には何の思い入れもないのだがな」
そして、ニアがその間に立ち、外套に向けて鋭い視線を送る。
道化師の仲間は地面に転がり、もはや見える範囲で足で立っているのはひとりだけだ。
この戦力差を計算出来ない頭ではないだろう。後ろには人質もいが、それは大した抑止力にはならないだろう。
「その娘を解放して、大人しく武装を解除しろ」
その物言いに、外套は胸の内から湧き上がる怒りを禁じ得ない。
いつだって、光は闇を侵食してきた。闇で生き、光の元で動けない自分たちを、いつだって太陽は迫害してきた。闇の元で生きると定めたのは遥か彼方、かつての祖なのに、だ。
デュミルアスの野望は表も闇で染めつつ、自分の生き良い世界を作るため。
何故、それを人間ごときに統制されなければならないのだ。
デュミルアスが討たれた時、自分たちは再び闇の世界に追いやられたと思った。
だが、『滅びを撒く星』と出会い、デュミルアスの忘れ形見であるアイリスを見つけた時、まだ自分たちにチャンスが有ると感じた。思えば『滅びを撒く星』の目的も、世界を闇で閉ざすことだった。それに我らは賛同した。
かつてより続く、『宵闇の眷属』としての悲願。
それは、今を置いて他は無い。
「・・・っ!?」
溢れ出る瘴気に、ニアは表情を歪める。全身を不快に撫でる、黒き風。それは百合花たちも感じたようで。
「何っ!?」
外套は、宙に手を逆手にかざし、そこに何かが現れる。
いびつな、球状の何か。宝石の原石のようにも見えるそれは、赤紫に鈍く輝き、不穏な色を放っている。
「黒晶核!?まさか」
それは光太朗より抽出した負の源泉。希望と相反するような水晶花より生み出た闇の結晶。
黒晶核は、その大きさで力を秘める内包量が変わってくる。一般の人間から取り出したものは指で輪っかを作ったほどの大きさを逸脱しない。
さすがにその大きさに、鋳薔薇も目を見開いている。それは外套の手に乗り切らない、サッカーボールほどの大きさのそれ。
「限界ギリギリまで絞り出した、そこのガキから取り出した黒晶核だ」
牢に置かれていた時、代わる代わる黒衣に奪われ続けた水晶花の輝き。それはひとまとめにこねくり回され、この大きさまで育った。
これほどの大きさと輝きを放つ黒晶核は、まさに至宝にも等しく、本当に失った生命すら覆しそうな力を放っている気がする。
これを失うのは惜しいが、花の騎士の3人に加え、神官ひとりは手に余る。紫鉄の戦士は戦闘意欲がないのか、まだダウン状態なのかこの場から少し離れた場所で地面に腰を落としている。
この黒晶核と自分の全ての力を注ぎ、それを持って、花の騎士を消す。そして、悲願を果たす!
纏った黒衣でも抑えきれないほどの淀んだエネルギーが収束。
百合花たちの攻撃を免れた、残るシャドウバイパーが砕け。その欠片が、向かう行先を外套と導かれ。ゆらめくオーラを伴った筋となって強大な黒晶核へと集い。焼ける、むせ返るような邪気を生み出し。
「これが、今の我らにできる最大限の力だ!」
吠える慟哭が引き金となり、手にした黒晶核が蠢く。
闇から這い出るように、目も眩む閃光を伴い、人の形を作り出す。
先のヴァイオレットバイパーよりも、一回りは大きい、パンプアップした体躯。禍々しい黒色が鈍く輝く、冷たくも意思のない鎧。
「・・・全ての黒晶核を注ぎ込んだか」
黒衣が行った行動と、目の前に現れたシャドウバイパーに危険に満ちた目を向けるニア。
「・・・一回り大きくなろうと同じことだ」
花香剣を握り込んだ鋳薔薇が、その視線を前に向けたまま歩みを進め、緩やかに加速する。
花香剣に炎が灯り。通る軌道の空気すら焼き尽くして。炎刃がシャドウバイパーへと押し迫り。
驚愕に目を見開いたのは鋳薔薇の方だった。
全てを焼き尽くす、煉獄の剣。シャドウバイパーは左腕の甲で灼剣の刀身を受け止め。密度の高い黒い装甲は、熱を纏う刃でも焼け焦げることなく。
頭部の、目を覆うバイザーに赤い光が灯る。攻撃の意思を決意したように、それは瞬く。
刹那。
「・・・ぐっ!?」
ゆらめく炎ごと。
鋳薔薇の身体が押し返され。
どぐおんっ!
凄まじい速度で吹き飛び、鋳薔薇の身体は城の岩肌へと叩きつけられた。
「鋳薔薇っ!」
百合花が叫び、砂煙を吹き出す方向へ駆け出そうとした瞬間。殺気が百合花へと肉薄。
黒く結ばれた拳が寸前まで迫り。それが叩き込まれる瞬間。
シャドウバイパーの動きが一瞬静止する。
「うぎぎっ!」
雛が、花香剣から伸ばした光鎖をシャドウバイパーの腕を絡め取り、その動きを捕縛する。
だが、それも一瞬だった。
「うひゃあっ!?」
そんな悲鳴と共に、雛の身体が大きく浮き。鋳薔薇と同様に、力任せに振り回された身体が鎖を伝って投げ出され。
再度轟音が鳴り響き、雛の身体も壁へと叩きつけられた。
それでもなお腕に絡みつく光の綱を、シャドウバイパーはもう一本の腕で握り、力任せに引きちぎった。
残された百合花は、シャドウバイパーを討ち迎えるべく花香剣を構える。
全てを貫き、破壊をもたらす剛腕が振りかざされ。大気のうねりと共に、杭のように突き抜ける。
百合花が花香剣の刀身で受け止めようとしたその瞬間。赤く発光する残像を伴いながら、突き上げる蹴りで、光太朗はシャドウバイパーの攻撃の軌跡をそらす。
右足先に伝わる、重く、熱い感触。
ヴァイオレットバイパーのパワーを持ってしても、わずかに逸らすことでしか出来ない。だが、百合花にはその僅かな隙で十分だった。
花香剣の先端から、倍ほどの光の刃を生み出す『聖晶神花・花香剣』。
あらゆる闇を寸断する、必殺の一撃。たとえ濃縮された黒晶核により生み出されたシェイドだろうと、それは例外ではない。
だが、それを振るう前に。
「ぐあっ!?」
足を蹴り上げたモーションのまま、光太朗を次ぐ拳撃により吹き飛ばし。光太朗の身体は、地面ヘと叩きつけられた。それに一瞬気を取られた百合花の身体を衝撃が襲う。
赤く白熱させたシャドウバイパーの蹴りが、とっさに腕を交差させたガードごと吹き飛ばし。
凄まじい速度で流れる景色の中、百合花の背中に伝うのは衝撃ではなかった。
幸いにも同じ方向に吹き飛ばされた百合花を、光太朗がなんとか受け止めたのだ。
シャドウバイパー相手に再度オーバーワークを発動し、百合花を受け止めるために更に走った。・・・度重なる加速に、全身がバラバラになりそうだ。
「神野、君」
後ろで大きく吐いた息は、メットで遮られ伺い知れない。
「・・・なんだ、あの速さは」
あの図体でありながら、この速度。巨大化したシャドウバイパーも、オーバーワーク機能を兼ね備えているのだろう。
こっちも同じ条件でも、まるで比べ物にならない。パワーも段違いだ。
踏み出すシャドウバイパーの足先が、大地を抉る。ゆっくりと近づくその様は、さしずめ破壊神のようで。
向こうの鋳薔薇と雛も無事なようだが、想定外の強さに同じく目を向き苦悶の表情を浮かべている。
殺気が膨れ上がる。それに反応できたのは、半ば勘のようなものだ。
磨き上げられた、研ぎ澄まされた感覚。それがかろうじて殺意を受け取ることに成功できた。
シャドウバイパーの一撃を、ブーストさせた足で受け止める。すぐさま全身を覆う、嬲るような衝撃。鎧の上からでもわかる、迸る負の奔流。それが光太朗の全身に不快な感覚をもたらし。
衝撃が交差させた拳と脚が発光し。
押し付けられた圧力を受け止めきれず。
「ぐっ!?」
視界が乱れる。
刹那。
光太朗の全身を包む浮遊感。
「神野君!」
一筋の弾道になり、今度は遠くの岩壁に向かって。その軌道を見送る百合花。
土煙の行く末を見守る間もなく、側に黒い影と共に、敵意を感じる。
半ば反射的に花香剣を振り、攻撃を受け止める。
「・・・ぐ、ううっ」
刀身から瞬間的に伝わる、重く呪いのような粘着質の感情。
それは、あの外套が生み出した、黒晶核がもたらしたシャドウバイパーの叫びか。
切り返す刀身で拳の一撃を交わし、足を使って距離を取り、シャドウバイパーの続く拳撃を躱す。身体の直ぐ側を掠める風圧ですら、全身を嬲る速度が全身を斬り裂きそうだ。
再度、聖晶神花・花香剣を起動。
闇を砕く、聖なる神剣。
大気を斬りねじり顕現する、光の大剣。
その光の刃すら生み出す、一瞬の隙。
シャドウバイパーの振り上げた拳が迫る。
次の瞬間には、構えた百合花に叩きつけられるだろう。
百合花が刃を振るが早いか、シャドウバイパーが拳を撃ち下ろす瞬間。
どじゅっ!
シャドウバイパーの振り上げた右腕が、胴から切り離され。
焼けた切り口を残して、拳のままの右腕が宙を回転し。その向こうに、渾身の表情を称えた鋳薔薇が炎の剣を振り下ろしていた。
反対側の左腕。
黄鎖がぐるぐる巻きに捕え、その動きを捕縛。緩まぬよう、雛が歯を食いしばり、その動きを必死に受け止め。
自分の隙よりも、シャドウバイパーの動きが緩慢になった瞬間。
百合花は腰だめに花香剣を構え、百合花の感情をトレースするように、弾ける白刃を迸らせ、それを力任せに突き出す。
剣の切先が黒の鎧の表面に触れた瞬間。
黒と白の火花が咲く。
「・・・ううっ!?」
光の剣が黒い鎧に阻まれ、これより先に進まない。それほどまでに濃密な黒晶核により生み出された鎧が堅固であることを示す。
全身全霊を掛け、柄を握り込み、押し進めようとする。だが。
シャドウバイパーは再生させた右腕を、新たに振り上げ。
鋳薔薇が返す刃で炎を生むが、間に合わない。
鋳薔薇の焦りが表情を覆った瞬間。
百合花の手に持つ感触が、軽くなった。刃が、先に押し進む。
シャドウバイパーの全身が震え、その体躯が前へと進んだ。
シャドウバイパーの背後から、光太朗が渾身のバイパーストライクで後頭部を攻撃。その脚は頭部を砕くことはなかったが、衝撃だけはしっかり伝わった。
その衝撃で、シャドウバイパーの全身が前に飛び出そうとして、前で構える光の刀身に串刺しとなる。
黒い欠片を撒き散らしながら、苦悶の咆哮を吐き出す。シャドウバイパーの背中から、光の尾が天を突き。
弾ける光が。
視界を焼き。
百合花の振るった花香剣が、シャドウバイパーを寸断した。




