ACT50・光と闇の邂逅
「くっ!」
ニアが忌々しそうに表情を歪め、雛も花香剣を構える。
外套の言っていることが本当ならば、アイリスを媒介にして、あのデュミルアスと同様の闇の魔人が顕現する。
それは視界の果てまでを闇で覆い尽くす力を持つ。その場にいる人間は、あらゆる決意で持っても維持できない。
それが彼らの力となり、悪循環を生む。
あのデュミルアスと同等の存在が現れるのだとしたら、この戦力で勝てるか。
「・・・何だ!?」
表情を変えたのは外套の方だった。
「本当に黒晶核を注入したのか?」
アイリスに変化が訪れず、焦りの色を生む。
「・・・推測だが」
その慌てふためく様子を見て、ニアが呟く。
「黒晶核での光の侵食は、水晶花を持つ者だけに限定される」
それ故、心の光を奪われたものは意識を失い、地面に力なく倒れ伏せる。だとしたら、アイリスもそれに当てはまる。
「だが、彼女は元来宵闇の眷属だ」
黒晶核での影響を受けない。受ける必要がないのだ。
今まで百合花が戦ってきた相手も、用いた黒晶核で人ならざる化け物を生むことはあれど、外套を始めとする眷属そのものに力を与えることはなかった。
あくまで黒晶核は、第三者にのみ作用する禍々しいエネルギーであり、自身を強化する術としては用いない。
水晶花は、闇の力の影響を如実に受ける。そもそも、気分や人との関係性で揺らぐほど儚くも繊細で。だが、元来の黒の花園で生まれたアイリスには、黒晶核への耐性がある。
皮肉にも、水晶花を持ちながら、黒晶核の影響を受けない体質を持ち合わせていると想像できる。
それは、闇の世界に住む存在にとって、奇跡のような輝きを持つ。ある種完全な生命体。
これは、アンチホープにとって、予だにしていなかったことではないのか。
「なんとも、ないのか」
光太朗が、アイリスに声を掛ける。元々起伏の少ない表情は、いつもに増して平坦に見えて。
「・・・なんともない」
そんな言葉だけが返ってきた。
「ありえん!」
全ての外套のフードの奥の表情が、冷徹さを砕いているように思えた。これは措定外の、思いも寄らないイレギュラーな出来事。
「・・・もう、やめにしないか」
ニアは、あくまでも冷静に言う
「お前たちの主はもういない。この少女を新たな主へと擁立する手段も潰えた。もはや我らに抵抗する理由はあるまい」
そうすれば、マギアスとアンチホープが争うことはない。
「それが、デュミルアスの願いなのではないのか?」
デュミルアスこそ、マギアスを闇に陥れた存在であれど、その直前で心を揺さぶらせ、考えを変え、アイリスを生み出した。それは相反する属性を併せ持つ、ある種、光と闇が共生できる未来を証明したのではないのか。外套たちが行おうとしていることは、それを踏みにじる行為のように思える。
「・・・認めん」
静かな湖面が波打つようにひとりが怒りを滲ませる。
「闇の中に押し込められ、水晶花に可能性を見出したからと、勝手に光指す方へと歩いていくかつての主を、我々は許さない!」
連なる外套が、歪んだオーラを纏い、敵意をあらわにする。
「我らの意思に従え!アイリスという名を捨て、アルミルと名乗れ!その人生の全てと命を持って、我らに安息の闇の世界を捧げよ!」
その自分勝手な主張に、ニアの表情が曇り、歪む。
「我はこの小娘に何の感情もないのだがな。貴様らの主張こそ勝手だ」
正直、光太朗には百合花たちとアンチホープと過去はわからない。それは戦いの中心にいた百合花たちにしか伺い知れないことであるはずだからだ。
ただ、親からの名前を否定され、闇の世界に生き、水晶花を利用され。
それを救いたいと思うのは、安っぽい同情だろうか。
「下がっていろ。我々には貴女を救う義理はないが、世界の危機を望む存在が現れた。我々はそれを止める使命がある」
ニアがアイリスを庇うように前に出る。それに習うように雛が続き。
「たったふたりで何ができる?貴様らを闇の中に閉ざし、アルミルを我が手中の操り人形とする」
ひとりが手を手繰る。
すると、空間がねじれ。いくつもの巨大な雫が呪力にしたがって降り注ぎ。
それが地面に滴り落ち。何か形を成すように蠢いたかと思うと、それは人型を型取り。
それは、光太朗にとって忌々しいもので。
「シャドウバイパー・・・」
その数、10やそこらではない。
手の指を合わせても数え切れない。
「うげぇ。これが噂の黒いヴァイパー?」
その光景に、雛は辟易したように息を吐く。
光太朗の水晶花の輝きを利用し、心を具現化した存在。光太朗の場合、ヴァイパーの姿が色濃く受け継がれる。その戦闘能力は、奪った本人と同等の性能を誇る。
あの時の5体などという比ではない。その数体分、ヴァイパーがいるのと同義だからだ。
雛は座った目を光太朗に差し向け。
「アンタも当然手を貸すのよね」
花香剣を構えつつ、光太朗の方を見ずに、言う。
「当たり前だ」
短く答えながら、光太朗はリングを回す。
黒い鎧に相反するような、紫色の輝きが光太朗の前肢を纏わり。
「我々は、もう引き下がることはできないのだ・・・!」
外套たちも、強い決意を持って、黒いヴァイパーを操る。
張り詰める空気。
一触即発。
一瞬のお見合い。
やがて。
黒い濁流が、光太朗たちに向かって押し迫ってきた。
「『雷光剣』おっ!」
文字通り閃光と化した雛が、神速の剣で次々とシャドウバイパーを薙ぎ倒してゆく。
ガラス細工を破砕するように、その姿は乱れ撃つ黄金の軌跡によってその数を減らしていく。
宙に舞う、黒色の欠片。
傀儡とはいえ、自分と同じ姿が撃ち砕かれるのは気分のいいものではない。
雛はその辺の感覚が欠如しているのでは?というくらいに躊躇いがない。それが、アンチホープと戦うということなのかも知れないが。
当の光太朗はというと。
メットの中の警告音が目まぐるしく危険を知らせている。
四方八方から絶えず黒い腕が伸びてくる。
その攻撃全てが弾丸の如く速度を誇る。ヴァイオレットバイパーの能力をトレースしているからこその切れ味。その全てが必殺の一撃で、それを光太朗は何とか裁き、反撃で返す。
返す攻撃は、的確にシャドウバイパーの頭部や胴。水晶体を砕く感覚を連続で感じながら、光太朗は迫りくる攻撃をかいくぐり、反撃で黒い鎧を叩き割る。
ただ。
相手は無尽蔵と呼べる無血の尖兵。
半分改造人間とは言え、体力には限界がある。この数で押し切られたら・・・。半分、というか、他のシャドウは雛が請け負っていてくれているが。
黄金の閃光が黒い瓦礫を割り砕くのを横目に、光太朗は腕を振るい続ける。
(・・・このまま応対を続けても、こっちが消耗するだけだ)
光太朗の胸を、熱が渦巻く。
刹那の能力上昇により、リミッターを外す。
そして、何もこのシャドウバイパー全てを打ち砕く必要はない。ここを突破し、人間の姿となり、外套と対峙しているニアと合流する。
その内の誰かが、このシャドウバイパーを生み出している現況であるはずだ。元栓を閉めれば、この混濁した黒衣の鎧の集団は消える。
怒涛のように押し迫るシャドウを捌きながら、光太朗は足先に力を込め、駆け出した。
光太朗と雛の戦いを眼下に収めながら、ニアは複数の黒衣と対峙している。
「いかにグランティールの神官だろうと、この人数を相手に相手取れるか
?」
黒いオーラが黒衣を越えて滲み出し、目のない奥でニアを睨む。
その中のひとりが、アイリスの身体を黒い蔦で絡め取り、その四肢を拘束している。
「そもそも、貴様にはアルミル様を救う義理はないはずだ」
デュミルアスの忘れ形見であり、ニアにとってはグランティールを襲った主犯の娘であるはずだ。憎みこそすれ、彼女のためにすることは何もないはずだ。
「勘違いするな。その娘のために戦うのではない。貴様ら道化師がマギアスの未来を翳らせる異分子に他ならないからだ」
一年前の自分ならば、確かのこの戦力差はネックになっていただろう。
グランティールへの進攻を期に、ニアは己の力のあり方を顧みた。
今後、再びマギアスの危機が訪れた時、花の騎士の力になれるよう。まさか、早々にこんな時が訪れるとは思っていなかったが。
眼前の、無数の黒衣から溢れるオーラが膨れ上がる。
磨き上げられた敵意が剣先となってニアに差し向けられているようだ。
ニアも、呪文を紡ぎ、光術を展開させる。
闇を払う、光の力だ。
光と闇の質量が、空中で激突した。
弾ける閃光が外套を斬り裂き。
体躯を維持できなくなった道化師は、宙で黒い欠片となって霧散する。
四方から、黒い蔦でニアの四肢を縛るも、手のひらから迸る白光が蔦を裂き、閃光が無軌道にひらめく。
白い刀身が黒衣を裁き、金切り声を上げながら、掻き消える。
「くっ!」
その、強さに黒衣は表情を歪める。
グランティールの神官の意義とは。王に仕え、来たるべき脅威の際、花の騎士に従事するサポート役だ。
だが、長い時を歴史がたゆたう中。闇の脅威というのはいつ起こるかわからない。それは神官としての矜持を薄れさせる。だから、いざ闇の力が顕現した時、表立って戦える神官は一握りだ。長い時の中、平和な世の中がもたらすものは先頭意識の欠如。それゆえ今に聞きる神官は闇の脅威に打ち震える者も少なくない。むしろ、そちらのほうが多いだろう。
ニアは、地上の人間でありながら恐れることなくアンチホープと戦う百合花に戦う勇気を教わった。
『光』を用いた光術を行使するのは、そんな百合花に憧れたからだ。
マギアスの人間は、何故か花の騎士に認められることはない。ましてや、そもそも人間でなかった自分では。神官に成れたのですら、奇跡に等しい。
そんな自分ができるのは、グランティールのために命をとして職務を全うすることだ。
「・・・さすがに、多すぎないっ!?」
何度目かの雷光を纏った花香剣が、シャドウバイパーを薙ぐ。雛が、数えるのも馬鹿らしくなるくらいの黒い瓦礫を視界に収めながら辟易する。
それは光太朗も同様で、アーマーの中で正直息が途切れかけている。
囚われたアイリスを含め、黒衣はニアが応対。黒晶核を端とするシャドウバイパーは、一向に減る気配がない。
(出し惜しみしている場合じゃねえか・・・!)
オーバーワークを使用し、一気に片付ける。数を減らせば、体力を温存できる。
炉に火を焚べるように、光太朗の心臓が熱くなる。迸る熱が光太朗の全身を覆い、さらなる力を授ける。
それは、足で一度蹴りつければ、人知を越えたスピードを得られる。
周囲のシャドウバイパーの動きを上回るべく、光太朗は全身に力を込める。さしあたっては、雛の周囲に群がるシャドウを吹き飛ばして・・・。
視界の端すら引き伸ばした速度で移動できるはずが、次の瞬間には、光太朗は地面にその身体を押し付けられていた。
「何っ!?」
鎧から蒸気を吹き出しながら、45度傾いた視界の中、光太朗は不可解な声を上げる。
光太朗の全身は、無数のシャドウバイパーに押し付けられ、その動きを拘束されたのだ。
オーバーワーク状態のヴァイパーに追いつける存在は、現行ではあり得ない。
ヴァイパーと同様の力を持って生まれるシェイドであろうと、それは叶わないはずだ。
・・・同じ力?
以前のヴァイパーをコピーされた時、黒衣はオーバーワークの機能を知らなかった。だから5対1の状況でも出し抜くことができた。
今のシャドウバイパーは、全てのヴァイパーの能力を引き出せる・・・?
光太朗のオーバーワークの起動に反応し、自らも行使させた?
一対一ならともかく、無数の赤みがかった黒い鎧に組み伏せられ、光太朗は身動きが取れない。
体中が悲鳴を上げている。
空回りするタイヤのように、抑えられる別の力で押し返せない。
「きゃあっ!?」
そんな光太朗の耳に、雛の悲鳴が木霊する。
メットの中で目を動かすと、変身を解除させた雛が吹き飛ばされ、地面に横たわっている。
(・・・くっ!)
自分はなんて無力なんだ。
また、誰かが傷ついているのを黙って見ているだけだ。
苦悶に満ちる表情でうずくまる雛に近づく影。
目だけを動かす。
光太朗は驚愕する。
腕を黒い蔦で縛られたニアが、宙に張り付けにされるかのように吊るされていた。
「ニアッ!」
多勢に無勢。
「数は力だ」
黒衣のひとりが、勝ち誇るように言う。
「かつて我々が敗けたのも、強大な力を持つデュミルアスだろうとも、貴様らの数の力で敗けたのだ」
3人の花の騎士はひとりだろうとも脅威だった。
「・・・本音がでたな。デュミルアスへの敬意が薄れているぞ」
ニアが、嘲るように黒衣に乾いた笑いを向ける。
黒い波動がニアを嬲り、腕を捕縛した四肢が大きく揺れる。
「ニアっっ!」
叫んでも、身体の拘束は外れず、助けに向かうこともできない。
「貴様たちを闇に閉ざした後、ゆっくりとグランティールへと進攻を開始するさ。戦力を分散できれば、この通りだ。恐れることはない」
楽しそうに、隠れた黒衣の表情が喜びに震える。
光太朗を押さえつける力が一段と強まり。
雛に向かう黒い鎧が増え。
ニアを縛る拘束が強まり。
道化師の笑いが空に木霊し。
瞬間。
空が、光の軌跡を残して、割れた。




