ACT49・願い
宵闇の眷属。
自然溢れる世界を黒にで覆う、闇の眷属。
こちらでの呼び名はアンチホープ。『光を砕く者』との意味で名付けられた、人間とは異なる存在。
グランティール創建時ほどの遠い世界。
人間は2種類に分かれた。
ひとつは、エリフォリアたちのように、朝に目覚め、夜にその活動を追える。ごく普通の人間。
もうひとつは、光を否定し、闇に生きる存在。
生命に宿る『水晶花』を捨て、人との生き方すらも捨てた。代わりに得たのは、闇の力をもって、光が生む力を奪う異なる外法。それは、人間から生きる力を奪う力。
その力は、転じて戦力の増強へと用いられる。
当時、まだ数の少なかったアンチホープの数を補うものであったと思われる。そして、もっとも強大な力を持つ者が、アンチホープを束ねる長にその座を勝ち得る。まるで、新たな国の王であるかのように、闇の威光を放って。
そして、何百、何千と時が巡り。
強大な闇の魔導士であるデュミルアスがその表舞台に姿を現し、マギアスへと進攻を開始した。
闇と対となる力を持つ『花の騎士』はかつての時、その時都度都度でアンチホープの野望を食い止めてきた。
その度に、デュミルアスは闇の世界に姿を隠し、療養し、力を付けてきた。それは人の代が変わるほどの時。
その役目が百合花に変わる頃、デュミルアスは再度世界に顕現した。
百合花たちは、デュミルアスの野望と共に、その闇を見事払った。
アンチホープのそもそもの野望とは。
光を否定し、闇の力を得たのは誰に迫られたからではない。自分で求めた力なのに、世界の全てを闇で覆い、自分たちに都合の良い世界に改変するため。勝手な野望だ。
ニアは、言葉も喋れない動物だった頃から人間に行為を寄せ。
神の奇跡のような事件を経て、人の姿を手に入れた。言葉を交わして感情を触れたり触れられたりすることが、どれだけ幸せか。
奴らはそれを奪ったのだ。
許すわけにはいかない。
その無念さすら救ったのは、百合花たちだ。
花の騎士は、太陽に向かって昇る花の如く力強さを宿し、闇を砕く、光の象徴。
デュミルアスを討った時、ニアの心に清々しい風が吹いたのを今でも覚えている。
そして今。
かつての禍々しい匂いを残す少女の存在を、ニアは許すことが出来ないのだ。
「ところで、お前らはどこから入ってきたんだ」
雛が来る寸前まで、光太朗はヴァイパーで力ずくで破ろうとしたわけだが。
「どう、って。『雷電剣』で壁を焼き切った」
弾ける光を称えた花香剣を構えつつ、雛は自慢げに胸を張る。
ネーミングセンスはともかく、事実この堅牢そうな壁を破壊して城内に侵入できる能力は有しているようで。
「光太朗くんは疲れてるだろうから、後はあたしにまかせて!」
雛は改めて『花香剣』を構えつつ、黄金色の光を宿した刃を壁に向かって振りかざす。壁に光が走り、指揮棒を振るように描いた軌道が乱雑に交錯する。
光の剣を降り抜いた時。
静かな亀裂音を伴い、壁が不規則なパズルのピースを描きながら、耳障りな音を鳴り響かせる。
硬質の瓦礫が崩れ落ち、陰気な城内から外の光景が映し出される。
光太朗にとっては、久しぶりの外の空気だ。元の世界とかけ離れていおる思い空気だろうが、そう思えるようで。
「それじゃ、とっとと脱出しましょ」
ニアは再び猫状態に戻り、今は光太朗の肩にその身体を収めている。
光太朗は、アイリスの方を見る。
その無機質な瞳は、眼前に広がる光景に目を奪われている。
広大な、どこまでも広がる空のような草原は雄大で。
これがアイリスの見たかった光景なのか。
果たして、この光景が抑制されていた理由はわからない。ただ、その変わらない表情の中にも、嬉しさが覗かせているように思えるのだ。
「・・・これで、光太朗の義理は果たしたと言える。これから貴様がどうしようと勝手だ」
ニアの厳しい視線がアイリスに向けられる。
外の世界を見たいという彼女の願い。
陰湿な城に押し込められていた気持ちも開放するような広大な世界は、アイリスの心に何をもたらしたのか。光太朗にそれを知る術はない。
「・・・じゃあ、俺達は行くから。世話になった」
出会って間もない。アイリスの今後の生き方を憂う理由もない。だが、光太朗の胸に去来する寂しさのようなものは一体何なのか。
ふと、ニアの表情から険しさが消えていて、神妙さが新たに生まれていることに気づく。
「・・・ニア?」
その目は、アイリスから周囲へと巡らされている。まるで、何かを警戒するように。
「・・・この城に侵入した時にも感じたがが、今の耳を塞ぎたくなるような破壊音でも反応はないのが奇妙だ」
いくらアンチホープの規模がかつてより減少しているとしても、だ。まるで、光太朗に救出を織り込んだかのような。
「どっちでもいいでしょ。こうして無事助け出せたんだから」
早く行こうとばかりに雛は急かす。光太朗としても、この場にいつまでもいるつもりはない。
「とりあえず行きましょ」
雛が先導して、破壊した壁から飛び出そうとした時。
空の色が変わった。
その変化に反応するように、ニアが尻尾を震わせ、雛も花香剣を構える。
それは風に揺れる木々の葉のように。
無数に連なる布のはためき。
見上がるほどの頭上にそれは並んだ。
まるで光太朗の脱出を予期していたかのような。フードの見えない影から眼下の光太朗たちを見下ろしていた。
「いけませんね、姫。地上の人間にそそのかされて。外界を見ることは好ましくないと教えたはずです」
それは当然、アイリスに向けられたものであろう。城に押し込められた彼女の願いは些細なもので。外套たちの言葉は、それすらをも抑制する、戒めのようなもので。
「それを言ったのは、お前らなんだろ?」
光太朗は、アイリスには僅かな情も湧いていない。彼女の行くすえを心配する切りもない。ただ、その言い方が気に食わなかった。
「部外者は口を謹んでいただこう」
「光太朗を連れ出したくせによく言う。・・・貴様たちの目的は一体何だ?」
ニアの鋭い目が空に向けられる。
「光太朗を攫って黒晶核の抽出が目的だろうが、それで命は覆えらんぞ」
それは、百合花も指摘したことだ。生命は、いかなる事象に力でも再生することはない。
水晶花でも、星の煌めきだろうと、絆の力だろうと。
それは例え闇に生きる生命だろうと覆らない、『命』というものの自然の理だ。
「・・・当初はそのつもりでしたよ。それは早々に頓挫しましたから理解はしています」
光太朗の水晶花からエネルギーが奪われた時を思い出す。
「生命の輪廻は、意地悪な神の威光により不可能であることが悟った」
やけに芝居がかった口調で、そいつは言う。
「だが、すぐその有用性を思いついたさ」
周囲の空気が変わる。元からいけ好かない、重い空気のものが、更に胸を支えるような詰まりを生む。
「貴女を、我らの未来のための礎とすることです」
フードで塞がれた表情に、歪んだ笑みが浮かべた。
・・・アイリス?
「デュミルアス様の娘である、貴女が我々を導く長となることを」
その信じられない言葉を、光太朗は噛み砕けないでいた。
そして、それはニアも同様であるらしく、そして、それは雛にまで伝播していた。
「・・・うそぉっ!?デュミルアスって人妻だったの!?」
見当違いの驚きに目を丸くしている雛を無視して、ニアは戦慄の表情が溶けない。
「信じられないか?」
外套のひとりが言う。
「貴様たちとの最終決戦の直前。我が主は一人娘を産み落とされた。それがアルミル様だ。もっとも、デュミルアス様が彼女に残した名は『アイリス』だったが」
一瞬、の逡巡。
「敢えてアイリス様と呼ぼうか」
そう、前置きをした上で。
「アイリス様は、この世界の住人において、もっとも異質な身体を持ってお生まれになった」
アイリスの表情は、変わらない。
「貴様たちなら見えるだろう?光を切り離した我々にはないものを、アイリス様が宿していることを」
ニアは、信じられないものを見る目で空を仰いでいる。
「・・・バカな」
掠れた、震える声。
光太朗にも、何か予感めたものを感じていた。
アイリスが他の黒の花園の住人と異なる姿で歩けていること。
「・・・水晶花、だと?」
それは、すべての生命の心に宿す光の花。しかし、それを闇に生きる者は光を宿す輝きを持たない。
「忌々しき水晶花を持って生まれたこと。それは宵闇の眷属としてもっとも恥ずべきこと」
外套のひとりが唇を噛む。
「そして、何を思ったか、娘に花の名前を付けるという、血迷った以外の何者でもない」
黒の花園に生まれしものは、純然たる闇でなければならない。それは誰に不文律のようなもの。
「・・・それは、彼女の祈りなのかも知れない」
ニアが、何かを思い出すようにつ呟いた。
「あたしたちがデュミルアスに勝てたのは、彼女の心に揺らぎが起きた、から」
その時のことを思い出す、雛。
デュミルアスの力により、マギアスは闇に覆われる寸前だった。3人の花の騎士により、それは阻止できた。
最後の百合花の一撃が、デュミルアスの胸を貫く寸前。
何か逡巡するように、デュミルアスの動きは静止し。
巨大な黒の流動体は、光となって弾け。
光を遮断する帳で覆われた黒い空は戒めが解け、目も覚めるような青に変わっていった。
「幾度となく貴様たちと刃を交わせるうちに、デュミルアス様はその考えに揺らぎを抱くようになった」
それは自らの力により世界を闇で覆い、自分たちの住みよい世界にすることが、本当に自分たちのためになることなのか。他の生命の世界を奪ってまですることか、と。
だが、配下の者は、その考えを否定。本来の宵闇の眷属の本能に従い、光の使者である花の騎士を打ち砕き、後顧の憂いを断った後、世界を闇で収束させるべきだと。
マギアスを闇で閉ざせば、他の世界からの進攻もなくなる。文字通り、そこは桃源郷となる。
その考えに綻びを宿したデュミルアスは無様にも光の一撃を受け、身体を崩壊させ、滅んだ。
「・・・ゆりかっちの、最後のデュミルアスへの一撃の時に感じていた違和感、って、それのことだったんだ」
雛は、自分の声が震えているのがわかる。
「その結果が、アイリス様の誕生に繋がる。デュミルアス様は、御子息に祈りを持って生み出した。宵闇の眷属でありながら、水晶花を宿した異質な存在としてな」
光の中で生きていけない彼らとは違い、アイリスはこの世界でも外套を身に纏うことなく、光を否定することなく生きていける。この外の世界に置いても、彼女の身体に何ら変化はもたらさない。
「勝手だ。我がかつての主は」
怒りを滲ませた様子で、外套が言葉を絞り出す。
「永遠の常闇を約束してくれたはずだ。デュミルアス様は、己が娘のためだけに、光に耐えうる身体を持った娘を残した。・・・貴様ら花の騎士の力に当てられ、信念に揺らぎをもたらした」
そして、忌々しそうに口を開く。
「眩い輝きがもたらす光に、未来を見出したのだ」
それは、産み落とした娘を、闇の世界に留めてはおけないと言う気持ちからか。
「我らの未来より、娘の未来を優先したのだ。これが怒らずにいられるか」
それは、宵闇の眷属の本来の性質を逸脱した行為。そして、長に仕える者からしたら、背信に近しい悪行だ。
「我々はその人間の小僧を攫い、心の光を奪い、黒晶核を奪ってきた」
それが光太朗をここに連れ去ったひとつの理由。
「その真の目的は、その黒晶核を用い、アイリス様を完全なる闇で覆い、宵闇の眷属としての使命を思い出さえること。それにより、新たな我らの長へと擁立することだ」
絶対的な支配者を失った彼らにとって、闇へ導く主が存在しないことは致命的で。
目を付けたのはデュミルアスの忘れ形見であるアイリスだった。
「ダスターと手を組んでいたのは何故だ?」
「滅びを撒く星とやらのことか」
ダスターも、アンチホープと同様に、別の名があるようだ。
「奴らとは利害が一致したからに過ぎん。こちらも手駒が必要だったからな」
「人間に宿るエネルギーを欲するという部分では一致したが、そこは競合していない」
水晶花とスタープリズムは似て非なる力。人間に宿る部分では共通しているが、発生源は別物だ。
現にニアは人間が水晶花以外のエネルギーを発せられることを知らなかった。
「奪った黒晶核は膨大だ。普通の人間ならば、精神が砕き霧散するほどの威力だ。だが」
外套の目が、アイリスを貫く。
「闇の化身であるデュミルアス様の血を分けた存在ならば、受け止めきれる」
「その小僧から奪った黒晶核をアイリス様に注ぎ込んだ。後はこちらの合図でそれを発現させる」
光太朗、ニア、雛の目がアイリスに向けられる。
「お前ら、まさか」
「黒晶核の力を使い、アイリス様を完全なる闇の化身へと作り上げる。光に影響されることのない、完全なる支配者へと」
「それはきっと、我らを導き、世界を安息の闇で覆う、我らの救世の主として生まれ変わる。それこそが我らの悲願」
「お前ら!アイリスのことを何だと思っているんだ!」
そのためだけに。
自分たちの住みよい世界のための道具として利用するつもりか。
アンチホープは、人間とは違う価値観と生態を持つ種族。それ故マギアスの人間とのいさかいも事実、ある。
敗けてなお、抗う。誰かのことを犠牲にしてでも。
アイリスの存在は、思いを変えたデュミルアスの意思のように思える。でなければ、光を捨て去ったはずなのに、水晶花を持って生まれてくることはないだろうから。
「さあ!始めよう!」
ひとりが大仰に手を広げ、吠える。
「闇の再来だ!目覚めよ、デュミルアスの意思よ!」
いつの間にか天を漂う黒雲。今にも雨が降り出しそうな大気。そんな中。奇妙な呪言を伴いながら、アイリスに不穏な黒霧が纏わり始めたのだった。




