ACT45・宵闇の片鱗
格闘闘技場では、数名の兵士が崩壊した壇上を片付けるべく作業をしている。
その中に光太朗の姿も見える。
飛び散らばった瓦礫が、ひとまとめの場所にうず高く積まれている。
格闘闘技場を破壊した原因の片割れにも関わらず、衛兵は光太朗の戦いぶりに感心しきりだ。光太朗の周囲に話を作りつつ囲まれている。
「お前、なかなかやるな。火の花の騎士に肉薄するなんて」
「あの鎧はどこでこしらえたものだ?」
など。
あまつさえ、グランティールを守護する騎士団にスカウトされる始末だ。
光太朗はそれを丁重に断りつつ、瓦礫除去に従事する。
「・・・真面目だねぇ」
その光景を、雛が膝を折り畳み、その上に手の甲、更にその上に顎を乗せ、退屈そうな表情で見つめている。
「変身してやればいいのに。・・・そーだ。もっかい見せてよあのかっこいいいやつ」
「見てないで手伝えよ」
「やだよ。汚れるじゃん」
眺めているだけで、手伝う気はないようだ
確かにスケイルアーマーは、災害救助用としての側面もあるが。
「ねえねえねえ。本当にゆりかっちと付き合ってないの?」
つまらない表情から、興味の好奇へと変化させた雛。
「・・・手伝う気がないんだったら、とっとと何処かに行けよ」
正直、邪魔以外の何者でもない。
雛は取り付く島のない光太朗に明らかに憮然とした表情。やがてそれを見限ったのか、つまらなそうに立ち上がる。
スカートの尻を手で払いつつ、城内に戻ろうと雛は背を向ける。
足を一歩踏み出した時。
「うわあっ!」
背中で誰かの悲鳴が聞こえた。それは、作業中のトラブルか。
思わず雛は振り向く。そして目を見開いた。
光太朗の足元に、持ち上げた瓦礫がこぼれ落ちている。周囲の衛兵が、その光景に驚き、おののいている。
その原因。
苦悶に歪む光太朗の表情。その全身を、漆黒の蔦のようなものが這っている。それは、光太朗の身体を捕縛するように。
直感的に、雛はそれが誰の仕業であるのかを理解する。
「ウソでしょ・・・っ!?こんな時にっ?」
雛は、右手に花香剣を召喚する。そして、それと同時に駆け出す。
黒い蔦が光太朗の四肢、そして口元までも覆い尽くし、目だけを雛へと差し向ける。
そして。
光太朗の足元に、黒いラインで描かれた奇妙な魔法陣のようなサークルが淡く灯る。それは、奇しくも地上と異世界を隔てる門のような。
黒い蔦も、そこから這い出ているように思える。
光太朗の姿が小さくなる。いや、光太朗の足先から、魔法陣に導かれるように沈んでいるのだ。まるで、底なし沼に身体が落ちていくように。
「カラフル・コネクト・ルミナースっ!」
駆け出しながら、雛は変身。振るった花香剣の先端から、黄金色に伸びる帯を伸ばし、魔法陣に吸い込まれそうに鳴る光太朗へと向かって。
だが。
無情にも、光太朗の姿は雨粒が地面に解け消えるが如く、地面に沈んでいった。
喧騒が消え、騒然とすることも許さない静寂。
駆け出した雛の吐息のみが、虚しく風に溶けていった。
「なん、だと!?」
雛から報告を受けたニアは、顔面を強張らせる。百合花も、戦慄の表情で続く。
「・・・もしかしたら、奴らの狙いは最初からこれだったのかも知れん」
「どういうこと?」
ニアのつぶやきに、雛が聞く。
「マギアスへの空間転移時に、第三者の介入を感じた。十中八九、アンチホープの仕業だろう」
お陰で光太朗と百合花は分断されたが、最たるトラブルにはならなかった。
「それは、百合花たちのマギアスへの来訪を阻害するものだと思っていた」
アンチホープはデュミルアスを失った今、裏で暗躍している。目的を含めたそれを感知されたくないのだと思っていた。
「だが、目的が光太朗そのものだとしたら?先の干渉は、光太朗への接触を図っていたものかも知れない」
「光太朗くんは、アンチホープの世界に連れ去られたっていうの?でも」
アンチホープの住まう世界。マギアスの裏の世界。そこは闇夜に閉ざされた暗黒の帳が支配する世界だ。それは人間の生きていけない、冷たい世界世界だ。
逆に言えば、水晶花の失ったアンチホープのみが生きていける世界。
「ああ。黒の花園だ」
かつての百合花たちとアンチホープの最終決戦の折りには、デュミルアスがマギアスへと顕現したため、その世界に足を踏み入れることはなかった。
黒の花園。
アンチホープの住まう、暗黒の世界。
光を否定し、闇に魅入られし者が跋扈する世界。
デュミルアスの絶対王政の中、その世界はひっそりと蠢いていた。だが、デュミルアスの野望が露呈し、マギアスの神官は闇に対抗できる伝説の花の騎士と共に、その野望を打ち砕いた。
その世界は、一度人が足を踏み入れれば、闇に心が侵食され、たちまち黒い墓標と姿を変える。
「ちょっと待って、そんなところに引きずり込まれたら、光太朗くんは」
生きていけない。
例え改造人間だとしても、だ。
水晶花はたちまち闇に染まり、生命活動そのものを閉ざす。
「光太朗は奴らにとって、無尽蔵の輝きを放つ水晶花の所有者だ」
ヴァイオレットバイパーと同等の力を持つ傀儡、シャドウバイパーを生み出したそのエネルギー源を、アンチホープは目を付けないはずがないのだ。
「それを狙ったっていうの?」
「断言は出来ない。だが、水晶花の輝きを奪うことが力になる彼らにとって、光太朗は湯水が湧き出る源泉であるはずだ」
「でも、黒の花園で、普通の人間が生きていられるはずがない」
攫われた光太朗が無事である保証はない。それは仮に光太朗をさらった目的が『そう』なのだとしたら、光太朗が死ぬ、あるいは生命活動が途絶えることは都合が悪いはずだ。
「我の憶測が正しいのなら、光太朗を活かしておくはずだ。死んだら水晶花の輝きもへったくれもないのだからな」
『死』、という単語で、百合花は青ざめた表情を加速させる。
「ったくよぉ。目の前で攫われるなんて、お姫様かよ」
皮肉っぽく、あくまでも冗談めいた雛の言葉にも、百合花は表情を絶望から希望に引き上げようとしない。
「・・・ダイジョブだって!光太朗くんを殺すつもりなら、わざわざ連れて行ったりしないって!」
慰めに方向転換した雛に肩を抱かれる百合花。その体温は冷たく、極寒の風に吹かれているかのようだ。
「光太朗を救出する手はずを立てよう。鋳薔薇も呼べ。すぐさま会議に移る」
ニアの勇ましい声で、百合花は絡め取られた沼のような闇から、なんとか意識を引き戻したのだった。
「私は賛同しかねる」
その言葉を聞いたのは、百合花、鋳薔薇、雛。そしてニア。エリフォリアの集う作戦室と称した部屋でのことだ。
エリフォリアを補佐する大臣、ニアと同等の権限の持ち神官の目が一斉にそちらを向く。
「ちょっと、流石に頑なすぎない?」
雛は、鋳薔薇に掴みかからんほどの勢いで声を張り上げる。だが、鋳薔薇の表情は変わらない。
「これすらも奴らの罠だったらどうする?私たち三人が黒の花園に赴くのか?その間にグランティールが襲われたらどうする」
鋳薔薇の指摘に、雛は眉を揺らしつつ、呻く。
「確かにその懸念はある。アンチホープの戦力が、かつてもものとは比べるほどのものではなくとも、十分グランティールの脅威にはなるだろう」
「・・・こんなことで議論している暇ないよ!神野君を早く助けに行かなきゃ!」
ニアの言葉にも、百合花は焦りを落ち着かせる様子はない。
「冷静になれ。ここで我々焦ろうが、事態は好転しない」
ニアに諭され、百合花は熱くなった胸を整えるように息を吐く。
「・・・これからの話をしよう。とりあえず、我の力で黒の花園への移動は可能だ」
かつてデュミルアスとの最終決戦の際、ニアたちは黒の花園へと赴こうとしたが、その前にデュミルアスがマギアスへと進軍しが、そこまでに至る手段は習得済みだ。
「戦力を二手に分けよう」
その案に、その場にいた人間は異論を挟まなかった。
「黒の花園へと至る門、そして帰還のために、我は必須で固定」
行きはともかく、帰りの手段を兼ねているニアは帯同するべきだ。
「城にはふたり残すのがいいだろう」
あくまで任務は光太朗の救出。大所帯で行っても動きが逆に制限される。少人数で事態に当たるのが得策だ。
「じゃあ、アタシに行かせて」
以外にも、真っ先に進言したのは雛だ。
「アタシがもっと早く対応できていれば、光太朗くんが攫われることは無かったかもしれないし」
初手の戸惑い。
グランティールにアンチホープが手を出してこないという油断。奴らは尻に火の付いた、追い込まれた集団であり。それが今回の油断を招いた。
「ならば私のほうが適任だ。とっとと向かって、さっさと救出するぞ」
雛を押しやるように、今度は鋳薔薇が申し出る。
「わ、私も行く!」
百合花もそれに続くように声を上げる。
「お前は残れ」
鋳薔薇が諭すようにそれを拒否。鋳薔薇の言葉に賛同するようにニアも厳しい言葉を残す。
「今の君は冷静ではない。彼のことが心配なのはわかる。鋳薔薇か雛に任せろ」
ニアは、優しく百合花を抱き寄せる。ニアの胸の中で静かに目を伏せる百合花。
「大丈夫だ。光太朗は必ず助ける」
力強いニアの言葉も、今の百合花には空虚なもののように聞こえたのだった。
結局、黒の花園に向かうのはニアと雛になった。今回の任務はあくまでも光太朗の救出。強大な攻撃力は必要ない。
グランティールの空も、人間界と同じ星空で満ちている。
窓の外の光景に、百合花はただ目を向けるだけで。自分が光太朗を助けると息巻いていたはずなのに。今はどっちのても足も動かない。
こんこん。
そんな折り、突如部屋の扉が鳴る。
数秒。
百合花が応える気力もなく。
扉の向こうの人物は、それに諦めることなく。
ゆっくりと扉は開かれた
そこにいたのは。
「・・・エリフォリア様」
その姿に、思わず百合花は身を正す。大丈夫、という意を込めて、エリフォリアは立ち上がらせるのを収める。
その上で、
「今、よろしいですか?」
エリフォリアはグランティールでも天上の人。同じ城内でもここまで足を踏み入れることは滅多にないと聞いている。
「光太朗様が攫われたこと、心を痛めます」
まだ、さほど関係性のないエリフォリアでも、親しんだ者との別れかを悼むように悲壮な表情を浮かべる。
「私が」
百合花は口をゆっくりと開き。
「私が神野君をマギアスに連れてこなければ」
こんなことにならなかった。悔やんでも悔やみ切れない。
光太朗の生い立ちを知り、境遇を知り。浅はかな同情で、寄り添った気になっていた。
マギアスの自然を堪能してほしかった?ただの自己満足ではないのか。彼が望んだのは、平穏ではなかったのか。
「ふふ」
この場に似つかわしくない、優雅な微笑み。口元を軽く隠した、エリフォリアの堪えるような声。
「申し訳ありません。久しぶりにお会いしても、相変わらず百合花様のお優しさは健在だと思って」
その優しさが、マギアスの危機を救った。少なくとも、その性格が裏目に出たことを、百合花は悔いている。
黒の花園は、生身の人間が生命活動を出来ない世界だ。人の姿を捨てたアンチホープのみが住まう世界。花の騎士の能力、神官クラスでようやく動ける世界だ。そんな世界で光太朗の無事は保証できない。そう考えると後悔が止まらない。
ヘタをすれば、それは涼香から光太朗を奪う行為になりかねない。
「私は何も知らないお登りなのかも知れません。百合花様が地上に戻ってから、今までのことも、ニアから聞いたことでしか耳にしていません」
力なくベッドの上で肩を落としている百合花の隣に、優雅な動きでエリフォリアは腰を落とす。
「光太朗様の強さも、お伺いしています」
百合花の思っている通り、境遇も、生い立ちも。彼の心の中に渦巻く悩みも。だからこそ、アンチホープに心の輝きを黒晶核化された。それはある意味、正常な心根を持っているといえる。
「だから、きっと大丈夫です」
それは、根拠も何もない、無責任な言葉に思える。でも、エリフォリアの言葉は心の奥底に染み渡る。穏やかな凪のようで。
お陰で、百合花の鼓動は少し収まった。不思議な感覚。これが一国を収める長の、言葉の力。
確かに根拠はない。
けど。
心配ない。
そんな気がしてならないのだ。




