ACT44・ヴァイオレットバイパーVSスカーレットローズ
遠い微睡みの先に光が見える。それが眠りの奥にある現実の世界が近づいていると気付いた時、光太朗の意識は覚醒した。
開きかけた視界の中、視点を定めようとふたつの目を彷徨わせ始めた瞬間、光太朗の胸元に押し付けられる見知らぬ影。いや、厳密には覚えはある。それはいつもの起床時には存在しえない、という意味で、だ。
見事に白と黒に半分に別れた乱れた頭髪。健やかな寝息が上気した顔に乗っている。
「お前!人型に戻っているじゃねえか!!」
光太朗は絶叫と共に布団を剥ぎ飛ばす。
その怒声に気付いたのか、ニアが片目を開く。
「・・・む。心地良さの所為か、気が緩んでしまったようだな」
そのセリフに、光太朗は疑問を感じた。
「元猫なんだろ?普通逆じゃないのか」
ニアはにやりと笑い。
「我が猫だったという事実は遥か彼方の出来事だ。もはやこっちのほうが自然なのだ」
自慢気にニアは言う。それはいいけれど。
「いつまでくっついているんだ。離れてくれよ」
ニアはあからさまに不満を顔に滲ませ。
「ふん。露骨に態度を変えおって。あの時我を膝に乗せ、ごはんをあーんしてくれたのは我の見た幻か?」
・・・あの時はよもや、喋る猫が人間の姿に鳴るなんて思いも寄らなかったわけだし。
ぶつくさ言いながら渋々、といった様子でニアは光太朗から離れ、ベッドから降りる。
「・・・昨日、城の者で協議した。鋳薔薇と貴様の手合わせは今日、執り行われるだろう。心しておけ」
そう言いながら、ニアは乱れた衣服を整えながら、光太朗の部屋おw後にした。
朝食の時間を挟み、ニアから告げられた鋳薔薇との手合わせと称した対決は、グランティールの衛兵が己の武を研鑽する、格闘闘技場を用いて行われることとなった。
そこは数えるのも馬鹿らしいほどの、打ち合う剣の火花を受け止めてきた白檀。
そこに足を踏み入らせてもらうのは、戦士に対する敬意を持って登らなければならない。そんな気さえしてくる。
そして、その会場には城に務める衛兵たちが詰めかけ、太古のコロッセオの様相だ。そして、光太朗はそこで命を欠けて戦うグラディエーターか。
対峙するのは、強い意思を瞳に称えた少女。
緋沙村鋳薔薇。その目に強い光を宿した少女。百合花と同等の能力を持つ、かつての仲間。
「私は、私が直接見聞きしたものしか信用しない。君がいかに百合花と懇意にしていようとな」
鋳薔薇は、右手に見慣れた武器を手にしており。花香剣の刀身が淡い光を宿す。
「カラフル・コネクト・ルミナース」
ゆっくりと口を開き、力強い言葉が溢れる。
鋳薔薇の全身を一瞬の閃光が包み、衣服を身に着けていないかのような錯覚に陥るも、それは瞬きの間の刹那のまで。
次の瞬間には、赤い炎が鋳薔薇の身体から湧き出し、それが四肢の各部に巻き付き、それが衣服となって形作る。
鋳薔薇の髪の毛がうねる熱波のように、その色を真紅に変える。
「燃え盛る花の騎士」
踏み鳴らす靴底が響き、炎の化身かの如く雄々しさを壇上に宿す。
「スカーレットローズ」
鋳薔薇の名乗りは、宙に消える。あの時、光太朗を翼竜の捕縛から救ってくれた力強さはそのままに。
鋳薔薇の石の籠もった目が光太朗を見据える。今度はお前の番だと言わんばかりに。
格闘闘技場を見下ろす、場内から高くの位置には、不安そうな表情をしたエリフォリアが観戦に訪れている。本人は望まぬ戦いに胸を痛めているのだろう。
「・・・行くぞ」
光太朗は右腕のリングに反対の手を這わせ、盤面を回転させる。
「スケイルアップ!」
光太朗の全身に、巡る強い流れを感じる。
「変身!」
光太朗の身体の奥底から、粘性の塊が排出される感覚。それは体外の空気に触れた瞬間、硬質の感触となり自分の身体に纏わりつく。
壇上での光景に、会場の観客がどよめく。
紫色に輝く、光太朗の全身を覆う、雄々しい鎧。
鋳薔薇は表情を変えず、観戦席にいる百合花は不安な顔。雛は「おおっ!」と身を乗り出さんばかりにその姿に反応していた。
「灼煌」
鋳薔薇が言葉を吐く。鋳薔薇の手にした花香剣が赤く熱を宿す。炎の剣とした花香剣が灼火の残滓を揺らす。
相手の出方を伺う間もなく。鋳薔薇の靴底が、石の舞台を打ち付ける。
瞬間。
ヴァイパーのメット内で警告音が鳴る。
それが、眼前まで押し迫った花香剣を構えた鋳薔薇だと気がついた時、光太朗は身体を反応させるので精一杯だった。
ガキインっ!
光太朗の振り上げた腕部分が、赤く燃える花香剣の刀身を受け止める。
赤い火花が咲くのが落ち着くのを待つよりも早く、二撃目の残像が見える。
それを光太朗は腕を十字にして受ける。先程よりも一際大きい炎の花が咲く。
紫のメットに覆われている光太朗の表情を、鋳薔薇は読み取れないだろうが、鋳薔薇の表情は光太朗は分かる。
あくまで冷静に、刃を向けることに躊躇いがない。
鋳薔薇と言う少女に感じた、ある種頑なとも言える信念。だがそれは、光太朗に対する敵意でもなく。どこか光太朗を確かめるような。
めくるめく陽炎の残像を残す剣撃。その一太刀一太刀が必殺の一撃を宿す。
だが、それに対してもスケイルアーマーは一ミリも欠けることない堅牢さは健在だ。
荒ぶる、吹き出る炎を、自分の身体の一部分のように隷属させた剣舞は続く。
視界が赤く染まるほどの、炎の帯。渦。それは熱風となって舞台の上で踊る。
ガキンっ!
その一分の隙を縫い、光太朗は斬撃を右手で掴み上げる。
爆発の中でも耐えられるスケイルアーマーの強度。それは、炎を宿した刃に対しても例外ではない。そのはずなのに、手のひらから全てを焼き尽くす熱が伝わって来るようだ。
数秒の、鍔迫り合いのような拳と剣の交差。
突如、光太朗の足元が波に攫われる砂のように掻き消え。不可思議な浮遊感を覚える。それは、鋳薔薇が足先で掬った足払いに他ならない。
光太朗に視界が反転し。背中を石舞台に打ち付ける。
頭上にたなびく赤光。そして、渦巻く炎の奔流。
「煌竜剣!」
鋳薔薇が吠え、炎を纏った剣撃を。
光太朗が倒れ伏せる地面に向かって。
振り抜いた。
メット越しに、赤く貫く爆光。刹那。凄まじい衝撃が押し迫り。
光太朗の全身を駆け巡る衝撃が撃ち貫いた。
光太朗の背中で、大きな爆発が吹き抜ける。
白い舞台は大きい亀裂と共に、陥没。光太朗の身体は半円状に砕けた地面に押し付けられ。
白煙がけぶる中、花香剣を構える鋳薔薇の姿を、乱れる視界の中、見上げる。
「・・・こんなものか?ヴァイオレットバイパー」
どこまでも冷静な鋳薔薇。
光太朗はメットの中で歯噛みする。
鋳薔薇も、百合花と共に戦ってきた花の騎士。強い。
ドシュッ!
突き上げる光太朗の右足が、空に向かって閃光となり弾ける。それを鋳薔薇は華麗な跳躍で回避し。
光太朗の身体に叩きつけられた爆炎は、容赦なく舞台を砕き、まともな訓練も出来ない半球で穿ってある。光太朗は、わずかに残った足場に立ち上がる。
それでもなお繰り広げられる凄まじい戦闘に、周囲の喧騒は大きくなる。それはまるで、剣豪を越えた者同士の戦いを目にした時のような。
「本気で来い」
花香剣の方ではない、反対の手で挑発するように手を仰ぎ。
「言われなくても・・・!」
光太朗は拳に力を込め、地を蹴る。
瞬く間に鋳薔薇との距離を詰め、握り込んだパンチを繰り出す。
一手目が花香剣に弾かれ、継ぎ目もなく放った二撃目も返す刃に防がれ。
短い時間で戦った感想としては、鋳薔薇は直接的な攻撃を好む。全ての花の騎士そうなのかはわからない。だが、百合花のような遠距離からの攻撃は行わない。ならば、このまま近接攻撃を重ねて、好機を狙う。また、あの身体ごと押し通すような攻撃を受けたらたまらない。このまま纏わりついて剣を振らせない!
何度目かの拳と剣の交差。
光太朗の意図に気がついた今でも、鋳薔薇は表情を崩さず、敢えて剣で払い、受ける。翻る花香剣。
再度攻撃に移る僅かの間。
その瞬間を狙っていた。
『オーバーワーク』
光太朗の全身を駆け巡る、血液が沸騰するような熱。血管を逆流する衝動が、光太朗の動きを加速させる。
刹那に迸る瞬撃が、鋳薔薇の花香剣の軌道を弾き逸らし。
光太朗の拳が、矢のような速度を持って鋳薔薇の眼前に押し迫り。
吹き抜ける烈風のような拳圧。
だが、その間わずか数ミリで止まる。
「・・・殴るつもりのない拳なら、引っ込めたほうがいい」
どこか憐れむような、鋳薔薇の目が光太朗に突きつけられ。怒りにも似たオーラを放ちながら、花香剣を持つ方ではない手で光太朗の頭部を掴み。
凄まじい力で引き寄せられると、すぐさま視界が移転した。
その原因が、光太朗の身体が再び地面に押し付けられたからに他ならない。
オーバーワーク状態だぞ!
数秒のみの身体強化とは言え、その速度は常人の目で捉えられないほどに加速し、パワーは通常状態をも上回るほどに上昇する。
その状態の光太朗をいともたやすく。
亀裂の入った地面を這うように、衝撃と炎が吐き出され。光太朗の前進を貫く衝撃。そして爆音を最後に一瞬の静寂が訪れる。
「私が女だからか」
無念にも似た、絞り出すような声が光太朗の頭上から聞こえ
「お目の前を阻む敵が例え私でも、お前は拳を引っ込めたか・・・?」
その問いかけは、薄れゆく光太朗の意識の中、最後まで聞き取ることは出来なかった。
「・・・あ~あ。光太朗くん、ボッコボコじゃん」
スケイルアーマーから解けた光太朗へ真っ先に飛び出したのは百合花で。それにニアが続いた。そんな光景を雛は気の毒そうな目で眺めていた。
「私ひとり下せないようでは、我々の力にはなれない。巨獣相手に攻撃を躊躇うような甘い奴だ」
変身を解いた鋳薔薇は、にべもなく吐き捨てる。雛は、そんな鋳薔薇の態度にため息を突きつつ。
「・・・まあ、光太朗くんは、今まで機械相手で、人に手を上げたことは無かっただろうし」
人間そのものに攻撃することを良しとしていないのか。それが、鋳薔薇の思っている通り、鋳薔薇が女子という理由だけでその手を押し留めたのなら、鋳薔薇にとってはとんだ侮辱だ。
「・・・ま、アタシはそんないばらっちのコト、嫌いじゃないよ」
百合花も、鋳薔薇も、あの時を戦い抜いた仲間だ。
優しく、憂慮の心を持つ百合花。
対するは実直で、内に秘める熱さを持つ鋳薔薇。
相反するようなふたりの間に挟まれる形で雛が収まり。マギアスの世界を救った。
鋳薔薇も、親友の知人を手にかけ、冷静でいられるわけでもないだろう。敢えて憎まれ口を。そんな思いが見えて、雛は苦笑するのだった。
気がついた時、光太朗は知らない天井を目に目が冷めた。奇しくもそれは蛇ノ目の研究所で目を覚ました時を思い出した。
その時と違うのは、光太朗の顔を覗き込む影が、老人のものではなかったことだ。
「良かった・・・」
安心しきったような、百合花の顔がぼやける視界の端に浮かんでいた。
「白崎・・・」
光太朗の全身を襲う、疲労と倦怠感。鋳薔薇の身体が引きちぎられそうなほどの衝撃に加え、オーバーワークを解除できずに、そのまま鋳薔薇に押し込まれた。
「花の騎士の神官とは言え、今回の件は複雑なものがあるの」
百合花の奥にいたのは、ニアだ。
「わざと負けたなんて、気の利いたことをできる奴だとは思わんが」
皮肉っぽく、ニアは言う。
「・・・緋沙村は、強かった」
花香剣の剣先から伝わるのは、力強い気持ちだ。眼前の敵を何が何でも斬り伏せる、それこそ騎士の使命のような。
「まあ、奴の気持ちもわからないでもない」
ニアの目が憂いを帯びるのと同時に、百合花の目も伏せられる。
「・・・どういうことだ?」
ニアは少しの間逡巡し、百合花の目を経由した後、ゆっくりと口を開く。
「百合花と共にアンチホープと戦っていた頃、一度、鋳薔薇のミスでグランティールの危機に陥ったことがあった」
そのことを思い出したのか、百合花は複雑な色に表情を曇らせる。
「幸い、負傷者も被害もなかったが、それを鋳薔薇は悔いていた」
己のミスで、街に被害をもたらしたことを、鋳薔薇は許せず。だからこそ、百合花の知人とは言え、自分にとって素性の知れない光太朗を素直に受け入れるここができないのだろう。それが、その態度に現れている。
記憶が途切れるまで行われていた戦いの中、確かに光太朗はそれを感じた。
「内に秘める熱が、それを許せないのだろう。奴の態度は同じ過ちを繰り返さんとする決意の現れだろう」
それは、鋳薔薇の手にする花香剣に灯る炎のように。
「だから、やつを恨んでくれるな。・・・敗けたことは悔しいだろうがな」
意地悪っぽく、ニアは言う。それに抗いたいが、起きてしまったことは現実だ。
何かを抗議しそうに口を動かすのを見て、百合花も苦笑いを浮かべるのであった。
「捉えたぞ」
薄暗い、光を通さない部屋。数名の影が見える。
「三人の花の騎士がマギアスに来ている。我らのことを追いかけてきたのだろう」
「異物もいる」
「紫鉄の戦士か」
「これは好機だ」
「無尽蔵の水晶花の輝きを備える少年か」
「悲願が近いぞ」
「デュミルアス様の意思を受け継ぐ希望の回帰は近い」
暗く、深い部屋に、言葉が踊る。
それは、水辺に落とされた砂の輝き、刹那の光に群がるように。
それは確かに、『彼ら』にとっては救世の灯火であった。




