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ACT43・王都グランティール

 その光景は、まるで自分がゲームの中の住人になった錯覚を覚える。

 鎧や剣で武装した衛兵が、伸びる絨毯の横に等間隔に構え。それが荘厳で緊迫した雰囲気がフロアに満ちる。

 絨毯の奥。芸術品のように鎮座する玉座。

 王の威厳を示すそれに、ひとりの影が座している。近づくに連れ、その輪郭は形を成していく。

 白く、綺羅びやかなドレスに身を纏う、妙齢の女性。波がかった、眩いほどの金糸を流す髪の毛は、この場にいる誰よりも眩く、流麗で。

 ニアがまず、うやううやしく膝を折り、片膝で傅く。

「女王。お連れいたしました」

 ニアはそう、床に向かって頭を下げた。

「ご苦労さま」

 たったそれだけの言葉なのに、透き通る清流のような。心の奥底まで染み渡る、清らかさを宿しているように思えた。

「そして、お久しぶりですね」

 その、宝石の輝きを宿した目が百合花、鋳薔薇、雛を捉える。

「素直に手放しでいられませんが、あなた方と会えたことを嬉しく思います」

 穏やかで物腰の柔らかな言葉遣いは優しいだけでなく、一国を治める器に相応しい、見えない力強さを感じる。

 そして。

 美しい、ふたつの瞳が光太朗に向けられ、たおやかな笑みで彩った。そして、示し合わせたように、エリフォリアとニアの目が交錯し。

「光太朗」

 ニアが後ろを振り向き、光太朗を促す。荘厳な雰囲気をそのままに、ニアは光太朗に耳打ちをする。

「女王の御前へ。無礼のないようにな」

 という言葉で、光太朗の背中を押し出す。それに対して軽い戸惑いを覚え前を向くと、エリフォリアは薄い微笑みを称えている。

 緊張の面持ちで、靴の音が鳴りそうな程の静寂の中、光太朗は前に進む。その足の運びを衛兵の目が一点に集中しているようで、それが更に緊張を高める要因となる。

 一段階高い位置にある玉座に佇むエリフォリアへと、光太朗はニアの見様見真似で傅く。目の前の人物は、もしかしてもしなくても、グランティールでも立場が上の人間なのだろう。だからなのか、エリフォリアの雰囲気とニアの態度も相まって、光太朗は自然とそんな動きになってしまう。

「ふふっ」

 傅いた向こう側から小さな笑い声が漏れ、光太朗は思わず顔を動かす。

 動く調度品のような綺羅びやかさは、決して身に纏った絢爛豪華なドレスが生み出すものだけではないだろう。

エリフォリアがその口から漏らす言葉遣い、元来持ち合わせた高貴さが、人の心を解きほぐす笑顔とないまぜになり、光太朗の心に染み渡っていくようだ。

「あなたはお客さんです。楽にしてください」

 それだけで光太朗の緊張で縛り上げられた心が軽くなった気がした。

「あなたが光太朗様ですね」

 ふわり、と揺れる笑顔が空気の中に溶け消えた気がした。

「は、はい」

 それは、思わず言葉を詰まらせてしまうほど。

「まずは、ようこそグランティールへ。私が女王のエリフォリアと申します」

 言って、緩やかに首を傾げた。

 果たして自分はそれに対して自分の名前を持って返しただろうか。それくらいの緊張が光太朗の全身を抑制していた。

「そして、百合花と共に地上に現れたアンチホープに対して尽力して頂いたことを嬉しく思います」

 それは光太朗にとって誇らしいものでではない。百合花を傷つけてしまったこともあった。

「聞くところによると、あなたはシェイドにも対抗しうる不思議な力をお持ちとか」

 当然それは、スケイルアーマーのことだろう。

「そして、あなたは地上でのトラブルをを治める活動をしているとか」

 尊敬の念を称えたエリフォリアの目が痛い。それは半分自分に課せられた負担を軽減するためのものだからだ。

「あなたをお呼び立てした理由の半分はそれにあります」

 恐らく、光太朗を呼んでいるという人物はこのエリフォリアのことなのだろう。

「アンチホープは一度は地上での活動が見受けられましたが、どうやらこのマギアスへと戻っているようなのです」

 エリフォリアの優しい眼差しが、険しい者へと変化する。

 それが最初に交戦してから、一度も目にしていない理由なのか。

「逃げ帰ってきたわけでもなく、その目的はわかりませんが、脅威になると私達は予想しています」

 ダスターとの結託といい、その目的として必ず何か裏がある。

「アンチホープの脅威を退けるため、私たちに強力して戴けませんか?」

 光太朗も、アンチホープがマギアスだけでなく、地上にとっての脅威なのは当然理解している。誰かに強力を申し出されなくても、そのつもりだった。百合花にも、自分の都合で手を貸してもらっている身だ。

「・・・アンチホープの脅威がなければ、あなたにはこの美しいマギアスの世界と自然を堪能していただきたかったのですが」

 心底残念そうに、エリフォリアは言う。ただ、百合花と出会っていなかったら、光太朗は果たしてこの場にいただろうか。そう考えると奇妙な縁であるといえる。

 と。

「無礼を承知で申し上げます」

 荘厳な空気を裂くように口を開いたのは鋳薔薇だった。百合花だけでなく、エリフォリア、光太朗も声の方へと視線を向ける。

「その案に私は反対します」

「ちょ、鋳薔薇?」

 百合花の声を、鋳薔薇が黙っていろとばかりに手で制する。

「彼の能力は、確かにこと戦闘においては力を発揮するでしょう」

 七色町で起きている事件を、違う地域に住む鋳薔薇も雛も知っていることでもある。

 だが、と鋳薔薇は続けて。

「彼は私達の戦いにおいて、ふさわしくありません。その水晶花(フロスタル)への耐性が完全であるかと言えば、そうではないようですし」

 現に光太朗は水晶花(フロスタル)の輝きを奪われ、それを逆に利用された。黒いヴァイパーの影を思い出す。

強大な力の反面は、そのまま強力な相手の戦力になる。オーバーワークという一手がなければ、物量で押されていただろう。

「翼竜への攻撃を否定する、生物への攻撃を躊躇う。それは奴らに心の隙間を突かれる要素になりかねません」

 水晶花(フロスタル)を捨てたアンチホープには、自ら生命の輝きを生み出すことは出来ない。だからこそ、水晶花(フロスタル)の輝きを求める。

「ですので、私から提案します」

 力強い、揺れることのない感情で鋳薔薇が一歩踏み出し。

「私と彼で、手合わせをしたいです」

 ざわ、と周囲の空気が引き上がった。

「鋳薔薇!?」

 その友人の言葉に、百合花が驚く。

「一体何を言っているの!?」

「百合花は違うのだろうが、私は彼に背中を預ける程心を許している訳では無い」

 そのふたりの様子を、雛は我関せず、と言わんばかりの表情は崩さず。

「端的に言えば、私はまだ彼を信用していない」

「鋳薔薇!神野くんは」

 百合花の言葉に、鋳薔薇は感情を揺らすことはなく、友人を見る。

「お前はその強さを知っているのだろうが、私は人となりを含めて、彼のことをまだ知らない」

 鋳薔薇はその視線を百合花から前方へと向け。

「我々のしていることは、信頼から成り立ちます。私と百合花、雛も、それにより繋がったものを胸に戦ってきたはずです」

 エリフォリアは目を伏せ、思案。

「・・・百合花が信頼していることが、その証明にはなりませんか?」

「私が納得しないのです。我儘を言わせて頂くのなら、私のこの目で彼の力を確かめたい」

 再び、エリフォリアは目を伏せる。

「うわ〜、出たよ、いばらっちのクソ真面目なトコ」

 呆れたように、雛は後ろ手で後頭部で手を組む。

「無礼ながら女王。我も進言します。・・・我もその案に賛成です」

 静寂を裂いたのは、ニアだった。

「我は逆に、少なくとも光太朗の能力と人となりを知っているつもりです。それが伝わっていないのは、我も歯がゆいところがあります。よって、鋳薔薇と光太朗の手合わせに賛同したい」

「ニアも・・・」

「アタシも興味あるな。正義のヒーローとやらの力!」

 追風のように、雛も楽しそうに言う。

動きを制限されそうなくらいの静寂の中、エリフォリアは長考。そして、諌めるような言葉と共に口を開いた。

「・・・わかりました。その案を許可します。ただ、忘れないでくださいね。花の騎士(プリマエクス)の能力は、対人戦用の能力ではないことを」

「存じています。私の我儘をお許し頂き、ありがとうございます」

 言いながら、鋳薔薇は深くエリフォリアへと頭を下げた。

「・・・手合わせの詳細は、ニアに委ねます」

 ニアは恭しく頭を下げる。

「申し訳ありません。来た早々こんなことになってしまって」

 エリフォリアのその言葉が、どこか空虚なもののように思えた。


「・・・ごめんね、神野くん。来て早々こんなことになって」

 エリフォリアと同じ言葉を、百合花は口にする。

「構うことはない。お前の力を全て鋳薔薇に叩きつけてやれ」

 対象的に、ニアは荒ぶる言葉を吐く。

「・・・どういうつもり?ニアまでけしかけるなんて」

「我も光太朗に肩入れしている身としては、鋳薔薇の態度は納得出来なかったのでな。これを期にこやつの力を示すいい機会だと思った」

 ふむす、とニアの鼻息も荒く。

「・・・鋳薔薇、昔から真面目で、自分の信じたものには実直で、納得できないことはとことんから向き合う性格なの」

 百合花が、昔を思い出すように解雇する。

「あやつもニュースでヴァイパーの活躍は目にしているだろうに。自分がぶつからない限りはその能力を信じられなし、改めるつもりもないのであろう」

「本当にごめんね」

 心底申し訳無さそうに、百合花は言う。

「何で白崎が謝るんだ」

「私は少なくとも、アンチホープのことは別としても、このマギアスの自然に身を委ねて、神野君に身を休めてほしかったから」

 何度目かの両親との別れの日を迎えた光太朗を案じた、百合花にとってせめてもの心遣いのつもりだった。それが完全に大きなお世話になってしまったことが百合花は心苦しく思っていた。

「・・・あの緋沙村って子は、翼竜を容赦なく斬り伏せた」

 ここに来る前に見た、巨大な翼を有した獣に炎の刃を振り抜いた。結果、消し炭になった翼竜が地面に転がった。

「・・・あいつは、何が大事で、その時何をすべきなのかを瞬時に見極められる奴だ。翼竜や巨獣といった獣が、人間への脅威になっているのも知っている。許せ」

 それは、分かる。でなければ、光太朗は無傷ですまなかったかも知れないのだ。さしずめ、この世界に跋扈する巨大獣は、光太朗の住む世界で言う機械での脅威なのだろう。だが、光太朗はそのパイロットの生命までは奪わない。それは、この世界に住む人間から見たら甘い考えなのかも知れない。その実を知らない戯言なのかも知れない。

 だけど、命を奪ってまで止めることとは思えないのだ。

「我は花の騎士(プリマエクス)に追従する神官だが、ヴァイパーとの力比べに心踊っているのも事実だ。女王には申し訳ないがな」

 ニアの顔は上気したように高ぶり、興奮を押さえきれていないように揺れている。

「・・・何かやけに興奮していると思った」

「お前は思ったことはないのか?人間の生み出した技術と、マギアスに伝わる伝承。どちらが強いか夢想したことはないのか?」

「・・・ないよ、そんなの」

 百合花は、呆れたように興奮を隠せないニアを見やる。その吐息は虚しく空気に溶け、消えた。


 城の中で出された食事は、実に豪華なものだった。

 エリフォリアを伴った食事会は、緊張をもたらしたが、その美味しさは確実に光太朗の口の中に美味なる記憶を残した。

 衛兵の見守る食事の場。

 客人として招かれた光太朗、百合花、鋳薔薇、雛がもてなされた。そしてその場にニアも同席。ただ、ニアは帯同するだけで、食事は口にしなかった。

「ふふ。いかがですか?」

 エリフォリアが優しい笑みを絶やすことなく、光太朗の食事の様子を見守っている。

「あ、美味しいです」

 異世界の料理は初めてで。それこそ最初は戸惑ったが、口に広がる味は異世界の料理だろうと光太朗の舌を喜びで満たした。

「そうですか。良かった」

 そう言って、エリフォリアは豊かな笑みを浮かべた。

「久方ぶりの新しい客人ですもの。ゆっくりと味わって下さいね」

 エリフォリアの放つ雰囲気は、光太朗の心の奥底に、ごく自然に染み渡っていくような穏やかさを感じた。それは、どこか遠くに光太朗が置いてきたような温かさを宿していた。


 「今日はここを使ってくれ」

 寝床は城の一室を借りることになり、光太朗が通された部屋は広さで言うなら自分の部屋よりは一回り狭いが、寝泊まりするだけなら十分だ。殺風景さで言えば光太朗の部屋もどっこいだ。ベッドがあれば、光太朗にとっては十分まともな部屋だ。

 今日は結局色々あって身体が素直に疲労を訴えている。この世界の自然を堪能するのは後日以降になりそうだ。

 早々に寝床に就こうと布団をめくって、足を差し入れようとした時。

「おい!?」

 思わず光太朗は声を上げる。

 なぜなら、さも当然のようにニアが光太朗と共に足をベッドに乗せ始めたからだ。

「何だ。素っ頓狂な声を出して」

 奇妙なものを見るような目と共に、ニアは眉尻を下げる。

「お、お前、白崎の所でも寝ればいいだろ」

 そもそも、ここはニアの住む国なのだから、自分の部屋はあるだろう。誰かの部屋で寝る理由などないはずだ。

「百合花たちは、久方ぶりの再会で仲間水入らずだ。我がそこに顔を挿むのは野暮というものだろう」

 もっともらしい言い方を残しながら、ニアはベッドの中への侵入を諦めようとしない。

「し、正気かよ」

 ベッドへの侵入を拒む光太朗に、ニアは口元に笑みを浮かべる。

「くふふ。貴様も人の子よのう。年上のセクシーお姉さんにドギマギしてしまう気持ちはわからんでもないぞ」

 からかうような仕草にも、光太朗は掛け布団を引き剥ぎ、自分の身体のみを無言で収める。

 その様子にニアはため息を吐き。

「我は元とは言え猫だ。人の温もりを求めることは罪かのう」

 ニアから背を向けるように身体を丸める光太朗の背中に、寂しそうな声が投げかけられる。

 しばしの静寂の後。

 不服の表情を残す光太朗が布団をめくり上げたのはすぐ後だ。

 猫へと変化させたニアが尻尾を嬉々としてベッドの中へと潜り込み、嬉しさの感情を滲ませる。

 光太朗の懐が盛り上がり、視線をそこに向けると、光太朗の目に写ったのは見慣れた猫姿。

「仕方ない。今日はこの姿で我慢してやる」

 ニアの正体を知った今、もはやこの状況ですら布団の中に招き入れるのも憚られるが・・・。自分の胸の上で丸まるニアを見ながら光太朗はそんなことを思った。


 その日見た夢は、奇妙なものだった。ただひたすらに、温かな温もりに包まれるという、堕落にも似た夢。

 顔の翳る女性の姿に自分が包まれている。それが、自分の記憶の遥か彼方にある母の面影なのか、自分の渇望が具現化したものなのか定かではない。

 ただひとつ言えることは。

 それが不快でもなんでもない、ただ、ひたすらに懐かしさを覚えると同時に、それが掴むことができない幻影だということが分かってしまったことだった。

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