ACT42・紅い炎を宿す少女
赤い炎に嬲られた翼竜が、苦悶の咆哮を上げ翼をはためかせる。
荒ぶる烈風が巻き起こり、その怒りの矛先を光太朗から、新たに現れた少女へと差し向ける。
それにも怯むことなく、少女は手にした剣のような武器を構える。光太朗は、その手にする剣にも見覚えはある。
(花香剣・・・!)
刃の無い刀身。それは百合花も振るっていた武器だ。
ということは。光太朗の目の前で構える少女は・・・。
大きく空中で旋回する翼竜は、その攻撃対象を完全に光太朗から少女へと定めている。鋭角な嘴が、刺し貫かんばかりの勢いを手に入れ、突撃する。
「『灼煌』」
それに対し、少女は剣を構え、小さく言葉を紡ぐ。瞬間。
手にした花香剣の刀身に、煌々と燻らせる炎が灯る。まるで、熱を纏った炎の剣のように。
そして、燃え盛る炎が、少女の髪と一体になり。うねり、揺れ。
「『紅炎剣』!」
少女が吠え、渦巻く炎が形を変え。
斜め上から突撃する翼竜を飲み込み。
少女が花香剣を思い切り振り上げ。
熱風が逆巻き。光太朗の視界を赤熱と共に眩く照らす。
世界が元の色を取り戻す頃には。
風が撫でる草原に、黒く焼け焦げた翼竜が沈んでいた。
それに対峙する、少女の姿。まるで、勇壮なる勇者のように。
だが。
「・・・殺したのか?」
翼どころか、足を動かすことなく、翼竜は地面に無惨な色で倒れ伏せている。
「何も、殺すことは無かったんじゃないのか」
もし、光太朗が変身できていたとしたら、ここまではしなかった。少し驚かせて引かせるか。そのまま足で逃げるか。そう考えていた。
その光太朗のセリフに、少女は意に介さないように、それがさも当たり前のように。
光太朗の言っている言葉の方がおかしいのか。そんな気にさえなってくる。
少女の纏うオーラが、衣服と共に変化をきたし。
燃える炎のような色の髪は、毛先から黒へと色を変え、弾けるように飛んだ神々しさが消える。
「・・・君が、神野か?」
少女は、光太朗の名を口にする。そのことに光太朗は驚きを隠せず、警戒も滲ませる。それを悟ったのか、少女は口元に苦笑を浮かべる。
「ニアから聞いている。百合花と共にしているらしいな」
・・・少なくとも、少女はニアと百合花と顔見知りらしい。
「自己紹介が遅れたな」
少女は真っ直ぐと光太朗を目を見据え、
「緋沙村鋳薔薇だ」
言いながら、鋳薔薇は右手を差し出す。だが、光太朗がそれを手に取ろうとしないので、小さく息を吐き、右手を引っ込めた。
「さっきの質問の答えだが」
表情を変えることなく、鋳薔薇は言う。
「平和な生活から危害を加える存在から人間を守るために戦っているという、君らしくない問いかけだな」
「・・・何だって?」
「この世界に置いて、あのような巨大獣は脅威だ。それを排除することは人々の生活の安定に繋がる」
地面に横たわり息をすることなく消し炭に変化させた翼竜。
「百合花と戦いを共にする男が、これほどまでに甘っちょろい奴だとは思わなかったな」
「なん、だと?」
「我々も、必要とあれば巨大獣の脅威から人々を守ってきた。それが、機械の暴走により無下に奪われることと何が違う?」
「・・・お前に、何が分かるっ!?」
凄まじい剣幕で、光太朗は鋳薔薇に詰め寄る。
光太朗は、機械の暴走を憎んでも、それ引き起こす使用者の倫理を、どこかで信じていた。自分がそれに対応することで、いつか人々を幸せにする道具を悪用することがなくなるかと。
翼竜とは言え、命だ。それを危険だからと奪って止めるのか。それはこの世界の事情を知らない戯言なのか。
「・・・わからんさ。君の境遇は知っているつもりだ。そうならないために、私達は戦っていた」
マギアスも、かつてアンチホープの脅威が襲い、百合花を含む花の騎士がそれを救った。
光太朗も、それは分かっていたつもりだ。百合花も、目の前の鋳薔薇とやらも、光太朗の預かり知らない場所で、戦いを続けてきたのだから。
「・・・ここで口論を続けていても仕方がない。とりあえず目的地に向かおう」
言いながら、鋳薔薇の目が反対方向へ向けられる。それは、遠くに見える建造物の連なる影。
「案内しよう。マギアス随一の魔導の国。グランティールへ」
グランティール。
マギアスに燦然と輝く中心の街。国と同じ名を冠する城は、この国だけでなく、大陸全体にも影響力を持つ。
それは、古の時代から世界を守護する力を脈々と受け継ぐ騎士を排出しているからに他ならない。
花の騎士は、いつの時代も世界の闇を払う救世主の伝説として描かれていた。
その力を宿す少女たちがマギアスを救ったのが約一年前。マギアスを闇に落とそうとするデュミルアスの野望を打ち砕き、平和が訪れた。
だが、その残党が気配を見せ始めたのも間もなくだ。
ここに赴く道すがら、鋳薔薇からそんな説明を受けた。
だからなのだろう。明らかにファンタジー世界然とした街でも、鋳薔薇は特に表情を変えることはないし、それどころか、懐かしい友人に会えたかのように、街の人は鋳薔薇を歓迎していたのが印象的だった。
「神野くんっ!」
そこへ、聞き馴染みのある声が聞こえ。心配を安堵に塗り替えた表情の百合花が駆け寄ってきた。
「大丈夫だったんだね」
言いながら、その表情に安堵の息を吐き。そして、視線を少しずらし。
「鋳薔薇も一緒だったんだ」
「私との再会より、彼の方が心配だったか」
その指摘に、百合花はその顔を朱に染める。
「い、いや。神野くんはこっちは初めてだから!」
慌てたように、百合花は腕を振る。
「ねえねえ。再会が嬉しいのは結構だけど、アタシのことも紹介してくんない?」
百合花でも、鋳薔薇でもない声が聞こえ、そちらの方を振り向く。
そこにはもうひとりの少女が。
髪の毛を痛いくらいの金色に染めた女の子。あまりに派手な風貌なので、一瞬こちらの世界の住人かと思ってしまったほどだ。
「アタシ、黄ノ瀬雛!ヨロシクね!」
そう言って、雛はずずいと押し迫るように光太朗へと近づき、
「ねえ、キミってゆりかっちと付き合ってんの?」
と、何の遠慮もない無邪気な瞳で、さもそれが当然のように聞く。
「雛!何言ってんの!?」
百合花が言葉を詰まらせながら、雛に掴みかからんばかりに押し迫る。こんな光景を現実世界でも見た気がする。
「だって、ゆりかっちが男子と一緒にいるなんて、昔はなかったからぁ」
と、意味深に疑いの目を百合花と光太朗を往復させる。
「神野くんは、ただのクラスメイト!」
力強く、雛の疑惑を否定。それに雛はふーん、と気のない返事。
雛は、光太朗の全身を興味深そうに眺め回す。
「鋳薔薇と雛とは、前の学校で同じだったの」
アンチホープとの戦いの後、百合花が転校する運びになり、百合花と鋳薔薇、雛は袂を分かった。
「・・・ってことは、緋沙村だけでなく、君も花の騎士なのか」
光太朗の疑問に、雛は満面の笑顔で、
「そだよー。純粋なる花の騎士とは、私のことよっ!」
自慢気に、雛は構え取りつつ勇ましい顔。
「私達がここへ集っていることは、決して喜ばしいだけではないがな」
「久しぶりの再会を冷まさないでくれるかなー・・・」
鋳薔薇の言葉に、辟易したように雛は嘆息する。
「とりあえず、女王様に会いに城に向かいましょ」
そう言って、百合花は指先と視線を街の奥、尖塔が連なる建造物に向ける。
中世の洋風の城然とした全景。街の高層ビルにも匹敵する規模は迫力があり、別の意味で目が回る。
「この国の女王、エリフォリア様が収めるグランティール城へ」
言いながら、百合花は光太朗を視線で促したのだった。
花の騎士は入城に関しては顔パスなのか、城門を守護する衛兵にも咎められることなく、桟橋を無事渡りきる。
清流が流れる堀を隔ててそびえるそれは、間近で見ると更に圧倒されそうだ。
「・・・来たな」
その先に待っていたのは、法衣と言うのだろうか。全身をゆったりと包む衣服に身を包んだ、ひとりの女性だ。
年はそれこそ百合花たちと同じくらい。恐らくこの城の人間と思われる。
艷やかに流れる髪の毛は、半分が黒、半分が白という、どこか既視感を異アダク色をしている。
その女性は百合花たちの姿を一瞥すると、その目を滑らせ、光太朗へと差し向ける。
「貴様も無事だったか、光太朗」
そう言いながら、どこか安堵を含めた色をその表情に乗せた女性が、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。
「空間転移の干渉を察知できていなかったこちらの落ち度だ。済まない」
光太朗は彼女の言っている意味はともかく、昔からの知り合いのように当たり前に話しかけてくる女性の姿に頭を捻る。少なくとも、光太朗は目の前の女性に見覚えはなく。だが、向こうは光太朗の名前を知っているわけで。
「・・・よもや、我が誰だか分からぬというのではないだろうな」
光太朗の反応を奇妙に思ったのか、女性は眉根を不満の表情に形作り、更に身体を寄せてくる。
だが、いくら近くで見ようとも、光太朗の記憶の中に当該する姿はない。
「いくら鈍いとは言え、これは病的の域にいるのではないのか?」
と、女性は半眼で呟く。
「幾度か同じベッドで夜を共にした、と言えば分かるか?」
意地悪そうに、からかうような目。
その言葉とその表情で、光太朗の頭の中で何かが繋がる。
「・・・もしかして、ニアか!?」
思わず光太朗は声を張り上げていた。
光太朗の頭の中で、半黒半白の猫が思い起こされた。確かに髪の毛は思い描く猫の姿と重なる。
「お、お前。人間だったのか」
震える声と焦りを含んだ声で、光太朗は言う。
「その表現は適切ではない。我はもはや猫の域を越えた存在であるし、この姿も人間を模しているだけだ」
光太朗は思わず百合花の方を見るも、そのことも分かっていたのか、大した驚きも見せない。
今までのことが思い起こされる。
例えば負傷した百合花のお見舞いを兼ねて家に赴いた時。つい先日を含めた、光太朗のベッドの中に潜り込む行為といい。
「お前、知ってたんなら止めろよ」
実質、ベッドの中に目の前の女性を招いたことになる。知っていたら、光太朗は一階のソファでも何でも別のところで寝ていた。
「いや、まあ・・・」
百合花としては、ラネットと光太朗をひとつ屋根の下にするのを阻止するために送り込んだわけだが。猫の性質を併せ持つニアがベッドの温もりを求めることは想定内だったが、それもラネットとなにか間違いが起こることに比べればマシだと考えたのだ。そのことは口が裂けても言えないけど。
「マジ!?気難しいニアがよく他人と一緒のベッドで寝られたね!」
雛は驚きを隠せない表情。対するニアは半眼になり雛を睨みつける。
「・・・貴様は壊滅的に寝相が悪い。何度足蹴にされたことか。それに比べれば」光太朗の寝床の中は雲泥の差だ」
指摘され、雛は申し訳無さそうに頭を掻く。
「・・・済まないな」
突如、ニアはそんな謝罪を口にした。
「空間転移時のトラブルの話だ」
あの時、ニアは珍しくその顔に焦りの色を浮かべていた。
「何者かが我らの転移を阻害したのは確かだ。それが分断を狙ったものなのかどうなのかは定かではないが、我はそこに闇の晶光を感じた」
晶光。それはこの世界の術師が魔法を行使する際に用いるエネルギー。
「アンチホープの息の掛かった何者かの仕業なのは確実だろう」
トラブルこそあったが、現にこうして光太朗はマギアスに辿り着き、百合花とニアにも再会できた。
光太朗も何度か退治したアンチホープの魔導士。その目的ははっきりとはしないが、それは確実に百合花とニアの敵であり、今もその残党がどこかで暗躍している。
「とりあえず、この地で再会できたことを嬉しく思う。そして、光太朗」
ニアはその目を横にずらし、
「まずはこの国の王に会ってもらう」
「いやあ。私等も久しぶりだから緊張するな」
期待を押さえきれない表情で雛が言う。
「じゃあ、行こうか。案内する」
ニアを先頭にし、四人は城の奥へと向かって歩き出した。
闇を払う騎士の姿あり。
グランティールに伝わる伝承だ。
暗黒の力を振りかざし、世界を闇に覆わん者出ずる。
それはデュミルアスと花の騎士の、悠久の時の中で繰り広げられる闇と光の戦い。
百合花たちはそれぞれニアに見初められ、光の力を宿した適応者だったと言う。そして、花の騎士の力と資格を得て、デュミルアスと戦いを繰り広げ、数千年に渡る光と闇の戦いに終止符を打った、というのが約一年前の話だ。
「デュミルアス、っていうのは、誰なんだ?」
王の間に向かう道すがら、光太朗は疑問を投げかけた。
アンチホープの残党がいるのだとしたら、それはデュミルアスの元に仕えていた魔導士だということ。
「デュミルアスの存在が確認されたのは、光と闇の戦いが始まった数千年前に遡る。それは、ほぼこのグランティールが創建された時と重なる」
千年。・・・途方もない、膨大な時間。
「この世界に『晶光』という存在と『水晶花』と言う概念が発見された頃、その時代に住まう人は、その力を用い、魔導と言う力を生み出す」
ニアは、懐かしむように、歩きながら語る。
「当時の人間は、その能力で生活を豊かにし始めた。原始的な生活様式より、今に近い文化を得た。それが今のグランティールや、他の地の国の誕生に繋がる」
今のグランティールの生活は、過去より連綿と受け継いできた先陣の知恵の結晶だ、とも。
「だが、その力を別の目的で振るう存在が現れた」
声のトーンが落とされ、無念に滲む色が交じる。
「それが、デュミルアスの一族だ」
その名を告げた時、百合花、鋳薔薇、雛の表情も変わる。
「奴らはその力を平和のために用いようとした」
「・・・どういうことだ?」
平和のため?それは、グランティールの人間と同じではないのか。
「・・・手段が違ったのだ。奴らは、『水晶花』を捨て、闇に落ちた人種なのだ」
その告白は、少なからず光太朗に衝撃を与えた。
水晶花は人間の根幹に根ざす、精神的支柱。それを闇で覆われた時、人は意識を失い、人間としての活動を制限される。光太朗はその光景を直に見聞きし、体験している。
「奴らは、人との関わりや感情で輝きを変える水晶花を捨て、代わりに膨大な闇の力をエネルギーを得て生きる。その結果、彼は咎のように光の元を表立って歩けない存在と堕ちた」
「・・・奴らが水晶花を求めるのは、失ったものを埋めるためなのか」
「・・・そんなものよりもタチは悪いがな。奴らはマギアスに住まう者全ての精神を闇で蝕み、自らと同じ闇に生きる物に変質させようとしたのだ。そんな中、奴らが生み出したのが黒晶花であり、シェイドだ」
人の心に輝く光と相反するような、闇を称えた力。光と鑑合わせの力は、禍々しき家下を生んだ。
「シェイドは、本来闇の世界でも生きて行ける手駒として生み出されたものだ」
「・・・そんなの、身勝手過ぎるだろう」
自分で捨てた水晶花に苦しみ、それにより光の元を動けなくなり。世界を闇で包み自らが生きよくするために。
「・・・それが、奴らの望む世界の救済だった」
全てが闇で包まれれば、悩みや苦しみ。不安などの負念で蔓延る世界となる。それすなわち、希望で満ち溢れる常世とは真逆のベクトルを放つ暗黒の世界となる。
「それを、百合花たちが救ってくれた」
一年前。
光太朗どころか、他の人間の預かり知らないところでそんな戦いが繰り広げられていたのか。
「行こう。王女がお待ちだ」
話は終わりだと切り上げたニアが先導し、四人は更に奥へ足を踏み入れたのだった。




