ACT41・マギアスへ
両親の命日を挟んで。とある休日。
涼香が作った夕食をテーブルを挟んで光太朗は一緒に摂っている。
「遊びに?」
想定もしていない言葉を聞かされ、正直涼香は驚きを隠せなかった。家のことを諸々を涼香に任せているため、神野家に泊まるのも含めて、一緒に家で食事をすることが続いている。
夏休みに、友人と遊びに出るため、家を開けると光太朗は涼香に告げた。勿論、それはマギアスへと招かれている事態に対応するための方便だ。明日には帰る涼香は、暫くは神野家へ立ち寄らないだろうが、念の為。少しの嘘も混ぜているため、光太朗はその言い訳に気が乗らないし、申し訳なくも思う。
「誰?もしかして、百合花ちゃん、とか」
期待に満ちた表情で、涼香は弾けんばかりの嬉しさを押さえきれていない。
友人の少ない、いや、皆無と言える姉の息子の学校生活を心配していたが、それすらを飛び越えて。
正直、涼香は驚いたが、それと同時に嬉しくもあった。
両親を失ってから、他人と深い関係を築くことのなかった光太朗の人生が、少しでも明るい方向に傾くのなら、それでもいい。それが仮に男女の交際でも構わない。・・・それは少し寂しいけれど。
「・・・言っとくけど、白崎だけじゃないからな」
尤も、その相手は世にも珍しい喋る猫も同行するのだが。
「そっかあ〜。あのコウちゃんがねえ」
光太朗の言っている言葉が聞こえているのかいないのか、涼香は感慨深そうな表情で、宙に感動の視線を彷徨わせている。
その様子を見て、光太朗は困ったように苦笑したのだった。
蛇ノ目にも当然、マギアスに赴くと伝えてある。勿論、本来の目的を、だ。
蛇ノ目も光太朗の報告に涼香と同じような反応をみせたが、それも同様にいい傾向だとも感じている。
もし、自分の生きている間に、自分の見初めた光太朗が、誰かと結ばれる未来に出会えるならば、それが喜ばしいことだとも。血縁でも何でもない少年に、希望のようなものを課せるのは少し複雑な気分だが。
それはまるで、自分が犯した罪を光太朗に重ねているようで。
ともあれ、光太朗の変化がいいように作用すればいいとは、変わらない思いだった。
「準備はいいか?」
半黒半白の猫の目が、光太朗と百合花を見上げる。
夏休みに入って早々。気を休めるのもそこそこに、百合花はニアを連れ立って神野家へ訪れる。
膳は急げ。今日がそのマギアスへ赴く日としたのだ。
「ほれ、もう少しお互いに寄らんか」
「・・・本当にこれが、マギアスへ行く方法なのか?」
同じ異世界であるウィルラントへ向かう時は、ロディマスが扉を魔力でもってそこへのゲートと変化させた。
ニアは、床に円状のサークルを描き、それを門とするらしかった。円を描く場所は、光太朗の部屋だ。
問題の、その魔法陣の大きさなのだが・・・。
そのサークルは、人ふたりが余裕を持って入るほどの大きさではなく、お互いがお互いの身体を寄せ合い、収まらなければならないほど、狭い。例えば、標準的なフラフープほどのサイズの円くらい。
百合花は、顔が破裂しそうなほどに真っ赤にさせている。
「これだったら、公園かどこか広い場所でやればいいだろう」
部屋の広さに合わせた円なのだとしたら、広い公園はお誂え向きだろう。それ以前に、この部屋だろうが円はもう少し大きく出来そうな気がする。
だが、ニアはそれを否定。
円が大きければ大きいほど、移動に消費する晶光も大きくなるらしい。
晶光とは、神官や術師が超常的な力を行使するために用いるエネルギーで、そのエネルギーを節約するに越したことはないとはニアの談。ウィルラントでいう魔力みたいなものらしい。
「こんな状況を公園で繰り広げて、一般人に見られてもいいのなら私はそっちでもいいがな」
意地悪そうに、ニアは口元を歪めて見せる。
「・・・ニアはサークルの入らないのか」
「私は個人で後で向かう」
それに、こんな光景を迫っ苦しいサークルの中にいたら、眺められないからな。
光太朗の胸元に、百合花はちょうど顔を埋める位置となる。
それは奇しくも、百合花が転校してきた時、足りない机と椅子を教室に運ぼうとした時を思い起こさせる。あの時と違うのは、光太朗の胸と百合花の顔の間に挟まれた部分に熱い熱が生じていることだ。それは、恥ずかしさで百合花の顔から吹き出している熱がもたらした物なのかも知れない。ただ、それを確かめる術はない。
実のところ。
移動のためのサークルの大きさにより晶光が増減するのは事実だが、グランティールでも指折りの神官であるニアにとって、そんなものは些末なことである。
サークルの大きさをふたりが身を寄せなければならない大きさにしたのは、面白そうだから、という理由でしかない。案の定、百合花は珍しい反応をしてくれた。
それにより、揺れ動く水晶花の輝きというものは誠に甘美な物である。本人の感情に関連して色を変える、心に根付く花の表情を変化する様は、いつ見たって良い物だ。
・・・そういう意味では、自分もアンチホープやダスターと同じような存在なのかもな、とニアは心の中で自嘲気味に笑った。
「では、行くぞ」
ニアの口元が、何か文言をつぶやくように動き。魔法陣が熱を持ったように淡く輝き始め。
地面から立ち上る光がふたりの全身を包み始めた時。サークル内に異変が生じる。
淡く優しい光に反するように、攻撃的な爆ぜる雷光。
思わず、ニアは眉をひそめる。それは、空間転移の際に生じるエフェクトではないからだ。
「これは・・・っ?」
初めてニアに焦りが生まれる。それは、本人にとっても想定外の出来事のようで。
「まずい。こちらの動きを補足されている・・・!?」
光太朗には、ニアの焦りの理由がわからない。だが、それが深刻なものであるのだと百合花は気付いたようで。
「ニア!」
それの証明のように、百合花は声を上げるが、
「・・・このまま押し切る。晶光が拡散してしまうよりマシだ。空間転移は、我が責任を持って成功させる」
ニアはすぐさま冷静な表情に戻り、いつもの思慮深さを引き戻す。
「行くぞ!私も後で必ず追う!」
そのニアの叫びを最後に、光太朗の意識は弾けるように薄れた。その最中でも、光太朗を不安にさせまいとする百合花の配慮が見える。安心させるように、百合花の身体が光太朗へと寄り添っているからだ。
百合花の寄せる温かさと頼もしさを抱きながら、光太朗の意識は深い海の中へと沈んでいった。
薄暗く、光の侵入を阻む部屋。
そこに数人の気配がする。
「反応があった。奴らがこちらに来るぞ」
「目論見どおりだな」
「だが花の騎士だけではない、異質な反応も見える」
「それが紫鉄の戦士ならば願ったりだ」
空間に、無数の声が交錯する。
「地上では『滅びを撒く者』が動いている。これを機に、彼らに本格的に手を貸すのは?地上には、星戦士がふたりのみだ」
「いや、こちらは当初の目的を果たそう。グランティールの結界を奴ら自身に開放させる」
「その結果花の騎士が『あの力』を再び手にしてしまうかもしれなくても、か?」
「・・・我らにはもう、後はない」
失った命はもう戻らない。それは、脆弱な人間の娘に問われようと、理解していることだ。
「それに、こちらには策がある」
我らの目的は、かつての長、デュミルアスの復活ではない。
所詮、自分たちは闇である。光を浴びて生きていく地上人とは相容れない。
我らの戦いは、その自由を手に入れるための戦いだ。光は我らにとって、忌むべき存在。
闇の中に灯る、自由という名の光を求めて。
「う、うぅん」
硬質の違和感に気が付き、光太朗は目を覚ました。
手繰る指先は、違和感がある。
重い首と共に、上半身を起こす。
そこは、少なくとも意識が沈む前の自分の家などではない。
木漏れ日の差す、濃密な緑が目立つ。それはどこか幻想的な。
「・・・どこだ、ここ」
マギアスへの空間転移の儀式の途中。
ニアは何かの異変を感じ取って。光太朗は意識を失って。
気付いたら、光太朗はここへいた。
素人ながら察するに、儀式中に何者かの干渉があり、転移が阻害された。
周囲を見渡す。
苔むした地面や草木が生え、少なくとも都会の様相ではない。だとすると、ここがマギアスなのか?
そこには光太朗以外に影はない。どこかで百合花とははぐれたのか。
少なくともここがマギアスだとするのなら、百合花は詳しいのだろう。心配することは無いはすだ。むしろ、心配されているのは光太朗の方だろう。だからなのか、光太朗はそれほど心を乱してはいない。
その代わり、自分の置かれた状況を冷静に認識しつつ、動くべく光太朗は足をゆっくりと踏み出した。
木の上から望む光景は、光太朗の預かり知らない世界だった。
見慣れたビル郡はどこにもなく、風の色すら違って見える。
当然、スケイルアーマーを纏っても、蛇ノ目からの反応も返らない。それが、ここが異世界であることを証明していた。
メットの中の倍率を拡大させながら周囲の様子を伺う。
反応が見えたのは、明らかに人工物の影を捉えたからだ。
とりあえず、そこを目指そう。
異世界でほっぽり出された光太朗には、取っ掛かりはそれくらいしかない。
木から難なく飛び降り、見えた建造物の方角へと向かって、変身を解きながら光太朗は足を向けたのだった。
空を舞う鳥は、見たところ現実世界で見たことがない種類だし、草木の造詣の無い光太朗でも、傍らに咲く花が普通ではないのもなんとなく分かる。確実にここが異世界であるということを示している。
最初こそ見知らぬ場所に飛ばされて動揺は隠せなかったが、空を見上げ、そこに流れるゆったりとした雲を視界に収めていると、次第に心は落ち着きを取り戻した気がする。何より人の気配がありそうな建物の連なりを発見したことが、その安心材料になったのかも知れない。
まだまだ遠いが、その歩みが確実に目的地に辿り着くことを信じて。
何分か、何十分か。
頭に思い浮かんだ感想は、長いな、ということだった。一向に目的地が近づかない。草原なのに、まるでここが砂漠の蜃気楼かのようだ。
いっそ、変身して飛んでいこうか。そうだ。ここは異世界だ、誰に遠慮することもあるまい。最初からそうすれば良かった。
そんなことを想いつつ、光太朗右手のリングに手を添え。盤面を捻る直前でその動きを止めた。
その原因は。
草原に映る、翳るシルエット。
思わず光太朗は振り返る。
そこにはなにもない。
・・・違う。
視線を上にずらす。
何故今まで気づかなかったんだ。
草原を揺らす風が、自然のものではないということに。
そこには、大きな翼を称えた巨大な有翼の生物。
全長は、大きく翼を広げた姿では正確にはわからない。ただ、巨大な鳥というよりかは、どちらかと言えば恐竜に近い。羽根を構成するのは羽毛ではなく、大きい翼膜だ。
鋭く、石のような肌。敵意ではない。あくまで眼前の獲物を捕食するために備えられた目を光太朗に落としている。
あまり光太朗は明るくないが、ゲームなどに出てくる有翼のモンスターというものは、このような姿を模しているのかも知れない。
巨大な翼竜は大きく翼をはためかせる。突風に乗った、見えない壁が押し迫り、光太朗は思わず腕で身体を庇い。
嬲られる地面は、大きく草を引き剥がそうとする。
「くっ・・・!」
耳を裂く、不快な金切り声。それは翼竜の歓喜に震える声なのか。少なくとも、友好的には見えない。
翼竜は大きく翼をはためかせ、上昇。まるで空を泳ぐように旋回。
まさか。
もしかしても、しなくても。光太朗を狙っている?
確信めいたもの感じ、光太朗は覚悟を決める。腕のリングを反対の腕で掴み、変身のモーション。
しかし、それの翼竜も悟ったか。
空中で大きく翼を震わせる。
爆発的な空気の濁流が生まれ。
光太朗の足元を浮遊感が包む。風に煽られた光太朗の身体が地面と別れを告げ。視界が一瞬反転し、反応が遅れる。瞬間。
「ぐあっ!?」
変身しようと掴みかけた腕ごと、光太朗の身体が拘束される。
翼竜の三つ指の足が、攫うように光太朗の身体を掴んだのだ。ひとつの指がすでに人の腕ほどの太さ。そして、変身していない状況では、それを振りほどけ無い程、強い。
瞬く間に地面が遠ざかる。
だが、その遠ざかる光景が緩やかに押し迫る。
その先の目的を想像できて、光太朗は拘束を振りほどこうともがく。この状況で地面にでも叩きつけられたら。
恐らく、手にした獲物を弱らせてから捕食でもするのか。
一瞬の判断の迷い。
自分の力を過信せず、ここが異世界であると警戒しなければならなかったのだ。
耳を流れる轟音が、確実に地面へと近づいていることを警告する。
縛られている腕の中で、リングを探す。
・・・間に合わない!
その時。
光太朗の視界を端を真紅の帯が掠め。
苦悶に絞られる、翼竜の声が宙に吐き出され。
光太朗を縛る拘束が緩む。
するり、と三つ指の折から零れ出た光太朗の身体は重力に従い、落下。だが、地面の寸前ということが幸いし、草のクッションも相まって。
「うわっ!?」
光太朗の身体は草の絨毯を転がるのみでとどまった。
視界がまだ反転から回復する最中、光太朗は何とか身体を起き上がらせ。
巡る、回る視界。
そこに、自分と翼竜以外の第三者を見た。
たなびく帯が目も眩ませる。
それは、見知った武装を纏った姿。
「白崎・・・?」
違う。
ホワイトリリィが清廉な純白の光の輝きを宿しているのに対し、それはまるで正反対の情熱的な力を燻らせている。
闇夜すら焦がすような、熱の波動。
赤い髪が爽やかな風に揺られ、なびく。
その少女の精悍な目が、横にずれる。
未だ現実を認識出来ていない光太朗の目を、その少女が熱い瞳で見つめていた。




