ACT39・星の海を征く。その名はドルフィンセイザー!
「現段階で、力を持つスターセイザーはひとりだったはずだ」
この場に居る、誰でもない声が聞こえる。
光太朗は目を見開いた。
そこには。
向こうが透ける程の透明度を持つ、ガラス板を繋ぎ合わせたような結晶体。
上下の頂点が鋭角の、正八面体。これが、誰かの作った前衛的なオブジェだと言われて、大人しく納得するような代物ではない。
少なくともそれは、誰かの作った置物などではなく。人語を介し、禍々しい気配と威圧感を放つ。
「覚えているぞ。そこの星の巫女は、カオススターの攻撃により貫かれ、戦闘不能に陥ったはずだ」
「こうして、地獄の底から舞い戻って来たぜ。お前らの暗躍を、黙っておねんねしているわけにゃいかねえからな」
言いながら、イカロスはニヤリと口元を歪める。
「もうひとりの少女と共に、同時にその力を無効化できると思っていたが。いやはや、タイミングというものは重なるものよ」
その声は、雄々しい男のようでもあり、思慮深い女性のようでもある。混然した感情の乗る声色は、奇妙な冷たさを生む。
「はて。スタープリズム奪取の餞別をしたつもりはないが」
無機質な目の無い表情が、未だ地面に足を付けている光太朗を見やる。
人間の身体から活力の源であるスタープリズムを引き抜かれた者は、例外なく意識を失う。
コンパケートタイプは、未だ意識を保って居られるこの状況を、奇妙に感じているだろう。
だが、それすらも些末な出来事のようで、正八面体は輝く鏡面を不気味に光らせる。
「お前らの目的は何だ?カオススターはもう居ねえ」
宇宙の命運を掛けた一織とカオススターとの戦いは、カオススターの自我崩壊という形で決着が着き、頂点に座する長が亡き今、ダスターの命令系統の消失と共に、存在意義も、もはや無いはず。
「そのためのスタープリズム収集だ」
スタープリズムに、生命を覆す力はない。あくまで、生命の輝きを増幅させるためだけの、人間が元来持ち合わせる力に過ぎない。
それは、ダスターにとっては甘美な味であるらしく、その存在を有閑を埋める以外の目的に用いる気配は無かった。その結果、ダスターは地球をスタープリズムの回収場所として支配しようとした。
だが、一織の活躍により、青く輝く、命溢れる星を我が物としようとしたダスターの目論見は砕け散り、野望は潰えた。
だが、今のコンパケートタイプの言い方は、それ以外の目的があるように思えた。
「イルカ座の星戦士よ。君の友に起きた、忌まわしき光景を覚えて居ないわけではあるまい?敢えて苦難の道を行くか」
カオススターの一撃が、イカロスの身体を貫いた瞬間を、この正八面体を含む同胞が目にしていた。
「・・・もう、私は過ちは犯さない」
戦いに置いて、軽率な動きは仲間を気付けることも、夜宵は知っている。
「星戦士がひとりしか居ないこの好機を、私は手放すつもりはない」
鏡面が輝く。
「その鎧を剥ぎ、君のスタープリズムも奪い。悲願を叶える」
抑揚のない鏡面が瞬き。それに反応したのはイカロス。
「夜宵!スタープロテクションだ!」
言われるよりも早く。夜宵の手がかざされ。黄金色の粒子が迸る。
空を、無限の閃光が覆い。ある一定の空間を黄金の幕で覆う。だが、それは決して閉塞的ではなく。
それは、光太朗にも見覚えがある。
周囲からの干渉を遮断。が、こちらからの攻撃を外世界に及ぼさない処置。または、致死量の傷を塞ぎ、怪我の進行を遅らせる効果がある絶対領域として。
目も眩むような閃光が爆ぜる。
耳をつんざく轟音が眼前に立ち上り、夜宵の身体が炎に包まれる。
「夜宵ちゃん!」
光太朗の叫びが木霊する。
刹那。
水面が弾けるように、光を放つ波動が膨れ上がり。
夜宵の身体から渦巻く爆炎が弾き剥がされ、青い光を纏う夜宵がまろび出る。
「あの時たあ、立場が逆さ。何かを守ろうとする夜宵は、強いぜ」
それは、意識を失っている親友を思う、力。
どっ。
靴先を夜宵が揃えた瞬間。
水の清廉さを称えた光輪が地面に生まれ。
弾けるように地面を飛び出し。
瞬きの間に夜宵は正八面体へと押し迫り空中で身体を回転させ、蹴りのモーション。
吹き上がる間欠泉のような力強さを称えた足先が、正八面体に叩き込まれる。
大気を振動させるほどの威力でも、正八面体の体表を砕くまでには至らない。
夜宵は蹴りの反動で、空中で身体を反転させ、着地。
「・・・人間は脆弱だ」
正八面体が、攻撃されたことに意を介さないよう、淡々と言葉を零す。
「その生命の輝きであるスタープリズムは、我らの手により容易に操ることが出来、その主である人間は、我らとは比べるまでも無い短い時の流れしか生きられない」
そう、正八面体の独白を聞きながら、夜宵は構える。
「しかしどういうわけか、我らと対を成す力を持つ星戦士としての資格は、脆弱な、とりわけ未熟な幼女にしかその力が発現しない。実に不可解だ」
正八面体の鏡面の奥。見えない目が夜宵を舐めた気がした。
「星戦士としての能力を得ようと、地球の理に囚われた人間が、我らに対抗する能力以外の力を開放することはない。君たちが生きる時間が、我々と同等になるわけでもない」
その発する言葉に、どんな考えがあるのか、光太朗には推し量ることは出来ない。
「それが、人間の強さだ」
イカロスが、正八面体のセリフに抗うように、言葉を吐く。
「人間は弱く、儚い。俺達やお前らのような、長い時を生きる存在にしちゃ、豆粒よりも華奢で脆い存在だ」
現に、夜宵は一織との関係に悩み、心を揺らし、悩んだ。
「人間は、生きていく中で心を鍛え、強くなる。無駄に年を重ねるだけが成長じゃねえ。だから人間は強いのさ」
イカロスの放った言葉を飲み込んで、正八面体は押し黙る。
「・・・だから、カオススターは敗けたというのか」
見えない目が、夜宵の奥。光太朗が庇うように横たわらせる一織へと向けられる。
「・・・だが、我々はそれを認めるわけにはいかない」
静寂を裂くように、正八面体は語る。
「数千、数万。はたまた数億か。悠久なる時の中に置いて、我々の存在意義は、一体何なのだ」
「・・・俺達は、宇宙の安寧を見守るだけでいいんだ。誰かの支配などいらねえ」
「『結界』で宇宙を閉じ込める者の言うセリフか」
「お前等が大人しくしていれば済む話だ」
「・・・平行線、だな」
イカロスとの言葉の交錯の後、正八面体に闘気が灯る。
「来るぞ!夜宵!」
鏡面が輝く。
パパッ。
まるで素早く蛍光灯のスイッチを切り入れしたようにストロボに光が輝く。
耳を割く轟音が爆ぜ、地面から炎を吹き出す。
身体を嬲る熱風。
正八面体が光った一瞬。光太朗はわずかにその残像を見た。正八面体から、無数に枝分かれするレーザー状の帯が炸裂したのだ。
スタープロテクションで隔絶した結界内には、夜宵、イカロス。光太朗と一織。そして、正八面体のみがいる。
「くっ」
周囲に飛び散る爆光から一織を庇いながら、光太朗は空中で攻撃を切り結ぶ夜宵の戦いを眺めていることしか出来ない。
意識を上空から逸らさず、光太朗は腕のリングを回す。
光太朗の全身を、硬質の鎧が覆う。十中八九、光太朗の攻撃は正八面体には通じないだろうし、高速で空中を踊る夜宵と正八面体の動きに追いつけないのがもどかしい。『オーバーワーク』ならばその限りではないだろうが、時限的な数秒間では、怪しい。
光太朗はここで一織を守るために、攻撃の残滓を防ぐことのみに徹する。
後は。
夜宵を信じるしかない。
夜宵の足先から、青い星型の力場を生み、空が自分のフィールドかのように自在に泳ぐ。まるで、海を舞う人魚のように。
「ことスピードという領域じゃ、ドルフィンセイザーに叶う奴ぁいねえ!」
誇らしげにイカロスが吠える。
「・・・それが、慢心を招いたのを忘れたのか。自分を貫いた傷を忘れたか?大した時は経っていないぞ」
無数の光線を放ちながら、正八面体は言う。
「ああ、お陰で慢心も油断も無え。怪我の功名ってやつだ!」
「バブル・リング。リフレクション!」
夜宵が叫ぶと、眩い光が収束し、宙に無数の青いリングが生まれる。
正八面体が放った直線状の光線が、リングの中に吸い込まれ。
無数の青いリングが、数秒前の光線を反射する。射出されたレーザーが正八面体に返ってくる。
鏡面が一際輝き、返ってくるレーザーを乱反射。光線が霧散する。
「・・・やはり、君は一番厄介だ」
感情の揺れない正八面体が、忌々しそうに吐き捨てる。
コンパケートタイプは、単純な動きしか出来ない下位タイプとは異なり、己で思考し判断する、知能の高い種族だ。
油断やそれこそ慢心を心に持って戦える相手ではない。
一年前。
それ故イカロスは傷つき、倒れた。
カオススターとの最終決戦。
宇宙を覆う暗黒星の進軍を止めるべく、一織と夜宵は戦った。
闇の帳が地球に届く寸前。最後の戦いが目の前に迫り。
状況も相まって、夜宵は焦った。逸った。こんな戦いが終わるのを目の前にして、功を焦ったのだ。
それをカオススターに漬け込まれ。
攻撃が迫る中、イカロスは夜宵を庇って被弾した。
身体を撃ち貫抜かれた友人の生命反応が薄れ行く中、夜宵は力を失い。
宇宙の命運を一織に委ねることとなった。
あの時の過ちはもう犯さない。
私が一織を守るんだ。
今度は焦っているわけでもない。逸っているわけでもない。心の内にあるのは、地球を狙う侵略者から宇宙も含めて守る、星戦士としての使命からだ。
「ドルフィン・インパクトぉっ!」
尻に揺れるパーツが、夜宵の足元に合体し、魚の背びれのような形態を模し。
下から突き上げるような、星をも砕く、必殺の一撃。
だが。
「・・・『常闇の眷属』を出し抜こうとしたことが、自らの首を締めたか」
夜宵の攻撃を受けてなお、正八面体の身体は健在。鏡面にヒビひとつ入っていない。
「常闇の眷属・・・?」
聞き慣れない言葉に、夜宵は眉をひそめる。
「君たちがアンチホープと呼んでいる存在だ。彼らも我々同様、人間から滲み出る甘露を好む種族であるようだな」
水晶花・・・か。
「彼らも我々同様トップが陥落し、その存在意義は大きく揺らいでいる。異なる存在の力を借りてでも、結託してでも悲願を叶えようとしていたが」
「やはり、あなた達は繋がっていたのね。目的は何?」
アンチホープもダスターも、それぞれを収める長に対して執着しているように見受けられる。だが、水晶花もスタープリズムも、命を覆す力はない。それがたとえダスターであろうとも。
ならば何故、未だに力を求める?
その結果が先の混合体なのか?
夜宵の指摘に、正八面体は押し黙り。
「・・・少し喋り過ぎたな。いや。人間の言葉を得て久しい。会話が存外楽しいものだと感じているのかも知れないな」
どこか自嘲めいた口調。その中には僅かな起伏が見える。だが、すぐさま抑揚のない波に戻り。
「君たちにとってはスターセイザーの復活は喜ばしいことなのだろうが、我々には由々しき事態だ。・・・宇宙の奥底で対策を練らせてもらおう」
正八面体の身体が歪む。
ばき、ばき。と段ボール箱を押し潰すように。正八面体が変形し、瞬く間にその姿が折り畳まれ。
やがて。空間に奇妙な輝きを残す図形は居なくなった。
そこには、静寂が残るのみ。
夜宵は空中から緩やかに地上に降り立ち。
光太朗が守る一織の元へと駆けつけ。
スタープロテクションの解除と共に、変身が解ける。
「・・・一織ちゃん」
夜宵が優しく友人の頬へ手を添える。
夜宵は、自分の手が自分の性格を宿したように、冷たいと思っている。
それを、一織は引っ張り続けてくれた。少しはそんな冷たい手でも、一織の助けになれたのかな。
仄かな温もりを手の中に感じる今、そう思う。
「う、ううん」
光太朗の腕の中で、一織の目が開く。
スタープリズムを奪取された人間は、しばしの間意識を失う。その回復が星戦士は常人よりも早い。いつもと同じ、大きな目が見開かれた時、夜宵は心の底から安堵した。
「あれ、私」
一織が自分の置かれた状況に気付いた時、顔を瞬く間に紅潮させ、飛び上がる。
「あわわ!ご、ごめんなさい!」
何故か誤りながら口ごもる一織の視線が彷徨う時、そこに何かを見つける。
「イカロス!?」
一織も、かつての友人をその目に収め、驚く。
「久しぶりだな」
ニヤリ、とイカロスは言う。
思わず一織はイカロスの身体を掴み、自分の身体に抱き寄せる。
「よかったあ・・・」
その目には、涙が滲んでいる。一織も、カオススターの攻撃により、イカロスの身体が貫かれたのを目の前で目撃している。その日から今まで、その安否を案じない日はなかった。
「一織ちゃああああん」
遠くから、別の声が文字通り飛んでくる。まるでイカロスと間違い探しのようなその姿は、ウサポだ。
「イカロス!先走って飛ばしすぎですわ!」
息を切らせながら空中を漂うウサポを、夜宵が抱きとめる。
「いくらっ、早くっ、会いたいからって!」
ウサポに言われ、その顔を朱に染めるイカロス。
「う、うるせえ!てめえがノロマ過ぎるんだ!」
その光景を、光太朗はぽかんとただ見ているのみ。
「・・・あんたも、良く一織を守ってくれてたな。礼を言うぜ」
顔の赤みを誤魔化すように、イカロスは光太朗へと視線を向ける。
「改めて自己紹介するぜ。イカロス・ルカリエッドだ」
言いながら、口元に笑みを浮かべたイカロスが、握手(?)を求めてくる。
その手を握り返す感触は、確かにウサポと同じような柔らかさを感じた。
「ただ、夜宵とオレが復活したのは素直に喜べねえ。ダスターがアンチホープとかいう勢力と繋がっているのが明確になったからな」
ただ、それは一枚岩でないように感じた。がっつり手を組んでいるよりも、お互いの利益のために共闘している。先の正八面体の言葉尻を読み解くのならば、そんなふうに思える。
現に、正八面体は単体で現れた。
彼らの目的が人間の中に宿るエネルギーを欲しているのなら、同時に襲いかかったほうが効率はいい気がする。
スタープリズム奪取による倦怠感と、暗晶空域による隔絶が同時に起きたのならば、今ここにいる人間だけでは対処も出来ないだろう。
「夜宵ちゃん」
一織が優しく、友人の頬に触れる。
「でも、私。みんなにひどいことをした」
誕生日という祝いの席を、自分の都合で逃げ出す真似をした。
「みんな、待ってるよ」
一織はそれを一時中断させて、夜宵を探しに来たのだという。
「きっとみんな、呆れているわ」
その言葉に一織は首をゆっくりと横に振り。
「みんな、夜宵ちゃんと仲良くなりたいって思ってるよ」
明るく元気な一織の元には、自然と人が集まっている。相反するような、暗く、他人を寄せ付けない夜宵と手を取り合いたいなどと思う人間がいるはずがない。
「一織ちゃんは太陽。私は月。夜の空のような、暗い世界がお似合いなの」
本当は、手を繋いで戻りたいのに。頑なな性格が邪魔をする。
「知ってる?」
一織はあくまで優しく、諭すように語りかける。
「太陽は、世界を照らすように輝いているけど。月も太陽とは違う光りで輝いているんだよ?」
そんな、ミステリアスで大人びた。落ち着いた雰囲気の、ある意味年不相応な夜宵に憧れる人間は少なくない。一織の考えに賛同した、誕生日会に強力してくれたクラスメイトがまさしくそうで。
「だから、きっと大丈夫」
その優しい言葉に、夜宵の目から熱いものが溢れ出す。それをせき止めるように、一織は優しくその身体を抱きとめる。
夜宵の恥ずかしそうな目が、光太朗へと向けられる。こんな姿を見られるなんて、とんだ失態。そんな表情。
「・・・今度、アイス奢ってやるよ」
ふたりの関係なら誕生日プレゼントはそんなものでいいだろう。
だが、夜宵はニコリと笑い。
「言ったでしょ。私はクレープ派なの」
そう言って、夜宵は太陽に負けない笑みをその顔に咲かせたのだった。




