ACT37・夜宵という少女
広く、雄大な漆黒の宇宙を走る一筋の光。
それは強い意思を秘めた、仄白い炎のように。
『くっ』
その、輝く光が焦りの言葉を放つ。
『気づかれたか。しくじったぜ・・・!』
瞬く星は、何かに急かされるように白い帯を宙に残しながら、全速力で駆ける。
いてもたってもいられず、連れを振り切って先走った結果がこれだ。だが、それを差し引いても自分の能力を家臣していなければ、スピードで奴らに遅れを取るいわれはない。
『これも『結界』が揺らいでいるせいか』
何かを達観したように、『それ』は小さく呟き、瞬く輝きを昂らせる。それに共鳴するように、霧散する白い火花を走らせながら『それ』は速度を上げる。
緩やかな弧を描きながら、それは瞬く間に筋となって一筋の尾を描いた。
『・・・もうすぐだ。もうすぐ会えるぜ。夜宵・・・!』
口元にクリームを付けつつ頬張るその姿は子供相応で。そんな夜宵の姿に光太朗は微笑ましく思うと共に、得体の知れない安心感すら抱いた。
どこか人形めいていて、大人びた彼女も、こんな時くらいは幼い姿にもどるのだと。いや、むしろこっちのほうが本来の姿なのだろう。
「何じっと見ているの。・・・キモいのだけど」
そんな光太朗の視線に気付いたのか、夜宵は食べている姿を隠すように頭をわずかに傾け。
「・・・ひとつ、聞いていい?」
珍しく、夜宵の方から話し掛けてきた。
「貴方は一織ちゃんのことをどう思っているのかしら」
「・・・え?」
思いがけない質問に、光太朗は思わず間抜けな声を上げる。
夜宵から見た一織の光太朗への態度は、ただの年上のお兄さん、というだけのものでは無いように思える。
光太朗が、かつての一織を助けた『恩人』であるかどうかは定かでは無いが、それはさしたる問題ではないだろう。
今は光太朗が、一織と肩を並べて戦うに相応しい能力を持つ戦士だということ。
先日も、ウィルラントなる場所で一織を含めた夜宵の預かり知らない戦いが繰り広げられたと聞いた。
その時のことを話す一織は、いつにも増して輝いて見えるのだ。
そして、その隣にはもう自分は必要ないのでは、と思うほどに。
「・・・どう、って」
ひょんな偶然で出会った間柄だが、活発で正義感が強く。何事にも恐れずに飛び込む強さを感じる。現に、光太朗から頼んだわけでも無いのに、助けに来てくれた。一織の助けがなければ、確実に光太朗たちは勝利を得ることは難しかっただろう。
「頼りになる女の子だよ」
手の中のものを食べ終え、指先に突いたクリームを舐め取りながら、その言葉を緩やかな目で聞く。
少なくとも、光太朗という男は一織に対してそれ以上の感情は持ち合わせていないように思えた。・・・持っていても困るのだが。
「そう」
光太朗がその質問の意図を測りかねている間に夜宵は立ち上がり。
「クレープ。ごちそうさま。ポイントは今度一織ちゃんにでもごちそうしてあげて」
そう言い残し、モノトーンの服は光太朗の視界から消えるように、足音もなく消えていった。
その滑るような静かな足運びは、彼女は本当に妖精なのではないかと錯覚するほどであった。それは同時に、夜宵の危うさを現しているようで。光太朗の心の中に不思議な感覚を残した。
「夜宵ちゃん、帰ろっ」
今日も太陽のような輝きを称える笑顔が夜宵を見据える。
放課後。
授業も終わり、放課後が自由な時間なのは小学生でも変わらない。
夜宵はそれに応えようと立ち上がった時。
「一織ちゃーん!」
遠くから聞こえる声に振り向き、一織は教室の入り口付近に視線を向ける。
他のクラスメイトの存在に気が付き、一織は申し訳無さそうに夜宵に手を合わせ。
「ご、ごめんね夜宵ちゃん。私、ちょっと用事思い出して!」
そう言いながら、一織はそそくさと走り去って言った。
周囲には、放課後の自由を喜ぶ喧騒が未だに残っている。
こんなことが連日続いている。
そうだ。
何も一織の友達は夜宵だけではない。
いつも明るい一織には、いつも人が寄ってくる。夜宵はその内のひとりに過ぎないのだろう。
太陽に対して、自分は月などと言うつもりはないが、物静かで口数の少ない夜宵は、太陽の輝きを求めるように、運命のように一織に惹かれた。それは、夜宵だけが感じていたことなのかも知れない。太陽に引かれる人間は、自分だけではない。クラスメイト。
そして、光太朗と言う男もだ。
夜宵がひとりでいるのが好きな要因。
それは周囲の精神年齢が、自分の感覚と乖離しているのが主だ。
大人びた性格の夜宵は、同世代の子供のことを幼く見えてしまう。それ故、周囲と馴染めず孤独だった。
それを救ってくれたのが一織だった。屈託のない笑顔は、そんな性格の夜宵の心にも滑り込み、素直ではない濁った心を溶かし始め。
昔ほどではないが、誰かと話すこともそれほど苦では無くなったように思う。
だが、一織の社交性は自分ひとりを構うだけでは収まらない物で。対する夜宵は、他者と関わりを持たない、狭いコミュニティを求める。
一織は、そんな夜宵に愛想をつかしたのだろうか。
それに。
一織の想いも差し置いて、光太朗にクレープを奢って貰ったことが心に引っかかる。
彼にとっては、いつも一緒にいる二人組が片割れでいることを気にかけて、声を掛けた。それだけの出来事だったの違いない。
そんな胸の内を、一織に知られたくはなかった。
だから、ひとりで下校する重い足取りは、その罪のようにも思えた。
奇妙な邂逅とは、続くものだ。
「・・・何なの?貴方は私のストーカーか何か?」
夜宵の座った目が、学生服の男に向けられる。
この道が彼の帰宅の道を兼ねているのなら、鉢合わせするのも頷ける。光太朗の視線は、やはり隣にいるはずの影を探しているように思えた。
それが、夜宵の心に暗い影を落とす。
「・・・そうよね。私には誰も用など無い。みんな、太陽の光を求めるから」
言ってから、夜宵ははっとなる。
一織ならともかく、夜宵は光太朗との関係性は薄い。こんな心の内を吐露してしまったのは、自身の精神が揺らいでいる証なのかも知れない。
惨めに思った。
違う。少し前に戻っただけだ。孤独で、ひとりだった頃に。
夜宵はいたたまれなくなり、光太朗から顔を背け、去ろうとする。
黒い髪がふわりと揺れ、小さく、嫌な気持ちを閉じ込めながら。
そんな足を、何か、引っ張られる感覚で止めさせる。
驚きの目で夜宵は振り返る。
夜宵の袖ごと腕を、光太朗が掴んでいた。その理由を聞くよりも疾く、光太朗は口を開く。
「・・・大丈夫なのか、夜宵ちゃん」
その言葉を聞いても、理解が出来ない。それが光太朗が腕を掴んで引き止めるのと何の関係があるのか。
「・・・泣いているじゃないか」
それを指摘されて初めて、夜宵は目の奥から沸き起こる熱さと、潤んだものを自覚した。
恥ずかしさで、夜宵の顔は別の感情で塗りつぶされる感覚に苛まれる。この男に自分の心の内を見透かされたようで。
恥辱。言い表せない辱めを受けた気がした。
「・・・まあ、知らない仲じゃないつもりだし。何か俺にできることがあれば、相談にも乗るし」
なぜ、この男は深い仲でもない自分に、これほどまでに寄り添ってくれるのか。
そこで夜宵は思い出した。
神野光太朗という男も、両親に先立たれた孤独な人間だということを。
孤独の量は比べるものでもないが、同じような気持ちを汲み取れる男なのだろう。
それが、もしかしたら、万にひとつでも夜宵が光太朗に心を許す可能性なのかもしれない。
「・・・一織ちゃんは、私のことをもう、友達だとは思っていないのかもしれない」
だから、自然とそんな言葉が突いて出た。先の事件の時もそうだ。
異世界へ発つ一織を夜宵は止められなかったし、ついていくことも出来なかった。きっと、それは足手まといになる行為だ。
遡れば。
倒したはずのカオススターの残党が再度地球に出現した際もそうだ。
そして、アンチホープなる夜宵と一織の預かり知らない敵との混合体との戦いでも。夜宵は水晶花を吸い取られ、気を失い。蚊帳の外に追いやられ。
光太朗、百合花という新たな仲間と出会い、一織の世界は広がっただろう。
だが、夜宵は逆だ。
一織しか親しい友人はいない。
無論、話しかけられたら喋る程度の行動は取れる。けど、真に心を許せるのは一織だけなのだ。
一織を失ったら、夜宵には何も残らない。ただ暗く。相手の心の内まで探ろうとする、年不相応の性格が残るだけだ。
いくら大人びているとは言え、それは夜宵にとっては深刻なことだ。
だから、ここで光太朗が一織の心を代弁することは出来ない。
「人と人との間には、見えない光が繋がっている」
突如掛けられた言葉に、夜宵はうつむいた顔を上げ、光太朗を見る。
「俺の友達の言っていた話だ」
それは、ここではない世界で夢に向かって奮闘している女の子の話だ。
「誰かが誰かを想う時、その輝きは力を持つ。普通の人間には見えないけど、それは確かにそこにある」
光太朗と涼香の間に繋がれた、眩く煌めく光が確かにそこにあったように。
「夜宵ちゃんが、一織ちゃんのことをそれだけ思っているのなら、その結ぶ光は必ずある」
それは、魔法使いでもない光太朗には、推し量ることの出来ない光。だから確信はない。けど、一織と夜宵の間には必ずその結び目はある。だって、これだけ夜宵は一織のことで悩み、心を痛めているのだから。
夜宵は最初、きょとんとした顔をしていたが、口が手不敵な笑みを形作る。
そして、袖で目元を拭う仕草を、光太朗に見られないように顔を背け。
「・・・気休めにしては、なかなか面白い話だったわ」
そう言いながら、決意を込めたように表情を晴れやかなものに変える。
「・・・絶望するのはもう少し後にしてみるわ」
夜宵は、光太朗に向かって不器用にも笑ってみせた。
その笑顔は、太陽のように明るいものではなく、月のような粛々といた静けさを称えていた。
「買い物?」
「はい」
蛇ノ目の研究所に立ち寄った時、アフロディーテにそんなことを言われた。
特に事件と関わっていずとも、光太朗は定期的なデータ提出を義務付けられている。そんな折の話だ。
「何も博士は霞を食べて生きているわけではありません」
天才的な頭脳を持つ蛇ノ目も人間だ。それは当たり前だろう。
「光太朗様と関わってから、博士の食の好みは若々しくなったように思えます」
それは、この研究所に食事の世話になっていれば、自ずと感じられる違和感。油の滴る肉をかじりつく姿はとても老人には思えない。決してインテリだけではない年不相応のパワフルさも垣間見える。
「私も料理のしがいもレパートリーも増えて、嬉しい限りです」
そう言って、アフロディーテは機械の身体に見えないくらいの、顔に機微の変化を見せた気がした。
「それに伴い、食材の調達も頻繁になったのが悩みの種です」
聞いたところによると、以前の蛇ノ目は決まった食べ物、研究の妨げにならない効率を重視した食事を主としていた。それも全て、光太朗と出会ったからだとアフロディーテは言う。
「ですので、買い物を手伝っていただけると助かります」
冷蔵庫も、容量の大きいものに買い替えたらしいし。
まあ、いつも世話になっているし、荷物持ちくらいはお安い御用だ。
光太朗はアフロディーテを連れ立って、研究所を後にした。
「・・・あの。これ、俺要らなかったんじゃないのか」
光太朗は左右の手食材で膨らんだビニール袋を下げながら、前を歩くアフロディーテを見やる。
「いえ、そんなことはありません。とても助かります」
当のアフロディーテと言えば。
右手に光太朗の物同様、大きく膨らんだビニール袋を3つ下げつつ。左肩には米俵を担いでいるのだ。
商店街を行く、荷物の重さも物ともしないメイドロボの光景は珍しくもなんともないのか、道行く人はいつものことだとしているのか、それほど注目を浴びてはいない。
メイドロボとは言え軽々しく自分以上の荷物を運ぶ姿を尻目に、自分はたった二袋で息が上がっている。
「仕方ありません。光太朗様は、変身前は普通の男の子と同じ身体能力なのですから」
改造されたての頃は、自身の能力に慣れていないのもあり、百合花とのちょっとしたトラブルも今はいい思い出だ。蛇ノ目がデータ採集を続け進める中で、変身前はそれこそ光太朗が『普通』でいられることに身体機能の調整を施したのだ。その弊害がこれである。
「・・・片方、お持ちしましょうか?」
辛さどころか、余裕を感じさせる物言いでアフロディーテは言う。いや、もうこれ以上荷物を持たせるわけにはいくまい。荷物持ちとして同行した意味がない。
全く歩幅を変えることないアフロディーテを、沈む肩を堪えながらそれに続く光太朗。
ふと。
現実逃避するように光太朗は視線を前から外し、横に倒す。
商店街を行く人並みの中に、見知った顔を見つけた。
まばらな中にも、そのひときわ滲み出る明るい光。
一織だ。
そして、その周りにはその輝きに呼応するように楽しそうに話している友人の姿。
その隣に、夜宵の姿はない。
ふと、先日の寂しそうな黒髪の女の子の姿がフラッシュバックする。
そんな考えに気付いたのか、集団の中の見知った顔がこちらを見る。
一織はあからさまに表情を輝かせ、友達に何かを言うと、一目散にこちらに駆け出してきた。息を弾ませながら、光太朗の両手に握られる袋を目にして。
「お買い物ですか?」
ここは、以前事故りかけた一織を助けた商店街でもある。ここが彼女の行動範囲内なのであろう。
「・・・夜宵ちゃんは。一緒じゃないのか」
子供の関係に高校生が出張ることもないと思ったが、気になった。
一織は表情を気まずくさせるどころか、嬉しそうに顔をほころばせ。
「もうすぐ、夜宵ちゃんのお誕生日なんです。みんなでお祝いしてあげようって」
今日はプレゼントの調達で集まっているのだと言う。
「・・・そっか」
光太朗の杞憂は、どこか軽い瓦礫となって心の中から剥がれ落ちて行った。
自分には見えないが、きっと一織と夜宵の間には、強い輝きで繋がれていると思う。だから、心配しなくていい。
その時の夜宵に言ってやりたい気分だった。




