ACT36・その星の輝きは夜雲に翳る
ウィルラントでの戦いを終え、光太朗はしばしの安息の時を享受していた。
それは光太朗が腹部に傷を負った、激しい戦いだった。それを含めたデータを蛇ノ目の研究所に持ち帰った。
蛇ノ目はディスプレイに踊るデータに子供のように目を輝かせていた。
腹部の傷はアフロディーテが再手術をし、傷痕も残らないほどに直してくれた。・・・当然、その費用は借金に加算される。なにせ、先日の一件は金銭面では研究所には何の足しにはならなかったからだ。
世界に何かが起きるとは願ってはならないが、平和であればあるほど、光太朗の取り分は当然無い。
そんなこんなで、一時の楽しみがアフロディーテの作る食事なわけで。久々の、完璧に等しい味を堪能しつつ、向こうの世界での出来事をデータだけではなく、口頭でも蛇ノ目に伝える。
「こちらからの通信も一切届かなかったからのう」
私的使用を禁じられているスケイルアーマーは、変身すればその反応が蛇ノ目の元へ届く。その信号が異世界を隔てては届かないと知った。
世界には未だ問題は山積している。
人間が引き起こす悪行はヴァイオレットバイパーで対処できるものの、未だ影をひそめるアンチホープとダスター。
その、もっとも厄介な存在であるダスター。
気体の身体を捕らえる手段は、未だその天敵とも言えるスターセイザーの力を借りるほかは手段はない。ダスターを含めた異形の身体を凍結させる新たな手段であるD型装備が開発されたが、当然それもタダではない。
一織の力を信頼していないわけでも、頼りにしていないわけでもないが、光太朗は自分が対処できるのが一番いいと思っている。それが出来ないのが歯がゆい。
「そのD型装備を、ヴァイパーに取り付けることはできないのか?」
それならば、少なくともアフロディーテに頼ることもなくなる。
「・・・可能は可能じゃが、それはヴァイパーのコンセプトから反する」
「コンセプト?」
「スケイルアーマーの目的は、外付けの装備に頼らない、単一での活動を主としたパワードスーツだからだ。それに、他の装備を取り付けると、駆動エネルギーの配分に乱れが生じる可能性がある」
言っている意味がわからず、光太朗は眉をひそめる。
「ヴァイパーのパワーは、そのパワーの源を『それ』のみに注いでいるから超常的なパワーの出力を可能にする。余計な装備を取り付けると力の配分ができなくなり、バランスが保てなくなる」
ヴェノムスケイルの生み出すパワーは、全てが計算されたバランスで身体中に流れ、満ちている。それが少しでも綻べば、いくら強化された身体だろうと、硬質の鎧を支えられなくなる。
・・・現状はこのまま、ってわけか。
「一織ちゃんに任せればいいではないか」
確かに、現時点でダスターに対抗できるのは一織のスターセイザーとしての力しかない。花の騎士の力を持ってしても、その実態を捕らえるには至らなかった。
ダスターの身体を形成する、『コア』。体内で外部の攻撃に合わせて動き、回避するそれを的確に捉えるのは常人には不可能で、対処方法は宇宙に飛ばし、その摩擦熱で崩壊させるより手段はない。
シェイド、ダスターの混合体と戦った時は、本来の体質と異なっていたのもあり、奇策が重なることで何とか勝利を呼んだが、それが現れる度に三人の力を合わせなければならない。そんな奇跡がまた起こるだろうか。
もしかすれば、ラネットの能力ならばそれすらを砕くかも知れない。だが、こっちのいざこざに彼女を巻き込むわけにもいかない。
「・・・焦るなよ、光太朗」
光太朗の神妙な顔を察したのか、蛇ノ目が言う。
「ダスターに対抗する手段があるだけ幸運に思うべきじゃ。お前はその時お戦いのサポートに徹すればいい。・・・一織ちゃんを信じろ。お前はひとりではない」
良くも悪くも、何もかも抱え込もうとする光太朗の性格を、蛇ノ目はまだまだ危うく思う。
ひとりじゃない。
一織だけじゃない。光太朗のそばには百合花もいる。
それはいつか、ラネットに掛けた言葉が自分に返ってきたようで。
勿論、それは蛇ノ目やアフロディーテの存在も当てはまる。
それが、重苦しく感じる光太朗の心を軽くした気がした。
蛇ノ目の研究所を後にする帰宅途中。
いつもの公園を横切る。すると。
その奥。
木の側にある、ぽつんと佇むベンチに座る影。奇しくもこの公園は、百合花、一織共々ここで光太朗と関わりを持った気がした。
そして、そこにいる少女も例外ではない。
そこに座っていたのは夜宵だ。一織と講堂を共にする友人。
だが、その表情がどこか憂いを秘めていて、伏せたまつげがどこまでも地の底を見ているようで。
光太朗が吸い込まれるように公園に足を踏み入れたのは、彼女が見知った顔だからと言う理由だけではない。
もし、かつての自分を今の自分を見たら、そんな表情をしているのでは。そんな気がしたからだ。半分は心配、半分は余計なおせっかいかも知れない。
足音に気が付き、最初驚いたような丸く大きな目が半分に削られ、それが不穏なものになる。
漆黒を水に溶かしたような長髪。髪同様、シックなモノトーンでまとめたコーデが、どこか人形のように思わせる。
「夜宵ちゃん」
名前を呼ばれて、夜宵は身体を反応させて、側に置いてあるランドセルに手で触れ、まるで不審者に向けるような瞳を光太朗へと向ける。
見上げる男がその周囲に見知った顔を探しているのに気付いたのか、夜宵は小さく息を吐く。
「一織ちゃんならまだ学校よ。生物係のお仕事をしているわ」
生物係か。なんとなく一織に合っている気がする。その時は正体も預かり知らないニアを助けようと、この公園で奮闘していたのを思い出す。それは生物係ゆえの責任感か、持ち合わせた優しさからか。
「・・・何か御用かしら」
相変わらず一織とは正反対の、落ち着いた物腰。元気印の反対語があるのだとしたら、それは夜宵のような女の子を指すのだろう。
「いや。何か元気が無さそうに見えたから」
その言葉に、夜宵は眉を微妙に動かし、反応する。
「・・・だとしても、それを貴方に指摘される言われはないわ」
突き放す、というよりも、取り合うこともしない涼しい反応。
それにしても。
一織に比べて夜宵という少女は一向に光太朗に心を許していないように感じられる。敵意とまではいかないまでも、心を寄せ合わない。まるでかつての光太朗のような。
一織という友人がいるから、孤独という訳ではないのだろうが。
「なあ、俺。何か気に触るようなことをしたかな」
好かれようとは思っていないが、あからさまに不快な目を向け続けられるのは、流石に気分が良くない。
「・・・別に。私は知らない人間と簡単に口を聞かないポリシーを持っているだけよ」
・・・少なくとも、同じテーブルを挟んで鍋を食べた、知らない間柄ではないと思うのだが。それでも夜宵的には知り合いでもないのか。
そんなポリシーを持っている割には、受け答えはしてくれるんだよな。
夜宵はベンチから立ち上がり、ランドセルを背負う。
背中に背負うカバンの感触を確かめるように一度だけ背中を揺らすと、スカートの裾がふわりと揺れる。
「・・・ひとつ、聞いていい?」
背を向けたまま、夜宵は聞く。
「一織ちゃんは、頑張ってる?」
その言葉の意味が分からず、光太朗はしばしの間、静止する。
「スターセイザーとして、勇敢に戦ってるって聞いているの」
それは、指摘されるまでもない。自分の力が不甲斐ないと思うくらいに頼りになる、仲間だ。
「ああ。この間も、助けてもらった」
気を失っていて気が付かなかったが、瀕死の重症を救ったのは一織だ。彼女がいなければ、光太朗は今こうして話していないかも知れない。
「・・・そう」
夜宵の表情が、一層と陰った。
「一織ちゃんは」
心の内を吐露するように、夜宵は静かに口を開いた。
「勇敢で、責任感が強い女の子よ」
スターセイザーとしての使命を課せられた瞬間も、戦うことに疑問を抱くこと無く。その力をダスターという平和を脅かす存在を退けるため、宇宙からの脅威を退けるため戦い続けてきた。その幼い双肩の、少しでも力になれるよう、夜宵はその隣でいつも見守っていたつもりだ。
「この間、ダスターの新たな影が見せ始めた時も」
七色タワーでダスターの尖兵と対峙。百合花とも違う、眩き光を纏った少女の勇敢さに、光太朗は強い力を見た。
「これからもきっと戦い続けるわ。そして、もう隣に私がいなくても大丈夫なほどに強くなった」
光太朗を追ってウィルラントに向かった時もそうだ。
夜宵は何も出来ずにそれを見送るだけだった。
「もう、一織ちゃんの隣には私がいなくてもいいのね」
それに、一織はこの光太朗への憧れで、どこまでも力を湧き出させ、戦える。光太朗のためならそれを厭わないだろう。
そう思うと、さらにムカついた。
夜宵は、友人である一織を心配しているのだろう。ひとり戦う友人を見て、心配しないはずがないのだ
光太朗は意を決したように息を吐き、それを追うように夜宵の目が続く。
「夜宵ちゃん、少し付き合ってもらえるか」
その言葉に、夜宵は呆けた顔で光太朗へと不審な目を向けていた。
光太朗と夜宵が訪れたのは、駅前の繁華街だ。そして、夜宵が手にしているのは、包み紙にくるまれた物に口を付けている。
最近まで、年下の妹みたいな女の子とつるんでいたせいか、訪れることが頻繁だったアイスクリームショップだ。
利用金額によりポイントが付き、商品と交換できるカードをなし崩し的に作ったっけ。
無料で食べられる分は溜まっているので、それを使うつもりだった。
だが、夜宵はそれを拒否した。
沈んでいた夜宵を元気づけようとした短絡的な考えを見透かされていると感じた。それが小学生よりわずかに長く生きた先達からのせめてもの心づもりだったのだが。
またいつ来るかわからない異世界からの妹分を待つよりも、ポイントを財布の中で腐らせてしまうよりはマシだと思ったんだけど。だが、夜宵から返ってきた言葉は全く別のものだった。
「・・・私、アイスよりクレープ派だから」
アイスクリームショップではない別の店で、苺やらバナナやらが包まれた物を、冷静な目でありながらもどこか輝きを秘めた目で見る夜宵を見て、なんだか光太朗はホッとした
だが、すぐに懐疑的な目すら光太朗へと向ける。
「・・・こんなもので喜ぶのは子供だけよ」
そんなことを言いながら、クレープを選ぶ際は吟味していたように見受けられるが。
「こんなもので・・・」
夜宵としては知り合いとは言え、施しを受ける気はないと暗に言ったつもりだったのだが。光太朗は誘った手前、後に引けないのか、頼みもしないクレープを奢ってくれた。
一口目に触れた夜宵は、その甘さに目を見開き、恥ずかしそうに頬を染め、その口の動きを続ける。
憂いを秘めた表情から、幸せそうな顔に変化するのを見ると、夜宵も大人びて見えるが一織と同じ小学生の女の子なのだと気付かされる。
光太朗もそうだ。何だかんだ言いつつ、美味いものを食べれば幸せに満ちるのだ。今はそれが見られただけで良しとしようか。
「・・・ありがとう」
小さく、消え入りそうな声で夜宵の口が言葉を滑らせる。
それは、少なくともラネットとという少女を通して覚えた、年上、先を生きる者として芽生えた責任感のような、小さな自尊心から来るものかも知れない。
少しは年上らしいことが出来たのかな。
クレープを頬張る夜宵を見ながら、光太朗はそんなことを思ったのだった。




