ACT34・INHERITANCE
『リウィッチ』とは、古代ウィルラント語で、『再生を促す者』と言う意味がある。
その強大な力は、まさに世界を再生するほどの力があり、現実にそれが可能だ。
イングラムがその力を得て、世界の再編を行おうとしたのとは反対に、その力の始祖は、世界の安寧を望んだ。
そして。
ラネットの発した言葉は、希望と絶望を越えて、世界の広がりを望んだ祈りでもある。
その言葉が、ラネットに力を与える。
七色に輝く糸が、ラネットの肢体に絡まり衣を形作る。希望の籠もった金糸が裾をなびかせ、同じ色で編まれた魔法使いの象徴のような三角帽には目を模した刺繍が浮かび上がり、絶望を見据える。
箒型の杖。マイティブルームも同じ七色の輝きを宿し、荘厳な杖へと変化する。
ロディマスは満足そうに笑みを浮かべ、百合花と一織はその輝き見眩そうに目を細める。
ただひとり。
表情を砕いているのがイングラムだ。
あらゆる魔法を極め、世界でも類を見ない能力を持つイングラムには、その輝きに秘める力を感じているのだろう。自分をも遥かに越える、滲み感じる力の波を。
「・・・まさか、至ったというのか。こんな小娘が!リウィッチの境地へ!」
「あらゆる感情が渦巻く力は、全ての事象を作り変える力を生む、永久機関となった」
ラネットが持つ懐中時計は、時を刻む以外の能力を有した。それは、偉大なる魔法使いの意思を受け継ぎ、約束の時間を与える。
イングラムの焦りとは対照的に、ロディマスには懐かしい感情すら戻る。ラネットの放つ輝きは、かつてロディマスが見てきた光重なる。
ラネットはゆっくりとした足取りで歩を進め、光太朗の元へと近づき。
杖の、尻に向かって先細る先端を、光太朗の腹部。スタープロテクションで覆われている部分に触れ。
その場に居た、意識を失っている光太朗以外の人間が驚愕しただろう。
黄金色の保護膜が溶けるように消え、その奥。血で濡れる傷痕が淡い光で覆われ。
「・・・バカな」
さらなる驚愕の声を漏らしたのはイングラムだ。
傷を癒やすその光は、回復魔法とはとは違う流れを感じた。
あれほどの深い傷。傷痕も残らずに塞がるのは、手練れの魔法使いでも難解な術法だと言われている。
それを、中級の魔法ですらままならない小娘が、人の生死に関わる状況をひっくり返した。
ラネットが、それほどの力を得ているのは確かだ。
だが、それを。
リウィッチへと至ったと認めるわけにはいかない。
私の苦労が、こんな簡単なことで覆ってはならない。
イングラムの周囲に魔力の波が渦巻く。
様々な色の交じる波動が、禍々しい網目を象る。
「四大元素、さらに上位四大元素を混ぜた、凡人には理解することも、手繰ることもできないエネルギーの奔流だ!」
地、水、火、風、光、闇、氷、雷。
自然を構築する雄大な力が、悪意と焦燥のある意思に操られ、迸る発光を伴い敵意を示す。
相反し合う属性の奔流は、ひとまとめにすることすら困難で、それはそれこそ手練れの術師にしか叶わない神業といえる。
「消し飛べ!私が目を掛けたお前が私の思いのままに動かないのなら!お前はもう必要はない!」
もっとも聞きたくなかった言葉。今の今の瞬間まで、ラネットはまだ何かの間違いだと思っていた。
でも。イングラムはもう。
妄執に囚われ、何もかもが見えなくなっている。
八筋の閃光があらゆる軌道を描いてラネットに押し迫る。
重く。冷たく。熱く。疾く。眩く。暗く。凍てつく。弾け。
あらゆる方位から叩き込めれる魔力弾。
それを。
ラネットは杖の一振りで全てを砕き切り。様々な色の交じる煙が視界を烟らせる。
それも、一介の小娘の行う技としては異常だ。
8つの全属性を押し固めた魔力攻撃など、常人には防ぎきれない力の奔流だ。
瞬間。
イングラムは時間停止を作動。その間に、懐中時計を奪う。
あれは私のものだ。誰にも渡さない。
夢への道だ。誰にも閉ざさせない。
そのためならば、かつての教え子であった子供を手にかけることすら厭わない。
だが。
驚愕に目を見開いたのはイングラムの方だった。
世界を再生するほどの力を有したラネットにとって、もはや生命に干渉することも、時に干渉することも容易な事象に成り果てた。
伸ばしかけたイングラムの手を、ラネットの杖が阻んだ。それは、イングラムの夢、いや野望が絶たれた瞬間だ。
「クソガキが!ナメた真似をするな!ガキは大人の言いなりになってりゃいい!その時計を寄越せ!」
ロディマスは、背を向け、目を伏せる。
愚かしい。
もはや語る言葉もない。
ぽろ。とラネットの目から一筋の涙が零れた。
知に貪欲で、思慮深く。その力を人のために振るう、魔法使いの鑑のよう人だった。その聖人の姿が、今は見る影もない。
力は、野望はこれほどまでに人を狂わせるのか。
イングラムの闘気が膨れ上がる。
その頬に異質な筋が入る。怒りを体現したような、イングラムのかつての姿からは想像もできない、青筋が。
「もういい!貴様は死ね!俺の前から消えろ!」
強い言葉を迸らせ、目を血走らせ。イングラムの手がマイティブルームを退け。
「ラネット!何をしている!」
押し迫るイングラムの手を、ラネットは押し返さない。何の力で退けることをしない。
世界を変革させる力を得ようと、ラネット自身はまだ中学生の女の子なのだ。それほどの言葉を浴び、心が耐えられるとは限らないのだ。
「くそっ!」
小さなその肩に深く思い宿命を負わせてしまったことをロディマスは恥じる。だが、今はそうしなければならなかった。誰かがやらなければならない。その役目を、ロディマスはラネットに希望を見出した。
イングラムの、魔力を伴った指先が刃を形作る。
狂気に満ちた目で、それを振り上げ。
百合花が花香剣を翳す。輝く文様がイングラムの腕を捕縛する。が。
「今更てめえらのチンケな術で、俺を止められると思うなぁっ!」
花輪紋は、イングラムの放つ凶器に、いともたやすく砕け。その僅かな隙に、一織が駆ける。
「遅えっもうひとりのクソガキが!その前に仕留める!」
斑色に煌めく刀身が、膨らむ殺意を揺らめかせる。
「残念だったな!お前は所詮孤独だ。俺はお前を憐れんで手元に置いていたにすぎない!」
ひたすらに汚い言葉を吐きかけ、ラネットの心を揺らがせようと画策したのか。それでもまだ、本心とは思いたくない。
だが、その口から放たれる言葉は、稀代の天才魔法使いとは思えないドス黒い色を放っている。
「じゃあな。お前は最後まで使えない、出来の悪い教え子だったよ」
涙で晴らすラネットの眼前に、凶刃が迫る。手にした杖を持つ手の力が、諦めにも似た、力なく解けた瞬間。
その刃の動きが止まる。
刃が火花を散らして、宙で固着している。
その刃の進軍を止めたのは、紫色の鎧に覆われた手だった。
「・・・くっ!?」
イングラムが横目で、刃を阻んだ存在を見る。
腕を起点として、紫色の鎧が光太朗の身体を覆い始めている。怒りに満ちた光太朗の目が、完全に紫色のメットで覆われ。
「ラネット」
光太朗は、崩れ落ちるラネットを見ずに、言う。
「お前はひとりじゃない」
その言葉に、光のない目でラネットは見上げる。雄々しく紫色の鎧に身を包んだ光太朗が、迫る凶刃を受け止めている。
「俺も孤独だった」
両親に先立たれ、自分の身柄は親戚に預けられ。孤独な心は誰かと親密になることを恐れ。
だけど、誰かと繋がることを知った今。それによる心の喜びを知った今。
誰かと手を繋ぐのも悪くはないと思うのだ。
光太朗もイングラムの考えは哀れに思える。こを導く親代わりには、あってはならない態度だ。
「俺がいる」
怒りを押さえ、言葉を滑らせる。
上手くは言えない。
でも、遠くに行ってしまったものを悔いるより、この先の未来を生きるほうが何十倍も良いと光太朗は思った。
「白崎も、一織ちゃんも、お前と似たような力を持ってる。話も合うと思うぞ」
もっと、上手いことを言えたと思うが、今の光太朗にはこんなことしか思いつかない。
だから今は、ラネットを襲う脅威を払う手助けをする。
『バイパーストライク』
迸る光を収縮させ、ゼロ距離で放つ一撃。後退して弾き飛ばされるイングラムの身体が、防ぎきれたはずの攻撃にも関わらず、魔力の障壁で阻むことの出来ない不可思議な威力を纏っていると示している。
「くそおっ!」
怒りに打ち震え、イングラムは咆哮する。
どいつもこいつも、俺の夢を理解もせず、安寧を求めない。
そんな奴らは、不必要だ。
ざあっ。
右足に青い輝きを残す光太朗。
花香剣を噛める百合花。
拳を構える一織。
三者の戦士が、イングラムからラネットを阻む。
どいつもこいつも、嫌な目をしている。
「・・・邪魔者めが。この禁呪を持って全てを消し飛ばしてやる。今までの成果は不意にするが、また手駒を育てて辿りついてやるっ・・・!」
あくまでも、イングラムの目的は変わらない。魔力を越えるエネルギーによる、世界の変革。
「・・・もう、止めてやれ」
ロディマスが、ラネットに寄り添う。
彼女にとってはつらい選択で、苦しい判断を求める。
けど、彼女はひとりではない。
ロディマスは勿論。
ラネットを守る人間がこれだけいる。
手のひらだけで数えられる数だが、それはやがて伝播してさらに奥へと繋がる。それはまるで、希望の糸が導く世界への道標のように。
ざっ。
ラネットは立ち上がり、決意を込めた目でマイティブルームを翳す。
七色の渦が巻き起こり、杖の先端に収縮する。
対面の男から禍々しい気が溢れ、悪意の波動が開放される瞬間。
ラネットの突き出した杖の先端から光が溢れ。
イングラムの身体を捕らえる。
「こんなもの、弾き返してくれるっ。いかなる攻撃性のある術式は、俺には通用しない!」
腐っても、イングラムは最強の魔法使いだ。あらゆる属性の魔法は、相反する魔力を流して、防げる。
だが、それはイングラムを攻撃するための光ではない。
それは、纏わりつくようにイングラムの周囲を渦巻き、縛り、捉え。
「これは!違う!」
それは絹のように柔らかで、波のように伸縮し、鉄のように強固で。
「お前!俺を封じる気か!」
ラネットの左手に握られている、透明の小瓶。
再生の力は、反対に破壊をももたらす力となる。
ラネットは、イングラムを下すのに、破壊の力を用いるつもりはしないようだ。それこそが傷を知り、悲しみを持つラネットだからこそ、その力を得るのに相応しいと、改めて自分の慧眼に陰りはないと誇らしく思う。
「くあ!・・・後悔するぞ!悲しみの無い、平和な世界を築けなかったことを!否定したことを!これからお前たちは幾星霜の苦難を味わうだろう!その時、私の考えを理解する!」
イングラムの四肢がねじれ、畳まれ。
負の感情という炎が、消えることのない灯火のような意思を目だけが残し、ラネットを睨めつけ。
「・・・さよなら」
ラネットがそう呟いた瞬間。
一枚の紙を手で丸めるように、イングラムの身体が変形し。
さらに一筋の光に変化し、小瓶の中に吸い込まれ。
ことん。
床に硬質の音と共に、渦巻く流動体を内包したガラスが転がる。
静寂。
そして。
どさ。
ラネットが膝を床に打ち付け。やがて。
すすり泣く声が講堂に反響したのだった。
こうして。
世界の変革を願った男の野望は人知れず潰えた。
イングラムに囚われた生徒たちの晶刻牢は解け。
生徒たちだけでなく、ウィルラントの住人の記憶は、空間停止した直前からの記憶が曖昧らしく。
それどころか、イングラムという人間の存在すらもその記憶から無くなっていた。
それは、本人は否定していたが、世界の王となろうとしている故、自分すらも世界から拒絶させようとしていたのか。
誰からも意識が向けられなければ、それは真の意味での無敵となる。
イングラムが封印された今、それを知る術はない。
世界の改変計画を知るものは、ウィルラント外の人間を除けばラネットのみだ。彼女はこれから自分で封印を行使したとは言え、師に手を掛けたことを胸の奥に秘めて生きていかなくてはならない。
そのことがロディマスは、ただひたすらに申し訳ないと思う。彼女が、『彼』と同じ末路を辿るのではないのかと。
それを見届ける義務が、ロディマスにはあった。
願わくば、ラネットに『彼』の代わりに人生の続きを歩いて欲しいと。そう思った。




