ACT33・HEART
「・・・なんですって?」
イングラムの不可解な目がロディマスへと向けられる。
「『願いの欠片』とは人と人の繫がりが生む、生命のエネルギーだ」
親子。
情。
恋。
愛。
様々な感情の結び目が、奇跡の力場を生む。
イングラムはそれを自分の生徒に集めさせ、野望の一端とした。
「何故、貴様はそれ自分で集めない?それは世界をも改変する可能性を秘めた、奇跡のエネルギーだ」
全知全能を自称する魔法使いならば、そんなことは容易だろう。人と人との間に流れる気持ちを読み取り、それを攫うことなど自然の摂理を操る魔法使いには児戯にも等しいだろう。
にも関わらず、生徒に試験と称して集めさせた。それは何故か。
「貴様は人との繫がりを良しとせず、否定し、信じていないからだ。だから貴様に願いの欠片は見えないし、集められない」
それこそがリウィッチへと阻む、そびえ立つ壁だとロディマスは指摘する。
「・・・それがどうしたのでしょう。確かに私は人との繫がりを否定する。それこそが、理想の世界に必要とする要素。繫がりを消し、人と人との関係が希薄になれば、そこに争いが生まれない世界が残る。そして、生徒に持って越させると言う手段で、願いの欠片をこの場に集めた」
壇上で陰ることのない輝きを放つ、折り重なる感情の光。
「全知全能に至りし者。全てを司る使者へと辿り着く。ウィルラントに伝わる、伝説のリウィッチを示した言葉だ」
「なおさら、私を指し示す文言のように取れますね」
「だとすれば、おめでたい奴だ」
皮肉っぽく笑うロディマスにも、イングラムの感情は揺らがない。ただ、その顔に明らかに不快の色を称えて。
「リウィッチへと至る条件、全知全能の存在は、何も博学であるゆる事象に精通した人間と言う意味ではない」
ロディマスは不敵に笑う。
「人と人との間に流れる喜怒哀楽を感じ取り、具現化するそれを攫うことができ、その感情を感じられる人間こそが、そこへと辿り着く」
魔法に用いることでしか相手の気持ちを汲み取れないイングラムに、その資格はない。
「リウィッチは・・・」
ロディマスの目が、傍らのラネットへと向けられる。
「ラネットこそが相応しい」
「ふふふ」
小さな笑いの声が漏れ。
「ははは。何を言うかと思えば」
銀の髪が、噛み殺す笑いと共に揺れ。
「私よりも遥かに劣る、駒でしかない少女が、伝説に届く存在と?」
リウィッチへと至る全知全能とは。
あらゆる感情が生む人の繫がりの光をに触れること。
その種類は、数え上げれば暇はない。
何より。
親子関係ではない間に生まれる、親子と同等の輝き。それをラネットは目の当たりにした。
「貴様には一生わからないさ。人と人が作り出す、魔法を越えた可能性を」
ロディマスが力なくうなだれていrうラネットへと寄り添い。
イングラムの心無い言葉で砕けかけている心、身体を奮い立たせようとする。
「君こそが、そこへと至る、リウィッチへの資格がある」
「気でも狂いましたか?私なら、その少女に何の可能性も見出さない」
イングラムにとって、ラネットは生徒であり手駒。その使いやすい手綱を繋ぐため、さまざまなことを教えた。魔法もそうだ。住まう場所を与え、自分に都合のいい存在に作り変えた。
それが。
自分では何も出来ない子供が?
魔法使いの駆け出しでしかない彼女が?
「一介の使い魔でしかない君が、何の権限でそんなことを言う?理解しがたいよ」
「ラネットは、似ているのだ」
懐かしむようにロディマスは言い。
「孤独で、人との繫がりに飢えた。でも、人との繫がりを求める私の友とだ」
『彼』は孤独だった。
言葉数は少なく、寡黙。
日がな一日、本の文字を目で追う生活を送っていた。
窓の外で走り、駆け回る同学年の子供の様子を横目で見ながら、その日も本を知識を頭の中に流し込んでいた。
自分はあくまで勉強が好きなんだ。本を読むのが好きなんだ。
その心を誤魔化すように、本に没頭していた。
そんな『彼』が『私』を生み出したのは、寂しさを埋めるためなのかも知れない。
齢一桁の少年が言語を介し、この世の全ての知識を有する『私』を生み出したのは、彼の博学の賜物なのかも知れない。
『彼』との生活を初めて、明らかに世界の色が変わったような表情が何より嬉しかった。
相変わらず『彼』には友人は出来なかったが、それでも幸せそうだった。
そんな生活が終わりを告げたのは、国に不穏な影が現れたからだ。
異形の怪物。禍々しき姿をした悪魔。
魔法使いは、己の技で退けようと奮闘するも、その強大な力に押し返される。
そんな折り、立ち上がったのは『彼』だった。
『彼』は持ち得る知識を総動員し、戦う。
結果、その怪物は国家転覆を目的としる反王国派の仕業で、そこに力を貸す離反した魔法使いが生み出された召喚生物で、あらゆる魔法に対する耐性がその魔物には備わっていた。
だが、『彼』は一度の交錯でそれを見抜き、策を講じる。魔法ではない、別の力を編み、使役する。
七色に輝く光で編まれた衣を纏い、優しくも柔らかく力強い黄金の光は、異なる存在を浄化してゆく。
そして、ウィルラントを覆う影はすべからく溶け消え、平和が訪れる。
それを、ウィルラントに住む人間は神の御業、天が遣わした使者による浄化。様々な情報が飛び交い、その功績がひとりの少年によるものだとは知ることはなかった。
『彼』は、平和に喜ぶ人たちが浮かべる様子見届けると、国を去った。そして、天寿を全うするまでに、己の力で人知れず、誰かの心を救うための旅で尽くした。
その思い出も、遥か彼方の話だ。だが、ロディマスの胸の中にはその時の光景は色褪せることなく焼き付いている。
『彼』の勤勉さは元より、『彼』の持つ、孤独を知るからこその優しさ。人との繫がりを否定せず、求めていたからこそ知る、人の強さ。
『彼』は、人の間に結びつく関係の糸、それを『希望』としていたのかも知れない。
『彼』は、自分の知りうる全てを自分に託し、この世を去った。
いずれ、同じ境遇の者を目にした時、力になってあげて欲しい、と言い残して。
それが、イングラムとの違いだ。
その強大な力を、何かを支配するために使わなかった。常に、誰かの心を軽くするために用いた。
ロディマスは、その意思を継いだ、『彼』の友人だ。
長い時の眠りから冷めた時、ロディマスは見つけたのだ。『彼』の意思と重なる、寂しさを称えた少女を。
「君は、強い女の子だ」
ロディマスが、真っ直ぐとラネットの目を見て、言う。
「イングラムを倒せるのは、君しかいない」
物理的、魔法でも常人を上回るイングラムを下せる存在は、数少ないだろう。
平和を守るために生み出されたヴァイオレットバイパー。かつての地球の危機を救ったホワイトリリィでもその動きを捕らえるには至らない。バニーセイザーの助力もそれには届かない。
その役目が、自分に?
イングラムは今この瞬間まで、憧れで。その人柄、強さ、全てに置いて尊敬の念を集める賢人で。
イングラムの真意を知った今、ラネットの心は引き千切れそうなほど張り詰めて。何が起きているのかわからなくて。それでなお、イングラムを倒せるのは自分だと、犬の使い魔は言う。
そんなわけがない。
天地が逆さまになったって、そんなことは起こり得ない。
それ以前に。
未だ優しい眼差しを向けるイングラム。
ラネットの身体は動かない。
膨大な力を持つイングラムに、知らず知らずのうちにラネットの身体は畏怖を感じ、動かすことを許さない。
それに。
「・・・私が、リウィッチへと至る、って」
「ああ」
濁ることのない、ロディマスの希望に満ちた、目。
「無理だよ。駆け出しでしかない魔法使いの私が、伝説の存在であるリウィッチになれるはずがない」
ラネットは、確かにリウィッチを志した。だが、イングラムにいいように利用され、彼との力の差をまざまざと思い知った。そんな自分が、そんな存在になれるはずがない。
「無理、だよ・・・」
ラネットはうつむき、目を痛いくらいに閉じる。
もう。何もかもが信じられない。自分のしてきたことが無駄になったようで。
「いいか。『彼』は普通の人間だった。聖人君子でもない、生まれに恵まれていたわけでもなかった。人並みに誰かを羨むこともする、普通の少年だった」
その『彼』が誰のことを指し示しているのか、ラネットに知る術も聞く気力もない。
「ただひとつ望んだことは。穏やかで、優しい世界だよ」
それは決して、誰かに支配された、穏やかを履き違えた世界ではない。『彼』はその力をその目的にのみ使おうとした。
ラネットは、『彼』と同じ傷。境遇を背負った少女だ。それだけではない。
ロディマスは彼女に『彼』と同じ影を見た。それは、ロディマスの希望的観測に過ぎないのかも知れない。
ロディマスは、壇上へと視線を向け、意識を集中させる。壇上に連なる小瓶の封が自動的に解け。
小瓶の口から、様々な色に変化する光が筋となって吐き出される。
「・・・誰の許可を得て、それに触れている?」
静かな言葉の中に怒りを称えたイングラム。
「これは、貴様の物ではない。貴様に認められようと、生徒たちが必死になって集めた夢への結晶だ」
「同じことです。私の物に触れることは、誰であろうとも許しません」
「自分でこの輝きを手に入れることの叶わぬ奴が何を言う」
ニヤリ、とロディマスは笑みを零す。
「貴様は孤独だ。だが、ラネットやコータロー殿とは違う。人との関わりを拒絶し、その間に流れる命の輝きを見ようとしない貴様に、人の気持ちを操る、その資格はない」
全ての感情を含む願いの欠片の輝きがもたらす力は、必ずその領域までラネットを連れて行ってくれる。
いつか現れる、世界を闇に陥れる悪意をも浄化する、『彼』の残せし唯一の魔法。
ロディマスはラネットのカバンに片腕を突っ込み、その手に何かを持ち、引き抜く。
イングラムに落ち度があるとすれば、これだ。
ロディマスの手には、懐中時計が握られている。
生徒を心配するという名目で時を静止させる魔法を込めた、懐中時計。イングラムの攻撃を回避するため、その中に込められた魔力と引き換えに相殺させたために、今は時間を刻む以外の意味はない。
願いの欠片を採集する際、生徒にトラブルがあったら困るから。その保険として持たせた道具だ。
ロディマスの手繰る手の動きで、光の波と化した願いの欠片が一筋の光となり。
懐中時計に収縮し、吸い込まれた。
時を静止させるほどの魔法にも耐えられる、強固な魔具だからこそそれを可能にする。いざと言う時は、ロディマスは自らの命をとしてその目的を果たそうとした。それは、ラネットにさらなる深い傷を負わせる可能性があったため、その選択肢が消えたことは素直にイングラムに感謝する。
「・・・何をしている?」
無数の瓶に集めた願いの欠片をひとつにまとめた。
「人の想いで編まれた衣は、眩き光を放つ七色の輝きを生む。それは、世界を覆う優しさを体現した、選ばれし者の衣だ」
かちんっ!
何かが何かと噛み合う音がして、弾ける。
「願え。かつて、君が抱いた。この世界の理をも越える力を得りし存在の名を!」
ラネットの手のひらの中で熱く、熱を持つ懐中時計。
「唱えろ!君の頭の中に渦巻く約束の言葉を!」
ロディマスが吠える。
だが、それに反してラネットの心は決意が決まらない。
自分はまだ中学生なのに。
全ての魔法を操ると言っても過言ではない力を持つイングラムを止めることなんて、できるはずがない。
その戸惑いが、ラネットの足を止める。
空間が軋む。それがイングラムの放った時間停止だと気付いた瞬間には、ロディマスの身体が大きく引き飛ばされているのがラネットの視界の端に写った。
「ロディマス!」
ラネットが叫んだ時、視界の端から伸びる腕。
「それは、君が持っていて良い物ではない。私が使うに相応しい力だ」
イングラムが懐中時計を奪おうと、腕を伸ばす。
ロディマスはその言葉を垂れる耳で聞きつつも、血の滴る口元には笑みを形作った。
イングラムの指先が銀の時計に触れるその瞬間。
刹那、黄金色に瞬く閃光が弾けた。
「何っ!?」
腕どころか、身体ごとを黄金の燐光を伴いながら。まるでイングラムという悪を拒絶するかのような。
「・・・それが、懐中時計の意思だ。願いの欠片の意思だ。『彼』の想いは、すでに後継者を彼女と定めている」
イングラムの端正な顔が怒りに滲む。
今まで全てを手に入れてきたイングラム。
名声も、力も、地位も。それは全て己の努力が導いた結果だ。自分がそれに見合う努力を重ねれば、それに届くと信じて疑わなかった。
ただ、手に入らなかったものは、願いの欠片だけだ。
それすらも、自分の生徒を用いて手に入れようとした。その虹色の輝きは私の物だ。誰にも渡さない。安らぎが満ち、優しい世界の創造に必要不可欠な物だ。
誰も、私に楯突かない。認めてくれる。
わからない人間は、賛同しない人間は、私の生徒だろうと容赦はしない。
「それを、寄越せえっ!」
醜悪な顔に滲むイングラム。禍々しき魔力の奔流が、銀の髪を揺らす。
「私が救世の主となるのだ!そのために生まれてきた人間だ!何のために万の魔法を習得したと思っている!お前ら凡人には一生を掛けても辿り付けない境地に登りつめた、選ばれた人間だぞ!」
「・・・地が出たな。賢人よ。それがお前の本性だ」
ロディマスが歪む視界の中で、哀れみの目で見る。
体裁のいい言葉と顔で生徒に接し、自分の野望のために他人を駒として使い。その心にはそれ以外の情を持ち合わせようとしない。
「・・・開放してやれ。ラネット」
哀れで見ていられない。力だけで見るなら、世界を世の中を良くしようとできる力を持つイングラム。力の使い方を誤った男の末路だ。
「・・・君の手で、イングラムを救うんだ」
ラネットの手のひらの中の懐中時計は、仄かに温かな光を称えている。
それを、異世界に旅立つ時に手渡したイングラムの顔は、生徒を心配する教師の目だった。
決意を込め、ラネットは立ち上がる。
光太朗を救うため。
百合花を守るため。
名前の知らないうさぎ耳の戦士の助けに応えるため。
ロディマスの望みを叶えるため。
そして。
イングラムを、自分自身の呪縛から開放するため。
ラネットは、頭の中に浮かんだ文言を、口にし、滑らせる。
「レプラル・ラプル・パラレッタ・・・!」
かちん!
懐中時計の針が回転する。それと同時に、柔らかな虹色の輝きが溢れ、音を成し。
ラネットの視界を淡く、温かなもので隠したのだった。




