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ACT32・STAR ATTACKER

 堰き止めていた喉をこじ開け、熱く滴る流動体が流れ。イングラムの手のひらごと鮮血で染める。

 引き抜いた尖刀も、赤を連れ去り。貫通した腹部からも、口と同色の液体が吹き出し。

「神野君!」

 悲壮に叫ぶ百合花。

 花香剣(フレイバー)の生み出す光刃が、乱れ、揺れる。

 すぐさま百合花の目が強い力で塗り替え、駆ける。

 空を薙ぐ刃を、イングラムは飛ぶように躱し。イングラムは光太朗の喉から手を離し、肢体を床に取り零す。

 その顔には、人を貫いた呵責すら翳らず。

「心が乱れていますよ」

 まるで、百合花の煮えたぎる熱さで揺れる心を見透かすような。

「ニアと!同じ言葉を吐くなあっ!」

 大きく振る花香剣(フレイバー)は無様に空を裂き。

 視線を下に落とす。そこには、赤い血溜まりを作る、見知った少年の顔がある。

「神野君!神野君!」

 その呼びかけにも、少年は答えない。

「くそっ!」

 ロディマスも光太朗のもとへ駆け寄る。

 ラネットは、目の色を混濁させ、その表情は絶望で満ちている。

「・・・晶刻牢の破壊で力を使い果たした!こんな時に!」

 ロディマスは、口惜しそうに表情を歪める。

 百合花は歯を食いしばり、地を蹴る。

 溢れ出そうな感情を花香剣(フレイバー)が受け取ったように呼応する。迸る光刃が、うねる刃を生み出す。

 しかし。それでも。百合花の剣はイングラムへと届かない。

「私の考えを理解しない。その末路がこれだよ」

 心底憐れむように、イングラムは言う。

「彼の身体に触れた時、彼の心の内を見ました」

 イングラムは攻撃魔法だけでなく、それ以外の魔法にも長ける。例えば、人の心の機微を感じる術、とか。

「彼は心にとても深く、重い傷を負っているね」

 それは親を早くに事故で亡くし、決して順風にはいかない未来を差しているのだろうか。

「ならば、私の提唱する世界へ賛同しても良さそうなものですが。その先にあるのは悲しみのない、安らぎの世界だ。未来の安寧が当然の、優しい世界」

 本当に未来に絶望していたら、そんな世界もあってもいいと思うのかも知れない。

 百合花の目を流れる、熱。

「神野君は!それを乗り越えた。そんな未来を受け入れて、今を生きる決意をした!貴方は!それをいけないことだと言うのっ!?」

 少なくとも自分の命を呈して、自分のみが傷つけばいいと言う考えは光太朗からは見られなくなった。

 百合花、そして一織を遠ざけることなく、頼ってくれるようになった。クラスメイトと話して、笑顔が見られた時に、百合花はそれを嬉しく思う。

 それを、自分の考えにそぐわないという理由で。自分の世界を乱すという理由で。

「許さない・・・!」

 百合花の怒りを顕現した光の乱撃は、ことごとくイングラムに届かず。

 反対に。

 イングラムの生み出した青い濁流に押し返され。冷たく、冷え切った心を閉ざすような波に花香剣(フレイバー)の刃は砕かれ。

 壁に押し付けられた百合花は、歪む視界の中で光太朗の姿を探す。

(・・・せめて、神野君は地上に帰さないと)

 博士に見せれば。

 大丈夫だよね。

 不謹慎だけど。車にはねられても無事だったんだもん。今までだって。どんな危機も乗り越えてきた。

 遠くでイングラムが光太朗に迫っている。ロディマスがその間に隔たっている。

 眩い凶刃が迫る。

 意識が途切れる。それを止められない自分を、百合花は呪った。

 クラスメイトを救えない自分を、恥じた。


「バニー!パンチっ!」

 凄まじい衝撃がイングラムを襲う。

 その轟音で、頭を揺らされ、百合花は覚醒する。

 砂煙を上げながら、イングラムの身体が講堂の奥へと弾き飛ばされる。

「・・・一織ちゃん!?」

 そこにいたのは、大きなうさぎの耳を模した腕を拳を象った、少女だ。

 尻の丸い尻尾が揺れる。

 星を守護する戦士。スターセイザー。

 その名もうさぎ座のバニーセイザー。

 優しい、幼い目が百合花を見る。

 優しい・・・?

 その目が鋭く、怒りを象った。

 つかつかつか、と一織は百合花の元へと歩み寄り。

「なんで私を連れて行ってくれないんですか!?」

 一織の決意の秘めた目が、百合花を睨む。

「・・・それは、神野君が」

 一織は今回の件に関わっていなかった。だから、ウィルラントに連れて行かなかった。光太朗の判断だ。

・・・そうだ。

「神野君!」

 一織が来ても、光太朗が負傷した事実は変わらない。早く、地上に戻らないと。

「・・・お兄さんは、ひとまず大丈夫です」

 一織の言っている意味が分からず、視線を急がす。

 そこには。光太朗の腹部を淡い黄色い光が覆っているのが見えた。

「スタープロテクションで、傷の部分だけを覆いました。・・・治療した方がいいのは変わりませんが、ひとまずの時間稼ぎになると思います」

 ガラッ・・・。

 破片の崩れる音。瓦礫の砕ける音。

 百合花と一織はその方向へ視線を向ける。

「・・・驚きました。まさか、防御魔法ごと力押しで撃ち抜くとは。威力自体は少年のキックと変わらないように思えたのですが。まさか私が押し負けるとは」

 不可解な顔で、イングラムは破砕した壁から姿を現す。

「・・・それに、その不可思議な術。ある意味時間に干渉し、空間を固着させる能力とお見受けする」

 光太朗を覆う温かな光を見て、さも驚くこと無く、イングラムは言う。

「・・・時を操る魔法と同質。興味深い」

 その言葉に、一織は拳を構え直したのだった。


 数分前。

 神野家。

「・・・彼らは、決して君たちを軽視していたわけではない」

 半黒半白の猫が、一織、夜宵に向かって空虚な言葉を吐く。

 光太朗、百合花がロディマスと共にウィルラントと発ったその直後。

 あまりにも一織が光太朗光太朗と五月蝿いので、その背中を押しながら神野家に向かった。

 夜宵としても、一織の記憶の中の恩人が光太朗7日を確かめたいという思いもあった。

 だが、そこで神野家に起きた事情を知った。一織が置いていかれたことも含めて。

「・・・所詮、こんなものよ。ふたりでよろしくやっているならそれでいいじゃない」

 夜宵が、沈み込んでいる一織に向かって言った。

「一織にちゃんには、私がいるわ」

 その言葉も、一織には届いていないのか、床を見たまま、動かない。

「君たちには、こっち側を任せると言っていた」

 何かあったときのため。ダスターが出現した時のため。

「要するに、保険でしょ」

「・・・君達には、そう聞こえるかもしれない」

 白と黒の尾が揺れる。

「君たちのことを信頼していたこそ、だ」

 光太朗は決して、一織のことを足手まといだとか、言ったことはない。

 確かに、素顔の彼女は、年下の小学生だ。

 だが、こと戦闘に置いては先輩。むしろ強さに関しては上なのではないか、と思っていた。

 ここに残したのも、半分は先の理由。もう半分は、一織の力を頼っているからこそだ。

 ぎゅっ。

 一織は自分の手を、膝の上で握り込む。

 しばらくの静寂。そして。

「猫さん。私、ウィルラントに行く」

「一織ちゃん」

 す、と立ち上がる一織。その顔に悲しさはない。

「起きるかも知れない事件を待っているより、今起きている事件を解決しなきゃ」

・・・そうだ。

 一織はこういう人間だ。

 目の前のことに懸命になる、勇気と好奇心に満ちた、まさに星の輝きを称えた女の子だ。それは、関わる全ての人間のくすんだ心を照らす、救いの光。

 それは勿論、夜宵に対しても例外ではない。

「行ってくるね、夜宵ちゃん」

 そして、その隣に自分がいないこと。

 それが夜宵は口惜しかった。


 ドオンっ!

 一織のパンチがイングラムの防御を打ち砕く。

 バイパーストライクとは同質でありながら、威力は比べるまでもない。

 土の壁を砕き、炎を轍を払い。水の圧鉄にも押し出されること無く。風の否定にも負けることもない。

「・・・くっ!」

 初めて、イングラムに苦悶の色が微かに滲む。

 イングラムが指を手繰る。

 目を焼く閃光が数発弾け、底無しの絶望の如く漆黒の渦が一織を襲う。

 一織の闘志に陰りはない。

 白黒の渦をかいくぐった拳が、イングラムを捕らえる。細躯が凄まじい勢いで壁につき刺さる。

 木片を弾き飛ばし、灰煙が待ち散らされる。

「凄い」

 それを百合花は簡単と共に呆けた目で見る。

 二度も、競り勝った。自分よりも幼い、小さな少女が。

「・・・なるほど。君の力は四大元素、すなわち自然をも越える宇宙の力。光も闇の魔法も通じないわけだ」

 イングラムはすぐに、その冷静さを取り戻す。

「君のその力に対処する方法は後でゆっくりと考えよう。君そのものを無力化する方法は、容易です」

 その言葉の意味を考えている一瞬。

 一織の意識が途絶えた。

 気がついた時には、一織の目の前からイングラムの姿が消え。

 異質な気配が背後から聞こえた。

 振り向いた時、一織の表情が青ざめる。

「・・・こんな無様なことはしたくないのですが」

 イングラムの右手に生み出された剣が、光太朗の喉元に添えられている。

「・・・時間停止」

 ロディマスが苦々しく、言う。

「はっきり言って君たち如きを消すことなど造作もないですが、この状況を全てふいにするほど愚かではありません」

 自分の生徒を閉じ込めた晶刻牢。願いの欠片(ウィッシュガスト)。それを全て徒労で終わらせることはしないのだろう。

「君のパンチを受けた時、わずかながら、この少年に対するポジティブな念を感じました」

 一織は僅かな動揺とともに、頬をかすかに紅潮させる。

「ならば、取るべき行動は分かりますよね。・・・私の計画にゆるぎはない」

 意識のない光太朗を人質に取られ、一織は手出しが出来ない。

 八方塞がり、か。

「もう。やめて、先生」

 戦う意思を収めかけた一織と百合花の意識を引き戻したのは、もうひとりの少女の声だった。

「分かったでしょう。何者にも私の夢を砕くことはできない」

「・・・でも、コータローは、傷ついた」

 イングラムの目が、自身が刃を向ける男を見る。

「彼らは私の夢を阻む悪族です。あらゆる命を安寧に導く平和な世界を脅かす、敵です」

「コータローも、その世界に住む、人間なのに?」

「この人間ひとり消えたところで、私の計画に揺らぎはない。人間界を願いの欠片(ウィッシュガスト)の恒久的な採掘場であればいい。そこに住む人間にはさしたる意味はない」

 その言葉に、一織は懐かしい畏怖で打ち震えた。

 彼に言っている言葉は、かつて戦った敵が放った言葉と同じ意味を持っていたからだ。

 宇宙の安寧の破壊と支配を目論んだ、ダスターの長。カオススター。

 地球を、人間の生み出すスタープリズムの採掘場として人間を飼い慣らし、自らの興味を味わい尽くすために画策した野望を、一織と夜宵が打ち砕いた。

 単一の、優秀で強固な意思だけが支配する宇宙への変貌を成し遂げようとしたカオススターとの戦い。

 その最中。

 最後の最後でカオススターはその意思を揺らがせ、一織たちと分かり合う寸前で、自我が保てなくなり消滅した。

まるでイングラムは、カオススターの写し鏡だ。

 自分の都合のいい世界を思い描き、不必要な存在を自分の管理下に起き、統制する。だが、カオススターと違う点は、話し合うことをせず、利己的で、独善的。自分のしていることこそが正義で、正しい。そんな人間の生む世界が光の開けた開放的な世界であるはずがない。

 そんな世界は、あってはならない。

 言葉だけ都合が良く、甘く、その実は黒く、苦い息苦しい世界。

「堕ちたな。イングラム」

 言葉を発したのは、犬の使い魔だった。

「・・・何か言いましたか?」

 矮小な身体に乗せ放つ小さき言葉は、イングラムの介さない言葉。

「お前はこの世界の王にはなれない」

「勘違いしないでください。私は支配しない。安全な、永遠の世界を望むだけです」

 ロディマスの口元がおかしそうに緩む。

「確かに貴様は天才だ。長いウィルラントの歴史の中でも、貴様ほどの実力者は聞かない。リウィッチの座に最も近しいのも貴様だと」

願いの欠片(ウィッシュガスト)を用い、その地位を強固なものにする。それが私の野望です。その力により、ウィルラントを全ての人間が安心して暮らせる、桃源郷へと作り変える」

 その大胆不敵な夢に、ロディマスの口が緩む。

「貴様に、世界の改変は叶わぬよ」

 冷たく、イングラムの嫌悪の視線。

「貴様は世界の王に成れないし、リウィッチへと至らん。それどころか、貴様の夢は荒唐無稽な戯言に過ぎない」

「この状況でなお、憎まれ口を叩けるのは、逆に感服しますよ。まさに、負け犬の遠吠えですか」

 イングラムは事実、強い。魔法の実力だけでなく、そんな言葉で揺らがぬ精神力も併せ持つ。

 頭の回転。難解な古文書をも翻訳なしで読み解く知識量。

「何度でも言ってやろう。・・・お前はリウィッチへは至らん。よって、世界を改変する力も手に入らん」

「その根拠をお伺いしましょう」

 世界を理想の世界へと導くには、魔力では足りない膨大なエネルギーが必要。そのための『願いの欠片(ウィッシュガスト)』だ。

 ロディマスは、にやり、と口元を歪め。

「お前さんが全知全能を勘違いしているからだ」

 そして。と続け。

「お前さん自身が『願いの欠片(ウィッシュガスト)』を捉えられないのが何よりの証拠だ」

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