ACT31・MALICE
目も眩むような音と閃光が弾け、イングラムの隷属した影は、光太朗の一撃と共に文字通り一蹴された。
神速の如く蹴りは、すでに二発目を装填している。
守りに放ったイングラムの影は霧散し、その主を守護することはない。
蒼光に滲む二度目の一撃がイングラムに迫る。にも関わらず、その表情に焦りはない。
時間にして瞬きの間。
人間には目で追えても、到底反応出来ない速度だ。叩き込んで、終わりだ。
だが。
失念していたわけではない。
ロディマスにも言われていた目の前の男が、ウィルラントでも最高峰の力を持つ魔法使いだと言うことを。
不敵な笑みが、光太朗の必倒の一撃を止めた。
光太朗の蹴りが、イングラムの元へと届いていない。
イングラムの視線は斜めを向けながら、それと結びつくように光太朗の視線は斜め下へと貫く。
空中で光太朗は蹴りのモーションのままその威力を殺され、貫くことが出来ない。
「・・・くっ!」
光太朗は反動で宙で反転、イングラムと距離を取る。
イングラムの右手が何かを操るように手繰っている。
光太朗の蹴りを防いだのは、イングラムの周囲を渦巻く、別のもの。
砂塵のように細かい礫が渦巻き、それはイングラムの意思によって瞬く間に姿を変えている。
「何を驚くことがありますか?私にとってみれば、地面のないところでも砂土を操ることなど容易です」
光太朗の蹴りを防いだのは、イングラムの操る土によって形成された壁、盾。当然、ただの土壁ならば、鉄をも砕くバイパーストライクに砕けぬ道理はない。だが、確かにイングラムの盾は砕く力を相殺し、防いでいた。
「地上の人間に知りうる考えなどに、私が辿り付けないわけがありますまい。単純な力を捌く方法など、いくらでもあるのだから」
イングラムは天才と歌われた魔法使い。その思考の先は、常人である光太朗の及ばない、もしかすれば蛇ノ目をも越えるものなのかも知れない。
「だったら・・・!」
ここに来てから、蛇ノ目と連絡がつかない。変身したときも、蛇ノ目からの確認が返ってこなかった。恐らくここが異世界であることも起因しているのである。
その状況で『これ』を使うのは危険ではある。
『オーバーワーク』
光太朗の全身を、渦巻く力が加速する。
熱を帯びるように赤く変化するヴァイパーの体表。
「・・・特殊な機構を用いた、自身を強化する方法かな?」
オーバーワークは、いわば元々制限されているヴァイオレットバイパーのリミッターを一時的に外す行為。それにより、ヴァイパーは数秒の間本来の能力を行使できる。スピードも、パワーも。
それを、初見でイングラムは見抜いた。
だが、分かっていても対応できるはずはない。目で追えないほどの速度で迫れば、操る魔法を意味をなさない。
光太朗は地を蹴る。
瞬間的に、イングラムが光太朗に押し迫る。
「同じことだ」
あくまでも冷静に、すでにイングラムは次の手を打っていた。
だが。
「なら、これはどうっ!」
操るイングラムの腕が固着する。
イングラムの体表、右肩を部分に文様が覆う、
花の騎士の操る技、花輪紋。生物の動きを一時拘束する技。
「浅いね」
イングラムの言葉と共に、まるでそれが無かったかのように光の拘束が砕けた。
だが、その一瞬でいい。
赤く迸る熱速は止まらない。
それでもなお、イングラムの表情は揺らがない。
「・・・丁度いい。私がいかに君たちとは別次元の存在なのかをわかっていただきましょうか」
全てを焼き貫く一撃がイングラムに届く瞬間。
押し抜く力と相反するような、引き離される感覚。
光太朗の身体が大きく浮遊し。
「ぐあっ!」
全身を床に思い切り叩きつけられる。
「地は何者をも通さぬ雄大な力。風は緩やかにもしなやかに相手の力を薙ぎ」
イングラムの指先が、力を紡ぎ、踊る。
「避けろっ!白崎!」
「たおやかなる清流は、時に全てを流し消す、浄化の波となる」
空間から滲み出る紺碧の流動体が、百合花の身体を襲い、小さな身体を押し返す。
「人の心配をしている場合ですか?」
百合花へと向ける視線の下。光太朗の足元で、煌々と膨れ上がる赤を見た。
「熱く吹き上がる紅炎は、邪なる者を滅する、裁きの炎を成す」
スーツの上からでも感じられる、膨れ上がる圧倒的な圧力。
瞬間。
まるで固形となった熱に挟まれ。
爆音と共に、光太朗の身体は無限の灼熱に嬲られ、吹き飛ぶ。
・・・スケイルアーマーを纏っていながら、この威力!
メット内の映像が時折欠け、今までに見たことのない異常を知らせる警告が鳴り響いている。
「これは自然に流れる、所謂四大元素を用いた基本魔法です。・・・もっとも、その規模は常人のそれとはくらべるまでもないものですがね」
さも当たり前のようにイングラムは言う。自分の力を疑うことなく。
「くそっ・・・!」
光太朗は立ち上がりながら、オーバーワークを解除。光太朗には、数秒間のみの、常人を越える限界だ。
「っ!?」
光太朗の視界が斑に覆う。
何が起きたのか理解する前に、自分の身体が浮遊する感覚。
(バカなっ!?)
イングラムはお世辞にもヴァイパーの重量を支えられる屈強さには見えない。片手で持ち上げられるようにも、当然思えない。にも関わらず、イングラムはその細腕をマスクに手を這わせ、軽々と持ち上げている。
「これが地上の科学の結晶ですか」
さも興味もなさそうに、イングラムの瞳が紫色の全身を巡る。
「こんなものですか。興醒めですね。私の眼鏡に叶うのならば、まだ使い道はあったと思いますが。この程度のパワーなら、魔法で事足ります」
光太朗は、掴まれている腕を引き剥がそうとイングラムの腕を掴むが、その細い指すら引きがすことが出来ない。なんてパワーだ。
「・・・この、ヴァイパーは!博士の!夢の結晶だ!」
腕の拘束を引き剥がそうとしながら、足でイングラムへの攻撃も、土壁による防御が防いでいる。
まるで、光太朗の抵抗を、無様だと嘲笑うように。
蛇ノ目がヴァイオレットバイパーを作ったのは、無益な事件、事故から守り、人命を救いたいと思ったからだ。最初こそ借金というきっかけではあるが、光太朗が戦っているのは、その想いに賛同したからだ。
「・・・だが、邪魔です。貴方は私の世界には必要ない。この程度の力が希望ならば、私はそれを砕いてみせましょう」
光太朗の視界が揺れる。
イングラムの冷たい見上げる目と右手とは反対。左手のひらから赤い光が溢れ。
ヴァイパーのメット内部が最大量の危機を知らせる。
刹那。
光太朗の腹部に熱が生まれ。視界が砂嵐で覆われ。
「あぐあっ」!?」
だが、その身体が吹き飛ぶことはない。身も吹き飛ぶような衝撃でありながら、イングラムの拘束がそれを許さない。
「・・・ふむ。思ったよりも丈夫ですね」
紫色の鎧はそのままに、衝撃のみが光太朗の腹部を撃ち貫いた。
内臓が逆流しそうなほどの衝撃。その苦しみから逃れるため、地面に身体を預けることも出来ない。イングラムの細指がメットに張り付き、離れない。
「その強靭な鎧の根幹にあるのは、君の人ならざる体質・・・かな?」
イングラムは、光太朗の身体が常人ではないことも見抜いた。
「それも、私の前では無意味ですがね」
再度、イングラムが赤い光を生み出す。あんな威力の攻撃を何度も食らうわけにはいかない。鎧は無事でも、自身が耐えられない。
イングラムの生み出した赤光。それを光太朗の腹部へと押し当てる瞬間。
無数の光弾がイングラムへと叩き込まれ、白煙が視界を揺らす。
思わずイングラムは右腕の拘束を外す。足元で崩れ落ちる音。
白煙の中。
一筋の閃光が走る。
花香剣から伸びた光の刃が、イングラムの身体を薙ぐ。それですら、イングラムにとっては微風に当たっているかのような些末なことで。
「・・・君の能力は、どちらかと言えば我々の魔法に通じるものを感じますね。ただ、それだけですが」
百合花は驚愕した。
魔を滅する聖剣。花香剣の生み出す光に刃は、全てを切り裂く力がある。それをイングラムは素手で掴み取る。
三度、赤い閃光が生まれる。
百合花は、逃げない。なぜなら。
イングラムの背後に、揺れる力の残滓を見たからだ。
体勢を整えた光太朗が蹴りを放つ。オーバーワーク付きのバイパーストライクだ。ガラ空きの背後へと。無防御の死角から。
だが。
背後から。
死角を突いた一撃にも、イングラムの防御は完璧だった。
イングラムの冷たい目が光太朗を見る。
赤熱に揺らめく光太朗の右足が、土の壁に阻まれている。当然、イングラムの手の中の破光は収めない。
「くそっ!」
光太朗は無理やりイングラムと百合花の間に身体をねじ込む。
瞬間。
眼下で膨れ上がる縮光。
音もなく弾ける破裂音。
自分の身体が何かを押し出し。
揺れる視界を維持することが出来なかった。
気がついた時。
「・・・神野君!」
目を覚ますと。自分の息が荒いことに気がつく。
変身が解け、折り重なるように身体を預ける光太朗を、百合花が支えている。
全身が、焼けるように熱い。
イングラムの攻撃は、スケイルアーマーを維持することも叶わないほどの威力だったのか。
覚えているのは、自分が百合花を庇い、その攻撃を受け止めたことだけ。
「・・・なかなかしぶとい。今のでバラバラにならないとは」
対する光太朗は、霞む視界の中、焦りを感じていた。
なんて強さ。もう一度あの攻撃を出されたら、防ぐことはできない。
丸腰の光太朗を守るように百合花は花香剣を構え、受けて立つ。
「・・・剣は苦手なのですが」
言いながら、イングラムは右手に光の剣を生み出す。触れば揺れる、鞭のようにしなり。だがそれは、触れれば確実に万物を寸断する剣となる。
その鈍く輝く刀光に、百合花は花香剣を構えて応える。
イングラムは魔法使いで、剣の心得はありそうに見えない。しかし、その切先を向けるイングラムからは、全てを切り裂かん威圧感と意思を感じる。
どこから斬りかかろうとも、一分の隙もない剣豪のような佇まい。
百合花の頬に一筋の汗が伝う。攻めあぐねる心を決めて、花香剣の柄を握り込んだその時。
「先生!」
声に気付き、イングラムが冷徹な目のまま、横に視線をずらす。
そこには。
「・・・ラネット!」
周囲を水晶の欠片が巻き散らされ、胸に手を添えながらイングラムと百合花の邂逅を見ている。そして、その不安に満ちるまつげが一瞬光太朗へと飛ばされ、再び師へとその眼差しが向き直る。
「・・・晶刻牢を破ったのか。このふたりはそれまでの時間稼ぎというわけですか」
イングラムの目が、ラネットの横のロディマスに向く。
「・・・思ったより時間が掛かった。済まない」
「情に訴えかけるつもりですか?生徒ひとりを開放したところで、私の計画は揺らがない」
ロディマスの目的は、最初からラネットの解放だったのか。
「先生。嘘ですよね。先生がこんなことをするはずない」
いつもの元気なラネットの影はどこにもない。悲壮に満ち、師のしたことを信じられない表情。
「貴方のよく知る私に変わりはありませんよ」
にこやかに、健やかに。
笑みが空々しい。
「私を、私と同じ境遇の生徒を引き取ってくれたのは、なぜですか?」
その同じ背景を持つ生徒も、数刻前のラネットと同様に、晶刻牢に閉ざされ、その生を感じられないでいる状況。
なぜ、生徒を閉じ込め、捉えたのか。それが、師のしたことだと思えないし、信じたくない。
「・・・この世界を、永遠の約束を結ぶためです。争いも病魔も蔓延ることを許さない、完全な世界の創生」
言っていることは立派だが、幼き教え子を巻き込むその思想に、大義はあるのか。光太朗はその狂言に、再び頭が眩みそうになる。
刹那。
「きゃあっ!?」
イングラムの剣が揺れ、神速の衝撃波が百合花を吹き飛ばし。
「白崎!」
その行く先を目で追う光太朗の息が締まる。
再び。
イングラムの細腕が光太朗を掴む。
無造作に、今度は直に。
喉元を絞り上げられる感覚。
「そのためには貴方には私の手駒になって頂く必要があり」
言いながら、イングラムの目が苦悶に歪む光太朗を捕らえる。
「そして、危険な思想を持つ者。不必要な存在は、私の世界には辿り着けない」
光太朗の腹部が、衝撃が撃ち抜く。
百合花は目を見開いた。
絞り上げる喉を、不快感が押し広げながら、熱い塊が膨れ上がる。
イングラムの手にした灼剣が。
光太朗の腹部を。
貫いた。




