ACT30・FLASH
「・・・その、イングラムってのが全ての元凶なのか?」
「全くその悪意と兆候を感じることが出来なかった。彼の想いは世界を支配したり、征服したりという単純な物では無かった」
光太朗の問いに、ロディマスは静かに答える。
魔力により世界を統制し、傷付く人間を生み出すことの無い、真の平和な世界を生み出すこと。それこそがイングラムの目的。だが、そのためにラネットを初めとする生徒を利用し、その気持ち、心をも自分の意のままに操ろうとした。
その時のラネットの絶望はどれほどのものだったか。信頼していた師に裏切られ、憧れを利用され。
「俺に何ができる?」
「イングラムの野望を止めたい。だが、今のウィルラントは奴の魔法により空間が凍結している。やつに対抗できる魔法使いもその動きを封じられている。不可思議な力を持つ君の力を借りたい」
ラネットとロディマスは、ビルの清掃ゴンドラ救出の件を見ていたらしい。光太朗の別の顔も知っている。
「私も手伝うよ」
そう言ってくれたのは百合花だ。
ロディマスは百合花へと視線を移し、
「頼まれてくれるか。イングラムは稀代の天才魔法使いだ。戦える数は多ければ多いほどいい」
ラネットだけでなく、今ウィルラントに生きる者たちでも最強の腕を持ち、それをラネットも認めているし、憧れだった。
アンチホープやダスター、暴走した機械との戦闘はあったが、魔法使いとはいえ、人間と戦うのは初めてだ。
「・・・神野君」
百合花が呼ぶ。
「一織ちゃんは、どうする?」
ロディマスのイングラムへの評価が言葉通りならば、戦える者の数は大いに越したことはない。だが。
「・・・一織ちゃんには、黙っておく」
そもそも、今回の件に彼女は最初から関わって居なかった。今回に限って手を貸してくれだなんて、都合が良すぎるだろう。それに、自分たちがウィルラントに居る間にダスターが現れたら対応できない。そういう意味で、一織には関わらせない。
「できれば今すぐにでも向かいたい」
「俺達は構わない」
その言葉を聞き、ロディマスが光太朗の前へと歩み寄り、手のひらをかざす。
手のひらから淡い、輝く蒼光が溢れ出し、
「向こうは空間の停止した世界だ。このまま行ってもどうにもならない。その空間から保護する魔法を掛ける」
淡い光が光太朗と百合花の身体を覆っていく。
「・・・ロディマス、お前は一体?」
空間停止は、聞く限りでは、容易に行使できない魔法に思える。それに対抗できる術も同様だろう。にもかかわらず、それを簡単に扱えるロディマス。
「今は、私のことなどどうでもいい。ウィルラントを、ラネットを救ってくれ」
傍らで白と黒の尻尾が揺れる。
「私は念ためこちらに残ろう」
「わかった。後のことは任せたぞ。ニア」
任された、とニアは尻尾を揺らす。
ロディマスは、自身が生み出した円状の空間の中に先行し。
光太朗と百合花はお互い顔を見合わせ、言葉を交わすこと無く。
円状の輪の中へ飛び込んだのだった。
時間にして一瞬。しかし、体感では一晩ほどを明かした感覚に苛まれた。
途切れた視界を光が再び結びつけた時、光太朗の意識は再起動した。
目を覚ました場所は、少なくとも自分の部屋ではない。それどころか。
「・・・・・・」
こちらを見ている百合花と目が合った。
仄かに赤く色づいた百合花の顔の向こうには、白い雲が見える。どうやら自分は上を向いているようだ。
思わず、光太朗は身を起こす。そして改めて知る。自分は百合花の足の上に頭を乗せていたのだと。所謂、膝枕の体勢をとっていた。
「・・・目覚めてるなら、叩き起こしてくれて良かったんだが」
「いやあ。気持ちよさそうに寝てたもので」
百合花は赤い顔のまま、髪を掻く。
何とも言えないむず痒さがふたりの間を流れる。
「そういうのは、元の世界に戻った時にやってもらえるとありがたい」
その空気を引き裂いたのは、座った目を向ける犬だった。
「ひゃあっ!」
それに驚き、百合花は身体を飛び上がらせる。
「こちらの空気と、張り巡らされる空間停止の魔法に、君たちの身体が適応するため意識を切ったのだろう。同期までに数刻の時間を要した」
「じゃあ、ここが」
「そうだ。ウィルラントだ」
百合花の膝の上から見た空には、雲はあるが、その動きは静止している。
「そして」
ロディマスはその視線を光太朗から回転させ、
「あれが、我らが魔法学校だ」
光太朗、百合花、ロディマスの向かう先は、この魔法学校の講堂。事件の発端となった場所。
「いいのか?こんな堂々と向かっていって」
光太朗を含む三名は、姿を隠すこと無く、周りを警戒するでもなく歩きを進める。
「ここはすでに奴の領域。姿を隠そうがすまいが、奴には筒抜けだろう。だったら正面切って押し進んだところで変わりはしないだろう」
そこは本当に学校と言った様相。建物の作りはそれこそファンタジー世界の住人になった錯覚を覚える。
ロディマスの先導で、ある建物の入口に立つ。それはこの学校の講堂であるらしかった。横に滑る扉を開く。
時は停止しているはずなのに、奥から流れてくるのは、身も凍るような薄ら寒さ。それは、その先の光景が異常とも言える景色をしているからであろう。
その広大なフロアは、左右にバスケットゴールがないことを除けば、よく見る普遍的な作りをしている。
最奥にある壇上は、教師が立つためのものであろうと容易に推測できる。事実、そこにはひとりの影が鎮座していた。
「思ったより早かったね」
その男は、透き通るような声で、こちらに視線を向けずに言った。それはまるで液体の宝石のような。銀の反射も眩しい髪を揺らす。本当にその男は胸の内に禍々しい想いを抱いているのかと疑ってしまうほど、真っすぐで澄んだ瞳。
男の視線の向かう先。
それはこの空間の異常の根源。
左右に広がる壁、その上空。
巨大な水晶のようなオブジェクトが宙に連なっている。
「何、あれ」
その光景を見て、百合花は表情を強張らせた。
その連なる水晶。六角柱の中に、影が見える。人のシルエットのしたもの。それは、SF映画で、宇宙人に連れ去られた人間がカプセルに閉じ込められているかのようで。
「ラネット・・・!」
その無数の水晶の中のひとつに、見知った顔があった。
「人の中に流れる時間を遅延させる装置『晶刻牢』。彼らたちは、私の大切な駒です」
水晶の中で目を伏せる、自身の生徒の姿を恍惚の表情で眺める男。
「イングラム・・・!貴様!!」
怒りの表情で言葉を吐くのはロディマスだ。
「貴様は、己を慕う生徒の気持ちを踏みにじるのか!」
「ですから、こうして私のために使う道具として丁重に取り扱っています」
胸糞悪くなるような言葉を端麗な顔で平気で吐く。
その男、常識人のような風貌をしておきながら、人を人として見ていない、悪魔のような男だと、光太朗は一瞬で見限った。
「この空間内でも動ける術を持つことは素直に驚嘆しましょう。ただ、彼らをここに呼んだことを、私の考えに賛同しない意思だと認めます」
イングラムの冷たい瞳が光太朗と百合花に向けられる。
「だが、私には勝てない。私のためにその生命を捧げる覚悟はできているのでしょうか?」
「御託はいい」
光太朗は沸騰しそうになる頭を押さえながら、足を一歩、踏み出す。
「ラネット達を開放しろ」
その姿を、イングラムの涼しい目がいなす。
「地上の人間よ。君には預かり知らない世界での出来事のはず。君が首を突っ込む義理もない。むしろ、私のすることはウィルラントだけではなく、全てのあまねく命にとって、福音をもたらす研究であると自負しています」
死をも克服する、まさに魔法のような夢を成そうとしているのは分かる。きっとそれは、大切な者を失った人間には、苦しい心を救済する、まさに夢の世界への扉だろう。
「自分の生徒を利用し、ラネットを苦しめ、それで訪れる世界が全ての人間の幸せであるものかよ」
光太朗の言葉に、初めてイングラムの目に優しさではない意思が宿った。
「・・・やはり、安穏と暮らしている地上の人間にはわかるまい。この私が描く崇高な意思を」
ざあっ。
イングラムの周囲に渦巻く何か。
その痩躯をも越える影が背後からまろび出る。
禍々しき意志が、煙となって人の形を象る。それは、決して平和な世界を望む者から生まれたとは思えない、悪意の塊のようにも思えた。その表情の無い目は、明らかに敵意を思って光太朗と百合花を睨めつけている。
「君が私の夢への障害となるのなら、私は躊躇いなく君たちを叩き潰そう」
イングラムの背後の影が、その身体を纏う煙を揺らめかせる。イングラムの言葉に呼応するように、その体表が波打つ。
「・・・なら、俺はあんたを倒して、その野望を潰えさせる」
「この世で最も恐ろしいのは、無知だ。私と君の間に流れる、圧倒的は力量を図ることのできない脆弱な感性もね」
「じゃあ、試してみるか」
言いながら、光太朗は右腕に左手を添える。
「ちょっと、神野君。『俺』じゃなくて、『俺達』でしょ」
百合花も、その右手に棒状の武器、『花香剣』を手にし、一歩前へ出る。
その表情には、眼前のイングラムへの怒りが見て取れる。百合花も、光太朗と同じ気持ちなのだろう。
「・・・そうだな」
隣の百合花の決意を共にし、光太朗は右腕のリングを回す。
「スケイルアップ!」
リングの盤面を腹部に通し、
「変身!」
瞬間。
光太朗の内側から渦巻く流動する感覚。それが外部へと吐き出され、空気に触れた瞬間、それは何者にも負けない硬質の鎧と化す。
紫色の光沢を称える、全身鎧。
蛇ノ目博士が開発したパワードスーツ。
『ヴァイオレットバイパー』だ。
そして。
清廉な風が流れ、隣には白を貴重とした花のドレスに身を包んだ、少女。
白崎百合花の変身した姿。
『花の騎士』ホワイトリリィ。
「・・・ほう」
イングラムの目が細められる。
「人ならざる力を求めるか、少年たちよ」
イングラムは口元を歪め、大仰に手を広げる。
「私と何が違う?その力は人に許されない強大な力であるはずだ。私が行おうとしている革命と、何ら寸分違わぬ力であるはず。人の世を砕きかねない、破壊神の欠片であるはずだ」
ざっ。
光太朗は、紫色に輝く右足を一歩踏み出し、
「そうだな」
光太朗は自分の、ヴァイオレットバイパーのもたらす力がどれほどか知っている。それは、イングラムの言う通り、下手をすれば世界を覆す、危険な能力だ。
「けど、俺達はこの力を平和のために使っている。それが、俺達とお前の違いだ」
「なおさら同じだよ。私の力も、恒久的な平和に使うつもりだ。何ひとつ違わない」
「だったら!」
イングラムの言葉を、光太朗の怒りが寸断する。
「あいつがあんな悲しい顔をしているはずがない!」
講堂の上空。
囚われている無数の生徒。
その顔はどこまでも深く、悲しみで陰っていた。
「少なくともお前は悪だ。ラネットを苦しめる、敵だ」
言いながら、光太朗は構えた。
『バイパーストライク』
光太朗のメット内にモーションパターンが表示される。
全てを砕く、光の如く神速の蹴りを生む手順。だが今は仲間を救う、断罪の一撃だ。
光太朗の右足が迸る。あらゆる力が流動的に渦巻き、硬質の力となって押し固まる。
光太朗は駆ける。イングラムへと向かって。
イングラムは背後の影を、盾にするかのように前に出す。
光太朗の右足に籠もる、溢れる輝き。
それを。
思い切り、撃ち抜く。
瞬きの間に、それはイングラムの元へと解き放たれた。




