ACT29・DARK SIDE
案の定、手作り弁当をやめたことにより、そのことすらも小清水にいじられることになるが、光太朗はそれにも冷静に「いつまでも世話になるわけにはいかない」と冷静に返す。小清水は面白くもなさそうに唇を尖らせたのだった。
放課後。
光太朗は鍵を差し込み、玄関を開ける。家の中は昨日までの喧騒はもうない。
言い表せない寂しさを思考の彼方に追いやり、光太朗は靴を脱ぐ。
キッチンでコップを片手に水を飲む。昨晩も、ここで同じことをしながらラネットと話したのが遠い日のことのようだ。
今頃は、求めていた結果を手に入れられ、笑っていることだろう。そんな考えと共に、飲み干したコップを流しに置いた時。
ごとん。
どこかで重い音が響いた。何かが崩れたような。
・・・泥棒か?
神野家に置いて、光太朗のこの先の未来は半ば決定しているので、必要最低限の物しか置いていない。金目のものなど無いに等しい。
光太朗は右腕の感触を確かめつつ、足を滑らせる。もし、強盗と鉢合わせた時の変身は業務内だよな。
廊下を足音を殺しながら、光太朗は二階に上がる。
二階の廊下も同様に進む。視線の先には閉まった扉が。そこは、神野家に来た時の涼香が泊まる部屋。昨日までラネットが身を置いていた寝室だ。
・・・何か忘れ物か?
そんな思いと共に、警戒を途切れさせずノブに手を添え、思い切り扉を開ける。
光太朗は目を見開いた。
そこにいたのは。
「・・・光太朗殿・・・」
身体を力無く、床に倒れ伏せるロディマスの姿だった。
「どうした!?何があった!?」
光太朗は慌てて駆け出し、犬の使い魔に駆け寄る。
「・・・ラネットを・・・、助けてくれ」
それだけを言い残し、ロディマスは力尽きたように首をもたげる。
「ロディマス!」
光太朗の呼びかけにも、揺する動きにも、その小さな身体は応えることはない。
「くそっ!」
光太朗はスマートフォンを取り出し、助けを求めるように画面をタップしたのだった。
「とりあえず、命に別状はないようだ」
ニアの見立てでは、ロディマスの様態は無事のようだった。
百合花に連絡を取り、ニアを先に向かわせてもらった。同じカテゴリと思われるニアになら、何とかしてもらえると思ったからだ。蛇ノ目は管轄外だろうし。
「何があったの?」
次いで現れた百合花が、心配そうに聞く。
「わからん。帰ってきたら、こんな有り様だ」
助けてくれ、という最後の言葉。ウィルラントで何かあったと考えるのが自然だろう。
だが、そのウィルラントへはロディマスの力添えが必要不可欠だろう。
ロディマスの身体をリビングに移し、今はソファで寝かせて安静にさせている。
「ニア、ウィルラントについて調べていたのはどうなった?」
「・・・ウィルラントは、マギアス同様、確かにこことは別の次元に存在する世界であろう。だが、そこへの行き来はその世界の住人でしか叶わぬものでもあると推測される」
結局何も分かっていないし、ロディマスが目覚めるまで何も出来ないということか。
「くそっ!」
怒りを散らすように吐き捨てる光太朗を、百合花は心配そうな目で見る。
「・・・初めてかもしれない」
「え?」
光太朗の小さなつぶやきを、百合花は拾う。
「今まで俺は、自分で助けを求めている人を救うため動いてきた」
事故現場。悪意を持った人間。そしてアンチホープやダスター。それは自分勝手で自己満足。ひとりよがりの行動だったのかも知れない。でも、それが確かに確実に、誰かの命を救うものだと信じて。
「でも今回は、明確に俺への助けを求めてきた」
ロディマスが意識を失い、その思いに応えることが出来ないもどかさしさ。
「・・・今は、ロディマスが目を覚ますのを祈ろう」
そう、言葉を掛ける百合花の声が、どこか遠くに聞こえた。
「少しは身体を休めたらどうだ」
白と黒が交じる尻尾が闇夜に揺れる。電気の消えたリビングで、光太朗はロディマスの側で寄り添っている。
百合花は流石にここにいるわけにいかず帰宅。ニアがサポートとして神野家に残った。
ロディマスに向き合う光太朗の背中は何も答えない。
「・・・そんなにラネットが心配か?」
その問いの答えは、ある意味百合花に絶望をもたらすかも知れない。
「・・・最初、あいつがこの家に住むってなった時、正直鬱陶しいとは思ったよ」
光太朗の言葉に、ニアは尻尾を逆立て、聞く。
「でも、これが普通の家なのかもな、って思ったよ」
それは、両親の居ない光太朗だからこそ感じた家族の幻影。涼香の存在だけでは満たされなかった、光太朗の求める物をそこに見たのだろうか。
「もし、妹がいたらこんな感じかな、って」
騒がしくもやかましい。ひとりっ子どころか、両親が同時に居た時の記憶も定かではない光太朗には、想像でしか無い関係性。
「だから少なくとも、関わったラネットが救いを求めているのなら、助けになりたい」
「そうか」
ニアはいつの間にか光太朗の側に歩み寄り、その身体を寄せる。まるで、自分の温もりを彼に与えるように。
「そのためには休め。その時に至った時、心身ともに完全でなければ、助けるものも助けられないぞ」
ニアは、尻尾を揺らし叱咤する。
「そう、だな」
心の内を吐き出したのと同時に、何故か心が軽くなった気がした。それと共に、重い微睡みが身体を襲った。改造人間になっても、不眠不休ではいられない。そんなことを思いながら、光太朗は床に身体を預け、深い眠りに着いたのだった。
目の前の視界が塞がれているのに気付いた時。
「うわあっ!?」
鋭い目つきのニアがドアップで光太朗の眼前に迫っていた。
思わず光太朗は飛び上がり、そこが自室のベッドではないことを思い出す。それと同時に、自分がそこに身を置いていた理由を思い出す。
「ロディマスは!?」
首だけをソファに向けると、そこには。
光太朗と同じく、上半身のみを起こした犬の姿が。
「・・・心配をかけた」
どうやら、無事なようで光太朗は胸の奥深くで大きく息を吐いた。
「一体、何があったんだ?」
光太朗の問いに、ロディマスは無念そうに目を伏せる。
「ウィルラントの危機だ」
「ラネットはどうした?」
光太朗の最も気にかけていたこと。ロディマスと対になるような少女の姿が見えないからだ。
「私が見聞きしたことを、全て伝えよう・・・」
ロディマスは忌々しくも、口を開いたのだった。
ラネットが魔法学園に戻ってきたあの日。
講堂には、イングラムの課題を与えられた、ラネットの友人、生徒たちが並び、その再会を喜んでいた。
グリフィス組に限らず、魔法学校は1クラスは30人ほど。お互いが回収した願いの欠片を見自慢し合ったり、近況を話し合ったり。
講堂の前方。壇上に焦がれた人物が現れた。
イングラムだ。
ラネットと試験期間中も一度会ったが、今はその時の比ではない。集めた課題を褒めてもらえる。その期待こそ、それが何よりの喜びだ。
ひとりずつ、集めた成果を壇上に置き、その時を待つ。
最後のひとりが壇上に無数の小瓶を置いた姿を見送り、イングラムは満足そうに笑みを浮かべた。
その数、数百個。様々な色の輝きで満ちる瓶の塊は、壮観であり、幻想的でもあった。
「まずは、私の試験に挑戦し、無事全員の顔がこの場所で見られたことを、私は嬉しく思います」
満足そうに、そして嬉しそうな笑顔こそがラネットにとっては何よりの褒美だ。
「私には、昔から望んでいる研究があり、今回の試験はそれを兼ねたものでもあります。君たちが力を貸してくれたことを、私は誇りに思う」
ラネット、そして彼の力添えでこの学校に通わせて貰っている生徒は、そんなイングラムの優しさと度量の一片になれて、幸せだ。
「魔法は万能だ。だが、この世界に満ちる魔力ではそれに限界がある。願いの欠片は、その限界をも越えるエネルギーになりうるかも知れない。それは、私が追い求めてきた全能。『リウィッチ』へと至る道」
魔法使いを志す者ならば、誰もが知る伝説の存在、リウィッチ。
全知全能の魔法使い。
かつて、暗雲で覆ったウィルラントを救った伝説の英雄。
最もそれに近いとされる男、イングラム。その手助けが出来て、ラネットは嬉しい。そして、彼がその存在に至ったのなら、こんなに誉れなことはないだろう。
「この願いの欠片は、その可能性を広げる希望だ」
力強く、頼もしい言葉。
魔力の限界を広げることは、可能性を広げることだ。
かねてより魔法使いの悲願であった生命への干渉。それは、死者をあの世から呼び戻す、失われる命を減らす、悲しみのない世界の創造。
それは、ラネットが記憶の彼方に沈んでいる両親を知れる希望になるかも知れないのだ。
「私の研究はその第一段階。空間跳躍に着手しました」
この世界に限らず、魔力に匹敵、いや、それ以上のエネルギーを有する世界への開通。
「第二段階は、空間凍結。時間への干渉」
時間の進みを遅く、そして停止することは、生命の干渉へと繋がる。今はそれこそ空間のみへの干渉だが、やがては人体にまで及ぼすことを目的としている。人体の時間を遅延、停止が可能になれば、例えば死への時間を引き伸ばすことが可能になるかも知れない。
「だがそれも、魔力だけでは到底叶えられそうにない空想レベルの戯言でした」
イングラムは壇上に並ぶ、目も眩むような輝きを目にし、その顔に笑みを浮かべる。
「だが、これだけの希望の塊を見ていると、私の願いは叶えられそうな気がしてきました。私は探究心が押さえられない。知りたいと欲が生まれる。一刻も早く、計画を推し進めたい!」
熱を帯びるイングラムの言葉。それは、子供のような無邪気で純粋な笑顔。
「君たちには、その贄になってもらいましょう」
イングラムの纏う空気が、変わった。
壇上の下では、生徒が不安な表情でイングラムの変化を見ている。
「イングラム先生?」
生徒のひとりが、不安そうに声を上げる。
「安心なさい。君たちが目を覚ました時、そこは永遠の世界が待っていることでしょう。もっとも、目が覚めれば、の話ですがね」
そう言いながら、イングラムは懐から何かを取り出す。腰から鎖で繋がれた、懐中時計だ。
「さあ、永遠の世界へ旅立ちましょう」
そう言って、イングラムは手にした懐中時計に力を込める。
「まずい!」
ロディマスがラネットの懐で叫び、同様にカバンの中で懐中時計を掴む。
まばゆい閃光が周囲を照らし、その場にいる生徒全ての視界を焼く。
ラネットのまぶたの向こうの光が収まったのは、果たして数秒か、数分か。
庇った腕を下ろす。開いたラネットの目が映し出した世界は。
「何・・・これ」
同様に、眩しい光から守るように目を伏せ、腕で覆う仲間の姿。ただ、その姿はその動きのまま停止している。
まるで、時間が静止したかのように。
「・・・ほう?」
イングラムが奇妙な物を見るような目で、唯一その呪縛から逃れた存在を見る。
いつもの優しい目ではない、どこまでも深く、冷たい目。
いや、もうひとり。
「使い魔ごときが、小賢しい手を使うものだ」
「貴様が込めた魔力で相殺させただけの話だ」
イングラムが時間停止の魔法を使う瞬間、ロディマスがラネットの懐中時計を起動させたのだ。その魔法も、イングラムが込めたもの。同質の魔法の行使は同量の魔力により相殺される。
「随分と頭の回る犬だ」
「貴様より長く行きているだけだ」
ひとり、混乱しているのはラネットだ。何が起きているのか、理解が出来ない。いや、理解しようとしない。
この異常の原因は、イングラムだ。
「何を、したのですか?先生・・・」
「永遠の世界への研究だよ。・・・丁度いい。君にも手伝ってもらおうか」
イングラムが右手をかざす。壇上の眼下のラネットへと向かって。
「くっ!」
ロディマスは小さく呻き、言葉を吐く。
ラネットの側に大きく、人ひとり通れるくらいの円状の空間が開く。
「逃げるんだ、ラネット!」
とりあえず、この場は危険だ。ラネットは守る。ロディマスの身体が、ひとつの使命に燃え、揺れる。
くらり。
頭を混乱で満たすラネットの身体が、引き寄せられる。壇上で糸を手繰る動きに合わせ、その身体が引き寄せられる。
それに抵抗するように、ロディマスがラネットの身体を魔力で覆う。
「永遠の世界は、人間の目指すべき完全な世界だよ?なぜ、それを阻む?」
「お前は、全知全能を思い違いをしている」
「何?」
「完全な人間などありえない。不要だ。だからこそ、人は繋がりを求める」
人間同士が生み出す輝きがそれを証明している。
「そうか」
差して興味が無いように、イングラムは冷たい笑みを続ける。
ぐん。
イングラムが手を握る。
瞬間、眩い光が炸裂し。
ロディマスの身体に見えない衝撃が叩き込まれ。脳髄を揺らす連鎖がロディマスを嬲り。
「がはっ・・・!」
小さな身体は衝撃で弾き飛ばされ。床に思い切り叩きつけられる。
「君は厄介そうだ。ここで消そう。完全な世界には必要ない」
「神を気取ったつもりか・・・!」
ロディマスの視界が白濁する。
「そんな大層なものに憧れるつもりは無いよ。ただ、完全な世界を導く指導者には身を置かせてもらうつもりだ」
「・・・くっ!」
ロディマスは最後の力を振り絞り。
自らが生み出した円状の穴に。
飛び込んだのだった。
必ず、戻って来るという決意と共に。




