ACT28・HOMECOMING
ラネットを初め、イングラムの生徒に課せられた課題のための期間は一週間だ。
その間により多くの願いの欠片を集めること。それがラネットの所属するグリフィス組の昇級試験だ。
この間、懐中時計の魔力補給のために一時帰還した時にでも良かったのだが、手に入れた願いの欠片は、最後にまとめて渡したい。帰るまでに、より多くの課題をこなしたい。そう思っている。
「・・・で、何で俺がこんなことに付き合わなきゃなんないんだ」
今日は日曜。
駅前のショッピングモールに光太朗とラネットはいた。
「アンタに願いの欠片の手伝わせてあげるって言ってんの」
そんなの、当然光太朗から手伝いたいなんて進言したわけじゃない。
「人手があったほうがいいでしょ。それに」
ラネットの目が細められ、光太朗の顔を下から突き上げるように睨みつけ。
「これでアタシの裸を見たことは手打ちにしてやろうって言ってんの。アンタに拒否権はないんだから」
その言葉に、光太朗は慌てて詰め寄り、
「お前、こんなところで何言ってんだ!?」
日曜の駅前。周囲には当然人の波がひっきりなしにふたりのそばを流れている。
「事実でしょ。・・・それに、今日を我慢すれば、晴れて穏やかな生活が戻るのよ?少しくらい手伝ったってバチは当たらないわよ」
不遜な性格ながら、ラネット自身も他人の家に身を置いている状況を当たり前のことだとは思っていない、僅かな遠慮が垣間見える。
ラネットの当初からの目的が、願いの欠片の収集とは聞くが、その実を光太朗は知らない。
光太朗と涼香の間から生まれた、心が穏やかになるかのような神秘的な輝き。
それは、人間と人間を繋ぐ繋がりの輝き。それがどのように紡がれ、回収されるのか興味はあった。
母親に手を引かれて歩く子供。仲睦まじそうに手を絡め合う恋人。楽しそうな笑い声の絶えない友の輪。
ラネットが空き瓶の栓を開けると、みるみるうちにその空き瓶がカラフルな輝きで満ちていく。
それは実に簡単で簡素。味気ないものではあったが。
指定した人物の間に生まれた願いの欠片を、魔法の空き瓶が探知し、自動で回収するのだという。
この地上での願いの欠片の回収は、当初質を重視していたが、もう残された時間もないので、質より量を重視とした。それにこだわらなければ、回収自体は容易だ。
次々に満たされていく空き瓶を眺め、ラネットは満足そうだ。
「・・・こんな簡単なら、俺、要らないんじゃないのか」
空き瓶が次々に満ちて行くのを見て、光太朗はそんなことを思った。自分がラネットの立場なら、助けなど要らないのではないのか。
ラネットは瓶の中の流動体を太陽に目を細めながら透かし、
「何言ってんの?アンタには、やってもらわなきゃいけないことがあるんだから」
そう言って、ラネットはニヤリ、と笑った。
そんなふたりの様子を、遠間から見ている影がある。
「ねえ、ニア。良くないよ、こういうの」
傍らの半黒半白の猫に困ったような顔で言うのは百合花だ。その足元で、同じく遠間の光太朗とラネットへと視線を向けているのはニアだ。
「何を言う。君が私を彼の元へ監視を願ったのではないか」
「か、監視って。私はそんなつもりじゃ」
光太朗の家にニアを向かわせたのは、年頃の男女が共に身を置くことを危惧した、クラスメイトからの心配故だ。
でも、それは要らぬお世話だったのだろうかと思い知る。
ラネットの当初の目的であろう、空き瓶に願いの欠片を次々と詰めていく姿を遠馬からぼんやりと眺めつつ、そんなことを思う。
それは、卑しい嫉妬心なのだろうか。
・・・嫉妬?
私は別に、彼の何でもない。ただ、同じ目的を主とする、戦士だ。その隣にいるのが自分ではないからって、何を心を取り乱す必要がある?
「・・・水晶花が揺れているぞ」
ニアの半眼が、沈んでいる百合花へと向けられる。
「君はもっと、素直になればいい。君が彼に向けているものは、同情か?同じ志を持つ仲間としてなのか」
百合花は、両親のいない光太朗の境遇と、いずれ直面する仄暗い未来を知った。
同じ戦う能力を、闇を払う力を持つ仲間同士、力を合わせたいと言う気持ちは本当だ。
それ以外の気持ちがあるかと言えはば・・・、今はわからない。
ニアは、百合花の無言の葛藤に、小さく息を吐いた。
あのアンチホープの女王を退けたとは思えない、あの勇者の姿が見る影もない。この辺はまだ、心の未熟な乙女なのだな、とニアは思った。
「む。君がちんたらしているから、ふたりの姿を見失ったではないか」
ニアが喧騒の方へ視線をやると、そこにはすでに光太朗とラネットの姿は無かった。
「えへへー」
ラネットの手に握られているのは、コーンに乗った白く冷たい塊。
それを舌で舐め取ると、ラネットは願いの欠片よろしく、目を輝かせて表情を弛緩させた。
「向こうにはソフトクリームはないのか」
「冷たい氷菓子くらいはあるけど、こんなにふわふわでとろける食感はないわね」
光太朗の質問に答えつつ、ラネットは手にしたアイスに舌鼓を打っている。
光太朗をここに連れてきた理由。何のことはない、フードコートに売っている食べ物を奢らせるためだった。以前、願いの欠片回収の折り、立ち寄った時に気になったのだと言う。当然、ラネットはこの世界のお金を持っていない。
普段節制している光太朗には考えもつかない、選択肢にもない行動だ。
餞別だと思って奢ってよ!とはラネットの言葉だ。一体何様だ。
今回のことでわかったのは、最後だからと言って傲岸不遜な性格が穏やかになることもなく、それでいて、ラネットが甘いもの好きだということだった。
夜。
なんとなく寝付けずに光太朗は台所へ水を飲みに来た。
同居人は同じ考えだったようで、丸でここが自分の家かのようにコップの水を口に含んでいるところだった。
それを流しの中に収めたところで、
「あ、そうだ」
と思い出したようにラネットが言う。
「パジャマとかありがと、お礼は・・・言うわけにはいかないよね」
自分の私服以外は、この家に置いてある涼香の物を身に付けていた。
光太朗も空のコップに水を水を汲む。
「何か、羨ましいって感じた」
突如、ラネットがつぶやくように言った。
その先の言葉が夜の静寂に溶け、消え始めた時、
「アタシも、両親いないんだ」
なんとも言えない空気を割くように、そんな言葉が耳に聞こえた。
「でも、アタシは幸せなの。だってイングラム先生がいるから」
そう言って薄暗い闇の中、それすらを晴らすような笑顔を見せた。
「イングラム先生は凄いのよ!アタシたちのような孤児を優先的に引き取って、私財を投じて寮に住まわせ、魔法を習わせてくれるの!」
度々聞く、ラネットから発せられるイングラムという名の存在。それはラネットにとって支えであり、希望なのだろう。それは奇しくも、光太朗と涼香との関係に重なる。
「そうか。じゃあ、今回の試験で喜んでくれるといいな」
子供同然に育てた生徒の成長を喜ばな人間などいない。
「当然よ!グリフィス組の中でもトップ通過してやるんだから!」
ラネットから聞くイングラムの功績、話。それはラネットの憧れが詰まった、英雄のように思えた。
翌朝。
「んじゃ、世話になったわね」
ラネットの懐には、様々な輝きが満たす瓶が連なっているに違いない。それは、彼女の希望でもある。
神野家の玄関。こんこんと靴の爪先を床に打ち付けながら、ラネットは言う。
「この恩、忘れますまい」
カバンの中からロディマスが最後の別れを惜しむ。
「これだけ集めれば、イングラム先生も認めてくれるだろうし、昇級間違いないわ」
イングラムの名を口にする時、ラネットはいつも嬉しそうなのだ。昨晩、それを強く感じた。
朝日が照らす、早朝。
「マイティブルーム!」
ラネットがその言葉を口にすると、手の中に収まった、箸サイズの棒が、言葉に答えて変化する。
それはまさに道端を掃除するような、箒だ。
ラネットはそれにまたがると。
「アンタも達者でやりなさい」
それだけを言うと、ふわり、とラネットの両足が地から離れ。
光太朗の視界が前から上へ。
音もなく、ひとりの女の子と犬の使い魔は、遠い空へと消えていった。
「あ、そうなんだ」
その言葉を聞いた時、百合花は妙な開放感と共に、残念な気持ちを感じた。
ラネットが無事に元の世界に戻ったという報告を受けたのだ。
それに伴い、弁当を作るという義務から開放された。人ひとり増えたことによる、食費の増大を危惧して初めたことだ。今この瞬間から、その責務を負わなくていいことになる。
だから、これは最後の弁当だ。
「今までありがとうな。これも美味しく頂くよ」
そう言いながら、光太朗はカバンの中に包みを詰めた。その表情が、どこか寂しそうに思えたのは、百合花の気のせいだろうか。
空間跳躍の魔法で作られた扉を抜け、懐かしい匂いの混じる空に出る。
そこは紛れもない、ウィルラントの空だ。
そして、眼下には見慣れた学び舎が。
手近な広場に箒と共に降下。
ラネットは、夢が叶う希望。そして師への溢れ出る想いを胸に、校舎へと駆け出したのだった。




