Episode 86
慌ただしい毎日は飛ぶように過ぎていき、私たちの結婚式はいよいよ三日後に迫っていた。他国からの招待客も今日から続々と到着し始め、招待客たちが滞在する離宮は、普段とは違った異国の香りが漂っている。
「お!イライザ!卒業式ぶりだな!ちょっと見ないうちに、また綺麗になってるじゃないか」
招待客たちに挨拶するため離宮を訪れると、ちょうど到着したばかりのアランが手を振ってきた。
「アラン陛下、お忙しいところありがとうございます」
少し前、私たちは無事学園を卒業した。卒業後すぐ、アランはネメシア王国の国王の座に就いたのだ。
「まだ陛下って呼ばれるのに慣れないんだよな」
アランが少し照れくさそうに笑う。国王になってすぐで忙しいだろうに、私たちの結婚式には何がなんでも行く!と、前々から執務を調整してくれていたらしい。
「私も戴冠式を拝見したかったですわ」
「イライザもあの戴冠式を見たら、俺に心変わりしちゃったかもしれないぜ。俺の美貌を目の当たりにして、今各国から縁談が殺到してるんだ」
「ふふ、王冠を被ったアラン陛下は、さぞやお美しかったことでしょうね」
変わらないアランの軽口に、私は笑った。
アランの戴冠式には、カンパニュラ王国からは国王陛下と王妃殿下が出席した。両国の親交が深いという理由は当然ながら、国王陛下ご夫妻は留学している第二王子ルディの様子が見たいだろうとパトリックが配慮したのだ。ルディがネメシア王国の学園で奮闘する様子を、影からこっそり見て帰ってきたと聞いた。幸い真面目で努力家の友人に恵まれ、その影響を受けながら頑張っているらしい。
「それにしても、遂にパトリックとイライザが結婚か。二人の婚約には驚かされたが、間違いない組み合わせではあるよな。二人は俺の恩人でもあるし、幸せになってくれよ」
「ありがとうございます。アラン陛下も、早くいいお相手が見つかるといいですね」
「まあ、俺はいくらでも縁談があるし、何人でも娶れるからな。でも、もしもイライザが嫁いできてくれてたら、一夫多妻制を辞めたのになー。おっと、そんなこと言ってると、パトリックが攻め込んでくるか」
にやっと笑ったアランを、思わず非難がましい目で見上げてしまう。
「そんな冗談を言っていないで、心から大切にしたい方ができたら、ちゃんと誠実に接してあげてくださいね。私だったら、好きな人に他にも奥さんがいるなんて耐えられませんもの。それぞれの国の文化ですから、仕方がありませんが」
「そうだな。本当に大切にしたい人に出会えたら、な」
アランの目が、どこか切なそうに私を見下ろした。その何ともいえない表情。アランの真意がわからなくて、ちょっと混乱する。アランは一度私をネメシア王国に攫いかけたけど、もうそれはとっくに終わった話で…。
「イライザ、俺…」
アランの手が、ふとこちらに伸びてきて、思わず身構えた瞬間――。
「アラン、到着してたんだな」
突然後ろからパトリックの声が聞こえて、アランの肩がびくりと揺れた。伸ばしかけていた手が、慌てて引っ込められる。
「お、おおパトリック、いや、今のは違うんだ」
動揺を隠しきれない様子で、アランが振り返った。
「うん?何のことかな?」
おっと。パトリックの目が笑ってないぞ。なんかヤバそうな気配…。
「あ!ほら、これ!イライザの髪に葉っぱが付いてたんだよ!それを取ろうとしただけだから!」
アランは私の髪からぱっと葉っぱを取って、パトリックに見せた。
びっくりした。葉っぱを取ってくれようとしただけだったのに、私も変に身構えちゃって申し訳なかったな。
「あら、いつの間に。アラン陛下、ありがとうございます」
お礼を言う私の腰を、パトリックがぐっと引き寄せた。
「ありがとうアラン。でも、次からは口で教えてくれればいいからね」
「相変わらずだなパトリック…。悪かったよ」
パトリックに睨まれて苦笑いするアランの顔を見て、私は密かに、アランにも本当に早くいい人が見つかりますように、と願ったのだった。




