Episode 85
王太子になったパトリックの執務量は、以前よりも確実に増えた。学園に通いながら執務をこなしているパトリックは、時折学園を早退することもある。以前も緊急時には早退することがあったけど、最近は頻度がかなり上がったように思う。まあ、パトリックは成績優秀で、もう卒業までに必要な単位はすべて取得しているらしいから、早退しても問題ないんだろう。
本当は学園に登校しなくても大丈夫みたいなんだけど、私と一緒に学園生活を送るため、律儀に登校しているようだ。一緒に学園に通えるのは正直嬉しいけど、忙しすぎて身体を壊さないか心配でもある。
私も妃教育があるので、学園が終わった後毎日登城している。パトリックが早退していなければ、もちろん一緒の馬車で。
私の妃教育も、最近は終わりが見えてきて、前よりも早く授業が終わるようになった。だから妃教育が終わったらパトリックの執務室に寄って、一緒にお茶を飲んだ後、執務を手伝ってから、迎えに来たお父様と帰るのが、このところの流れになってきていた。週末は結婚式の準備があるし、登城しない日の方が珍しいくらいだ。
妃教育は大変だけど楽しかった。幸いゲームをやり込んでいたおかげで、この国のだいたいの状況や、周辺国との関係は把握できていたから、あとは詳しい地理や情勢、王族としてのマナーなどをしっかり頭に入れることが中心で、前世ではまったく知らなかった世界を知っていけるのがおもしろい。短期間で詰め込まなくちゃならないこともあったけど、前世での受験勉強や仕事の研修なんかを思い出しながら頑張った。もともと目標があると頑張れる質だったのが幸いしたと思う。努力はしておくものだ。
「そういえば、城中にイライザ信奉者が繁殖してるらしいぞ」
今日もパトリックの部屋で頼まれた書類を作成していると、同じく書類に向かっていたパトリックがふと顔を上げ、思い出したように言った。
「信奉者?ですか?」
「そう。イライザが俺の執務を手伝うようになって、これまで事務官が作ってた書類よりも段違いに見やすくてわかりやすい書類が提出されるようになった。しかも、処理スピードまで上がっている。前に手伝ってもらった時もそうだったけど、こんなにデスクワークができる令嬢がいるなんて、ってあちこちで言われてるよ。しかもそれが王太子の婚約者なんだ。注目も浴びるさ。おかげで最近はイライザの作った書類の体裁を真似る者が多くて、見やすくなって俺も助かってる」
パトリックは手にした書類を私の方に向けた。私の書類を真似たであろうその書類は、データの分析にグラフが使われたり、参考資料が添えられたりしていて、見やすく体裁が整えられていた。
「それは、沢渡部長のご指導の賜物ですね。その辺は本当…しっかりと鍛え上げられましたからね…」
私は窓の外を眺めながら遠い目をした。この世界に転生してまだ一年も経っていないのに、毎日沢渡部長にダメ出しされながら残業をしていた日々が、かなり遠い昔に感じられる。あの地獄のような社畜生活も、今こうして報われる日が来たんだから、無駄じゃなかったんだな、と思うと、救われる気がする。
「美しくて仕事もできて、妃教育も完璧。そんなイライザを崇拝する奴らがうじゃうじゃ湧いてるようだ。イライザへの評価は当然だけど、俺の婚約者に変な目を向ける奴がたくさんいるのはどうにも…」
パトリックがちっと舌打ちした。――そのご尊顔で舌打ち!!悪そうな表情もめちゃくちゃいい!相変わらず心臓に悪い美貌に密かに撃ち抜かれながら、私はこほん、と咳払いをして平成を装う。
「王太子殿下の婚約者として、恥ずかしくない評価をいただけているのであれば、私は嬉しいですけど」
「あまり周りの奴に愛想振りまかなくていいからな」
「そんなに愛想振りまいてるつもりはないですよ」
「いや、お前は大城の頃から、人当たりのよさは最大がデフォルトになってるからな。無意識に信者を増やしてる。もっと無愛想でいい」
「えー、そんなことないですよ。それに、私の評価はパトリック様の評価にもつながると思うと、無愛想になんてできませんよ」
「俺のために頑張ってくれていると思うと、それはそれで嬉しいが…。まあ、ほどほどに頼む」
「わかりました」
少し拗ねた表情のパトリックが可愛すぎて、私はにやにやしながら頷いた。




