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Episode 87

 結婚式当日。

 薄暗いどころか、まだ真っ暗なうちから身支度を始めた私は、何度も欠伸をかみ殺しながらヘアメイクをしてもらっていた。婚約披露パーティーの時よりもずっと早い時間から準備もスタートしているので、無理もないと思う。そんな時間なのにも関わらず、相変わらずカリンさんやマリーさんの手際は見事で、着々とヘアメイクが進んでいく。

 今日のために磨き抜かれた髪や肌は、艶々として我ながら惚れ惚れするほど。イライザに転生できて、本当によかった。鏡に映る美貌を眺めながら、しみじみ思った。

 それにしても、いよいよパトリックと結婚かぁ。今更ながら感慨深いな。社畜から悪役令嬢に転生して、そこからは本当に目まぐるしく、波瀾万丈だった。前世からは想像もできないことばかり起きる毎日は、大変だけど刺激的で。仕事に追われて忘れてしまっていた恋愛感情というものも思い出させてくれた。仕事もやりがいがあって嫌いじゃなかったけど、この世界は更にやりがいを感じることが多いように思う。未経験のことに挑戦する機会が多いどころの話じゃないし、魔法だしファンタジーだし。だけど、一緒に乗り越えていける人がいるっていいな、って実感する日々。充実してるなーと思う。身体が十代なのも大きいんだろうけど。ただ、十代の身体だからって無理をし過ぎないようにしないといけないな。


 私が色々と思いを馳せている間に、ヘアメイクはほぼ完成していた。

「では、ドレスの着付けに入らせていただきますね」

 コルセットを手にしたカリンさんが、にっこりと微笑んだ。

 イライザほどのプロポーションでも、この世界のドレスにはコルセットが必須だ。この辺り、王太子妃になったら違う流行を生み出したいところではある。

「ええ、よろしくお願いしますわ」

 私はコルセットへの抵抗感を顔に出さないように努めながら、上品に微笑み返した。


 ドレスの着付けが終わり、部屋を出る。

 結婚式の前に、国王陛下や大神官たちの立ち会いの下、婚姻誓約書にサインをする儀式があるのだ。だから、今着ているのはその儀式用のドレス。結婚式にはまた別のドレスを着るし、結婚式後のパーティーではまた別のドレスを着るので、今日は3着ドレスを着ることになっている。今のドレスはスレンダーラインの比較的シンプルなものなので、移動もそんなに大変じゃないけど、結婚式のドレスはプリンセスラインのゴージャスなドレスだから大変だろうな。


 儀式を行う部屋の前では、パトリックが待っていた。

「おはようイライザ。――うん、本当に綺麗だね」

 パトリックは私を優しい瞳で見つめて、感嘆の溜息を漏らすように褒めてくれた。面と向かって褒められるのは、嬉しいけどやっぱり少し照れくさい。

「おはようございますパトリック様。パトリック様も本当に素敵です」

 私のドレスと揃いの刺繍が入った白いタキシードを着たパトリックは、それはそれは眩いほどの美しさだった。ゲームでは結婚式のシーンのスチルのみだったから、もちろんこの姿を見られるのはこの儀式だけ。衣装を決める時はサンプルを見ただけだから、パトリックが着ているところを見るのは私も始めてだ。無課金でこの姿を間近で見られるなんて、それだけでも転生した甲斐があるというもの…。

 あまりに私がうっとりと見蕩れていたから、パトリックが私の耳元に顔を寄せて、こっそり呟いた。

「見蕩れすぎ。この顔が好きなのは十分わかってるけど、それでもちょっと妬けるぞ」

 そう言われてパトリックの顔を見上げると、何故かその顔が沢渡部長の顔と重なって見えた。

「大丈夫です。中身もとっても…ものすごく好きなので」

 小声で答えた私を見下ろすパトリックの顔が、満足気に微笑む。言葉にするとどうしてもまだ恥ずかしくて、耳が熱い。

「それが聞けて嬉しいよ。俺も、お前の全部を愛してる」

 そんな私の赤くなっているだろう耳元で呟かれたパトリックの声が、じんわりと心に染み込んだ。

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