Episode 80
キリアンには、マリヴェル侯爵がパトリックを呪殺しようとした、ということだけが伝えられ、それにキリアンのプレゼントが使われたことは伏せられることになった。大好きな兄のために一生懸命選んだプレゼントがそんな企みに使われたと知れば、キリアンは心を壊してしまうかもしれない。兄弟の中を引き裂くような真似をしたマリヴェル侯爵が本当に許せなかった。
パトリックの執務室から用意されていた客間に戻り、パーティーのドレスを脱ぐ。シャワーを浴びると、やっと緊張感から解放された気がした。もう夜も遅いし、マリーさんが入れてくれたハーブティーを飲んだら寝よう。
ハーブティーを飲みながらほっと一息ついていると、ドアがノックされる。応対してくれたマリーさんの後ろから、少し申し訳なさそうに顔を出したのはパトリックだった。
「就寝前にごめんね。少しだけ話せるかな?」
マリーさんには控え室に下がってもらい、ソファにパトリックと向かい合って座る。
「マリヴェル侯爵と呪術師を捕らえ、投獄したという知らせが入った。明日から取り調べを始める」
さすがにこれから取り調べなんてしたら朝になってしまう。前世とは違い、パトリックになってからはちゃんと仕事を明日に回せるようになったんだなあ、と、変なところで感心してしまった。そんな私の様子に気づいたのか、パトリックが苦笑いを浮かべる。
「この世界では、定時なんてあってないようなものだからな。上司が適切に指示しないと、いくらでも働かせ過ぎてしまう。まあ、前世では大城たちにはかなり無理をさせてしまっていたからな。反省は活かしていかないと」
それは本当にそう。ここでは上に立つ人の言葉は前世よりよっぽど重いもんね。やれと言われたらやるしかない。逆に、帰れと言われれば堂々と帰れる。
「それなのに、こんな遅くに部屋に来て悪い。経過の報告と…イライザの顔を見たかったから、つい」
私は思わず吹き出した。申し訳なさそうな顔が可愛い。
「私は今、パトリック様の部下ではないので、大丈夫ですよ」
「ありがとう。そうだな。今は、愛しい婚約者だもんな」
申し訳なさそうな顔が一変し、嬉しそうに微笑む。本当はこの人、こんなに表情豊かな人だったんだなぁ。前世で恋人同士になれていたら、こうやって色々な表情を見ることができたのかな?いや、前世ではまったく沢渡部長の気持ちになんて気づけなかったし、仕事でいっぱいいっぱいだった。だから前世で恋人同士になることはなかっただろうな。でも、今はこうして、顔を見たかったなんて可愛い理由で会いに来てくれる、大好きな婚約者。なんか不思議だ。
じっとパトリックの顔を見ていると、パトリックがにっと笑った。
「こうしてすぐに会いに来れるから、やっぱり早く王城に引越してきてほしいな」
「どさくさに紛れて私の引っ越しを早めようとしてませんか?」
「バレたか」
「バレますよ」
見つめ合い、微笑み合う。こうやって大切な人と過ごせる時間を守るために、パトリックの立場をより盤石にしないと。第二王子派や第三王子派のような、邪な考えを持つ人たちがもう出てこないように。
「大丈夫だよ。第三王子派を今回排除できれば、もう国内に妙な考えを持つ勢力はいなくなる。狙い通り、第三王子派もいいタイミングで尻尾を出してくれたからな」
なんでパトリックは、いつも私の考えていることがわかるんだろう?そんなに考えてることが顔に出てるんだろうか?
「私、王太子妃になるのに、大丈夫なんでしょうか…」
頬を両手で抑えて不安を口にした私の頭を、パトリックがはは、と笑いながらぽんぽんと撫でた。
「大丈夫。外でのイライザは完璧だから。こうやって俺といる時にわかりやすいのは、心を許してくれてるって思えるから嬉しいよ」
「それならいいんですけど…」
複雑だけど、パトリックの前でだけならいいか。私は素直に頷いた。
「心配してくれてありがとう。第三王子派のことなら問題ない。しっかり取り調べて、悪しき芽はすべて摘み取る。今後他の貴族が、そんな考えを抱こうとも思えないくらいに叩き潰すから安心しろ」
ダークヒーローの如く不敵な笑いを浮かべたパトリックを見て、心底この人が味方でよかった、と思ったのだった。




