Episode 79
お父様に呼び止められ、私が滞在している客間からパトリックの執務室へと行き先を変えた私たちは、執務室に入ると応接スペースのソファに座った。
「大変申し訳ないのですが、先程キリアン殿下から渡されたプレゼントを、少しお預かりしてもよろしいでしょうか?」
お父様の表情は硬いまま。もしかして、あのプレゼントに何かあるんだろうか?さっきの無邪気な笑顔の裏で、キリアンがパトリックに何かしようとしていたとは思いたくない。
「キリアン殿下の教育係に私の影を飛ばしてずっと監視していたのですが、その際にちょっと不審な点がございまして、確認をさせていただきたいのです」
「わかりました。これですね」
お父様の言葉に、パトリックはさっきキリアンからもらったプレゼントをお父様に渡した。
「開けても構いませんか?」
「ええ」
お父様は慎重にプレゼントの包みを開く。出てきたのは黒に近い深いグリーンの万年筆だった。重厚感があり、一目で高級品だとわかる。
お父様はハンカチで万年筆を覆いながら持ち上げ、じっと目を凝らし、しばらく注意深く万年筆を確かめていた。やがて、万年筆を箱に戻し、はぁーっと深い溜息を吐く。
「やはり…呪術の痕跡があります。使う者を死へと導く呪いがかけられていると思われます。この万年筆を使えば、徐々に体調を崩し、半年と経たないうちに死に至るでしょうな」
死に至る呪いと聞いて、思わず息をのむ。黒魔法の使い手であり、あらゆる魔法や呪術に詳しいお父様が言うのなら、きっと間違いないんだろう。でも、そんな呪いがあるなんて。そしてそれが、パトリックに向けられていたなんて。
「その呪いは、キリアン殿下が…?」
恐る恐る聞いてみると、お父様は首を振った。
「いや、キリアン殿下はただ、純粋にパトリック殿下へのプレゼントを選んだだけだ。それを呪術師に渡し、呪いをかけさせたのは、教育係のマリヴェル侯爵だ」
「第三王子派が動いたのですね」
パトリックには心当たりがあったのか、やはり、といったように頷いた。
「呪術師って、そんなに簡単に見つかるものなんですか?」
ラブソニでも、呪いが存在するというようなエピソードは確かにあったけど、実際に呪いをかけられたり、呪術師が出てきたりしたことはなかった。
パトリックのバッドエンドでも、パトリックは剣と毒で襲撃される。第二王子派が雇った刺客に切りつけられ、応戦している間に、魔毒を顔にかけられ、失明してしまうのだ。魔毒は魔法を帯びた毒のことで、治癒魔法や白魔法が効きにくいとゲームでは説明されていた。バッドエンドに至るということは、ヒロインアンジーの白魔法の力やパトリックからの好感度が基準に達していなかったということなので、当然アンジーの白魔法の力は足りず、魔毒を解毒することができなかった、という結末だったはず。
「アスター帝国の混乱に乗じて、彼の国の呪術師が我が国に入国したのは存じておりました。何も問題を起こさないうちは…と、これまで監視するに留めておりましたが、こうした依頼を受けたとあっては、看過できませんね」
お父様はふるふると頭を振り、眉間に皺を寄せて溜息を吐いた。
なるほど、あのアランルートのバッドエンドの事件がきっかけで、呪術師がアスター帝国からここカンパニュラ王国に流れてきたってことなのね。ゲームではあの事件は違った結末を迎えていたから、呪術師が実際に登場することはなかったんだ。あらためて、ここがラブソニの世界でありながらも、それだけでないということを思い知らされる。
「呪術師の身柄は、今頃アンドレが拘束しているはずです」
「さすが、仕事がお早い」
お父様の言葉に、パトリックがにっこりと微笑んだ。
「当然、マリヴェル侯爵が依頼したという証拠もあるのでしょうね?」
「ええ、もちろん。すべて魔石に記録してございますので、ご安心を」
二人がにやりと黒い笑顔を浮かべる。ああ、第三王子派の人たち、馬鹿だなあ…。この人たちを敵に回したって絶対に無理なのに。第二王子派の人たちの末路を見ていただろうに、どうしてこんなことしちゃったかな…。
まあ、同情なんて全然しないけどね。パトリックに呪いをかけて命を奪おうなんて、そんなこと企んだ時点で絶対に許せないし。ただただ考えの浅さに呆れるばかりだ。
「この万年筆にかけられた呪いは、きっちりかけた本人に返させましょう。人を死に至らしめる呪いです。当然呪い返しも相応のものとなります。こうした強い呪いに失敗した呪術師も、もちろん無事ではいられないでしょう」
人を呪わば穴二つ、ってやつね。当然でしょうね。でも、一生懸命プレゼントを考えて万年筆を選んだだろうキリアンのことを考えると、胸が痛む。
「イライザ、大丈夫だ。呪いを解けば、万年筆はちゃんと使えるようになるよ」
お父様が言った。私が何を考えていたか、わかってしまったみたいだ。その言葉を聞いてほっとする。パトリックも少しだけ表情が明るくなった。
「キリアンの気持ちは受け取れそうで、少し安心しました。まあ、それでも信じていた教育係が何をしたのかは知ることになるでしょうし、傷つくことは避けられないかもしれませんが」
第二王子のルディと違って、キリアンは本人が王位を簒奪するように唆され、それに流されてしまったわけではない。処分を受けるのは勝手にパトリックを排除しようとした教育係と、それに関わった人たちだけだろう。でも、自分が師と仰いでいた人がそんな悪巧みをしていたと知ったら、辛いだろうな。
机に置かれた万年筆を見つめる。一生懸命パトリックのことを考えて選んだんだろうに…。どうしてもキリアンの心を心配せずにはいられなかった。




