Episode 28
お父様たちの動きがわかるようにリビングルームに移動した私は、アンドレからもらったノートに目を通しながら、部屋からお父様かアンドレが出てくるのを待った。
ノートの情報によると、黒魔法を使った後は体力の消耗が相当激しいらしい。体力を強化するために普段からどんな生活を心掛けるべきなのかや、体力の消耗時によく効く薬草のことも書かれている。
確か、この邸には薬草庫があったはず。私はすぐに薬草庫に行ってみた。
さすが公爵家の薬草庫、壁二面が薬棚になっていて、そのうち右手の一面には何種類もの薬草の名前が貼られた引き出しがずらりと並び、正面の一面には調合済みとみられる薬瓶がびっしりと並んでいる。残る左手の一面は書棚となっていて、薬草に関すると思われる本で埋め尽くされていた。
部屋の中央には調合をするためと思われる作業台が置かれ、道具も色々備えられている。この家に薬師がいるという話は聞いていないから、お父様が調合しているのだろうか。
棚の薬瓶を見ていくと、よく効くとノートに記されていた数種類の薬草をブレンドした瓶もあった。どうやら薬湯として飲むらしいが、残りが少ない。アンドレも飲むだろうから、もっと必要なはず。私は棚にある本を物色し、薬草の調合に関する本と薬湯の入れ方が書かれた本を抱えて、リビングに戻った。
薬草と調合に関する知識を片っ端から頭に入れていく。しばらく没頭していると、お父様の部屋のドアが開いた音がした。
すぐに廊下に飛び出すと、アンドレが眠そうに欠伸をしながら歩いてくる。私の姿を見て、驚いたように目を見開いた。
「イライザ…義姉さん、まだ起きてたの?」
「ええ、ちょっと調べたいことがあって。アンドレたちは?順調に進んでるの?」
「うん、順調だよ。ちょっと疲れたから、薬湯を入れてきてって義父さんに頼まれてさ」
「それなら、私が入れて持っていくわ。お父様からお話も聞きたいし」
アンドレがさらに目を丸くする。
「入れられるの?薬湯」
「アンドレがくれたノートに薬草のことが書いてあったでしょう?さっき薬草のことも勉強していたから、薬湯の入れ方もわかるわ」
私が言うと、アンドレはにっと笑った。
「さすが義姉さん。もうそこまでやってるんだ」
「私には黒魔法の素質がないんだから、サポートくらい当然よ。さあ、早くお父様のところに戻りなさい。アンドレはアンドレにしかできないことをしっかりやってちょうだい」
「ふふ、以前よりイライザ、パワーアップしてない?今の方がいいね」
それって、以前のイライザと違うって言いたいのかな?アンドレ、カンが鋭そうだから中身が違うってバレそうでドキッとする。
「余計なこと言ってないで、さっさと行く!それから、私のことは義姉さんと呼ぶんでしょう?」
「おっと、失礼。はいはい、戻るよ。じゃあ、薬湯よろしくね」
色々襤褸が出ないように、アンドレをさっさとお父様の部屋に追い返すと、私は薬草庫からさっきのブレンドの瓶を持ってきて薬湯を入れた。ハーブティーのような香りが漂う。本の手順通りやったから、きっと大丈夫なはず。
薬湯を持ってお父様の部屋のドアをノックする。
「どうぞ」
アンドレが中からドアを開けてくれた。部屋に入ると、お父様が床に描かれた魔法陣の中心で目を閉じ、ぶつぶつと何かをしゃべっている。
「今、影をアスターにいるご友人のところに飛ばしてる」
アンドレにそっと耳打ちされ、私は黙って頷いた。どうやら今はお父様には話しかけない方がよさそうだ。テーブルに薬湯を置いて、しばしお父様の様子を見守る。アンドレが薬湯に手を伸ばし、一口すすって顔をしかめた。私も味見してみたけど、この薬湯はめちゃくちゃ苦い。アンドレの表情に、思わず口元が綻んだ。
そうやって待っているうちに、お父様が目を開けた。だいぶ疲れた表情をしている。
「お父様、お疲れ様でございます。薬湯を入れてまいりましたので、一息入れてください」
「おお、イライザ、まだ起きていたのかい?ありがとう、いただくよ」
お父様は椅子に座って薬湯を飲んだ。
「うん、苦い。でもこれがクセになるんだよ。こんなにしっかり成分を抽出した入れ方ができるとは。イライザ、勉強したのかい?」
「ええ、少し。薬草庫の本を読ませていただきました」
お父様はもう一口薬湯を飲むと、懐かしそうに瞳を細めた。
「君のお母さんが入れてくれた薬湯を思い出すよ。いつも彼女は僕をサポートしてくれていたから…」
お父様は薬湯を飲み干すと、ふうっと息をついた。
「ああ、薬湯でだいぶ癒された。イライザは進捗を聞きに来たんだろう?今飛ばしていた影の情報を話すから、メモを頼む。これまでの分はアンドレがまとめてくれているから」
私はすぐにノートを広げ、お父様の言葉をメモし始めた。アンドレは先程までの分のメモを整理しながら、黒魔法についてもノートにまとめている。
こうして明け方近くまで、私たちの作業は続いた。




