Episode 29
少し眠って朝食を取ってから、私は自室のドレッサーの前に座った。鏡の左下に刻まれた魔法陣に手をかざすと、鏡が光り出す。すぐにパトリックが鏡に映し出された。
「おはよう、イライザ。少しは寝たか?」
「おはようございます、パトリック様。ええ、少しは。パトリック様こそ、ちゃんと仮眠取りました?」
「取らないとお前に怒られると思って、ちゃんと取ったよ。おかげで頭もすっきりしてる」
パトリックの顔色も悪くなさそうで、私は安心した。
「じゃあ早速、お父様からの情報をお伝えしていいですか?」
「ああ、頼む」
私は昨夜お父様から聞いた情報をまとめたものを報告していく。今後の予定まで報告すると、パトリックが大きく頷いた。
「さすがウォーノック公爵だ。俺が欲しかった情報が完璧に集められてる。根回ししておきたい人物への接触もしてくれてるし、これで俺の計画も順調に進みそうだ」
「今のところ、どんな計画になってるんですか?」
「アスター帝国は、現皇帝の独裁体制になってから、武力行使により急激に国土と勢力を拡大した国だ。属国となってからも独立を諦めていない国も多いし、亡国の元貴族たちで皇帝の転覆を目論む者もいる。もともと領地であった場所ですら現皇帝のやり方に不満を持っている者も多い。だから、内部分裂を起こさせて現皇帝を廃位させる」
それは…そうできたら理想だけど、そんなにうまくいくのかな?現皇帝が廃位されても、次に皇帝になる人が同じような考え方の人だったら?私が考え込んでいると、パトリックがにやりとした。
「現皇帝のやり方に内心反発している皇族も多いらしい。戦争を望まない皇族を次の皇帝に据えるよう、もちろん動いてる。ウォーノック公爵が、この計画にかなり同調的で、それなりに力を持っている人物たちをうまく洗い出してくれているからな。俺はその人物たちに現皇帝を廃位できたらどんなメリットがあって、どうすればそのメリットを享受できるか、魅力的な案を提示してプレゼンする。もちろん、彼らに危険が及ばないように現皇帝を廃位させる計画も一緒にな。これからこの計画を詰めるから、イライザ、午後ウォーノック公爵とアンドレも一緒に登城できるか?少しの間王城に滞在して補佐をしてほしい」
「もちろんです」
私はにっこり笑って頷いた。一緒に乗り越えたいって言った私の気持ちを、ちゃんとパトリックが汲んでくれたことが嬉しい。午後の登城に備え、私たちはそれぞれ準備に入った。
パトリックの執務室に通されると、机の上に山積みになった書類の向こうからパトリックが顔を出した。すっと立ち上がり、笑顔で私たちを応接セットへと促す。
「ウォーノック公爵、イライザ、連日お呼び立てして申し訳ない。昨夜も遅くまで尽力くださり、感謝します」
今朝鏡越しに会ったけど、実際に会って顔が見られると安心する。疲れてないはずはないけど、顔色は悪くない。前世より10歳くらい若いんだから、体力ももっとあるのかも。私もそうだし。無理がきく若さって素晴らしい。
密かに胸を撫で下ろしていると、私の後ろに続いていたアンドレがパトリックに挨拶をした。
「お初にお目にかかります。この度ウォーノック公爵家の養子となりました、アンドレ・リー・ウォーノックにございます。パトリック殿下にお会いできて光栄です」
「はじめまして、アンドレ。話はウォーノック公爵から聞いているよ。これからよろしく」
パトリックに目が眩むほど眩い笑顔を向けられ、アンドレが頬を染めた。そうなのよ、あの笑顔には同性でも魅了されちゃうよね。私は内心、アンドレに大きく同意した。
ソファに座るなり、目の前に書類の束が配られる。
「これまでの経緯と調査結果を踏まえた作戦の計画書だ。まずは目を通して、忌憚ない意見を聞かせてもらいたい。私は今回の件をきっかけに、アスター帝国の現皇帝を廃位させて、武力による強引な統治路線を潰してしまいたいと考えている」
パトリックが強い意志を宿した瞳で語ると、お父様とアンドレが少し目を見開いた後、同意するように頷いた。
「確かに。ここでアスターの強硬路線を叩けるならば、そうしておくべきでしょう。我が国の今後のためにも」
お父様はそう言うと、熱心に計画書を読み始めた。アンドレも続く。私もパトリックの意図を少しも取りこぼさないよう、集中して計画書に目を通す。
私が計画書を読み終わり顔を上げると、お父様もほうっと息を漏らしながらパトリックを見た。
「さすがです、殿下。これならきっとアスター帝国を平和的な国家へと方向転換させられるでしょう。私もアンドレも、この計画に沿って尽力させていただきます」
パトリックが安堵の笑みを浮かべて手を差し出した。
「ぜひ、よろしくお願いします。この計画にウォーノック公爵のお力は不可欠ですから」
お父様がその手を両手で力強く握り返す。
「どこまでもついていきます、パトリック殿下。殿下のような素晴らしい方にイライザを嫁がせられること、恐悦至極に存じます。末永くよろしくお願いいたします」
相変わらずお父様のパトリックへの熱量がすごい。まだ婚約は宙に浮いたままだけど、確かにこの計画通りに事が進めば、パトリックとアスター帝国の皇女が結婚ってことにはならなそうだ。そのためには、絶対に計画を成功させなくちゃ。
「ありがとうございます。それでは、早速計画を実行していきたいと思います。イライザにも私の補佐をお願いしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「もちろんですとも。イライザもそのつもりでいたようです」
私が数日分の着替えや身の回り品を持ってきたの、お父様も見てたもんね。お父様とアンドレにも着替えは持ってきてもらうようにしたし。
「では、皆さん、よろしくお願いします」




