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Episode 27

 夕食後、自室に戻ろうとした私に、アンドレが声を掛けてきた。

 ノートらしきものをずいっと押し付けられる。

「義姉さん、これあげる。今日僕が習得した黒魔法の知識をまとめといた」

「え?」

 突然のことに、驚きを隠せない。じっとアンドレを見つめると、アンドレは困ったようにちょっと視線を逸らした。

「…いいの?」

「知りたいと思ってたでしょ?」

「それは、そうだけど…」

「僕も、黒魔法の素質があるって言われたのつい最近だし、イライザはお義父様の一人娘なんだから、もしかしたらこれから突然、才能が開花することもあるかもでしょ?だから、一応」

 どうやら、私が黒魔法の素質がないことに相当落ち込んでいるとでも思っているみたいだ。まあ、実際落ち込んではいるけど。昼間言い過ぎたって、まだ気にしてるのかも。思わず口元が緩む。本当、悪い奴じゃないんだよね、アンドレ。


「それなら、ありがたくもらっておくわ」

 私はノートを受け取った。パラパラとページをめくると、かなり細かく書き込まれている。

「でもこれ、アンドレも使うんじゃないの?」

「僕は一回聞けば、頭に入るから。それは…義姉さん用にメモしただけで」

 ここにもハイスぺかよ。私の周りどうなってんのよ。


「そう。それならいいんだけど」

「読んだだけでわからなければ、僕が教えるから何でも聞いて。まあ、義姉さんなら心配ないよね?」

 アンドレの瞳がいたずらっ子みたいに輝く。ちょっとアンドレのキャラがわかってきたぞ。

「そうね。これからもノートを頼むわ」

 ツンとした顔で睨み返すと、嬉しそうにアンドレが頷いた。

「了解。任せといて」

「それじゃ、早くお父様のところに戻りなさい」

「はーい、義姉さん」

 にっこり笑ってお父様の執務室に向かうアンドレの後ろ姿を見送る。完全にワンコだな。尻尾が見えるようだわ。


 私は部屋に戻って、すぐにノートを開いた。

 たとえ黒魔法の能力がなくても、概念やどんな術があるのかくらいは把握しておきたい。

 ノートはアンドレの言葉でまとめられていて、黒魔法の知識なんてまったくない私が読んでもわかりやすい。さすが首席、有能さが伝わってくる。集中してしっかりと読み込んでいると、部屋の隅のドレッサーの鏡が突然光り出した。


 驚いて立ち上がり、恐る恐るドレッサーに近づく。

 そうっと鏡を覗き込むと、パトリックの顔が映し出された。

「え?パトリック様!?」

「やっぱりまだ寝てなかったんだな」

 パトリックの背後に映るのは、パトリックの執務室の風景。どうやら、王城の執務室と繋がっているらしい。

「これも魔法ですか?」

 私の問いに、パトリックが頷く。

「そう。この前イライザの部屋にお邪魔した時に、鏡に術を施してきた」

 その辺り見て、というように、鏡の左下辺りをパトリックが指さす。

 よく見ると、小さく魔法陣のようなものが描かれている。こんなのいつの間に…?しかもこんな魔法、教科書には載ってなかった。同時に転生してきたはずの沢渡部長の魔法のレベルが私と桁違い過ぎて引くわ…。

「これで、いつでもイライザの部屋の様子がわかる」

 うん、普段は鏡を何かで覆っておこう。

 私の考えを読んだように、パトリックが言った。

「ちゃんと加減はわきまえてるよ」

 本当か?ベッドは映らない角度だけど、着替えやメイクはドレッサーの前でしますけど?

 イライザはすっぴんもめっちゃ綺麗だし、スタイルも抜群だけど、それでも着替えやメイク中の姿を見られたくないのは当然だ。

「この世界、スマホどころか電話もないんだから、しょうがないだろ」

 私に疑いの目線を向けられ苦笑いしていたパトリックが、表情を引き締めた。

「それで、ウォーノック公爵はどうしてる?何か聞いてるか?」

 私はふるふると首を振る。

「お父様はお部屋に籠りっきりです。イライザの従兄弟のアンドレと一緒に」

「ああ、黒魔法の素質があるっていう?」

「そうです。この件を手伝わせるために、養子入りの予定を早めたらしくて、今日から来てます」

「そうか。どんな奴なんだ?アンドレって」

「めっちゃ優秀なワンコ、って感じですかね。一年生の首席で、魔法の実技試験でも歴代最高得点出したらしいです。ビジュアルもさすがイライザの従兄弟って感じですよ」

「ふうん…。イケメンってことか。んで、イライザに懐いてると」

 少し口の端を歪めながら、パトリックが頬杖をついた。ん?ちょっと面白くなさそう?

「懐いてる…と言えるかはわかりませんが、褒められたそうではありましたね。まあ、顔はパトリック様の方が、私の好みですけど…」

 なんとなくフォローを入れると、パトリックがじっと私の顔を見つめた。それから私の大好きな笑顔を浮かべる。

「この顔、大好きだもんな?」

 大好きな笑顔が意地悪っぽく歪む。この意地悪っぽさが沢渡部長らしくて、以前のパトリックよりも好きだなんてことは、絶対に言わないぞ。

「沢渡部長だって、イライザの顔好きでしょ?」

 負けじと妖艶な笑みを浮かべると、パトリックが真面目な顔で否定した。

「俺が好きなのは、イライザの顔じゃなくて中身の大城だぞ。そりゃ、イライザはすごい美人だとは思うけど」

 一瞬で頬が熱くなる。ちょっと!真面目な顔で何言うのよ!

「そ…それは、どうも…?」

 予想外の返答に、何て答えたらいいかわからなくなってしまった。

「言ったろ?ラブソニにハマったきっかけはイライザだったけど、それはそもそもイライザの性格に大城との共通点を見つけたからだ。だからイライザが推しになったんだよ。それに俺、大城の中身はもちろん、顔も好きだったし」

「そ、そうだったんですね…」

 沢渡部長の言葉はいつも直球すぎる…。私は恥ずかしさのあまり俯いた。私だって、沢渡部長の顔、嫌いじゃなかったけど…。ちらりと鏡を見ると、パトリックがずいっと顔を近づけた。

「大城、実はけっこう人気あったんだぞ。綺麗で仕事もできるって。お前は仕事以外にまったく目を向けてなかったから、気づいてなかっただろうけど」

 初耳なんですけど。前世で言ってよ。

 まあ、確かに仕事以外のこと考える余裕もなかったから、それを知ったところでどうにもならなかっただろうけど。どうにかなったとしても、中身の乾燥具合がバレたら一瞬で終わったんだろうけど。

「蹴散らすの大変だった」

 蹴散らしてたの?驚いてパトリックの顔を見つめると、ちょっと拗ねたような顔で睨み返された。

「お前は仕事以外に気を配らなすぎなんだよ。無自覚に取引先やら同僚やら、次から次へとたらし込みやがって」

「そんなの知りませんよ。変な言いがかりはやめてください。沢渡部長こそ、鉄面皮の仕事の鬼だったくせにモテまくってたじゃないですか!」

 理不尽な怒りをぶつけられたら、私だって黙っていられない。しかも、どう考えても沢渡部長の方がモテてたし。私は誰からも付き合おうとか言われたことない。沢渡部長の勘違いって可能性もあるじゃん。


「大城に惚れてた奴らには、大城は長く付き合ってて結婚目前の彼氏がいるらしいって吹き込んどいた」

 悪質なデマだな。ぎろりと睨むと、しれっとした顔でパトリックが言った。

「いいじゃん、今は本当に結婚目前の婚約者がいるんだから」

「今回の障害を乗り越えないと、結婚できませんけどね」

 思わず突っ込んでしまった。こういうところが可愛くないと、自覚はしてる。

「それは絶対に回避するから大丈夫だ。色々策は練ってる。これを機にアスター叩き潰してやる」

 パトリックの目がギラッと鋭く光る。

 さすが、私の敵に回したくない人ランキング第一位なだけあるわ。だけど今後のことを考えれば、確かにアスター帝国の力は削いでおきたい。好戦的な隣国はかなり厄介だし、また障害として立ちはだかる可能性も高い。それに何より、絶対に戦争になんてなっちゃいけない。


「ただ、まだ駒が揃わない。だからウォーノック公爵の方の情報が欲しかったんだが…」

「それなら、明日朝イチでご報告できるようにしますね。邪魔にならないタイミングを見計らって、お父様に進捗と、今後の方向性も聞いてご報告します。部屋に籠りっきりとはいえ、アンドレが出入りするタイミングもありますから、気をつけていればお父様にお話が聞けると思います」

「悪いな。睡眠時間を削らせてしまって。俺だけでなんとかできればよかったんだが…」


 悔しそうな表情のパトリックを見て、私は俯き拳を握りしめる。すぐ一人でどうにかしようとするんだから。私が望んでるのは、そんなことじゃないのに。

「すべて一人でなんて…そこまでハイスぺだと、逆に私も気後れしますよ。私にも一緒に立ち向かわせてくださいって、言ったじゃないですか」

 思わず不満を口にしてしまうと、自分の中で糸がプツンと切れたような感覚がして、言葉が止まらなくなった。

「私、何もできることがなくて。本当に悔しいんです。前世でも、今も、私には特別な力は何一つありません。ちょっと要領がいいだけの凡人です。だけど…だからこそ、努力でどうにかなることなら、何だってしたい。前世でも、沢渡部長の示してくれる方針に従って、できる限りのことをしていたつもりです。徹夜して仕事が終わるなら、自分の時間を削って接待して仕事が円滑に進むなら、綺麗にしていれば話を聞いてもらいやすくなるなら、それでいい。それが私にできることだから。そう思ってやってました。今だって同じです。特別なことはできなくても、私にできることで役に立てることを探したい。それがどんな小さなことだって、どんな大変なことだって、何もできないで見ているよりずっといいんです。沢渡部長なら、そんな私をわかってくれてると思ってました!でも、違ってたんですね!私の気持ちなんてどうでもいいんですか!?」

 一気にまくし立ててしまってから、はっとしてパトリックの顔を見上げる。パトリックの表情は、沢渡部長の鉄面皮を思い出させる勢いで固まっていた。


 ――言い過ぎた。

 沢渡部長は私とのこれからのために頑張ってくれてるのに…。だけど、二人のこれからのことなんだから、私だって一緒に頑張りたいんだって、わかってほしい。私を巻き込むことに、罪悪感を抱いてなんてほしくない。むしろ、もっと巻き込んでほしいのに。

「大城、悪かった。俺、一人でどうにかしなきゃって焦り過ぎてた」

 こんな表情の読めないパトリックの顔、ゲームでは見たことなかった。沢渡部長にしか見えないその表情を見た瞬間、私の中に渦巻いていた行き場のない怒りがすうっと冷めていく。

「いえ…。私こそ、すみません。沢渡部長、謝らないでください。何も悪いことしてませんから。――自分の力のなさが歯痒すぎて、沢渡部長に八つ当たりしました…。やっと小さいながらできることがあったと思った瞬間、俺だけでなんとかできればよかったって言われて、頭に血が上りました。ごめんなさい」

 パトリックは俯いて頭を掻く。

「いや、俺が悪い。大城欲しさにさっさと周り固めてイライザとパトリックの婚約まで持ってったけど、そもそもパトリックと婚約しなければ、こんな苦労させることなかったんだよなって思ったら、大城に負担かけずに一刻も早くこの問題を解決しなきゃって焦ってた。でも、大城も俺のこと、好きになってくれたんだもんな。だから二人で一緒に乗り越えたいって思ってくれてたのに…。本当に悪かった」

「私の恋愛スキルが低すぎるせいで…不安にさせてたんですよね…。すみません…」

 ああ、どうしてここまで大干ばつを放置してたんだ前世の私…。

「そうじゃない。大城はちゃんと気持ちを伝えてくれた。俺が勝手に何年も片思い拗らせて、大城が俺を思ってくれてることがどこか夢みたいに感じてしまってたから、大城を傷つけた。大城は一度気持ちを決めてくれたら、どんな困難にも一緒に立ち向かってくれる人だって、俺が一番わかってたつもりなのにな」


 パトリックがこちらに手を伸ばす。私も鏡越しに、パトリックの手に自分の手を重ねた。

「他の人とだったら、どんなに押されたってこんなにすぐ婚約なんてしてませんよ?ちゃんと…すごく、好きですからね…?」

 パトリックが嬉しそうに微笑む。沢渡部長の色香を漂わせた、前のパトリックの笑顔よりももっと好きな笑顔。

「俺も、大城以外は絶対に考えられない。ずっと好きだったんだ。その大城が俺のことを好きだって言ってくれてるんだから、こんな障害なんてことない。今度こそ…一緒に乗り越えような」

「はい」

 私も微笑む。自分の気持ちがちゃんと伝わったことがわかるのって、本当に嬉しい。


「じゃあ、大城はウォーノック公爵からの情報をまとめて明日朝イチで報告頼む。俺はいろんな事態を想定した対策案を引き続き練る。その中で大城に動いてもらうことも出てくると思うから、その時はよろしく頼む。この問題が片付くまではお互い寝不足が続くかもしれないが、問題ないな?」

「沢渡部長の下で何年社畜生活送ってきたと思うんですか?今さら寝不足なんてなんともありませんよ。私にできる雑務はどんどん振ってください」

「さすが大城だ。頼りにしてるぞ」

「はい!」

 私たちは微笑んで頷き合うと、それぞれの役割をこなすべく動き出した。

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