「“誰かの代わり”ではなく、自分として」
第四十七話
「久保さん、急で申し訳ないんだけど、来週の安全管理会議――代わりに出席してくれない?」
金曜の午後、藤巻課長から声をかけられた久保あかりは、一瞬動きを止めた。
安全管理会議。
それは通常、課長クラスの管理職が出席する、工場全体の事故防止や設備の点検報告を扱う月例会議だった。
「えっ……私がですか?」
「うちからは誰か出さないといけないけど、俺はどうしても別件の査察対応が入っててな。
八木原もその日は出張。代わりっていう形で、出てくれるか?」
⸻
◆ 午後/“代わり”という言葉の重み
その言葉を反芻しながら、久保は会議用の資料を確認していた。
議題は、先月のヒヤリ・ハット報告、新規設備導入に伴う通路整備、そして労災対策の共有。
どれも、決して“お飾りの出席者”でいられる内容ではなかった。
(私が出て、何が言えるだろう。
誰かの代わりって言われると、責任は重いのに、自信はついてこない)
そんな気持ちのまま、ふと後輩の水谷の席を見ると、
以前の自分と同じように、悩みながら資料作りをしている姿が目に入った。
⸻
◆ 夕方/一通の過去メール
資料の参考に、と久保は過去の議事録を読み返していた。
その中で、1年前に八木原が会議に出席した際のメモが、目にとまる。
⸻
「会議は“正しい答え”を言う場じゃない。
でも“現場の声”を持っている人が話せば、それが“意味ある意見”になる」
⸻
(正しいことを言わなきゃ、って思いすぎてたかも)
久保は、会議に出ることの意味を、少しずつ自分なりに掴みはじめていた。
⸻
◆ 会議当日/“自分の言葉”で話す
そして週明け、会議当日。
緊張しながら会議室の椅子に腰を下ろした久保は、進行の合間に発言の機会を得た。
「善通寺工場・管理課の久保です。
今回、現場から複数上がっていた“動線の不明瞭さ”について、現場写真をもとに改善案をまとめてきました」
スクリーンに表示されたのは、久保が自ら撮影し、加工した画像。
通路に設置された備品や、視界を遮る掲示物の配置、それらをどう改善するか――を図示したものだった。
会議室に一瞬、静寂が流れる。
「……おお。すごく、見やすいね」
「この配置、うちでも応用できそう」
誰かの“代わり”として座った席で、
久保は“自分の言葉”と“自分の視点”を届けることができた。
⸻
◆ 会議後/通路でのやりとり
会議が終わったあと、見知らぬ工場長が声をかけてきた。
「管理課の久保さん? 今日の発表、非常によかったです。写真の使い方、参考になります。
現場見てる人の意見だと、説得力あるね」
その言葉に、久保はやっと肩の力が抜けるのを感じた。
“誰かの代わり”としてじゃなく、
“久保あかり”として認められた気がした。
⸻
◆ 夜/ノートに書いたこと
帰宅後、久保はまたいつものようにノートを開いた。
・「誰かの代わり」に緊張するのは、「その人のように振る舞おう」としていたから
・でも、「自分の視点」で話せば、それはそれで意味がある
・代わりじゃない、“自分として”やる。それで十分、価値がある
⸻
◆ 翌朝/課長からの一言
翌日、出勤して藤巻課長に報告を終えたあと、ぽつりと声をかけられた。
「……ようやったな。俺が出るより、よかったかもしれんな」
「それは言いすぎです」
「いや、“自分の視点”ってのは、ベテランより鋭いときがある。
次回も、お願いしようかな」
冗談混じりに笑うその声が、少しだけ頼もしく聞こえた。




