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「“たった一言”が支えになるとき」

第四十六話

 九月の空は高く、工場の屋根を越えていく風が少しだけ涼しくなっていた。

 台風前の湿った空気の中で、管理課はいつも通り慌ただしく動いていた。


 久保あかりは、午前中からずっと各部署との調整作業に追われていた。

 その合間、ふと届いた社内メールのひとつに目が止まる。


⸻


◆ 午前/意外な送信者


 送信者の名は、総務部の大西さん。

 年齢は久保より一回り上のベテランで、普段はあまり接点がない。


 件名は《お礼とご報告》。


 (なんだろう……?)


 メールを開くと、こう綴られていた。


⸻


久保さん


先日、総務で資料整理をしていたとき、

久保さんが作った「文書ラベルテンプレート」が非常に助かりました。


書式も分かりやすく、ラベルの位置もジャストで、

若手職員にも「こういうのが“使いやすい”ってことだよ」と紹介させてもらいました。


あのテンプレート、実は以前の会議で「時間がなくて作りかけだった」と言っていたのを覚えていて、

あの一言が、こちらでも手を動かすきっかけになったんです。


ほんの一言でしたが、自分の背中を押してくれました。ありがとうございました。


⸻


 久保は、画面をじっと見つめたまま、しばらく動けなかった。


 (……え、そんなふうに伝わってたの?)


⸻


◆ 昼/あの日の記憶


 メールに書かれていた“あの一言”を、久保はぼんやりと思い出していた。

 確か、月初の資料作成ミーティングのとき、雑談交じりに、


 「……いやぁ、テンプレートは急ぎで形だけ作ったんですけど、ほんとはもうちょっと整えたかったんですよね」


 と、何気なくつぶやいたものだった。


 それを、誰かが“ヒント”として受け取っていた。

 それどころか、“行動する理由”にまでしてくれていた。


⸻


◆ 午後/水谷との会話


 「久保さんって、自分の発言にあまり自覚ないですよね」


 突然の言葉に、久保は目を見開いた。


 「えっ?」


 「いや、たまに“何気なく言ったこと”がすごく刺さるんです。

  前も、私が落ち込んでた時、“疲れてるときは甘いもの食べた方がいいですよ”って言われて。

  それ以来、しんどい時はチョコ常備してますもん」


 「……そんなこと、言ったっけ」


 「言いました。何気なく。けど、私には効きました」


 人の心に残るのは、いつも“強い言葉”とは限らない。

 何気なく投げた一言が、誰かの背中をそっと押すことがある。


 (……気をつけなきゃ、でも、大切にしなきゃ)


⸻


◆ 夕方/メモに残したこと


 定時を過ぎて、久保は静かにノートを開いた。

 そこに、今日の気づきを書き記す。


・言葉は小さな種。いつ、どこで、どう育つかはわからない

・誰かの“やる気”のきっかけになれたら、それだけで今日の仕事に意味がある

・だから私は、今日も誠実に話したい。どんなときも


⸻


◆ 翌朝/返信のメール


 久保は、大西にメールを返した。


⸻


大西さん


メールありがとうございました。

そんなふうに言っていただけるとは思わず、驚きと嬉しさでいっぱいです。


自分では何気ないつもりの発言でしたが、

それが“行動のきっかけ”になっていたと知り、言葉の力を改めて感じました。


私も逆に、大西さんの丁寧な言葉に背中を押されました。

今日も一日、少し丁寧に過ごしてみようと思います。


⸻


 “たった一言”が、誰かの支えになる。

 その“重さ”を知っている人間は、たぶん言葉を大切にできる。

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