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「“背中を見てる”と言われた日」

第四十五話

 週明けの月曜、曇り空。

 丸亀の工場にも秋の気配が少しずつ漂い始め、渡り廊下を抜ける風が心なしか涼しくなっていた。


 朝礼のあと、管理課では通常通りの業務が始まり、久保あかりは週次レポートの確認とデータ整理に追われていた。

 そんな中、背後から声をかけられる。


 「久保さん……あの、今お時間よろしいでしょうか」


 振り返ると、後輩の水谷がやや緊張気味な表情で立っていた。


⸻


◆ 午前/後輩の相談


「実は、来週の現場見学会の案内資料を作る担当になったんですけど、

 どこまで情報を載せていいか、ちょっと迷ってて……」


 久保はすぐにPC画面を覗き込んで確認した。


「……うん。ちゃんとできてるよ。ただ、ここに“安全上の注意点”も書いておいた方がいいかもね。

 現場に入るから、ヘルメットと保護具の着用もセットで」


「なるほど……やっぱり、久保さんの視点は広いですね」


 そう言った水谷の顔は、どこか尊敬の混じった表情だった。


⸻


◆ 昼/何気ないひと言


 昼食を食べ終えたあと、水谷がポツリとつぶやいた。


 「私、久保さんの仕事の仕方、ずっと見てるんです。

  いつも無駄がなくて、だけど柔らかくて。自分もそうなりたいなって……」


 一瞬、久保の手が止まった。

 思ってもみなかった言葉に、胸の奥がそっと揺れた。


 「……私なんて、まだまだだよ。間違えるし、慌てるし……」


 「でも、“間違えたあとの対応”がすごく冷静なんです。そこが、たぶん違うんだと思います」


 久保は苦笑した。


 (そんなふうに見えてるんだ。私の“あたふた”は、意外と伝わってなかったんだな……)


⸻


◆ 午後/“背中”を意識するということ


 午後、藤巻課長がいない時間、課内の問い合わせが集中した。


 設備管理表の修正依頼、棚卸の確認、各課からの納期相談……。

 久保は順に電話対応をしながら、周囲に指示を出していた。


 「水谷さん、B棟の図面ファイル、最新版をPDFにして共有フォルダに入れてもらえる?

  あと、A棟の備品リストは最終版の更新お願い」


 「了解です!」


 その返事が、少しだけ前よりも力強く聞こえた。


 ふと目を上げると、水谷がこっそりメモを取りながら、久保の所作をじっと見ていた。


 (……あ、これが“背中を見てる”ってことか)


 誰かのロールモデルになるなんて、自分には縁のない話だと思っていた。

 けれど今、自分の一挙手一投足が“誰かの参考”になっている。

 それは、少しだけ誇らしく、でも少しだけ怖くもあった。


⸻


◆ 夜/ノートに書いた言葉


 仕事を終えたあと、久保はいつものようにノートを開いた。


・自分が“誰かの目にどう映るか”を考えるようになった

・完璧な背中じゃなくていい。“真剣な背中”を見せたい

・見ていてくれる人がいる。それだけで、今日の仕事にも意味があったと思える


⸻


◆ 翌朝/少し背筋を伸ばして


 翌日、久保はいつもよりほんの少しだけ早く出社し、デスク周りを整えた。

 身だしなみも、声のトーンも、丁寧に整えた。


 “背中を見られている”という意識が、静かに自分を引き締めてくれる。


 八木原が事務所に入ってきて、すぐ気づいた。


 「お、今日なんか……シュッとしてない? 面接でもあんの?」


 「いえ、ちょっと気合い入れ直しただけです」


 「気合いってのは、大事だね。うんうん」


 二人で笑いながら、久保は少しだけ背筋を伸ばしてパソコンを立ち上げた。


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