「“この仕事、誰かに誇れる?”と問われた日」
第三十七話
土曜日の午後。久保あかりは、丸亀駅前の小さなカフェで、数年ぶりに中学時代の同級生・永瀬真希と再会していた。
地元を離れ、今は東京の外資系企業で働くという真希は、洗練されたスーツ姿で、都会の空気を身にまとっていた。
「それで、今はこっちの会社で?」
「うん。丸亀市内の製造工場で、管理課っていうところにいるよ。裏方仕事が多いけど、やりがいは……少しずつ、あるかな」
「へえ……なんか意外。久保さんって、もっと表に立つ仕事しそうだったのに」
真希の言葉に、悪意はなかった。
でも、そのあとに続いたひとことが、久保の心に引っかかった。
「……その仕事って、誰かに“私これやってます”って胸張って言える?」
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◆ 帰り道/心のざわめき
(胸張って言えるかって……)
帰り道の歩道橋を渡りながら、久保は考えていた。
確かに、自分の仕事は華やかではない。
決裁もないし、大きな企画を動かすわけでもない。
でも、工場の誰かが困っていたとき、資料が揃っていた。
誰かが体調不良で休んだとき、その穴を埋める段取りをした。
会議が始まる5分前、プリントが机に並ぶよう手を動かしていた。
(……それって、誇れない仕事なのかな)
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◆ 月曜/ふとした雑談
週が明け、事務所ではいつもの空気が流れていた。
「久保さんって、なんでも把握しててすごいですね」
後輩の水谷が、ふと漏らした一言。
「いえいえ、私なんてまだまだです……。でも、ちょっとずつ慣れてきたかもしれません」
「“困ったら久保さん”って空気、ありますよ、正直」
それは、何気ない評価だったけど、久保の胸にはじんわりと沁みた。
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◆ 昼休み/八木原との会話
コーヒーを片手に、八木原と並んでベンチに座る。
「この前、地元の友だちに“その仕事、胸張って言える?”って聞かれたんです」
「おお、なかなかグサッとくるね」
「そのとき、ちょっとだけ自信なくしちゃって……。
私、誰に誇れる仕事してるんだろう、って」
八木原はしばらく考え、それからこう言った。
「うーん、俺は“誇れるか”より、“誇りを持てるか”が大事かな。
たとえ誰も知らない仕事でも、自分が胸張れるなら、それで十分じゃない?」
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◆ 夜/自分への問い直し
その夜、寮でパソコンを閉じたあと、久保はいつものようにノートを開いた。
・“誰に見せるか”じゃなくて、“どう向き合ったか”が、自分の価値を決める
・私は派手な仕事をしていない。でも、毎日、目の前の誰かに向き合っている
・そういう仕事を、“私の仕事”だと胸を張りたい
久保は、真希に言われた言葉を、責めることも、忘れることもなく、
静かに、自分の中で消化していくことを選んだ。
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◆ 翌朝/いつも通りの風景
「久保さん、昨日の件、ありがとうございました。すごく助かりました」
通りすがりに言われた何気ない感謝。
その一言が、誰に説明できなくても、久保自身の「誇り」になっていた。




