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「“それ、私に言ってくれてよかったのかな”問題」

第二十八話

 五月初旬。

 連休が終わり、少し気だるい空気の中で工場は再始動していた。


 その日の午後、久保あかりは、備品棚の整理を終えて事務所に戻ってきた。

 すると、製造部のベテラン社員・佐川が、ふらりと管理課を訪れてこう言った。


「なあ久保さん、あの作業エリアの照明、ちょっと暗すぎないか? もっと早く対応してくれてもいいんだけどなあ」


 言い方は冗談交じりだったが、どこか棘があった。

 しかもその照明の件は、すでに修繕依頼を出しており、調整中の案件だった。


「……申し訳ありません、すでに対応を依頼しているところでして」


 久保はそう返しつつも、心のどこかがざわついていた。


(それって、私に直接言わなくてもよかったんじゃ……)


⸻


◆ 夕方/八木原との会話


 事務所で片付けをしていたとき、久保がふと呟いた。


「……今日、ちょっとモヤモヤすることがありました」


「ん、何かあった?」


 久保は、照明の件を八木原にぽつぽつと話した。

 内容というより、“誰にどう言われたか”がひっかかっていた。


「責められてるってほどじゃないんですけど……

 でも、なんかこう、“あれ、私のせいだったのかな?”って気持ちになっちゃって」


 八木原は、机に肘をついて言った。


「“言いやすい人に言う”って、あるあるだよね。

 久保さんがちゃんと聞いてくれるから、そういう矢印が来ちゃったのかもしれない」


「……でも、正直ちょっとしんどいです」


⸻


◆ 夜/久保の部屋


 寮に戻っても、久保の頭の中では“あの一言”が何度もリフレインしていた。


「あの照明、もっと早く対応してくれても……」


 ミスをしたわけじゃない。対応はしていた。

 でも、その一言で、自分の努力が“届いてなかったような”気がしてしまった。


・仕事は、時々“評価”と“感謝”がずれる

・伝え方ひとつで、人は勝手に「否定された」と思ってしまう

・でも、“責めるつもりじゃなかった”っていうのも、きっと本当なんだ


 だからこそ、余計にやるせない。


⸻


◆ 翌朝/管理課にて


 久保は、気持ちを引きずったまま出社したが、八木原が小声で言った。


「昨日の照明の件だけど、さっき製造部に確認したら“こないだ直してもらって助かりました”って言ってたよ」


「……え?」


「たぶん、あの佐川さん、言った後でちょっと言いすぎたと思ってるんじゃないかな」


 久保は、息を飲んで黙ったまま、しばらく外の空を見つめていた。


「……じゃあ、あの言葉は?」


「“もっと良くなるといいね”って意味だったのかもしれない。

 もちろん、伝え方が雑だったのは確かだけどさ」


⸻


◆ 昼休み/自分の中で答えを出す


 お弁当を食べながら、久保はふと笑った。


「言われたことを、“全部そのまま自分に刺して”たら、体が持たないですね」


「そうそう。“受け止める”と“引き受ける”は違うから」


「“その人の気分”を、“自分の評価”にしちゃダメなんですね」


 八木原は、箸を止めて言った。


「……それ、俺もまだ練習中だよ」


⸻


◆ 夜/久保のメモ帳に残した言葉


・“自分を責めなくていい場面”って、案外多い

・“言われた”からといって、“悪かった”とは限らない

・“私はちゃんとやってる”と、自分が思えるなら、それでいい


 仕事は、“全員に褒められること”じゃなくて、

 “自分が誠実に向き合えているか”の積み重ねなんだ。


⸻


◆ 翌日/備品棚の前にて


 久保は、いつも通り棚を整えながら、小さく笑った。


 言葉は時々痛いけれど、

 それを“全部、自分の重さにしない”ということも、

 働くということの一部かもしれない。


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