「“誰にも気づかれない仕事”って、意味あるの?」
第二十七話
連休明けの朝。
春の雨がしとしとと降り、丸亀工場はいつもより静かだった。
コンクリートに落ちる雨音が、まるでリズムのないメトロノームのように響いていた。
「おはようございます……」
いつもより少しだけ元気のない声で久保あかりがやってきた。
八木原は気づかないふりをしつつ、「おはよう」と声を返す。
その後の午前中、久保は備品棚の在庫チェック、ファイル整理、備品一覧のデータ更新と、黙々と“誰に感謝されるでもない仕事”に取り組んでいた。
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◆ 昼休み/ぽつりとこぼれた本音
コンビニのおにぎりを食べながら、久保がぽつりと呟く。
「なんか最近、やってることが全部、目立たない仕事ばっかりで……」
「うん」
「もちろん必要なことだってわかってるんです。でも、“ありがとう”とか“助かったよ”とか言われることもなくて……。たまに、“意味あるのかな”って思っちゃって」
その言葉に、八木原はお茶をすすりながら、ゆっくりと答えた。
「……俺も思ったことあるよ。“俺がやらなくても誰かがやるんじゃないか”って」
「はい……それです、まさに」
「でもね、たぶん“誰でもできる仕事”って、“誰かがやってくれてるから他の人が安心して動ける”仕事なんだと思うんだ」
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◆ 午後/静かな反応
その午後、佐伯さんが封筒を取ろうとして「お、在庫ちょうど良く補充されてる」とひとこと。
製造部のスタッフがふらっと来て、「今月の備品リスト、見やすくなってますね」とボソッと呟いた。
どれも一瞬の反応で、久保は何も言わずに笑っていたけれど――
八木原は、それをちゃんと見ていた。
(意味が“ない”仕事なんて、たぶん一つもないんだよな)
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◆ 夕方/八木原の小さな話
「昔ね、FAXのトナーが切れたまま、誰も補充しなくて、見積書が出なくて現場が止まったことがあったんだよ」
「え、そんなことで?」
「うん、そんなことで。でも、そういう“地味な抜け”が一番ダメージ大きい。
だから、目立たない仕事って、いざという時に“一番ありがたがられる”ものなんだよ」
「……でも、それって結局、何かあったときしか気づかれないってことですよね?」
「そう。でもさ――“何も起こさないようにしてる”って、実はすごいことじゃない?」
久保は一瞬黙り、それから、ほんの少しだけ微笑んだ。
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◆ 夜/寮のベッドでつけた一文
・誰にも気づかれない仕事でも、“誰かがスムーズに働けてる”なら、それは確かに意味がある
・「目立つ仕事」が偉いんじゃなくて、「見えない支え」も、ちゃんと必要
・“気づかれなかったこと”を、むしろ誇っていい日もある
自分の存在意義は、誰かの「ありがとう」で測れるだけじゃない。
それは、久保あかりがこの一ヶ月で少しずつ、自分の中に育ててきた“実感”だった。
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◆ 翌朝/備品棚の前にて
今日も誰かが、そっと新しい封筒を手に取っていく。
何も言わずに、それが“当たり前”であるように。
でも、その当たり前を作っているのが、自分だと知っているだけで――
少し、背筋が伸びた。




