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「“ちょっとだけの工夫”が、誰かの一日を変える」

第二十三話

 二月の丸亀は、まだ肌寒い。

 でも空気の端っこに、かすかに春の匂いが混じるようになっていた。


 ある日の朝、八木原は備品棚の前でふと立ち止まった。

 クリップ、封筒、トナー、インク、マスク、軍手、テプラのテープ……。


「……あれ、テープ在庫、これで終わり?」


 慌てて隣の段を見ても、空っぽ。

 昨年末にまとめ買いしたつもりだったが、いつの間にか品切れしていた。


「誰か使った後、報告しなかったのかな……」


 そうつぶやきながら、八木原は手帳をめくった。

 備品棚の管理方法は、まだ前任者のルールのままで、誰が何を使ったかの記録がなかった。


(もうちょっとわかりやすく、誰でも管理できるようにしたいな……)


 その日、八木原の“ちょっとした工夫”が始まった。


⸻


◆ 午前10時15分/「見える化」スタート


 八木原は、棚の各段にラベルを貼った。

 備品の名前と、使用時の記入欄。たとえば――


【テプラテープ】使用後はチェック欄に✓してください(補充目安:在庫1本)


 その横には、小さな白板とホワイトボードマーカーも設置。

 「なくなりそうな物があったら、ここにメモしてください」と一言添えて。


 ほんの些細な工夫だったが、“使った人が少しだけ意識する”ような仕掛けを散りばめた。


⸻


◆ 翌日/反応が来る


 大島さんが、ふらりと棚の前で足を止めた。


「あれ、なんか棚が……見やすくなってない?」


「ちょっと整理しただけです。書いてくれたら、在庫切れにも気づきやすいので」


「こういうの、地味に助かるよね。忙しい時ほど忘れるから」


 八木原は、軽く会釈した。

 それだけのことだった。


 でもその日から、棚の横のホワイトボードには、少しずつ記入が増えていった。


⸻


◆ 数日後/現場からの声


 製造部のスタッフが、事務所に立ち寄ったとき、こう言った。


「軍手、いつも探してたんですけど、今めっちゃわかりやすいですね。誰か工夫したんですか?」


「八木原くんが、整理してくれたんだよ」


「マジすか。地味だけど、こういうのめっちゃありがたいっす。ほんと」


 その言葉に、八木原は「いえいえ」と笑ったが、内心では――


(たったこれだけのことで、こんなふうに言ってもらえるんだ)


 と、静かに驚いていた。


⸻


◆ 夜/寮の部屋で


 その夜、八木原は自分のパソコンに向かって、こんなメモを書いた。


・仕事の“価値”は、派手さじゃなく“誰かの時間を少し楽にしたか”で決まる

・便利にしたいじゃなく、“わかりやすくしてあげたい”という視点

・工夫って、たぶん「やって当たり前」になってしまってもいいもの


 誰かに褒められる必要はない。

 でも、誰かの動きが少し楽になったり、安心できたりするなら、それだけでいい。


⸻


◆ 翌週/棚の前で


 佐伯さんが、補充メモの横に「ありがとう!見やすい!」と小さなスマイルマークを描いていた。


 八木原は、それを見て少しだけ笑った。

 棚の中のテープが、今日も整然と並んでいた。

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